wild card / white Joker

(ラビアレ現代パラレル)





「あれ」
 この場所に似つかわしくない人物を見かけて、ラビは舐めかけのチュッパを落とした。あと10分と42秒は保てたのに、もったいない。そう頭の隅でささやく声に顔をしかめて、アスファルトに転がった飴を踏み付ける。
 靴の下で広がる鈍い音はそのまま、彼は人込みをすり抜けるようにして足を早めた。
 見間違いだと、そう考えられる幸せな人種なら良かった。だが皮肉なことに、神がラビに与え給もうた才能はそれを許さない。
 あの白髪は、頬に刻まれた傷痕は、間違いなくラビの友人のものだった。
 彼は光を避けて、ひっそりと影に紛れようとしていた。けれど、その姿は否応無しに人の目を惹き付ける。それを裏付けるように、道行く男が品定めでもするが如く、ねっとりとした視線を彼の身体に這わせた。
 いや――それは事実、そうであったのかもしれない。
 ここはそういう役割の街だからだ。
 彼は街灯から逃れるようにして、一軒のパブの前で足を止めた。その頃には、ラビはもう十歩のところまで追いついている。
 少年は気付いていない様子で、平素とはまるで異なる仏頂面を地面に向けている。その細い右腕を、ラビは近づくや否やむんずと掴んだ。
 途端、銀灰色の瞳がまあるく開いて、ラビを映した。
「アレン、」
 ラビは低く囁いて、彼を壁に押し付けた。
「お前、なんでこんなとこにいるんさ」
 通行人の目からクラスメイトを隠す。品行方正な優等生はすぐに怯え出すかと、一瞬危惧した――が、予想に反して、アレンは剣呑にラビを睨み上げてきた。
 ラビに負けず劣らずの低音が耳を打つ。
「ラビには関係ないでしょう」
「……予想通りの台詞言ってくれちゃってまー」
「頭が良い割にはセンスのない質問をするんですね」
 肩をすくめて、アレンはラビを押しのけた。白髪に明度の低い光が当たる。前髪をざっとかき上げて、額の痣を露わにしたアレンは、振り返ってラビに微笑んでみせた。
「商売の邪魔です、ラビ。早く家に帰ってママのおっぱいでも吸ったらいかがです」
「あいにく、家にはじじいしかいないんでね」
「それは奇遇ですね。僕も家族いないんです。あっ、知ってたっけ。それでね、後見人が借金作ってとんずらしたので、どうにかして稼がないといけないんですよ」
 綺麗なアレンの笑顔は、夜の街にそぐわず浮いてみえる。
 ラビは眼帯に覆われていない方の眼を眇めた。――だからといって、アレンがその身を犠牲にすることなどないはずだ!
「ダチの心配するくらいいいだろ」
 そう、アレンは友人だ。出会ってまだ1年にも満たないが、彼は確かに、ラビの大切な友人のひとりだった。
 なのに、アレンは鼻を鳴らして足元の小石を蹴るのだ。
「ねえラビ、先人は偉大な言葉を残していきましたよ。『同情するなら金をくれ』ってね」
「……それドラマだろ」
「とにかく!!」
 普段はけっして語気を荒げないアレンが大声を発した。ぎょっとしたラビが思わず一歩下がる。アレンは――温厚なはずの少年は、瞳をぎらつかせてラビを睨めつけていた。
「君に僕の行動を制限される謂れはありません。これ以上営業妨害したら、いくら君でも殺しますよ。早く家に帰って寝なさい。不良主席くん」
「……アレン、目がマジさー」
「だってマジですもん」
「……なお悪いさ……」
 ゆっくりと銀の瞳から目を逸らす。狂気をはらんだ眼を視界に入れないようにして、ラビは後退った。
 アレンは本気だ。
 ラビの反応に満足したのか、アレンはにこりと微笑んだ。「わかってくれたならいいんです、」言い置いて踵を返す。どうやら狩場を変えるらしい。
 暗がりにアレンの背が溶けていく。ラビは叫ぼうとして何度か失敗してから、ようやくまともな声を張り上げた。
 幸いなことに、みっともなく震えてはいなかった。
「補導はされんなよ!」
 白髪が揺れる。暗闇で銀の眸がぴかりと光る。
 真っ白だったはずの少年は、闇の中で小さく手を振った。
「そんなヘマしませんよ、あなたじゃあるまいし」
 それっきり、アレンの姿は見えなくなった。


 一週間経っても、一ヶ月経っても。
 アレンはもう二度と、学校に戻ることはなかった。




( ...三ヵ月後、なんとテレビのトップニュースであいつを観た。

 史上最年少でベガスの賞金王に輝いたという!)