先生の束縛


 塾からの帰り道、ぼくはケータイをカバンに突っ込んだ。
 先生のメールが頭に来たから。

────バレンタインのチョコ、用意した?

 何? あの、ぼくが用意するのが当たり前って感じ。
 学校の担任教師なのに、世間の流れに乗っかっちゃって。
 だいたい先生は肝心な点を忘れてるよ。
 ぼくだって男なんだ。
 チョコレートをもらえるのが男なら、先生がぼくにくれてもいいわけだよね。
 そう思って、昨日、思い切って聞いてみた。

『先生は……だれかにチョコあげたりしないの?』

 そしたら先生、ちょっと考えてから笑ったんだ。
 こっちが小学生だからって、なめすぎ!

 小石を蹴る。はねて転がった石がコンビニの前でとまった。
 同じ塾に通う連中が、肉まんや惣菜パンをぱくついてる。

 チョコレート、買ったほうがいいかなあ。

 まったく悔しいことだけれど、用意してなくてどうしようとは思ってるんだ。
 いまの時期ならコンビニでもきれいに包装したものを売ってる。
 来週の火曜日が十四日だし、買おうかな。

 どっちが男かってことよりも、先生に気持ちを伝えるほうが大切だから。

 買い食いしてるやつらがどくまで待とうと、車の陰に隠れようとした。
 カバンのなかでケータイが震えた。開いてみると、先生からの電話だった。

「……はい」
『寄り道しないで帰ってるか? 暗い道を通ったらだめだぞ』

 ぼくは眉毛をぴんと上げてコンビニを見た。

「チョコ用意したかってメールがあったから、寄り道するところです」

 電話の向こうで小さく笑う声がした。
 ちぇっ。ケータイを切ってやる!

 と、思ったのに。

『チョコは買わなくていいよ』
「え、でも」
『買わなくていい。用意しようとしてくれた気持ちだけで、先生はうれしい』
「センセ……」
『だから、寄り道は禁止。まっすぐ帰りなさい』

 先生はずるい。

『もしもし? 聞こえてるか?』

 優しい声が少し焦った。ぼくは反対の手でケータイを持つ。

「聞こえてます」
『いきなり黙るからびっくりしたぞ。風邪を引かないように』
「はい」

 電話を切って空を見た。オリオン座が大きい。

 ずるいよ先生。
 欲しい言葉を欲しいときにくれるから、先生から逃げられないよ。

 ぼくはオリオン座を見上げて、マフラーをしっかり結んだ。




 おしまいv

あとがき

旧拍手お礼です。文字の大きさ等を修正しました。
学校の教師と生徒、しかも小学生。あらゆる意味でアウトー!(汗)
バレンタイン後にこういうものを書く私も、アウトー!(笑)




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