あぶくたった/にえたった
(師匠がDVでペドっぽくて、アレンが健気に甲斐甲斐しいかんじ)
(...いやな予感がするひとは回れ右推奨)
根無し草の生活で、野宿なんてことはアレンにとっては苦痛ではなかった。もちろん屋根がある場所で寝食できるのならばそちらの方が有り難いが、宿無しを数日強いられるくらいは平然と耐えられた。今まで__マナといっしょの旅芸人であったころは、ほとんどそんな生活だったからだ。朝露が顔に滴って目が覚めるなんてことは、しょっちゅうだった。できるだけ寒さを凌ぐために大人と寄り添い合って眠ることも。
そして、アレンは今その懐かしい感覚で目を覚ました。見上げると、黒い帽子の
まだ本格的な冬が訪れる前だった。朝夕だんだんと冷え込んで、先日はついに霜が降りたのを見た。あまり野宿するには向かない季節がやってくる。その前に、ふたりは冬を越すための場所に辿り着かねばならなかった。
「師匠、」
師の機嫌がすこぶる悪いことは、重々承知の事実だった。彼のパトロンでもある愛人たちの家々を移動する途中、乗っていた馬車がアクマに襲われ馬が死んだ。駅馬車もなければ、街道でもない田舎道を数日掛けて踏破する羽目になったとき、アレンはああ死んだと思ったのだ。不機嫌な師と共に野宿だなんて! 僕の身を裂いて皮でテントを作りかねない。
ようやく小さな町に着いたときも、アレンの緊張は続いていた。神父だと名乗るくせに、師は清貧とはかけ離れた生活を好む。小さな町の宿などたかが知れている。取れた部屋にバスルームがついていたことが、ほんの少しだけ救いだった。軋む階段を煙草を吹かしながら師がゆっくりと登っていく。その後ろを、アレンは荷物を両手についていった。扉を開けてすぐ、師は検分するように部屋中をぐるりと見廻し煙を吐いた。剥き出しの木の床に師が捨てた煙草を、アレンは摘み上げて粗末な洗面台で火を消した。ひとつしかないベッドに師が腰を下ろす。ティムキャンピーが頭上から ぽとり、 落ちてシーツの上に転がった。燐寸の擦れる音を横に、トランクから香油と石鹸とスポンジを取り出し、アレンは手早くバスルームの扉を開いた。ちいさなバスタブには、宿を取ったとき主人に頼んで湯を張ってもらっていた。手を突っ込んで、師の好みの温度であることを確信すると、アレンはすぐに取って返した。師はつまらなそうに新しい煙草を吸っている。アレンは着たきりの上着とブーツを脱ぎ、靴下を引き抜いてスラックスの裾を膝辺りまで捲り上げた。大人用の大きなバスローブを手に、師へと近づく。床に跪いて靴から足を引き抜くと、何を失敗したのかそのまま肩を蹴られてアレンは後ろへ仰け反った。ああ、ほんと、さいあくだ!
師がまた床に煙草を捨てる。それは危うくアレンの左手に落ちるところだった。
クロスは立ち上がると、身に着けていたものをすべてベッドの上へ放った。ティムキャンピーが迷惑そうにごそごそと動いている。師は大股でバスルームへ移動する__アレンも追った。いちいち命令されるまでもなく、今日まで幾度も繰り返されてきた湯浴みの世話をしなければ。
師の表情を時折伺いながら、アレンは丁寧に髪を洗った。白いバスタブに濡れて色の濃くなった赤毛が垂れるさまは、まるで首をギロチンかなにかで切られて血が流れているようだった。泡をすっかり流して、今度は髭に剃刀を当てた。数日の道中で不精になっているのを、師が綺麗に整えていたように戻していく。刃で皮膚に傷を付けないよう、失敗しないよう、細心の注意を払う。師は胸元まで湯に浸かり、黙ったまま目を閉じていた。
アレンの指先は湯を使うことでやわらかく動く。右手も左手も同じように。髭剃りを失敗するなんてありえなかった。それを理由に折檻されるなんてありえなかった。この時までは。
狭いバスルームに立ちこめた湯気が すっ と移動し僅かに冷えた空気が頬に触れた。アレンは手を止め顔を上げる。扉の影から、ティムキャンピーが何故だか飛び出して、そのままバスタブへとダイブした。
「ティム!」
制止も虚しく、金色が盛大に水飛沫を上げた。当然師の顔にもアレンの頭にも湯は掛かる。問題は、それに動揺して手元が狂ったことだった。アレンは自分の血の気の引く音を確かにこの時耳にした。
髪でも髭でもない赤い筋が、師の顎を伝って湯に落ちたのを目にした瞬間、アレンの身を手加減無しの衝撃が襲った。
気管に入り込んでしまった湯に何度も何度も咳き込んだ。ティムと一緒にバスタブでくちゃくちゃになって溺れたアレンを乱暴に引き上げた師は、酷く陰鬱な眼差しをしていた。アレンが自分のせいではないと弁明したとしても、到底聞き入れてはくれないだろう。熱い湯に浸かったというのに、肌は震えた。心底ぞっとした。謝罪の言葉すら撥ねつけられるだろう。ここは沈黙を貫き通した方が賢明だ__過去“ごめんなさい”を繰り返したために殴られ続けたことをアレンは思い出していた。
震えつつも口を噤み続けるアレンを見て、師は鼻で哂った。その目が無言で自分に命じたことを、アレンは正確に読み取った。ああ、ほんとに、さいあくったらない!
アレンは少し俯いて、自らの襟元からタイを引き抜いた。ベルトを緩め、シャツのボタンを外し、すっかり濡れてしまったそれをバスタブの外へ置く。下穿きごとスラックスを脱いで、それもやはり床に放った。
他人へ身体を晒すことを何よりアレンが恥じるのを師は知っている。そしてたびたびそれを罰に使う。
視線が肌に絡みつき、品定めするように這うのを、アレンはただじっと耐えた。常に栄養失調気味で成長不良だった日々に比べれば、エクソシストとしてこの人に弟子入りして以来背は伸びたし、肉付きも悪くはなくなっていた。華奢なかんじはまだ否めないが、それもこの先二次性徴を迎えていくなかで消えていくだろう。
今日という日の運の悪さに、アレンはしきりに胸中で悪態を吐いてはいたが、純然たる恐怖は隠しきれずに怯えていた。瞬きを繰り返しつつも、眼前の男から一瞬たりとも目を離そうとはしなかった。本当は、今すぐにでもこの場から逃げ出したかったのだが、それよりも不機嫌極まりない師が何をしてくるのかわからず__そちらの方が恐ろしくて動けずにいた。一旦逃げたって、どうせ自分はこの男に付いて行く以外に目的も生きる意味すらなかった。より多くのアクマを破壊し、救済を続けるために。アレンは歩まねばならなかった。たとい現在はこの男の大きな影がその行く手を覆っていたとしても。
クロス・マリアンは再びバスタブに身を沈めた。アレンは何もかもを師の目前に晒したまま、酷く居心地の悪さを感じていた。顎を__アレンが傷つけた辺りを擦っていた師の口元がたいそう意地悪く歪むのを見とめて、アレンは息を詰めた。
ほぅら、きた。
師の手がさっと伸びた。その動きに身を竦める。身体を掴まれるのかと思ったが違った。師はバスルームの床に落ちたままだった剃刀を拾い上げ、
なんて、ことを!
アレンは戦慄いた。喉は音を忘れたようで悲鳴のひとつすら洩れなかった。マナと居た頃にはまだまばらだったアレンの陰毛は、さきほどの一剃りでほとんど失われてしまった。
アレンの下肢にあった薄い茂みは、数回の往復ですっかり消えてしまった。ああ、ほんともうさいあく! 泣きたい...
そんなアレンの嘆きを嘲笑うかのように、師の舌がねっとりとその部分を舐め上げていった。
(...日記で妄想呟いてた師アレ書いてみました......あれ? 師匠がこんなに鬼畜になるはずでは汗)