Acute pharyngitis
〜急性咽頭炎〜


「宿題は始業式の日に提出。もし忘れたとか、
 やってないってやつは、英作文を追加させるからな。
 そのつもりで。
 じゃ、いい夏休みをな。」

2年A組の担任、淀川雅史が言った後、
生徒全員が起立し、礼をする。
その途端、大きな歓声が上がる。

「やったーーー!!」
「夏休み、夏休みーー」

その場で踊っている奴もいる。
高校2年の夏休み、受験には間があり(もちろん今から準備に余念のない生徒もいるにはいるが)、たっぷり遊べる天国のような時間だ。

「今日は、これからどうするの?」
奏が暁に聞く。
「夕方までバイトした後・・・」
「そっか、行くんだ、家に。」
暁がにやりと笑って頷く。

2Aの担任教師である淀川雅史と、その生徒の大友暁が付き合い始めたのは、ちょうど梅雨の明けた頃だった。
平日はもちろん教室で会ってはいるが、付き合ってるとおおっぴらに出来る関係ではないし、週末に淀川の家に行っても、泊まらせてくれたことはない。
いつも、その日の内には帰れと言われ、何度も抗議したが、だめの一点張りで、 今日こそは、何とか説得して、一夜を一緒に過ごそうと計画している。

「今日こそは、一晩一緒にいられるかもな・・・」

独り言を言う暁を、奏が微笑みながら見ている。
「うまくいくといいね。」
「ああ。
じゃ、暇があったら電話してくれ。
タカナシによろしくな。」


暁は一人で鞄を持って、英語準備室へ向かう。
トントン

「開いてるぞ。」
中から雅史の声がする。

「入るぞーー」
言いながら、暁は素早く中に入った後、後ろ手にドアの鍵を閉める。 もちろんここで何かするつもりは無いが、用心に越したことは無い。

「俺、今日、夕方までバイトだから、終わったら
 そのまま行くから。
 なんか、買ってく物とかあるか?」
雅史の机のほうに向かって歩きながら、暁が聞く。

「何時頃になりそうだ?
 今日は後始末とかあるから、俺もそんなに早くは帰れない。
 何処かで飯食って、それから来るか?」

「そうだな・・・
 じゃ、奏の叔父さんのとこに行くか。
 7時には行けると思うけど、雅史は?」

「オッケー。
 7時なら大丈夫だと思う。
 もし、遅くなりそうだったら電話入れるから、
 先に注文しててくれ。」

「じゃ、後で。」
そう言いつつ、暁は雅史の肩に右腕を廻して引き寄せ、軽く唇を合わせる。

「学校ではするなって言ってるだろーー」
ちょっと赤くなって、口を尖らせて、雅史が言う。

「本当は嬉しいくせに。」
暁はそう言って笑った後、バイバイ、と手を振りながら出て行った。

・・・・・
(嬉しいに決まってるだろ・・・長い片思いの後、やっと実った恋だから。)
そう思っている自分が恥ずかしくて、雅史は慌てて書類の整理を始めた。


暁は一旦家に戻って着替え、ちょうど起きてきた 母親と昼食をとる。
「終業式だったのよね?
 通知表は、どうだった?」
成績に関しては、何も言われたことはないが、一応、学期末には毎回、 通知表は見せることにしている。
学校に行かせて貰ってるのだから、当たり前といえば当たり前なのだが・・・
母親に通知表を見せると、暫く見入った後、返してくれる。
身を入れて勉強していないので、良くはない成績・・・
母親に対して、すまない気持ちになる。
「夏休みは、何か予定はあるの?」
「別に・・・
 バイトもあるし、友達と会ったりしてるうちに、
 夏休みなんか、あっという間だよな。
 ま、今回は、宿題くらいは、きちんとやってくからさ。」
そう言う暁を母親はじっと見つめ、ちょっと微笑んだ。
「来学期の成績、楽しみだわ。」

昼食の後、自室に戻って鞄に着替えを入れる。
(今晩は、泊めて貰うからな。)
そう心で呟きながら、鞄を持って階段を下りる。

台所で洗い物をしている母親に、後から声を掛ける。
「今晩、もしかしたら友達のとこに泊まるかもしれない。
 そうなったらメール入れるから、心配しないで。」
ずっと母一人子一人でやってきた。
母親に心配をかけることだけはしないように、気を付けている。
「分ったわ。行ってらっしゃい。」
母親は振り返って、にっこり笑った。

前の籠に鞄を放り込み、急いで自転車を走らせる。
今晩の事を考えると、自然に胸の鼓動が高まる。
(腕枕をしてやって、朝まで一緒に眠りたい)
ここ最近は、ずっとそう思ってきた。
それが現実になりそうだ。
真夏の太陽に照り付けられ、すでに浅黒く焼けた顔に汗が滲む。
(このバイトをやってたお陰で、雅史に見初められたんだからな。)
そう思うと、やる気が沸いてくるのだった。


奏の叔父さんがやってる喫茶店まで、暁のバイト先 からは自転車で30分くらいかかる。
決して近くは無いが、学校から離れているので、学園の生徒に会う可能性が低いこと、そして、マスターは暁と雅史の事情を知っているので、一緒に行っても大丈夫なことで、以前にも一緒に行って食事をしたことがあった。

カラン

ドアのベルが鳴って、雅史が入ってくる。
暁がちょうど着いた頃に雅史から電話があり、ちょっとだけ遅くなりそうだから、先に注文して、来たら先に食べててくれと言われた。
暁は自分に生姜焼き定食を、雅史にはハンバーグセットを注文した。
(あいつ、子供が好きそうなもんが好きなんだよな・・・・)
そう思うと自然に笑ってしまう。
(6歳も年上で、一応は俺の担任なんだけど、でも、可愛いんだよな・・・)
暁の前に座った雅史が、怪訝な顔をする。
「何、独りでニヤついてるんだ?」

そこへちょうど料理が運ばれてくる。
「どうぞ、ごゆっくり。」
マスターが微笑みながら二人を見て、カウンターに戻っていく。

「腹減ったーー、いただきまーーす!!」
暁が箸を持った手を合わせて言う。
バイトの後は特に空腹だ。それに何といっても17歳、育ち盛り・・・かな?
身長は175センチになってから、伸びが止まったようだ。
ここの生姜焼きは、たれが絶妙でうまい。
付け合せのポテトサラダを食べている時、雅史がほとんど食べていないことに気がついた。

「どうした、腹減ってないのか?」
サラダを飲み下しながら聞く。

「ここ最近、忙しくてな、ちょっと疲れたのか、
 あんまり食欲無いんだ。
 暁、これも食べられるか?」
ほとんど手の付いていないハンバーグとライスの皿を指差す。

そういえば、ちょっと顔色が良くないし、気のせいか、声がいつもと違うような・・・
「どっか、具合悪いのか?」
「いや、疲れてるだけだから、明日から3日間は
 休みだから、ゆっくりすれば大丈夫だ。」
やっぱり声が掠れている。

暁はハンバーグを半分に切って自分の皿に取り、ライスも半分取る。
「半分食べてやるから、残りは雅史が食べろよ。
 疲れてるんなら、尚更、栄養摂らないとな。」

暁が食べ終わっても、雅史はほとんど食べていない。
(食べられるなら、食べてるよな・・・よっぽど疲れて食欲無いんだ・・・)
うつむき加減にして、ハンバーグを突いている雅史の顔を見る。
(無理に食えったって、食えない時は、食えないよな。仕方ないか・・・)

「雅史、疲れてるんなら、無理すんな。
 送ってくから、帰ろうぜ。」

「とっても美味しかったのですが、ちょっと
 食欲が無くて、残してしまってすみません・・・」
レジでお金を払いながら、雅史が申し訳なさそうに頭を下げる。

マスターは笑いながら、
「いいんですよ、お体、大事にして下さい。」
と言うと、ドアを開けて、二人を送り出してくれた。

「明日から夏休みですね。
 良いお休みを過ごしてくださいね。」
マスターは手を振りながら見送ってくれる。


暁は雅史を後ろに乗せて、二人乗りで自転車を漕いで行く。
雅史は暁の腰に腕を廻し、頭を暁の背中に付けている。
(今晩も、泊まるのは、無理か・・・なんか、すごく疲れてるみたいだな・・・今晩は寝かせてやって、又、明日、出直すか・・・)
お泊り計画が出鼻をくじかれたようで、ちょっとだけ、溜息をつく。
(でも、いくら夏でも、なんか、雅史、熱くないか?)

雅史のマンションの駐輪所に自転車を止め、エレベーターホールへ向かう。
郵便受けで手紙を出している時、雅史がふらっとして、その場にしゃがみ込む。
「おい、大丈夫か?」
手を貸して立たせるが、気のせいではなく、雅史の体が熱い。

「雅史、熱あるのか?」
顔を覗き込むようにして暁が聞く。

「測ってないから・・・」
その声が、さっきより益々掠れている。

エレベーターのボタンを押すと、すぐにドアが開いた。
中で雅史の額に触れてみる。
完全に発熱している。
顔もすでに赤くなって、目が潤み始めている。

雅史のポケットから鍵を出させ、ドアを開けて中に入る。
廊下を真っ直ぐ進み、リビングのソファに座らせる。

「体温計、あるのか?」
雅史は黙ってカップボードの引き出しを指差す。
開けると、ペンやメモ用紙に紛れて体温計が入っていた。

口に咥えさせる。
脇の下より、口の方が測定時間が短くてよく、正確なのだ。
って、母親が言ってたんだけど・・・

3分後・・・
38.3度・・・

食欲も無いはずだ。

「どんな風に具合悪いんだ?
 疲れてるんじゃなくて、風邪なんじゃないのか?」

雅史が溜息をついた後、ちょっと咳払いをして話し出す。
「教師になって初めての学期末だったろ。
 新米の俺が、偉そうに生徒に成績つけるんだ。
 緊張したし、何度も考え直したりして・・・」

それで疲れて、体調を崩したって訳か・・・
口が悪い割には、結構心配性なのかもしれないな。

「熱の他には、何処か痛いとか、無いのか?」

ちょっと考えてから、小さい声で言う。
「暁の言うように、多分風邪なのかもな。
 痛いのは・・・喉と背中と関節。
 多分喉が腫れてるんだと思う・・・
 扁桃腺が元々大きいから、腫れて熱出しやすかったんだ。
 最近は大丈夫だったんだけど・・・」

見た目より実は結構細身だし、病弱には見えないけど、健康的、って言うんでもないもんな。
って・・・
こんなこと考えてる場合かって。
とにかく、着替えさせて、寝かせなくちゃな。

「着替え、クローゼットの中か?
 Tシャツとハーフパンツとかでいいのか?
 出しておいてやるから、コンタクト外して来いよ。」

暁は雅史を洗面所に連れて行き、自分は寝室のドアを開ける。
日中締め切っていたせいで、むっとするほど熱気が籠っている。
エアコンのスイッチを入れ、設定温度を26度にする。
熱が出ているので、ちょっと低めのほうがいいかもしれないと思う。
クローゼットの引き出しから、白いTシャツと濃紺のハーフパンツ、下着を出して、ベッドの上に置く。
(ここで、一緒に寝たかったな、今晩・・・)

洗面所を覗くと雅史が顔を洗っていた。
「歯は磨いたのか?」
聞くと濡れた顔を上げて頷く。
その顔が妙に色っぽくて、ドキッとした暁は目を逸らした。
雅史を見ないようにして歯磨き用のコップを取り、キッチンへ行く。

「どっかに、塩、あったよな・・・」

キッチンの横の棚の中から塩を見つけ、それをコップに少量入れる。
水もちょっと入れて、濃い目の塩水にする。
それを持って洗面所に戻ると、雅史が顔を拭いていた。

「喉が痛いときは、塩水で含嗽するのが一番いいんだ。」
そう言って塩水の入ったコップを渡す。

「悪い・・・」

雅史の目が辛そうに見える。
具合の悪いせいか、それとも・・・
実は、雅史も楽しみにしてたんだろうな、今晩会える事を。

平日は二人で会わない、と、どちらが言ったのでもないが、暗黙の了解になっていた。
いくらその日のうちに帰ると言っても、夜遅くまで一緒にいたら、次の日学校で顔を合わせた時、平気な顔をしていられる自信がない。
二人の間に流れる空気が違うことに、敏感な人なら気がつくかもしれない。
多分、付き合い始めてまだ日が浅いせいだろう。
もっと時間が経って、二人の気持ちが落ち着いたら、朝まで一緒にいた後でも、誰にも二人の関係を気づかれないようになれるかもしれない。
でも、それって・・・いつのことなんだろうな・・・

雅史が含嗽を終えて暁を見ている。

「・・・」
何か言いたそうな目をしているが、黙ったままだ。

雅史の言いたい事が分る気がして、暁は頷いた。
「仕方ないじゃん、病気なんだから。
 さ、早く着替えて寝ろよ。」
雅史の肩を抱くようにして寝室に連れて行く。
「エアコン、寒くないか?
 熱出てるから、ちょっと低めにしたんだけど・・・」

「これでいい。」
そう言って雅史は着替え始める。
自分は服を着たままなのに、雅史が独りで服を脱いでいるのを見て、暁は、顔が火照ってくるのを感じた。
(病人に欲情してどうする・・・、俺って、鬼畜か?・・・)
暁は下を向いて雅史を見ないようにして、着替えが終わるのを待った。

「洗濯、してやろうか?」
何かしてないと、又変な事を考えてしまうかも知れない。
暁はちょっと後ろめたいような気がして、言った。

「いや、いい・・・」

雅史はそう言った後、ふらついて暁の方に倒れてくる。
暁はあわてて支えて抱き締める。
雅史は荒い息遣いで、朦朧としているように見える。

ベッドに寝かせて布団を掛けてやる。
熱で汗の浮いた額に髪の毛が数本張り付いている。
柔らかい髪の毛を撫でながら、これからどうすればいいんだろうと考える。
雅史は目を瞑って荒い呼吸を繰り返している。

雅史の息遣いを聞いているだけで、胸が苦しくなって、頭が混乱してしまった。
絶対泊まりたいと意気込んできたのに、今日は無理そうなこと、って、泊まるって事は、勿論、あの・・・旅館じゃないんだから、素泊まりって事じゃなくて・・・でも、病気なんだから、無理なわけで、でも、さっきの着替えを見て、どきどきしてしまって、そんな自分に呆れて、でもって、だんだん雅史の状態が悪くなってるようで・・・
あーーー、もう、どうしたらいいんだ??


暁は目を閉じて深呼吸する。
どうしたらいいか、それは、俺が、何をしてやれるかだな。

暁は丈夫な方だと自分で思っている。
前に雅史に雨の中グラウンドを走らされた時も、全身濡れ鼠になったが風邪も引かなかった。
勿論、一年に何回かはちょっと腹の調子が悪いとか、風邪気味になることはあるが、薬を何回か飲めば、すぐに治ってしまう。
そう考えたとき、気が付いた。

薬。そうだよ、薬を飲ませなきゃ。

「雅史、熱冷ましの薬とか、風邪薬とか、ないのか?」

雅史は薄っすらと目を開けて、
「あるけど・・・、それじゃ、だめかも・・・」
と言う。
何がだめなんだ?

「どういう事だよ?
 何がだめなんだ?
 あるのじゃ効かないって事か?」

そう言うと、かすかに頷く。

暁の母親は、弱いと言うほどではないが、暁よりは病気になりやすく、なるとすぐに酷くなってしまう。
雅史の状態を見て、ちょっと慌ててしまったが、気を落ち着けて、母親にするようにしてやればいいのだと、自分に言い聞かせる。

リビングに戻って、体温計と懐中電灯を持ってくる。

「雅史、口開けてみろ。」
懐中電灯で照らすと、確かに、喉の両側が腫れて真っ赤になっている。

「これじゃ、唾飲むのも痛いだろ?」
聞くと頷く。

熱を測ると、すでに38度9分に上がっていた。
ここまで上がってたら確かに、市販の常備薬じゃ効かないかもしれない。

「雅史、かかり付けの病院、無いのか?」
聞くと、暫くして、ベッドの横のサイドテーブルの下を指差す。

開けると色んな書類が入っていて、その中に保険証が入っていた。 透明なカバーが掛けられたそれを開いてみると、中に診察券が数枚入っていた。
眼科、歯科・・・、これじゃない。
一番下に総合病院の診察券があった。
一般診療時間はとっくに終わってるが、夜間外来をやっているらしい。

「診てもらえるか、電話してみる。」

ジーンズのポケットから携帯を取り出し、診察券に書かれた番号に掛ける。
数回の呼び出し音の後、女性の声が聞こえる。

「これから診てもらえますか?
 はい、ちょっと前から急に熱が上がって・・・
 喉と背中と関節って言ってます。
 いえ、自分じゃなくて・・・
 淀川雅史。診察券は持ってます。
 はい、じゃ、よろしくお願いします。」

暁の電話での応対は、意外なほど丁寧できちんとしている。
雅史はぼんやりとそう思ったが、体がだるくて、口を開くのも億劫だ。

「夜間診療やってるって。
 持ってく物は・・・、保険証と、診察券があればいいよな。
 病院、どこなんだ?
 ここだと、駅の方か・・・、歩いては行けないし・・・
 自転車じゃ、後ろに乗ってるの、辛いしな・・・
 タクシー、呼んでいいか?」

言いながら、コマーシャルでよく聞く番号に掛ける。

「近くてすみませんが、病人がいるので。」
そう言いながら雅史のマンションの名前を告げる。

「近くの車を廻してくれるってさ。
 病院もエアコン効いてるかもな。
 ハーフパンツじゃなく、スエットの長いの、
 穿いて行くか?」
クローゼットから取り出したスェットパンツを雅史に渡し、暁は何か他に探している。

「バスタオル、あったほうが、肩に掛けられるし。」
そう言って、一番大判のバスタオルを取り出した。
そして、クローゼットの中にあった小さめの鞄に、保険証と診察券と、雅史の財布、自分の財布を入れる。

準備が整い、暁は雅史を抱くようにして、マンションの下まで降りる。

ちょうど角を曲がったタクシーが、ライトを点滅させて近づいてきた。

「電話した、淀川です。」
暁が運転手に告げ、二人で乗り込む。

病院までは、タクシーならワンメーターだ。

「近くてすいません。ありがとうございました。」

暁がそう言うと、運転手はちょっと意外そうな顔をした後、
「病人なんだろ、帰り、待っててやろうか?」
と言ってくれる。

「でも、時間掛かるかもしれませんから。」

そう言う暁に、
「もう少しで上がりの時間なんだ、最後の
 客って事で、待ってるよ。」

もし時間が掛かりそうなら、電話を入れることにして、運転手の好意をありがたく受けることにする。


診察室の前以外は電気を消された待合室には、数人が待っているだけだった。
これなら、そんなに時間が掛からないだろう。
椅子に座った雅史は暁の肩に頭を乗せている。
やはりエアコンが効いていて、暁は雅史にバスタオルを掛けてやる。

「淀川雅史さん」

若い看護師が雅史の名前を呼ぶ。
一人では歩いて行けそうに無いので、腕を支えて、一緒に行く。

「ご家族の方ですか?」
聞かれて、暁は、一瞬、迷ったが、
「いえ、友人です。」
と答える。
(弟、って言ってもよかったんだけどな・・・)

「一緒に入っても、いいですか?」
暁が聞くと、看護師は、
「付き添いの方ですよね。結構ですよ。」
と笑って答える。
(本当は、家族以外はだめって言うところだけど、この二人、好みだし、礼儀正しいから、いいことにしちゃお)
若い看護師は心の中でペロッと舌を出した。
(きつい仕事だし、たまにはこんな目の保養させてもらったって、いいよね? ナイチンゲール様、ごめんなさい。)

看護師に促されて診察室に入る。
病院独特のにおいが、待合室にいたときより強く鼻腔を刺激する。

初老の医者の前に座り、診察を受ける。
血圧を測り、喉を見たり、肺音を聞いたりした後に診察台に横になるように言われる。

その様子を見ていて、暁は、雅史が熱を出したのが、今晩でよかったな、と思った。
もし、今晩、雅史が元気で、説得が上手くいって泊まったとして、明日熱を出して、こういう診察を受けることになったら・・・
考えただけでも、穴があったら入りたくなる。
きっと・・・雅史の体中に散らされた、薄紅色の痣を見て、初老の医者は、どうしたのか尋ねるだろうし、若い看護師は、聞かなくても、それがなんであるか気づくだろう。
・・・・・
雅史、とりあえず、よかったな。

そんな事を考えていた時、急に医者に話し掛けられ、暁はぎょっとする。

「患者さん、熱で朦朧としてるから、一緒に話しを聞いてください。」

(びっくりした〜〜、心を読まれたのかと思ったぜ・・・)

「急性咽頭炎でしょう。
 抗生剤とビタミン剤、解熱鎮痛剤は、飲むのと、
 座薬を出しておきますから、今晩と明日は、座薬を
 使ってください。
 熱が38度以下になってきたら、回数を減らすか、
 飲み薬に変えてください。
 あと、喉が痛いからと言って、水分を取らないでいると、
 脱水になりますから、痛くても、なるべくたくさん、
 水分を取らせてくださいね。
 おしっこが出なくなるとか、皮膚が乾いてくるとかになったら、
 点滴が必要ですから、もし、変だなと思ったら、電話で問い合わ
 せてください。」

医者と看護師にお礼を言って、薬局で薬を貰い、会計でお金を払い、時計を見ると、さっきタクシーから降りて、40分くらい経っていた。

正面玄関に出ると、タクシーがすうっと停まってドアを開けてくれる。

「どうだった?酷いのか?」
運転手が心配そうに聞いてくる。
何で、親切にしてくれるんだ、と思いながらも、
「いえ、薬を貰ったので、大丈夫だと思います。」

「そうか・・・
 ただの風邪だと思ってたら、肺炎って事もあるからな。
 うちの兄貴も、子供の頃、それで逝っちまった・・・
 大事にしてやんなよ。」

暁はバックミラーに映る運転手の目を見ながら頷いた。

マンションに着いて、又ワンメーターの料金を払う。
待って貰っていた分を聞くと、それはいらないと笑いながら言われた。
「お陰で助かりました。ありがとうございました。」

そういう暁に運転手が声を掛ける。
「若いのに、しっかり挨拶が出来るんだな。
あんたみたいなやつは、社会に出てから、伸びるぞ。」

その言葉に、もう一度礼を言い、雅史を支えながら部屋に戻る。


すぐにベッドに寝かせ、薬を飲ませる準備をする。
空腹のまま飲ませる訳にはいかないので、何か無いかと探すが、冷蔵庫の中には、ワサビや芥子、マヨネーズといったものしか入っていなかった。 カップボードの中や、その他の場所を探すも、食べられそうなものは何もない。

部屋に戻って、雅史に声を掛ける。
「雅史、今週、どんな食生活してたんだ?
 なんにもねーのな、食える物。
 俺、ちょっと、コンビニ行って、買って来るわ。」

そう言う暁に、雅史が何か言った。

「なんだ?」

聞き返すと、
「もう、大丈夫だから、帰れ。」
と、掠れた小さな声で言う。
時計を見ると、11時近くになっている。

「シンデレラには、まだちょっと時間、あるぜ。」
そう言って、暁は貰ってきた薬の中から、座薬を取り出す。

「これは食べなくても入れていいって、薬剤師が言ってたからな。
 俺が入れてやろうか?」
雅史が首を振る。

「そうだよな。じゃ、自分で入れて、寝てろよ。
 ダッシュで行って来るからな。」
暁は雅史に座薬を手渡した後、雅史の頭を撫でる。
熱で真っ赤になった顔で、雅史が暁を見上げている。

(熱出てる時って、心細いって、母親が言ってたもんな。)
ドアの所で振り返って、こっちを見ている雅史に笑いかけてから、暁は買い物に出掛けた。

自転車を飛ばして、近所のコンビニに行く。
コンビニにしては大きいほうで、結構品揃えがいい。
喉が痛い時って、何がいいんだろうな・・・
考えながら、品物を物色する。
牛乳、ミネラルウォーター、りんごジュース、プリン、ヨーグルト、ゼリー、卵、食パン、ねぎ、生姜、・・・
そして、持ってくるのを忘れた、歯ブラシも籠に入れる。
明日はお粥を炊いてやろう。

レジでお金を払うと、猛ダッシュで自転車を漕いで戻る。
靴を脱ぐのももどかしく、コンビニの袋を持って、部屋に駆け込む。

「早かっただろ?」
暁はそう言いながら、雅史の髪の毛を左手で梳いてやる。

雅史が両腕を伸ばしてくる。
何だ、と思って暁が顔を近づけると、その首に両腕を廻して、ぎゅうっと抱き付いて来た。
暫くそうしていた後、雅史の腕が緩む。

「プリンなら食べられるだろ?」
体を起こしながら暁が聞くと、雅史の片方の目尻に、ほんのちょっとだけ、涙が滲んでいるのが見えた。
・・・やっぱり、独りでいるのが、心細かったんだ・・・・
胸が苦しくなるような、何とも言えない気分に陥る。

コンビニの袋から、プリンを取り出し、プラスチックのスプーンは食べにくいからと、キッチンにステンレスのスプーンを取りに行く。

横になっている雅史の口に、プリンを掬って入れてやる。

雅史は眉間にしわを寄せながら、辛そうに飲み込む。
「喉、痛むのか?」
暁の問いに頷く雅史。
なんだか、雅史が小さな子供になってしまったように感じる。

3口食べたところで、雅史が首を横に振った。
もういらないって事なんだろう。
本当はもっと食べてからのほうがいいのだろうが、無理させても、と思って、 暁はその後、薬を飲ませる。
それも、一粒一粒、時間をかけて、ようやく飲み込む。
全部飲み終わって、雅史が溜息をつく。

「よく頑張ったな。」
暁は雅史の頬にキスを落とす。
雅史はその場所に指先でそっと触れた後、暁を見上げて口を開く。


「世話に、なったな。
 今晩は、もう、いいから、家に、帰れ。」
掠れて、聞き取りにくかったが、確かにそう言った。

それを聞いて、またしても、暁は胸が苦しくなった。
自分を見上げている雅史の目を、見つめ返す。

熱で紅潮した顔、潤んだ目・・・

「・・・帰れる訳無いだろ・・・」
大きく深呼吸した後、暁は一気にしゃべりだす。

「こんなに熱出て、ぐったりしてるお前を置いて、
 帰れる訳無いだろ!!
 さっきから、顔見てても心配なのに、家に帰ったら、
 一秒ごとに、お前のことが心配で、居ても立っても
 いられないだろ。
 もしかして、もっと酷くなってるんじゃないか、って・・・
 俺を呼びたくても、電話出来ないんじゃないか、って・・・
 俺たち、付き合ってるんだぞ。
 お前は、俺にとって、俺が自分で思っていた以上に、
 大事なんだよ。
 こんなに辛そうなお前、代われるもんなら、代わってやりたい。
 お前を守りたいって思っても、病気からは守れなかった・・・
 でも、看病くらいは、出来ると思うから、傍にいたって、
 何にもしてやれないかもしれないけど、いさせろよ。
 ・・・お前は、俺が傍にいて欲しくないのか・・・?」

黙って聞いていた雅史の目尻から、つぅーと一筋、涙が零れる。

「・・・いて、欲しいに、決まっ、てる・・・
 でも・・・」
掠れた声で一生懸命、話そうとする雅史を、暁は遮った。

「もうしゃべるなよ。
 いいじゃん、今回は非常事態って事で。
 俺はお前の傍にいたい、お前も俺にいて欲しい。
 それ以外に、何か理由が要るのか?
 うちの母親には、もしかしたら今晩は、友達のところに
 泊まるかも知れないって、言ってあるから、大丈夫。
 携帯にメール入れるから、心配すんな。」
そう言って、雅史の見ている前で、母親にメールを入れる。
『今晩は友達が病気で付いてるから、帰らない。心配しないで。暁』

送信ボタンを押した後、
「これで、家に帰ったら、病気の友達を置いて帰って来た
 薄情者って、母親に軽蔑されるな。」
笑いながら暁が言って、雅史が溜息をつく。


「座薬、入れたのか?」
雅史の額に手を当てて、暁が聞く。
雅史は頷く。
「そんなに早く、効く訳無いか・・・
 俺、冷蔵庫に、これ、入れてくる。」

コンビニの袋を持って、暁が部屋を出て行く。
雅史は熱でぼんやりした頭で考える。
(俺だって、暁と一緒にいたい。でも、俺は教師なんだぞ。それも、暁の担任教師だ。 今晩は特別だとしても・・・これから、どうすれば・・・)
考えているうちに、急に眠気が襲ってきて、雅史は思考を止めた。

暁はコンビニの袋から食料を取り出して、仕分けしながら、冷蔵庫に入れたり、棚にしまったりした。
明日の朝は、お粥を炊いて、俺も一緒にそれを食べればいいか・・・
明日、バイト、休みにして貰ってて、良かったな。
キッチンをあちこち探してようやく米を見つけ、一合を鍋に入れて研ぐ。
本当は、土鍋のほうがいいんだけどな、ここには、無いよな、土鍋・・・

部屋に戻ると雅史は眠っていた。
顔はさっきより、赤みが引いたようだ。
少しは熱が下がってきたのだろうか。
でも、唇が乾いて、カサカサになってきている。
もし、夜中に目を覚ましたら、水分とらせなきゃな。

そして、少し迷った後、シャワーを使わせてもらうことにする。
バイトの後だから、汗まみれだったし・・・
明日の朝、雅史のと一緒に、自分のも洗濯しちまおう。
そう思って、その辺にあった雅史のと、自分の衣類を一緒に洗濯機に放り込んで、明日の朝は、スイッチを入れればいいだけにする。

部屋に戻りかけて、どこで寝ようか、考える。
雅史のベッドはセミダブル、雅史が細身なので、二人でも、とりあえず大丈夫ではあるが、熱が出てる時って言うのは、隣に人がいるって、鬱陶しくないんだろうか・・・
目が覚めたときに見に行けば、リビングのソファで寝たほうがいいかもな。
そう思って、踵を返した。


どのくらい経ったのか、人の気配で目が覚める。
目を開けると、雅史が床に座って、暁に凭れていた。
驚いて起き上がる。
「雅史、何してんだ、こんな所で。
 ちゃんとベッドで寝ろよ。」

雅史は眠っていなかった。
「トイレに、起きたら、暁が、見えたから・・・
 何で、ここで、寝て、るんだ・・・?」

上目遣いに、じっと暁を見つめて、掠れた声で、途切れ途切れに聞いてくる。

「何でって・・・
 熱出てる時って、人が隣に寝てたら、鬱陶しいの
 かなって思って・・・
 俺、よく分んないから・・・」

言いながら、雅史の額に手を当てる。
完全ではないものの、かなり熱が下がっているようだ。
「熱、下がってきたみたいだな。
 汗、かいたか?」
聞くと頷く。
触ってみると、Tシャツがじっとり汗ばんでいた。

「ごめんな。勝手に、さっき、シャワー使わせてもらった。
 雅史は、熱が完全に下がるまで、風呂もシャワーもやめ
 といたほうがいいぞ。
 体、拭いてやるから、着替えろよ。
 せっかく熱下がってきたのに、冷えたら、良くないから。」

暁は雅史の着替えを持ってきて、洗面所で熱いお湯で絞ったタオルで、雅史の体を拭いてやる。
薄い体に滑らかな肌・・・抱き締めたい気持ちを抑えて、拭いた。

着替えた衣類も洗濯機に放り込む。
そして、雅史の手を握って、部屋に行く。

「雅史が嫌じゃないんなら、一緒に寝ようぜ。」
そういうと、こっくりと頷いた。

二人でベッドに入って、暁は、雅史の首の下に右腕を差し込んで、腕枕をする。
「嫌だったら言えよ。」
そう言う暁の胸に、雅史は顔を埋めてきた。
暁の胸の鼓動を、雅史は聞いているのだろうか・・・
(確かに、腕枕で一晩眠れるんだろうけど・・・ちょっと・・・違ったな・・・)
左手で髪を撫でてやると、程なく、雅史のかすかな寝息が聞こえてきた。
安心して眠っているその様子に、暁はますます、眠れなくなりそうな気がした・・・が、疲れていたのだから、すぐに深い眠りに落ちた。


朝方目を覚ました暁は、腕の中の雅史が又、ひどく熱い事に気がついた。
小さい声で呼びかけると、雅史は薄目を開けた。

「又、熱上がってるのか?」
暁の言葉に頷き、
「座薬の、効果は、6時間、くらい、だから・・・」
と言って、荒い呼吸をしている。

暁はすぐに起き上がって、雅史に座薬を入れるよう渡す。
時計を見ると5時をちょっと回ったところだった。
本当に、6時間か・・・
でも、この様子だと、もうちょっと前から、熱が出てきていたようだ。
全然気づかず寝ていた自分が恨めしい。

そういえば、昨晩、水分を取らせようと思って、忘れたことに気が付く。
(俺って、役立たずじゃん・・・)
ちょっと落ち込みながら、冷蔵庫にりんごジュースを取りにいく。

背中を支えて起こして、ジュースの入ったコップを渡すが、首を振って、いらないと意思表示をする。
水のほうが良かったか、と思って、今度は、ミネラルウォーターをボトルごと持ってくる。
それにも、首を振る。
そうか・・・喉が痛いから、飲みたくないんだ・・・

そう問うと、ちょっと目を逸らして、頷く。
そりゃそうだ、大の大人が、喉が痛いから、水を飲みたくないなんて、恥ずかしいに決まってる。

「あのな・・・、昨日の医者も言ってただろ。
 水分を取らないと、脱水になって、点滴しなくちゃ
 ならないんだぞ。
 そしたら、病院にいる間は、俺が雅史の世話する
 わけにはいかないんだ。
 我慢して、飲めよ。」

ボトルのキャップを外して雅史に差し出すが、受け取ろうとしない。

暁はやれやれ、と呟いた後、ボトルから水を口に含んで、そのまま雅史に口付け、水を流し込む。
雅史は驚いたように目を見開いたが、そのまま水を飲み込んだ。
二度、三度と、繰り返し、暁は口移しで雅史に水を飲ませる。
いつもはすべすべで柔らかい雅史の唇が、乾いてカサカサになっている。そこを時々舌先で軽くなぞりながら、水を注ぎ続ける。
軽く触れるだけのキスは、昨日もしたが、深いキスをするのは、先週末以来だ。
熱で潤んだ雅史の色っぽい目を見ながら、(これは、雅史のためなんだ) と、暁は心の中で、何度も繰り返す。
そうでもしないと、このまま、鬼畜に変身してしまいそうだ・・・
(雅史、頼むから、早く良くなってくれ・・・)

雅史は水を飲まされながら、熱で浮かされた頭で、(こういうのも悪くない・・・) と、ぼんやり感じていた。

ボトルの半分くらい飲ませた後、熱が出ているわけでもないのに、赤い顔をした暁が、ぼんやりしている雅史に向かって言う。
「朝は、お粥でいいだろ。用意してくるから、寝てろよ。」
雅史は満足そうな微笑を浮かべて、頷いた。
そんな雅史を見て、暁はますます顔に血が昇るのを感じた。

(雅史は病人なんだ、病人なんだ、病人なんだ・・・)
ぶつぶつ呟きながら、リビングに行くと、途端に緊張が解けて、一気に眠気が襲ってきた。
寝る気はなかったのに、そのままソファに座ると、寝入ってしまった。


ふと気が付くと7時を過ぎていた。
「お粥、炊くって言って、寝ちまった・・・」

慌てて鍋を火にかけ、洗濯機のスイッチを入れにいく。
(雅史、起きてるかな・・・)
静かに部屋のドアを開けると、さっきと同じ格好で、そのまま眠っている雅史が目に入った。
起こさないようにそっと、額に手を当てると、さっきよりずっと下がっている。
でも、座薬の効果は6時間って言ってたからな、もし本当だとすると、次は、11時には又上がるって事だ。
その前に、朝食を摂らせて、体を拭いて、着替えさせなくては・・・
そして、時々、そうだな、2時間に一回は、水分を摂らせないと。
雅史を昨日の若い看護師に任せるのは、絶対、嫌だ。
雅史に触るな、と、想像の中で叫ぶ。
(俺、そろそろ、限界かも・・・、幻覚が見えてる・・・)
自分の鬼畜加減に、溜息が出た。

キッチンに戻ると、お粥の鍋が吹き始めた。
火力を最小限に絞る。
これで、放って置けば、勝手にお粥が出来上がる。
母親のために作っていたから、お粥だけは炊けるが、 その他は・・・作ろうと思ったことが無いから、分らない。
これからは、雅史の好物くらいは、作れたほうがいいのかもしれないな・・・
今度、奏に習おうか。
鍋から吹き上がる湯気を見ながら、そんな事を思う。

リビングのテーブルの上を、朝食が出来るように片付け、 自分の身支度をする。
使い終わった歯ブラシを、雅史の歯ブラシの隣に戻す。
並んだ歯ブラシが嬉しくて、そんな自分に苦笑いをする。
今まで付き合った女、誰ともこんな関係になりたいと思わなかったのに・・・

部屋に戻ると、雅史が目を開けた。
「わりい、起こしたか?」
聞くと、首を振って、ゆっくり起き上がる。
床に足をつけて立ち上がると、ふらついて、暁が腕を掴んで支える。
熱が下がった後は、かなり汗をかくようだ。

「先に、歯、磨いてろよ。
 着替えるだろ?」

昨夜の夜中と同じように、体を拭いて着替えさせ、リビングに連れて行く。
雅史をソファに座らせた後、暁は炊き上がったお粥に溶き卵を流し入れ、刻んだねぎも入れる。
味噌が見当たらないので、茶碗に盛った後、塩を振る。
それを雅史の前に置き、自分の分も用意して、二人で、初めての朝食を摂る。
熱が下がっているからか、昨日よりは食べられるようだ。
それを見て、ほっとする。
雅史は茶碗に1/3程、暁は茶碗に3杯のお粥を平らげ、食後に、ヨーグルトも食べる。
雅史の栄養になるもの、と思って買ってきたのだが、雅史は3口食べて、 もう一杯だから、と言う。
薬はやっぱり、辛そうにしながら飲んでいる。
飲み終わると又、
「偉かったな。」
と言って、今度は眉間にキスをした。
昨日から、ここにはしわが寄りっぱなしだ。
薬と一緒に水分も摂ったから、暫くはいいだろう。

雅史を又ベッドに寝かせて、洗面所に戻るとちょうど、 洗濯機の終わりを告げるブザーが鳴り、暁は洗濯物を干し、その後、朝食の片付けをする。


やはり、11時近くになると、又雅史の顔が紅潮し始める。
熱を測ると、38度1分。昨日ほどは上がっていない。
そろそろ、又、水を飲ませる時間だ。
自分で飲めと言っても、首を横に振るので、仕方なく、又口移しで飲ませる。
水を注ぎ込むたびに、雅史が舌を絡めてくる。
本当は自分で飲めるんじゃないのか・・・そう思いながらも、それ以外のことが出来ない状況なので、まあ、いいか・・・、そう思い直す。
(キスすら出来ないんじゃ、俺、どうにかなっちまうしな・・・)

又座薬を入れた後、辛そうな雅史を抱き締めて、ベッドで一緒に横になる。

暫くして熱が下がり、同じように、体を拭いて着替えさせ、お粥とプリンを食べさせ、薬を飲ます。
その後は、暫く二人でテレビを見た。
5時が近づいても、今度は熱が上がる様子は無い。
抗生剤の効果が出てきたんだ。

相変わらず、水だけは自分で飲もうとしない雅史に、口移しで水を飲ませた後、 喉を見ると、昨日よりは赤みも腫れも引いている。
ちょっと首の後に手を這わすと、腫れたリンパが幾つも触れた。
(薬で抑えられてるだけなんだ、まだ、治った訳じゃない。)


「雅史、薬、効いて来たみたいだな。
 このまま、治るといいけどな。
 俺、明日は、昼、バイトなんだ。
 もし、雅史がまだ、熱下がってなかったら、店長に言って、
 休ませてもらうけど・・・」
言いながら、考える。
今後の事も、この際、話し合ったほうがいいよな。

「雅史、話せるか?
 俺、今後のことで、どうしても、雅史と話し合いたいって
 思ってたんだ。」

「ゆっくりなら、大丈夫、だ。」
掠れてはいるが、昨日の声よりはましになっている。

「俺、雅史と朝まで一緒にいたい。
 何でだめなんだよ、理由を聞かせてくれないか?
 雅史が教師で、俺が生徒だからか?
 でも、学校を離れたら、関係ないだろ。
 俺の母親のことか?
 もしかして、薄々気づいてるのかもしれない・・・
 でも、何も言われてないぜ。
 だって、俺自身のことなんだからな。
 俺とお前が納得すれば、それでいいんじゃないのか?
 何を心配してるんだ?」

「お前の、勉強の、事・・・」

「お世辞、にも、成績、いいとは、言えない、し・・・、
 宿題も、よく、忘れる、し、いくら、学校を、離れ、たら、
 教師と、生徒じゃ、なくて、も、泊まる、ように、なって、
 今より、悪く、なったら、俺、お前の、母親に、顔向け、
 出来ない・・・」

一言一言考えながら話す雅史。

「じゃ、俺、どうしたらいい?
 勉強、頑張るなら、泊まっていいのか?
 どんな条件なら、泊まっていいんだ?
 俺、雅史と過ごせるように、頑張るから。」

言ってから、暁は、ガラにもない事を言ってしまったと、恥ずかしくなった。
でも・・・
昨日から一緒にいて、やっぱり、雅史ともっと一緒にいたいと、切実に思うようになっていた。

「ひとつ、宿題を、忘れない、こと。
 ふたつ、テストで、赤点を、取らない、こと。
 これが、出来るん、なら、泊まって、いい、ぞ。」
雅史は、言ってから、溜息をつく。

「今までの、お前じゃ、無理、だから、夏、休みの、間、
 ここで、勉強、しろ。」

暁は何度も頷きながら、雅史に抱きついて来た。

「やったー!!俺、頑張るからな。」
こんなに喜の感情を表に出した暁を見たのは、初めてだった。
口は悪いし、鈍感だし、ま、クールと言えば、言えなくもないイメージではあったが・・・

「でも・・・一回でも、忘れたり、赤点、
 取ったら、卒業まで、泊まらせ、ない、からな。」
雅史がそう言っても、嬉しさのほうが勝っているのだろう、頑張るから、を繰り返している。

ま、本心は、雅史だって暁と朝まで一緒にいたいって思っていたんだから、 こんなに喜んでいる暁の姿を見て、悪い気はしなかった。


今晩は発熱しなかったら家に帰れと、雅史は言っていたが、結局、夕食をなんにしようかと話している頃から、熱が上がり始めた。
測ると37度8分。飲み薬の解熱剤にする。
やっぱり、独りにしておけないからと、暁は母親にメールを入れる。
『友達の熱が下がらないので、今晩も帰らない。明日、バイトだから、その前に家に帰る。暁』
これでよし、と・・・

ベッドに寝かせた雅史が眠ってしまうと、暁は買い物に出掛けた。
昨日から、野菜を摂ってないからな・・・
でも、野菜って、喉の痛い時は、どうやって食べるんだ?・・・

ふと気が付いて、奏に電話する。
『奏か、俺、暁。
 聞きたいことがあるんだけど、喉が痛くても、食べられる
 野菜ってあるか?
 ん?
 いや・・・
 そっか、スープか、分った、サンキュ。』


昨日行ったコンビニではない、そこよりちょっと遠くのスーパーに行く。
白菜、ニンジン、大根、ベーコン、コンソメキューブ、1/4カットのスイカ、 そうめん、めんつゆを買う。

雅史の家について部屋を覗くと、暗い部屋の中で、雅史の小さな寝息が聞こえ、それにほっとする。
起きてるときは、傍にいてやりたいからな。目を覚まして、俺がいなかったら、きっと雅史は寂しがるだろう。それを口には決して出さないが・・・
そう思いつつ、夕食の支度をする。
野菜を適当に切って、コンソメキューブ、ベーコンと共に、水を入れて煮る。
それだけで、美味しい具沢山のスープになるのだと、奏は教えてくれた。
柔らかくなるまで煮込めば、喉が痛くても、飲み込み易いはずだし、とも言っていた。
面倒な手間がかからず、でも、体に良さそうなこの料理を教えてくれた奏に感謝する。
後はそうめんを茹でて、めんつゆか、このスープに入れるかして食べればいい。
大きめの鍋に湯を沸かして、雅史の様子を見に行く。
ダウンライトを付けると、雅史が寝返りをうってこちらに向く。

「雅史、夕食できたぞー。
 起きれるか?」

暁が呼ぶと、目を開ける。
「喉、渇いた・・・」

そういえば、さっき水を飲ませてから、大分経っていた。
「これで、最後だからな、飲ませるの。」
暁はそう言って、又、口移しで水を飲ませ始める。
本当に喉が渇いていたようで、雅史は注ぎ込まれる水を黙って飲み込んでいる。
ボトルの水が無くなったので、そう言うと、ちょっと悲しそうな顔をして、暁を見返してくる。

「水は、いらないから・・・」
雅史はそう言いながら、暁にキスを強請ってくる。
今日はもう何度もしただろ、と言いつつ、暁は雅史の口付け、部屋の中には二人の深いキスの音が響く・・・

「もう夕食には遅い時間だからな。
 食べて、薬飲まなきゃ。」
暁は雅史の手を引いて、リビングに連れて行き、初めて作ったスープを器に入れて雅史に勧める。

「初めて作ったから、味は良くわかんないけど、コンソメ
 入ってるから、とりあえず、食える味だと思うぞ。」
言いながら、そうめんを茹でる。
水洗いした後、皿に盛って、雅史の前に置く。
「めんつゆでもいいし、そのスープに入れてもいいと
 思うんだよな。
 食べられそうか?」

暁に笑いかけられて、雅史は胸がいっぱいになる。
去年の今頃は、こんな日が来るとは、思ってもいなかった・・・
汚い仕事に嫌気がさし、何度も辞めようと思ったが、もうちょっとで卒業だし、生活の為には、辞めずに続けたほうがいいように思った。
でも、時々見かける酒屋の配達の青年を、想っては、溜息をついていた。
(こんな仕事をしてるって、分ったら、軽蔑されるに決まってる・・・)
想いが募って、話し掛けたい衝動に駆られたが、そう思うと気持ちが萎えた。
そういえば、去年の夏も、熱を出して何日か寝込んだ記憶がある。
独りで病院へ行き、独りで部屋にいて、孤独と罪悪感とで、気が狂いそうになった。
それが、今は、あの時憧れていた青年に看病され、俺のために、した事のない料理までしてくれて・・・
そう思うと、自然に涙が出てきた。

俯いて涙を零している雅史を見て、自分の分のスープを持ってテーブルについた暁が、驚く。

「どうしたんだ?
 まだ、どっか、調子悪いのか?」

暁は隣に行って、雅史の肩を抱く。
雅史は手の甲で涙を拭って、暁に笑いかけた。
「俺、今、幸せだなって思って・・・」

いつもは憎まれ口ばかり利く雅史が、そんな事を言ってくれたのが嬉しくて、 でも、その分、なんだかとっても照れ臭くて、
「ばーか、何言ってんだ。
 熱で頭どうかしたんじゃないだろうな。」
そう言って、雅史の頭を小突く。
雅史も、照れたように笑って、もう一度涙を拭っている。


夕食の後、薬を飲んで、シャワーを浴びたいと言う雅史を、明日、熱が出てなかったら、俺が体を洗ってやるからと、何とか説得し、着替えさせた後、雅史が寝入るまで腕枕をしてやる。
やっぱり熱が出ていたせいで、疲れていたのだろう、そんなに経たないうちに、雅史は寝てしまった。

起こさない様にそっとベッドを抜け出し、夕食の片付けや、明日の朝食の準備をし、雅史に心でごめんと言いつつ、さっとシャワーを浴びる。
今日は何度も着替えさせたので、明日、バイトに出掛ける前には、洗濯も済ませておかなくてはならない。
電気を消して、雅史の横に滑り込むようして入ると、後ろから雅史が抱き付いてきた。起きているのかと思ったが、そのまま寝息が聞こえるので、眠っているようだ。
Tシャツを通して伝わってくる雅史の体温から、発熱していないことが分る。
好きな人が病気になることが、こんなに辛いものだとは・・・
昨日から今日にかけての、雅史の様子を思い出し、やっぱり胸が痛くなった。
(このまま、良くなってくれよ。もう、辛いそうな雅史を見るのは・・・)
そう思いながら、背中に雅史の体温を感じながら、暁も眠りについた。


頭を撫でられている感触で、目が覚めた。
目を開けると、雅史が後ろにいた。
そうだ・・・昨晩は雅史が後ろから抱き付いてきて、そのまま寝てしまったんだと思い出す。
暁は雅史のほうへ寝返りをし、そのまま雅史を抱き締めた。
雅史の額に自分の額をつけるが、熱くはない。
昨日の夕方に出て以来、熱は引いているようだ。
「おはよ。熱、出てないみたいだな。」
そう言うと、雅史はちょっと疲れたように笑う。
「多分、もう、大丈夫。このまま、薬飲んでれば、
 治ると思う。」

もう起きなくては、することあるし、間に合わなくなる。
「俺、先に起きるから、雅史、もうちょっと寝てろ。
 朝飯出来たら呼ぶから。」
そう言って、暁はベッドから降りたが、雅史は、暁のTシャツの裾を掴んだまま、一緒について来る。

(やれやれ、すっかり子供になっちまったみたいだな・・・)
そう思いつつ、雅史をソファに座らせ、りんごジュースをコップについで、テーブルに置く。
お粥の鍋をコンロにかけ、雅史の部屋へ行って、シーツや布団カバーを外して来て、洗濯機に一緒に放り込む。洗濯機を回しながら、歯磨き洗面を済ませ、リビングに戻ってくると、雅史はりんごジュースを飲みながら、テレビでニュースを見ていた。

一歩一歩回復しているのが分って、暁は心底安心した。
(これなら、今日は、夕方までバイトをして、そして、その後は・・・ って、いいのか・・・?、病み上がりだぞ・・・)

またしても、頭の中がぐるぐるし始めたので、暁は体を動かして、とりあえず、考えないようにする。
朝食を摂り、薬を飲ませ、昼の用意をして、電子レンジで暖めればいいだけだと伝え、洗濯物を干し、掃除機をかけ・・・
10時には全てを終えて、出る用意を始める。
家事をしながら、何度も雅史の額に手を当て、熱が出ていないか確認した。
雅史はさっきから、ソファの上に、膝を抱えて座っている。

「雅史―、俺、そろそろ出るから。
 雅史は、もうちょっと寝たほうがいいんじゃないのか?
 ほら、ベッドまで送ってくから。」

新しいシーツと布団カバーに取り替えてあるから、気持ちよく寝られるだろ、と言いながら、布団を掛けてやる。
サイドテーブルにミネラルウォーターのボトルを用意し、何度も頭を撫でて、
「いい子にしてろよ、夕方には帰って来るから。」と言う。

雅史は黙って暁の顔を見ていたが、
「約束、忘れるなよ。」
と言った後、布団を頭から被ってしまった。

「じゃ、行って来るな。」
そう言って、部屋のドアを閉めた。

(約束って・・・)
ちょっと考えた後、昨日の夜、シャワーを浴びたいと言う雅史に、明日、俺が体を洗ってやるからといって、諦めさせたんだった、と思いついた。

・・・もう熱、下がったんだから、今晩は何があっても、俺、鬼畜じゃないよな・・・?


家に戻ると、母親が、もう起きていた。
台所で何か煮ている、いい匂いがする。
「ただいま。」
暁が声をかけると、母親が振り返った。

「お帰り。お友達の熱、下がったの?」
と聞いてくる。

「ああ、大分高熱が出たんだけど、今朝は下がった。」

「今晩も行くんでしょ?」
そう聞かれて、頷く。

「そう思って、おでんを煮たのよ。
 バイトの帰りに家に寄って、持って行きなさい。
 薄味にしてあるから、熱が出た後でも、食べやすいと
 思うの。」

「・・・・・
 母さん、あのさ・・・」

暁が言いよどんでいると、
「暁がいいと思って決めたことでしょ。
 今、話せないなら、話さなくていいわよ。
 そのうち、気持ちが固まったら、話してくれれば
 いいから。」
母親はそう言って、牡丹の花のように笑った。
笑った顔が、時々、母親に似ていると言われたことがあったが、本当は似ていないのだと思う。
俺は、あんな風に、緋牡丹お龍みたいに笑えねえよ・・・と呟く。
(実は、分ってるんだろうな、俺と、雅史のこと・・・)

「母さん、そのうち、話すから。
 それと、おでん、ありがとう。」

母親にありがとうなんて言ったのは、いつ以来だろうか・・・


部屋に戻って、今晩の着替えなど用意し、バイトに出掛ける。
バイト先は家から近いから、終わったら、一旦家に寄って、着替えとおでんを持って、雅史の家に行こう。
バイトが終わるのが待ち遠しいような、散々待って、待ち過ぎて、期待が膨らみすぎて、それが怖いような・・・
ちょっと、複雑な気分だ。

今日も暑い中働いて、全身汗だらけだ。
家に帰った時、シャワーを浴びようかと思ったが、どうせ自転車で雅史の家まで行けば、今と同じようになって、又浴びなくてはならなくなる。
それなら、一刻も早く、雅史の所に戻ろうと、取る物だけ取って、急いで自転車を走らせる。
電車で行けば一駅だが、自転車なら、結構かかる距離だ。
でも、自転車があった方が、買い物に行くのにも便利だし、体も鍛えられて、一石二鳥だしな。


右手におでんと、左手に着替えの入った鞄を持ち、
「雅史、大丈夫か?」と言いつつ、部屋に入る。
テーブルの上のボトルは、空になっているから、水は一人で飲んだらしい。
「雅史―――」
ゆっくり布団の中から、雅史が出てくる。
「お帰り・・・」

すぐに雅史の額に手を当てるが、熱は完全に引いたようだ。
「よかったな。熱、本当に下がったみたいだな。
 腹減ってないか?うちの母親が、おでん作っててさ、
 貰ってきたから、食べようぜ。」

「先に、風呂に入りたい・・・」
もしかして、昼間のうちに独りで入ってたりして、と思いながらいたが、 待っていたようだ。

二人で一緒に体を洗うには、ちょっと狭いから、と思い
「俺も汗かいたから、先に入って、お湯溜めとく。
 溜まったら呼ぶから、それから来いよ。」
そう言うと、うん、と頷く。

(なんか、やけに、大人しいし、素直じゃん・・・変な感じ・・・)
そう思いつつ、浴室に行く。

浴槽にお湯を溜めながら、洗い場で頭を洗ってから、体を洗う。
足を洗っていると、突然ドアが開いて、全裸の雅史が入ってくる。
まあ、風呂に入るんだから、全裸なのは、当たり前だけど・・・
呼んでから、と思っていたので、ちょっと驚いて、鏡に映る雅史の姿を見て、胸が高鳴る。
そういえば、一緒に風呂に入ったこと、ないんだっけ・・・
そう思っていると、雅史が、後ろから、抱き付いてきた。

「暁、俺が洗ってやる。」

???
何で、俺が洗ってもらうんだ?
約束は、俺が雅史の体を洗ってやる、って事だったはずなのに・・・

「・・・
 暁、ずっと、我慢してただろ?
 俺、熱出てても、もし、暁が我慢できないって言ったら、
 してもいいって思ってたのに・・・
 暁って、意外と、紳士なんだな・・・」
そう言って、雅史は、後ろから、左手は俺の胸の突起に、右手は下に伸ばしてくる。

その言葉を聞いて、一気に下半身に血が集まる。
はっきり言って、我慢の限界を越えていたが、病人を襲うなんていう、鬼畜な行為を、雅史に対してしたくなかっただけだ。

「俺のこと、本当に、大事にしてくれてるんだって思って、
 嬉しかった。
 だから、熱が下がったら、その分、俺が暁を、いっぱい、
 感じさせてやろうと思ってた・・・」
熱に浮かされてるとばかり思っていたのに、頭ではこんなこと、考えてたとは・・・さすが、雅史・・・
この3日間、いや、先週末以来、暁の体に溜まっていた欲望に火がついた。

「あ・・・ぁっつ・・」
雅史の手で、数回扱かれただけで、俺はあっという間に達してしまった。

洗っていないのは、足だけだと言ったら、雅史は足の指の間まで洗ってくれた後、俺の体についている泡を、シャワーで落としていく。

「暁、いつも、俺を感じさせることばっかり考えてないか?
 暁は、自分の快感に淡白なのか、って思ったこともあった
 けど・・・
 本当は、どうなんだ・・・?」
そう言いながら、浴槽の縁に俺を腰掛けさせる。

俺の脚の間に割って入り、床に膝をついて、雅史が俺のモノを口に含む。
確かに、俺は、雅史に、口でしてくれと、強請ったことはない。
でも、して欲しくないからではないし、自分が淡白だと、思ったことはない。

「雅史が感じてるのを見ると、俺も感じるし、
 雅史の妖艶な腰の動きを感じ、色っぽい声を聞いてるだけで、
 今まで抱いたどんな女の子よりも、雅史がいい、と思う。
 それなのに、何で、雅史はそう思うんだ・・・」

俺のモノに絡んでくる、雅史の舌の感触に、息が荒くなっていく。
確かに・・・
雅史は感度抜群だ。
どこを愛撫しても、俺が与えること全てに感じているように思える。
それを、やっぱり、以前の仕事に関係があるのかと、思わないと言ったら嘘になる。
雅史に、口でして欲しいと言ったことがないのは、やはり、その姿を見て、以前の事に嫉妬してしまうかもしれない、それが、自分でも、怖かったのかもしれない、と思う。

「暁が考えてる事、なんとなく、分る・・・
 でも、俺、本当に、仕事は仕事として、分けてたから・・・」
口を離して、手で扱きながら、雅史が言う。

このまま、口でイかせて欲しい・・・・
そう思ったから、そのまま口に出して言った。
雅史はちょっと嬉しそうに笑って、又、舌を絡め始める。
雅史だけじゃない、実は俺、女の子にも、口でして貰った事、ないんだと、 喘ぎながら、切れ切れに言う。

手とは勿論全然違う、女の子の中とも、雅史の中とも違う、その、初めての快感に、自分が酔い、昇り詰めていくのが分る。
突然、下半身から腰、そこから、手や足の先端に、電気が走ったような、それていて甘く強い快感が走り、それが自分の喉から発しているとは信じられないような声が、浴室に響く。
全身が痙攣し、後に倒れそうになるのを、雅史が俺の腰に腕を廻して支えてくれる。
今まで感じた事がないくらい、長くて強い快感だった。
大きく息を吐くと、体ががくんと前のめりになり、ちょうど、雅史の頭を抱きかかえるような格好になった。
そのまま、雅史の頭に頬をつけて、暫くじっとしていた。

体の火照りが引いていくのと同時に、雅史の体を洗ってやる約束を思い出す。

「雅史、約束だから、俺が体、洗ってやるよ。」

冷えた雅史の体を熱めのシャワーで温め、頭を二度洗いした後、背中から丁寧にボディソープを泡立てたタオルで擦っていく。
この3日間で、ちょっと痩せたようだ。
明日から、奏に聞いて、簡単で栄養のあるものを作ってやろう。
鎖骨が浮き出ている。
うなじに口付けたいのを我慢し、胸の突起に手を這わせたいのを我慢し、丁寧に、丁寧に、自分の体を洗う何倍も丁寧に洗ってやる。
最後に、雅史のモノに触れる。すでに硬く勃ち上がっているが、そのままそこも丁寧に洗ってやる。
(約束は、果たしたからな。はぁー・・・)

「暁・・・」
後からシャワーで流していると、雅史が振り向いて、俺を見る。
泡の流れた背中から腕を前に伸ばし、前のほうを流していく。
雅史は振り向いた体勢のまま俺にキスしてくる。
シャワーをフックに掛け、水を飲ます目的ではなく、深いキスをする。
そのまま後から雅史の下半身を扱き、雅史もあっという間に達する。

「・・・俺たち、今日は・・・」

「言うなよ。仕方ないさ、禁欲生活、してた後だもんな。」
俺が笑いながら言うと、雅史も笑って頷く。

雅史を湯船に入れ、俺は膝下だけをお湯に入れて、浴槽の縁に腰掛ける。
下半身浴にもならないが、それでも結構暖まる。

「雅史、暖まったか?」
熱が出ているのとは違った、薄桃色の頬で、雅史は頷く。
(やっぱり、雅史って、色っぽいよな・・・)
見とれていると、雅史が俺を見上げてにやっと笑う。

「前言撤回。
 暁のさっきの声聞いて、俺、すごく興奮した・・・
 暁、淡白じゃなかったな。
 これからも、聞かせてくれよ、あの声。」

こっちが優しくしてやっても、すぐこれだ・・・
俺は頭を抱えた・・・そんな事言うなよ・・・恥ずかしい・・・
自分でも驚いてるんだから・・・

「じゃ、暖まったんなら、俺の番だな。」

雅史を浴槽の縁に腰掛けさせ、俺は湯船の中に膝をつく。
雅史の両足を開かせ、間に入って、雅史のモノを口に含む。
雅史にしてやったことは、何度かあったけど、実際自分がしてもらって、どんな感じなのかがようやく分った。
さっきの雅史の舌の動きを思い出しながら、同じように絡めて行く。
雅史は俺の髪の毛に両手の指を差し込んで、ゆっくり梳いている。

「・・・暁、いつもより・・・ずっと、気持ちいい・・・」
色っぽくて甘い声が漏れ始める。

雅史の右手が、俺の肩に掛かる。
その手に力が入っていく。
俺は口と舌の動きを早め、雅史の腰に腕を廻す。
雅史の腰の揺れを感じ、俺はそのまま強く吸い上げた。

細い腰が弓なりにしなり、俺は雅史の腰をしっかり支える。
雅史の腿の内側が痙攣している。

(やっぱり俺の声より、お前の声が一番、色っぽいって)


その後、腹減って死にそうだと言う暁に促されて、服を着てリビングに行く。
暁の母親が作ってくれたおでんは、たくさんの種類のネタが入っていた。

「俺に作ってくれる時と、なんか、違う・・・」
きっと、友達って言うのが、俺の大事な人だって、分ってたんだよな。
やるじゃん、緋牡丹お龍、って、勝手に母親に渾名つけちまった・・・

雅史は、食欲は出てきたが、まだ量をたくさん食べられない。
「お母さんに、お礼、言っておいてくれな。
 せっかく作ってくれたんだから、どれも食べて
 みたいけど・・・」
と言う雅史に、ネタひとつひとつを、一口食べさせ、その残りを暁が口に放り込む。
薄味で、でも、出汁がしみていて、優しい味がした。

「今晩は、どうするんだ、シンデレラ?」
雅史が俺を見て聞く。

雅史って・・・熱出て朦朧としてても、実は聞くこと聞いてるし、しっかり覚えてるんだよな・・・
おまけに、本当は、水、自分で飲めたんだろ?

「ガラスの靴を脱いで、泊めてもらうさ。」

「宿泊費、高いぞ。」

「体で払ってやる・・・」

こういう会話が出来る関係が、俺たちらしくていいよな。
今度、又病気になったら、勿論、看病してやるけど、出来れば、あんまり、病気になるなよな。
辛そうなお前見てると、心配でこっちまでどうにかなりそうだったから・・・
ま、俺は、大丈夫、だよな?
って・・・、さっきから、なんか、喉が変なような・・・
水飲ませて、まさか、うつったのか、雅史の風邪・・・??
雅史に、今晩、キスマークつけるなって、言っておかなきゃな・・・

明日の病院の夜間診療、あの若い看護師じゃありませんように・・・
俺はそう神に祈りつつ、雅史の腰に手を廻していった。


  The end……….


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ちょっとだけ、おまけに続く・・・

  Feigned illness……..


雅史の腰に腕を廻し、リビングでキスしていると、突然、雅史が俺の首筋を強く吸い上げ、気が付いたら、薄紅色の跡が付いていた。
いままでは、学校があるし、お互いに見えるところにつけたことはなかったから、油断していた・・・

「雅史・・・、今晩は、キスマーク付けるのは、なしにしようぜ。」

「何でだよ、気に入らないんなら、消してやる。」

「って、消せるわけないだろー。
 すぐ、そうやってムキになる・・・
 気に入らないんじゃなくて・・・、今晩じゃなくて、
 又、今度にしようぜ、な?
 今度は、全身、好きなとこに好きなだけ付けていいから。」

そう言うと、雅史は俺をじっと見つめる。

「何か、隠してるな。」

・・・鋭い・・・

何と言い訳しようか、考えていると、
「暁、電車で、女の子から、手紙貰ってただろ?」
と聞いてきた。

話題がそっちに行って、ラッキーと思ったが、 何で、知ってんだよ、そんなこと・・・

「あ、あれな、俺、付き合ってる奴いるからって、断った。」

「手紙、読まなかったのか?」

「だって、その気がないのに、受け取ったら、気を持たせるだろ。
 そっちのほうが、悪いかなって思って・・・
 受け取って、読んだほうが良かったのか?」

「暁に手紙くれるなんて奇特な子なんだから、
 一応、読んでやってもよかったんじゃないか?」

(憎たらしい言い方だな。)
「じゃ、今度、貰ったときには、そうする。」

「でも、あんまり、貰うなよな。」

(ちょっとは、焼いてくれてんのか?)
「俺がくれって、言ったわけじゃないぜ。」

「お前がくれって言ったって、くれる子なんか、
 そうそういないだろ。」

って、いちいち・・・
何で、こんな話しになんだよーーー
俺たち、何してたんだっけ???

「じゃ、俺、夕食の片づけするから。
 雅史は、てきとーに、本でも読んでろよ。」
(はあ〜、ちょっと、いいムードだったのにな・・・)

俺がテーブルの食器を片付け、洗い物をしていると、雅史は本も読まず、 俺の後姿を見ている。
何か、言いたいことでもあるのか?

「暁、さっきの話の、続きだけど・・・」

「さっきって?」

「お前が、色っぽい声を聞かせてくれる前に、話してたこと。」

(又、それを言う・・・。いー加減にしろって)

「俺、仕事で、体に与えられる刺激で、感じたことはあった。
 でも、それは、排泄行為と同じだろ・・・
 暁・・・
 俺、暁に触れられるところ、全てに感じるんだって、
 知ってたか?」

「それ、どういう意味だよ?」

「暁にされるから、感じる。
 他の誰でもない、暁だから。
 そういうこと。」

「感度抜群だって、思ってた。」

「お前とだから。」

「前に付き合ってた奴とは・・・」
(こんなこと、どうでもいいのに、俺、何聞いてんだ・・・?)

「俺・・・
 あのバイトしてた間、誰とも付き合ってなかった・・・」

「それって・・・」

「だから、4年間は、仕事以外で、体の関係になった
 奴はいない。」

(雅史、そんなこと、言うなよ・・・
強烈な告白だな、それって・・・)

「雅史、俺、さっき、今晩はキスマークつけるなって、
 言っただろ。
 あれってさ、実は・・・
 俺、ちょっと、喉の調子、変なんだよな。
 だから、もし、明日、病院に行くことになったら、
 まずいから・・・」
そこまで言って、暁は軽く咳払いする。

「暁、俺の、うつったのか?」
雅史が洗い物をしている暁の方に近づいてくる。
心配そうな顔をして、そっと暁の額に手を当てる。

「熱は、まだ出ていないみたいだな。
 洗い物は、もういいから、着替えて、早く寝たほうがいい。」

ほとんど終わっていたので、最後まで片づけを済ませ、リビングの明かりを消して、洗面所に二人で並んで歯を磨く。
暁はその後、塩水で含嗽して、二人でベッドに入る。

「暁、喉、痛むか?」

暁が頷くと、雅史はそのままベッドを出て、暫くして、手にミネラルウォーターのボトルを持って戻って来た。

「喉、渇いたら、言えよ。
 今度は、俺が飲ませてやるから。」

「だって、俺の喉、お前のがうつったとは限らないだろ。
 お前が俺に飲ませて、又、お前が病気になったらどうするんだよ。」

「そしたら、又、お前に看病してもらう。」

「そして、俺たちは一生病気をうつし合う・・・
 って、ばっかじゃねーの、俺たち。」

「・・・変なことばっかり言ってないで、
 水飲ませてやるから、寝ろ。」

雅史はそう言うと、一口水を口に含んで、俺に口付けてきた。
まだ冷たいままの水が、喉に気持ちいい。
そのまま雅史の顔を見ていると、
「なんか、さっきより、顔、赤くなってきたな・・・」
と言う。
それは・・・

俺が黙っていると、
「暁、熱なんか暫く出したことないだろ?
 慣れてないと、ちょっとした熱でも眩暈したりするから・・・」
と言う。

雅史はペットボトルをサイドテーブルに置くと、俺の横に入ってきて、 俺の首の下に腕を入れてくる。

(俺に、腕枕してくれるのか・・・?)

初めて一緒に夜を過ごした一昨日の夜、俺が雅史にしてやったのと同じように、 腕枕をして、そのまま俺の髪の毛を撫でてくれる。
いつもは自分がしてやってる事を、雅史にされると、なんか、照れる・・
でも、たまにはいいか・・・

そのまま、ちょっと横を向くと、雅史の胸に顔を埋める格好になった。
ほんのりと雅史の体温がTシャツ越しに感じられ、トクトクという、雅史の心臓の音が聞こえる。
いつもは逆に、俺の体温を雅史が感じ、俺の心音を雅史が聞いているんだな、と思うと、なんだか、この状況がとっても新鮮に感じられた。
抱かれて眠るのも、気持ちいいもんだな・・・
ふわーっとした、暖かい感じがして、眠かったわけではないが、その暖かさに包まれて、じっとしていた。
俺が身動きしないで目を閉じていたので、眠ったと思ったのか、 雅史が独りで話し始めた。

「暁・・・・・
 寝たのか・・・?」

俺は黙っていた。

「悪かったな・・・
 俺の風邪、うつしちまった・・・」


小さな、小さな声で、独り言・・・
「暁じゃなくたって、俺だって、毎晩一緒にいたいって、思ってた。
 俺なんか、このベッドで、お前に抱かれた後、独りになるんだぞ・・・
 さっきまでここにいたのに、って・・・
 俺がそのまま、平気で眠ってると、思ってたか?
 眠れるわけないだろ・・・
 でも・・・
 俺はお前の担任だ・・・
 一緒にいたいのに、帰れって言わなきゃならないんだぞ・・・
 このままいてくれって、何度心の中で叫んだと思ってるんだ?
 お前がドアを閉める時の音・・・、何度聞いても辛かった・・・
 お前に条件出せって言われて、結局、俺も一緒にいたかったからな。
 許しちまったけど・・・
 これで良かったのか・・・俺、自信ない・・・
 教師としては、勿論、許されることじゃない・・・
 教師は俺に向いていると思うけど、もし・・・
 暁との事がばれたら・・・
 そうなったら、教師、辞めてもいいかもな・・・
 暁・・・、何で、俺、こんなに、お前が好きなんだ・・・?
 いい加減で、口は悪いし、全然気が利かないし、普段は優しくも
 ないし、特別イケメンって訳でもない、橋本みたいに可愛い訳
 でもないし、高梨弟みたいに戦う男のかっこ良さがある訳でも
 ないし、高梨兄のように、脇目も振らず弟一筋って言う、一途
 さが感じられる訳でもないし、なんか、お調子者で、、実は
 女好きなんじゃないか、って感じもするし、散々雨に濡れても
 風邪も引かないくらい、バカなのに・・・
 暁・・・
 ・・・暁・・・」

呟きが小さくなって、聞こえなくなっていった・・・

(雅史の呟き、しっかり、聞かせてもらったぜ、 なんだかんだ言っても、結局、俺のこと、好きだって事だろ?)


次の日の朝、暁が目を覚ました時、 雅史はもうベッドにいなかった。
なんだ、ちぇっ、と思っていると、 ドアが開いて雅史が入ってきた。
俺はちょっと咳き込んだ。

「暁、朝飯食べたら、病院に行こうな。
 早めに行っておけば、酷くはならないと思うから。」
そう言って、布団の中の俺の額に手を当てる。

「うーん、あるような、ないような・・・
 でも、咳も出始めてるし・・・
 暁、起きれるか?」

「起きれない・・・」

俺が小さな声でそう言うと、
「そうか、やっぱり、普段丈夫だから、その分辛いんだろうな・・・
 じゃ、俺がここで食べさせてやるから、待ってろ。」

そう言って、出て行った。

俺は布団の中で、両手で頬を強く擦る。

雅史が入ってきた。持っていた茶碗とコップをサイドテーブルに置く。
「やっぱり、顔、赤いな。
 きっと、これから、熱上がるんだろうな・・・」

そう言いつつ、俺の額に手を伸ばしてきたので、俺はその手を引っ張って、 雅史を布団の中に引き入れた。
俺の腕に強く抱き締められ、雅史が言う。
「暁、お前・・・」

「雅史が、優しいから・・・
 ちょっと、振りしてみたんだ。
 喉、含嗽したら、治ったみたいだ。
 騙して、ごめんな。」

耳元で囁くと、雅史は小さな溜息を漏らす。

「・・・暁・・・、
 昨日、約束したよな・・・?
 今度は、好きなところに、好きなだけ、付けていいって。
 早速、実行させてもらうぞ。」

その日の午後、バイト先の店長に、しっかりからかわれた・・・
「夏休みなった途端・・・、若い人はいいねー。」
って・・・

覚えてろよ、このお礼はきっちりさせてもらうからな!!


おまけ、おしまい。



KAZUKIが間違いなくアキラ様にお届けしますので
感想等何でも書いてくださいね♪(改行できます)