Deliberando saepe perit occasio.








「ねぇね、りんくー」
 まるで安物の甘ったるいバニラビーンズみたいな声が呼ぶ。振り返ると、キッチンの入り口に彼が立っていた。私のルームウェアを下だけ履いただらしのない格好で。
 珍しいことに週末きちんとした休暇が取れたのだ。病院から呼び出しがかかるような状況でもなく、今週頭に行ったオペ後の患者の経過はとても落ち着いていてレジデントにとりあえず一任している。後輩を育てるのもフェローシップ中の義務のひとつだ。そうでなくとも優秀な後輩には目を掛けてやりたくなるのが心情としては当然だろう。
 ようするに、彼も私もふたりそろって気兼ねなく一般的な週末、、、、、、というものを楽しんでいるところなのだ。なんですか、と私はやや冷たいとも思える声で答え、テーブルに向き直った。彼がああいった声を出すときは、決まって何か良からぬことを思いついたか企んでいるに違いがないからだ。隙を見せればあっという間に彼の思うつぼなのだ。
「ねぇ、」と彼はやはり猫が鳴いたみたいに云った。こちらに近づいてこないのは、私が趣味としている菓子作りの要とも云える材料の計量中だからだろう。以前小麦粉を計っているときに後ろから抱き付いてきた彼を叱り飛ばしてひどい喧嘩をして以来、私がキッチンでスイーツを作っているときは絶対に近寄ってこない。「リンクはソラマメとたまごとうさぎとどれがいーですか?」
 人間の言葉を喋りたまえ、ウォーカー。再び背後に振り向くと、彼はにこにことした表情で私の返事を待っている。その選択肢は何ですか一体。「印象でいいですから。適当でいーよほら早く答えて、」本当に何を企んでいるのか。首筋に走った悪寒に、私は素直に従うことにした。全部必要ありません。
「えぇー」 途端に上がる不満そうな声に、私はやはり、、、と納得した。またネット通販で何か良からぬものでも買おうとしているんだろう。云うと彼は子どものように両頬をぷくーっと膨らませた。
「良からぬものじゃないです。ヴァレンタインのときはリンクがいっぱいデザート作ってくれたから、お返ししようと思ったの!」
 その言葉に私はカップとスプーンをシンクに置いた。きちんと手を洗い、タオルで水気を拭いてから彼の脇をすり抜けた。行き先は彼のプライベートルームだ。慌てたらしいウォーカーが小走りで追い駆けてくる。「ちょっと待ってリンク! だめ!」
 制止の声なぞまるきり無視して扉を開いた。煌々と液晶を光らせるパソコンの画面、購入ボタンをクリックするだけの通販ページ、買い物カゴには先程ウォーカーが示した選択肢があった。
 ソラマメとたまごとうさぎ。
 バイブとローターと...この物体はなんだ。

「...私はこういう類のグッズは嫌いだと何回云ったらわかるんだウォーカー!!」
「だってすごいかわいかったんですもんこれならリンクも許してくれるかなってあああだめ! ぜんぶほしいのに!!」
 パソコンの電源を落とそうとする私と彼の攻防はしばらく続き、貴重な土曜の午後の半分がくだらない言い争いで終わってしまったのだった。




(ドクターパロで遅めのホワイトデー)
(リンクのアパートにアレンさんが転がり込んで、お付き合いし始めてそのまま惰性で住み着いちゃったんだけど、アレンさんが通販でいろんなもの買うおかげでリンクんちのバスルームにはモーテル並に変なグッズがいっぱいあって、たまにシャワー借りに来たりするラビとか神田さんに感動され/マジで引かれたりしている...とまた無駄な妄想)