Teaching you? D or L?


 自然と零れた溜息を連れて、僕は布団の中で寝返りを打った。なんでも記録をすることの好きな友人ならば、正確な回数を教えてくれるだろうけれど、その彼は今ここにはいない。
 ――ああ、だめだ。
 僕はとうとう諦めて、一際大きな溜息をついた。やっぱり落ち着かない__枕が替わると眠れないなどと神経質なことはないし、いくらこのベッドが自分のものではないからと云って、遠慮や緊張をするほど持ち主と親しくないわけではない。むしろ、家族を除けば僕は彼といちばん親しいのだろう。その、このベッドでだって、今まで幾度かしたわけだし。
 眠れずにぐるぐると廻る思考に僕は自分で僅かながら恥ずかしくなり、誰も見てはいないのに枕に顔を押し付けて火照った頬を隠した。そのときに彼の残り香を思いっきり吸い込んでしまって、口の中が苦くなった。煙草を嗜む彼の吐息だ__匂いはそのまま連なる記憶を呼び覚ます。キスがしたくてたまらなくなった。
「......ティキのばか、」
 海外へ出張中の彼の名を呟くと、びっくりしたことに涙が滲んだ。そういえば空港で見送りをしてから、その名を口にするのは初めてかもしれなかった。二週間、彼はこの国に__僕の傍にいない。帰国はあと四日もあと。指折り数えて待っているのに、時間はじりじりと焦げ付くようにしか進まず、僕は彼と逢えなくなって六日目で耐えられなくなり合鍵を使って彼の部屋に入り浸るようになった。
 彼が見えなくとも、彼が残したあらゆるものに囲まれていれば平気かと思ったのに、それらは逆に僕に現実を突きつけてきた。欲しいと思うその瞬間に、今まで当たり前のように与えられた言葉もぬくもりもすべて__貰えずに僕は拗ねた。からだもこころも寒かった。彼の匂いのする布団に包まれて温かだけど、僕はなぜだかずっと震えが止まらないような気がしている。自分の肩を抱いても、それは欲する温度に変わらない。
 もう一度名前を呼ぶ。舌が苦く痺れるようだ。鼻の奥で涙の味がした。僕は彼にきちんとおかえりが云えるだろうか。もう一度顔を見て、声を聴いて、その肌に触れられるだろうか。彼の指先を感じれるだろうか。
 どうも僕はこのままだと、あと四日もしないうちに死んでしまうような気がする。
 名前を呼ぶ。だけど応えてくれる声も手もないことにひとり絶望するのだ。
「......ティキ、」
「呼んだ?」
「......ぇ、」 僕は寝坊に気付いたときでさえ、そうは早く起き上がれないだろうと思われる速さで身体を起こした。照明を落とした寝室の中、薄闇に浮き上がる見慣れた輪郭。
「ただいま、少年」
「......これ、ゆめ?」
 ひどいな、そう彼が笑う気配がした。温もりの気配__目の前から。もし夢だったなら触れれば終わってしまう気がして、僕は指先を躊躇わせた。そんな思考を読んだかのように、彼は云った。
「だいじょうぶ、夢でも幻でもねぇよ。オレだ。帰ってきたよ、ハニー」
 少し冷えた大きな手のひらが、頬に触れた。いつもならその甘い軽口に文句のひとつも云ってやるのだが、さすがに今はできなかった。無理だった。
 名を小さく叫んだ。応えがあった。腰に抱きつくとすっぽりと彼の腕に囲まれた。
「なんだよおまえ、そんなに寂しかった? 俺の部屋でずっと待っててくれたの? なぁアレン」
 僕は答えなかった__シーツや枕に残された匂いよりも鮮明な彼の存在を実感することで必死だった。またキスがしたくなってたまらなくなったから、もがいて彼の首に両手を廻し体重を掛けて顔を引き寄せた。乾いた唇がじゅうぶん湿るまで、僕はずっとそうしていた。切望していたものがそこにあった。
「......おかえりなさい、ティキ」
 僕の耳を擽る吐息、甘い声、力強く大きな腕。それから彼の熱。
 再び僕の手元に帰ってきたそれらを、その夜、僕はどこまでもみっともなく要求した。




「......ねぇ、どうして四日も早かったんです、」
「お前日付変更線とか時差って知ってるか?」
「............そんなに誤差出るもの?」

「嘘。俺もアレン不足だったからだよ」

 (ねぇ今度はケイタイ通じる場所に出張してよね)




(ログ作ってて気付いたけど証明→照明...なんというミス^^^^)