永きフィムブルヴェトが閉ざす世界
「そういえばアレンくん、」 長距離列車の座席、停止中の駅のホームへ昼食を買い出しにラビとブックマンが席を立ってからしばらくして、向かいに座るリナリーがおもむろに切り出した。 「ピアス、換えたのね」
細くたおやかな指が、彼女自身の耳を示して。 「左、ラビの、」
あまり動揺を見せるわけにもいかず、かといって緊張しないわけにもいかず、アレンは何と答えるべきか迷って結局押し黙ることしかできなかった。すると目の前の少女は困ったように笑って、 「ごめんなさい」 謝罪した。
「あ、な...なんで謝るんですか、リナリーはべつに悪くは...」 半ばしどろもどろになって応えると、少女は、
「ちょっといぢわるしちゃったもの、」 そう云って肩を竦めてみせた。 「わざわざ云わなくても良かったのに。どうしても、ね...」
あーあ! 沈んだ空気を吹き飛ばすようにわざと明るい声を上げてリナリーは両腕で伸びをする。不安そうにしているアレンをみて、悪趣味だったなと後悔した。
「...大丈夫、云わないよ、誰にも、」
幼い頃に見た金魚のようにアレンが口を開いたり閉じたりするのを、リナリーは妙に愛しい気持ちで見つめた。
「...女の子って、聡いんですね、その、こういう...」 「恋愛に関して?」
今度は隠しもせず、アレンの頬が染まる。だって気になる相手のことは何でも知りたくってつい目線で追いかけてしまうものよ__とは云えなかった。
「アレンくん、わかり易いもの」 代わりにそう告げれば、彼はますます赤面して、そうですか、と力なく答えた。
“元帥の護衛”__今回下された任務内容は、千年伯爵との戦争において局面の変化があったことに基づく。最高齢であったエクソシスト元帥の殺害/伯爵からの宣戦布告__イノセンスの核を巡る争奪戦の幕開け。敵の標的は、残る元帥4名。
アレンたちは、消息不明の不良神父を捕獲するために、室長コムイ自らが選抜した部隊だった。クロス・マリアン唯一の弟子、と認定されているアレンの、正確にはアレンが預かっているティムキャンピーの道案内により、世界の何処ぞへ向かって移動中のクロスを追っかけている最中だ。唯一の手掛かりである金色のゴーレムは、ただひたすらに東を示し、途中でクロスの残した奇妙な伝言に巻き込まれ新たな仲間__クロウリー男爵をメンバーに加えて、一行はようよう中国へと辿り着いた。
とある港町、クロスの愛人と噂のある妓楼の女主人から手に入れた元帥の行方は、極東の島国/日本の帝都へ向かったというものだった。途中クロス元帥を乗せた船は、アクマによるものと思われる襲撃に遭い跡形もなく沈没したという話だったが、アレンの 「あの人はそのくらいで沈むほど大人しい性格していませんよ」 の一言で日本出航が決定した。
天青楼の女主人、教団の協力者でもあったアニタは、アレンたちのために自ら船を用意してくれている。協力の申し出を在り難く受け取ることにしたクロス部隊の面々は、それぞれ海上に出る前の所用を済ませたり、出航の手伝いをしたりと各自で行動していた。
海の猛者たちにリナリーと同じく少女と間違われ、否定して爆笑され、それでも快く甲板から追い出されていたアレンは、ひとりメインマストによじ登り自発的な哨戒にあたっていた。いまだイノセンスの発動すらできない自分の、武器とも云えない唯一はアクマの魂を判別できる呪われた左眼だけだ。足手まといにはなりたくなかったし、できることはしておきたかった。夕日を受けてやさしい茜色に染まっていく空と海を眺めながら、アレンは師と師の教えを思い返していた。いつのまにか傍に来ていたティムキャンピーが、アレンの思考を読んだように肩に止まる。数ヶ月前、突如置き去りにされてからもこのちいさな存在はずっと傍に居てくれた。
「ティム、この海の向こうに師匠がいるのかい?」 アレンの問いに、ゴーレムは反応らしいものを見せず、ただじっと東に身体を向けていた。それが何よりの答えで、アレンは苦笑した。 「もうすぐお前のご主人様に逢えるよ、」
労わるように金色の小さな頭を撫でてやる。ぱたりと猫のように尻尾がアレンの背中をかるく叩いた。穏やかな海、穏やかな夕空。心安らぐはずの光景を前に、アレンの脳髄を緊張が走り抜ける/左眼の発動__目の奥にするどい熱を感じると共に、視界が黒白を生み出す。いままでにない反応だった。こめかみが脈に合わせて疼いた。左眼の前にモノクルのようなものが現れて、アレンは戸惑った。だがそれも一瞬のことで、彼はすぐその変化を受け入れた。反応は遠く、肉眼ではアクマの姿すら見えない。
(いったいどこから――)
帆柱に手を沿え立ち上がり、周囲に警戒を巡らす。残光を受けて輝く雲の間に、ちいさな黒点。みるまにそれは汚い染みとなって夕闇のカンバスに広がっていく。恐怖に息を呑つつ、それでもなんとかアレンは声を張り上げた。
「みんな!! アクマが来ます!!」
誰もが、今まで見たこともないほどのアクマの大群に固唾を飲んだ。だがすぐに、動かなければやられるぞと告げる本能に従って各々が取れる対抗手段を求めて走り回った。出港準備の慌しさとはまったく別の喧騒に場が包まれるのを冷静に知覚しながら、ラビは頭上に向かって声を張り上げた。敵は速度を緩めず、進路を変えず、こちらへ真っ直ぐに突き進んでくる。アレンの居る場所は、あまりに敵の中心に過ぎる。
「アレン!!」 駆け出し両手を広げる/飛び降りろ、受け止めてやるから__呼び声が無数のアクマの機械音に掻き消される。
アレンと確かに視線を交わしたのを、ラビが感じた瞬間、小さな身体がイナゴの大群のごとく飛び寄せる影に攫われた。槌を伸ばして助けに行こうとしたところへ、計ったようなタイミングで板上にアクマが舞い降りた。
「――っ!」 突如襲った浮遊感に吐き気を催しながらも、アレンは団服の裾を捕まえたアクマから逃れようともがいた。
「ほらなやっぱりエクソシストだ!」 「おおすげぇホントだ」 「おい、それはオレらの仕事じゃねぇだろ、捨てろよ」 「ああん? オレがこいつ殺せるからうらやましーんだろ、やらねーぞ」 「なんだとコラ、もっぺん云ってみろや」 「なァ右半分くれよぅ」 「ダメだやらねーぞオレんだ!」
「、放せッ!」 好き勝手に獲物を奪い合うアクマたちを睨みつけながら、アレンは左手で力の限り相手を殴打する。だが発動もできないただの手ではアクマの装甲に一筋の傷すらつけることもできず、握り締めた拳の灼けつくような痛みに奥歯を噛み締めた。
「暴れんじゃねーよこのカスが!」 腹部に重い一撃/団服がいくらか衝撃を吸収してくれるとはいえ、避けようもできない攻撃に幻暈がした。
(ちくしょう) 普段ならば絶対に使わない悪態をついて、アレンは遠のきそうになる意識を必死で掴み留める。
(どうして、僕は―――)
こんな窮地にいるのに、左手は本当にイノセンスが寄生しているのかどうか疑わしいくらい沈黙していた。視界の淵を滲ませるのは、痛みのためばかりではなかった。奥歯を噛む/衝撃に耐える/左手の発動を試みる/痛みが襲う/集中が乱される__実戦で精神統一を行うことの困難さ/教団での鍛錬を思い出す/師の教えが蘇る/仲間の期待が重い/羨望の眼差しこそが痛い/エクソシストになりたいか=質す声。それに自分は答えたはずだ。覚悟はもうある。救いたい/何を/救うのだ/アクマの魂を__クロスの教え/目標は可及的速やかに徹底的に破壊せよ。
「――僕は、僕が、破壊者だ!」
叫びと共に、まばゆい鬱金がアレンの眼前で弾け、誇るように輝き咲いた。
誰かが自分を呼んでいる__身体を揺すられる。走り抜けた痛みに呻いた/何がなんだかわからないまま目を開いた。飛び込んできたのは、わずかに涙を浮かべた少女の笑顔。 「アレンくん!」
「リ、ナリ...?」 驚いた。彼女は本部へ定時連絡を入れに行ったのではなかったか。もう戻ってきたのか、さすが速いな――そう考えを巡らせて、(違う) アレンはぐらぐら脳ごと揺さぶられるような気分の悪さを堪えてなんとか身体を起こした。身体を、起こす?
「あ、れ、ぼく...」 ふらつく/自分の身体を支えきれない。慌てて少女が肩を抱く。 「無理しちゃだめよ、」
そう云った彼女の足元=発動済の黒い靴。どこかで戦闘したのかな__とぼんやり思う。
「大丈夫、アレンくん? わたしの声聴こえる?」
「ええ、リナリー...なんかすごく、気持ち悪いけど...だいじょ、ぶ」
喋るたび身体の感覚が戻ってくる/あちこちが痛む。そうしてようやく、アレンは自分がアクマの大群に飲み込まれたことを思い出した。良かった__安堵に満ちた声。
「立てそう?」
伸べられた手を取り、助けられながら立ち上がる。 「リナリー、僕...?」
目の前に花のような笑顔が広がる/どきりとした。
「発動おめでとう、アレンくん」
「え? え......あ、ありがとう...」 一瞬きょとんとしたアレンは、そうするのが自然だろうと口元を無理矢理吊り上げて笑った。幸い目の前の少女には気づかれなかったようで、それがまたさらなる違和感をアレンにもたらした。
発動した余韻で気持ちが悪くてしかたがない__君はこんなに、触れるのもおぞましいような、目にするのでさえ厭うような、下水に叩き落されて汚泥の臭いのする水を肺の中に注ぎ込まれ吐き出すことさえ許されない、こんなに気持ちの悪いものをなぜ平気で享受できるの__無性に叫び出したくなる衝動を、アレンは苦労して呑み込む。
あれほど望んでいた結果を得たのに、すこしも喜びは感じられなかった。逆にひどく嫌悪する自分がいて、理解できない感情に揺さぶられて困惑するばかりだ。それでも戦うことを選んだ限り、後戻りはできない__少女と同じように、すっかり闇に浸された空を見上げた。アクマの大群が蠢いて巨大な影を作っている、その中心に――白いナニか/背筋を悪寒が這い上がる/愕然とする/なんて醜悪さ。
「アクマから攻撃を受けてる...あれ、は――」 隣で震える声がする。
「あれはッ――!!」
乱戦を呈する甲板上で、ラビは確実にアクマの数を減らしていくことに集中した。気兼ねなく槌を振るうために、足場の悪さは無視して帆柱に上がった。帆布を焼くリスクをあえて冒して、火判で数十のアクマを破壊する。日はすっかりと落ちて、状況は明らかに人間側に不利だった。そんな中、ふと見遣った夜空に紅く輝いた光にどうしようもなく焦りを覚えた。ちょうどアレンが連れ去られた方角。忙しなく動き回るなか、師と目が合う。真っ直ぐ向けられた視線が、否応なくラビに命じる。
「...ッくそぉ!」
イノセンスで直接アクマを叩き落し、手を返した勢いで再び第二解放・判/炎を纏った蛇を縦横無尽に走らせる/槌の先を帆柱に突き立て固定する/命じる__伸/一息に船上から離脱/陸へ着地/槌を引っ張り元に戻す/すばやく身を翻して地を蹴った__紅く染まる空の下へ。
少女の悲鳴が高々と響き渡って夜を裂いた。
「リナリー?! どうしたんです、リナリー?!」 酷い恐慌に陥った少女のからだを抱えようとアレンが手を伸ばすと、リナリーが小刻みに震えながら団服にしがみついてきた。 「咎落ち...」 恐怖と悲しみに満ちた声__絶望的なそれに、教団の隠しようもない暗い部分をアレンは知った。咎落ち/その罪の在り処。見上げた空に頭部と四肢のない白い巨人__ちょうど心臓部分に人の影。よく見知った相手__アレンの指導者だった男=スーマン・ダーク。
「でも...どうして...? スーマンは適合者で、そもそもあの人は――」
「ソカロ元帥の部隊よ。先日、インドで襲撃に遭って消息不明だって聞いたわ...」
巨人の放つ破壊の業火がちりちりと肌を灼く。それを避けつつゆっくりと移動する巨体を追った。 「アクマが大群で現れたのも...彼の咎落ちを知って...?」
「...助けなきゃ...」 ぽつりと声。リナリーが泣いていた。
「スーマンを助けなきゃ、」
まるで自らにいい聞かせるように繰り返した少女の言葉に、アレンはただ静かに頷き返した。
悲しかった。
哀しかった。
ただなにもかもがかなしかった。
(スーマン...きっと、娘さんに...)
死にたくないと望むことが、家族のもとへ帰りたいと願うことが、これほどまでに貶められなければならないほど、罪だったのか。
リナリーと引き離され、ひとり暴走状態のイノセンスに呑み込まれ、スーマンの感情に取り込まれながら、アレンは泣いた。優しい男だった、いつまでたっても発動できない新米エクソシストの自分に、呆れず付き合ってくれた。たまに一緒に食事をしたりお茶を飲んだりして、そのたび彼の話す家族のはなしに憧れた。そんなふうに語れるものが、自分にもあればいいのにと思って。
(敵に...仲間の情報を売って命乞いした...戦いを放棄して...)
だから。だからイノセンスが彼を殺そうとしている、裏切り者を裁く神のように、弁明も酌量の余地もなくその魂ごとまっ逆さまに地獄へと落とした。
悲しかった。
哀しかった。
エクソシストのなにもかもがかなしかった。
どんなに絶望的な戦場においても戦い続け、逃げることを許さず、アクマを破壊しつづけろとイノセンスが強いる。神への信仰を示し続けろとイノセンスが謳う。
(人間...なのに...どうして、)
神様は救ってはくれはしない。
――それならば。
「...発動、」
それならば、僕が__腕を掲げた。左腕。どうなってもかまわないと、そう、思った。
「最大限――――開放」
一際大きく、空で金色が弾けるのが見えた。ラビは槌を伸ばし続ける。上空に群がっていたアクマたちは、イノセンスの暴走現象に巻き込まれてすっかり消えていた。攻撃を受けずに済むことは僥倖だったが、不安は募るばかりだ。アレンは無事だろうか。リナリーの姿もないままだ。あわよくば二人が合流してくれていることを願いながら、ラビはアクマに攫われた少年の姿を探し続けた。
気を失っていたのは、どれくらいだろう。
見違えたように静けさを取り戻した月夜のなか、風が笹を揺らして波の音を立てた。小さな手が必死に頬を叩いている__うっすら目を開ければ、金色のゴーレムが心配そうに自分を覗き込んでいた。
「ティム...彼、は...」 どうしようもなく痛みと吐き気と悲しみに苛まれながら、アレンは顔を上げた。竹の向こうにある人影をみとめて、ほっと安堵の息が洩れた。
「スーマン! 良かった助かったんだ! スーマン、わかりますか、僕です、アレンです!」 軋む身体を引き摺って、座り込んで動かない変わり果てた姿のスーマンの前に膝をつく。 「なにか云ってください...ねぇ、」
男の顔がだんだんとはっきりみえるようになって、アレンは悟った。肩を掴む。揺する。それでも返事はなかった。 「ねぇ、スーマン...なにか、云って...僕、初めて、発動...あなたに、お礼、云わなくちゃって...」
嗚咽が込み上げる。しゃくりあげて、アレンは泣いた。真っ黒に変色した左の掌、苦肉の策で切り離したスーマンのイノセンスが、裁きの終了に満足したように輝きを放っていた。
怒りのままに叩きつけたかった__でも投げ出すことはせずに、アレンはじっと手のひらに乗せたイノセンスを見つめた。涙が止まらない。思考はどうしてとそればかりを繰り返す。慰めのようにティムキャンピーが、そっとアレンの頬に身体を寄せた。
「...ティム、リナリーたちを呼んできて...彼は、まだ...生きてる。死んだわけじゃない、から...家族の、ところへ帰してあげなきゃ、ね...」 つっかえつっかえ云うと、ゴーレムは任せろといわんばかりにおおげさに羽根をばたつかせた。このちいさな存在が傍にいなかったら、自分はきっとここまで頑張れなかっただろうと思うと、アレンの両目にまた涙が滲んだ。それをちょっと乱暴に拭って、スーマンに再び向き合った途端、彼は真正面で吹き上がる血の噴水を見た。
「バイバイ、スーマン」 ――あかい闇から響く声。
呼吸を止めて、アレンは目の前の惨状をじっと見つめた。内側から強い力で吹き飛ばされて粉々になった肉片が、ぺちゃりと頬に張り付いたのがわかる。
気配があった。冷たく暗く残酷な気配__アレンの背後から。
ゆっくりと振り向いた__それ以上はやく動くことなんて無理だった。笹の葉の上に、不釣合いな黒の革靴/外套/山高帽__スーマンの記憶の中にいた殺人鬼。
「...ノ...ア、」
呟きが聴こえたのか、男は笑ったようだった。白い手袋に包まれた両手を広げて、 「おいで、ティーズ」 静寂なる夜にふさわしい、どこか甘さを潜めた声が呼んだ。すると、ぶちまけられた血の池からいくつもの黒蝶が飛び出しアレンを取り囲んだ。その蝶のもつ、鋭利な気配を感じ取って自然と身体が震えた。男の呼び声に従って、蝶は黒く渦巻きながら飛んだ。本当の蝶にはありえない速さで飛び、男の手のひらに吸い込まれていく様を、アレンは呆然と見遣った。
「ふーん、まぁまぁデカくなったかな、」 先程よりいくらか大きい蝶を一匹、手から出現させながら男は満足気だった。
――ああ、なんだろう、さっきからひどく耳鳴りがする。喉は息をするたびに引き攣って、舌は砂のようだった。どうしよう、とてつもなく気持ちがわるい――――
「やあ、いい月夜だね、エクソシスト」 かさりと笹を踏みしめる音。 「みたとこ結構ボロボロだなぁ、助けてやろうか?」 愉快そうな調子の声が、敵だと判っていてわざとそういう冗談を持ち出すその態度が、ひどく勘に触った。少しでも口を開けば耐え切れずにめちゃくちゃになってしまいそうな不快感を胸に抱えながら、アレンは俯いたまま近づいてきた気配に向かって思い切り左手を振るった。
「ふざけるな!」 思いのほか小気味良い音がして、腕を引き千切られそうな痛みにもあまんじて耐えられた。
「スーマンに何をした...っ、お前が――――」
睨み上げた先、驚くほど整った男の顔があった。頬を張られた衝撃でシルクハットが吹き飛んで、相手の顔がよく見えた。
瞠目する、金の双眸――ああ、どうしよう、
「――ボジー?」
彼だけが自分をそう呼ぶ。彼だけにそう呼ぶことを許した。
おちびさん__甘くやさしく、ぼくを包んでくれるひと。
「ティ、キ...」
頬を伝って零れ落ちた涙が、喜びによるものか悲しみによるものかは、アレンにさえも判らなかった。