嫉妬と不安と・・・
 
   僕が嫉妬だって?ありえない。
  なんでこんな子供に僕が振り回されなきゃいけないんだ。
  「クマちゃーん、クマちゃーんアハハハハ」
  無邪気にキンちゃんの腕にぶら下がったりして遊ぶリュウタ。
  まあ、こんな力技・・僕にはとうてい出来ないし、したくもないけどね。
  「今度は抱っこーっ!抱っこーっ!」
  抱っこ・・ってリュウタ。それは僕にだって出来るよ。
  「よーし、抱っこやな。ほれほれ」
  キンちゃん、ちょっとは遠慮っして欲しいな。ここに僕がいるのに。
  まあ無理か脳みそ干物のキンちゃんじゃ・・。
  「うわぁあああああ」
  リュウタの絶叫!抱っこという名のサバオリをくらったらしい。
  あーあ、本当・・手加減してよキンちゃん。
  僕のリュウタが壊れちゃうじゃない。
  「うわぁああーん。クマちゃんがぁクマちゃんがぁ」
  あーあ、可哀想に。そんな力技しか知らないバカクマに抱っこなんか求めたから。
  抱っこなら僕の方が上手だよ。知ってるよねリュウタ。
  リュウタをとても優しく抱いてあげられるのは僕。
  そう僕だけなんだから。だから、おいでリュウタ。
  「クマちゃん痛いよぉおおおお」
  「すまんかったなリュウタ。も、もう一回、もう一回・・痛くせんから、なっ」
  「ほんとーぉ?」
  「ああ、ほんまや。優しく抱っこしたる」
  「わーい」
  えーっ!キンちゃんなの?僕の方に来ないのリュウタ。 
  「どや、今度は痛くないやろ」 
  「うん。痛くないよクマちゃん」
  なんなんだよ、リュウタもその気になってキンちゃんに抱きついたりして。
  僕が好きなんていうのは嘘だったのか?
  それともみんなが好きなのか?
  この胸のモヤモヤとする感じ・・・とても不快だ。
  味わった事の無いほどの不快感が胸に広がる。
  「クマちゃんの毛、ふわふわーっ」
  「おおー、ふわふわかぁ」
  笑いあう二人。凄く嫌だ。
  いつもはこんなに嫌だって感じた事ないのに、今だけは嫌だ。
  吐き気がしてくる。
  この不快さと二人に対する自分の気持ちに・・。ありえない自分に。
 
   「抱っこするならカメだろー」
  先輩はなんでも首を挟んでくる。そっとして欲しいのに。
  「いいじゃない。まるで親子みたいなんだし微笑ましいよねぇ」
  心に無い嘘を吐く。平気な顔して嘘をつく。それが僕。
  「お、自信ありげで余裕だなカメ」
  「まあね」
  これも嘘。自信なんて無い。グラグラと揺れ動く気持ち。
  いつか奪われてしまわないかという不安。
  僕のこの手から逃げ出してしまい、愛しい竜神は二度と戻らないという怯え。
  この不安と怯えが僕を脅かす。
  「あー、クマちゃん寝ちゃった」
  ぐおーっとイビキをかいてるキンちゃん。やっぱり寝てしまった。
  リュウタはキンちゃんからするりと降りてつまんなそうな顔している。
  つまんなそうな顔も可愛いな・・・
  リュウタの顔を見てホッと胸を撫で下ろす。
  僕がこんな事でホッとするなんて・・・ありえない。
  僕らしくない。
 
   「おい、リュウタ。今度は俺が抱っこしてやる」
  「いいよー」
  「なんでだよ。お兄様と思っておいでリュウタロス」
  気持ち悪いよ先輩・・・。何がお兄様だよ鬼のくせに。 
  どうせ抱っこと言ってリュウタに変な事するつもりでしょ先輩は。
  見え見えなんだよ下心が。
  「えー、モモタロス抱っこ出来るのー?」
  おいおいっ、そこで乗ってどうする!普通は断るでしょ。
  お願い断ってよリュウタ・・・。
  「じゃ、モモタロスに抱っこしてもらおーかな」
  「えええええーっ!」
  思わず大きな声で叫んじゃったよ。
  「ありえないでしょ、普通。先輩だよリュウタ。先輩に抱っこって」
  声が震える。何を考えてんだ理悠太は。もう理解不能。
  「だってしてくれるっていうんだもん」
  いや、だからって。
  「そんなに抱っこしてもらいたいなら僕が抱っこしてあげるから、ねっ」
  大きな瞳でジッと僕を見つめるリュウタ。可愛い・・そして愛しい。
  誰にも渡したくない、僕だけのリュウタ・・。  
  「カメちゃんはダメ」
  えっ・・・・・。なんでなんで僕じゃダメなのリュウタ。
  「モモタロスじゃないとダメなの」
  胸の振り子が大きくなり僕の揺らぐ気持ちはますます大きくなる。
  リュウタ・・・そんなに先輩がいいの?僕じゃなくて。
  あんなに僕を好きだと言ってたのに。
  ベットの上で何度も何度も体と心を重ね愛し合ったのに・・。
  ・・・他の男がいいんだ。
  「そう、好きにしたらいいよ」
  冷たい言葉が乾いた唇から出る。
  「モモタロス抱っこして」
  僕の気持ちも知らないでお前は無邪気だね。
  その無邪気さは罪だよリュウタ。僕をこんなに翻弄させ嫉妬に狂わせ、
  それなのにお前を嫌いになれない。余計にお前が好きになっていくよ。
  僕は目の前の竜神にますます魅入られ独占欲が増していく。
  
   「よーし抱っこしてやる」
  抱きつく二人。思わず目をそらす僕。
  「ぎゃああああああっ」
  突然の悲鳴。先輩の悲鳴だ。なんだ!?どうしたんだ?
  「ぎゃははははっ」
  リュウタが笑い出す。何があったんだ?
  「こ、こいつ・・力一杯サバオリしてきやがった・・・」
  床にうずくまる先輩。声はかすれ吐く息が痛々しい。
  うわぁ、これは痛そうだ。
  「さっきクマちゃんにやられたのモモタロスにしてやろうと思ったの」
  無邪気もここまでくると怖い。
  「な、なんだと」
  「だってモモタロス、スケベな顔してたから。絶対、エッチな事すると思って」
  「お・・お前・・、スケベなのはカメだろ。エッチな事するカメにもしてやれよ」
  リュウタはくるりと僕の方を見る。
  まさか、僕にサバオリをするつもりじゃ・・・・。
  「カメちゃん抱っこして」
  うわー、まさかのまさかだ。それは勘弁してよリュウタ。
  「いや、僕は遠慮しておくよ」
  思わず後ずさりする。こんな風になりたくないし・・。
  「カメちゃんにはしないよ」
  「え?」
  「出来ないよ。カメちゃんには・・こんな酷いことしたくない」
  あ、酷いって自覚してんだ。いや、そんなとこじゃないぞ僕。
  「だってカメちゃん大好きだから」
  ウルウルした瞳で見つめられるとさっきの不快感がどこかに行った。
  「カメだってエッチな事するぞ・・いいのかよ」
  「エッチな事じゃないもん」
  リュウタは僕の手を掴むとすこし恥ずかしそうに言う。
  「カメちゃんのはエッチな事じゃないもん。僕にとって大切な事だもん」
  そんな風に思ってくれたんだ。僕との行為を。
  「いいよ、リュウタ。抱っこしてあげる」
  僕は両腕で包み込むように抱きしめる。
  もう一度この腕に竜神が戻ってきた。僕という海原に・・。
  「やっぱりカメちゃんが一番いいなー」
  「ねえリュウタ。どうしてキンちゃんに抱っこして欲しかったの」
  安心ついでに僕は恐る恐る尋ねる。
  「あのね、一度大きなヌイグルミにぎゅっとされたいなーと思ってたから」
  ヌイグルミ・・・ねぇ。確かに大きなヌイグルミだ。
  「それじゃ僕の抱っこじゃ代わりにならないか」 
  「カメちゃんはヌイグルミじゃないもん」
  「じゃ何かな?僕はリュウタの何?」
  「カメちゃんは・・・カメちゃんはボクの・・」
  そう言うと恥ずかしいのか僕の胸に顔を埋める。
  「大好きな大好きな・・人。誰よりも大好きなボクのカメちゃん」
  嬉しくって思わず抱きしめた腕に力が入る。
  「あ、ごめん。痛かった?」
  「ううん」
  そう言うとリュウタは顔を上げ僕を見る。濡れた瞳が妖しく光る。
  「もっと強く抱いて・・」
  言われなくても自然と強く抱きしめてしまう。
  「もっともっとカメちゃん」
  リュウタがもたれかかり僕の背中に腕をまわす。
  その腕に力が入りぎゅっと抱きしめてくる。
  互いの愛しさが温かさが伝わってくる。幸せだ。
  あの嫉妬と不安はどこかに行ってしまった。
  あの嫉妬が、不安が、無かったら気が付かなかっただろう。
  本当の自分の心を。
  「僕も好きだよリュウタ。誰よりも・・」
  次の言葉は声に出さず、唇だけ動かした。
  アイシテル・・・
  リュウタも唇だけを動かして僕に答る。
  アイシテル、ボクモ・・


   終わり