青年は私に穿たれたあと、風にあたることが常であった。
私は帯を締めなおし、茜色の空を眺める青年に羽織をかけてやった。
「いけないよ。冷えてしまう」
「ありがとうございます」
青年が頭を下げながら衿を押さえる。しっとりした仕草であるのに、顔はもう清清しい。先ほどまでの熱い体や誘う吐息、押し殺す声が夢ではないのかと思わせる。
「かなわないな、きみには」
酒をつぐ青年の隣に座り、障子をしめる。
「なぜいつも、私から離れたあとに風を楽しむ?」
「楽しむ……」
「きみを見ていると、そうとしか思えなくてね」
青年はまぶたを伏せ、ゆっくりと目を開けた。白い頬がいくぶん硬い。私は杯を置き、青年の肩を抱いた。
「怒ったのかね」
「いいえ。雨が降るか、雪になりはしないか、そんなことを思うのです」
「空模様を気にかけてくれるのか。私の帰路の」
「人が歩く、本当の道ではありません」
「それはどういう」
突然の接吻が私を諭した。青年は口づけを好まない。体の深淵は明け渡しても唇は守る。この青年の、決して譲らない一線が崩れた。幸運に浮き立つ私の胸を薄い手のひらが押す。
「恋しい方との……夢の通い路」
なめらかな指先が私の胸にふれる。力仕事を知らない手が震えていた。
「晴れの日もあれば篠突く雨の夜もあります。晴れの日だけを思い出にすれば楽でしょう。ですが、わたしは」
青年は言葉を切り、強いまなざしで私を見据えた。
「あなたと過ごす時のすべてを、心に刻みたく存じます」
若い目もとに朱が走り、膝と膝とが触れた。女とは違う、近いところで骨を感じる肌が熱い。着物を通しても伝わる熱さに、答えを出す時がきたと悟った。
春をひさぐ身の手練手管かもしれない。しかし、彼の指は震えすぎていた。唇も切羽詰まっていた。
「……身請けをしようか」
驚く青年の腰に手をまわす。垂れ糸のような髪をすくい、黒いひとみを見つめる。
「私では不服かな」
きつくしがみつかれた。息がつまるほどの強さに、思わず目をとじる。しとねで絡む腕にはなかった力だ。覚悟を求める力だ。
程近い川から櫂の音が聞こえる。年甲斐もなく胸を焦がす私を、笑うような音だった。
了
2013年4月9日
2012年の大晦日にブログで書いた習作です。かなり修正しました。
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