ぼくはサトイモです。
御事納めに欠かせない御事汁用の、大切な野菜です。
ぼくたちは、新しく編まれたカゴでゆられていました。
「おい、おまえ。泥をつけるなよ」
気取ったニンジンが難癖をつけてきます。
赤くてまっすぐで葉もきれいなのに、中はからっぽなのかしら。
ぼくは一瞥をくれて、言い放ちました。
「おや驚いた。ここに泥つきのがいるかねえ」
「いやだ、ほんとう?」
「いるわけないよ。神さまの御事汁に使われるってのに」
そうだ、そうよ、という声が続きます。
長くて太い立派なゴボウが、重々しい口調で言いました。
「言い争いも醜いぞ。最初に文句をつけたのが子どもで、しまいだ」
賛同を得られないばかりか子どもと言われて、ニンジンが黙りました。
ものすごい顔でこちらを睨んできます。
(ふん。ハレの日にくだらないことを言うからさ)
雪のように白いダイコンがささやきます。
「ヒトが来たわよ」
ヒトは田畑を耕し、水を引き、ぼくたちを育てます。
野良仕事を終える御事納めは、ヒトの楽しみでもあります。
御事納めには御事汁がなくてはならなくて、その年の作物が具になるのです。
ぼくたちは、神さまの前で御事汁になるのが誉れでありました。
ヒトが大声を出しました。石にけつまずいて、カゴを落としそうになったのです。
「それっ」
ニンジンの声がしました。
なんということでしょう。
ヒトの失敗につけいって、ニンジンがぼくを押してきたのです。
「なにをする!」
ぼくはカゴのふちでふんばります。
「みんな、たすけて!」
ダイコンもゴボウも、自分が落ちずにいるので必死です。
つやつやしたアズキたちも、きゃあきゃあと騒ぐだけでした。
ぼくはついに力尽き、田圃のあぜ道にころげてしまいました。
「あ、あいたた」
したたか打ったようです。
「痛い、痛い」
御事汁になる痛さなら、いくらでも我慢できましょう。
痛みより、土汚れがついてしまったことに泣きたくなりました。
ぼくは本当に、ぴかぴかのサトイモだったのです。
やわらかい布できれいにされ、神棚に供えられていたのです。
我の不運を嘆いていたら、不吉な影に気づくのが遅れました。
洟を垂らしたわらしが、ぼくを見下ろしています。
(さわるな。たのむ。そんなに汚い手で──ああ!)
わらしは洟を手の甲でぬぐい、手のひらにぼくを乗せます。
黒豆に似た目でぼくを見て、感嘆の声をあげました。
「なんてきれいなイモだあ」
嘘をつくな。
いまのぼくは土だらけ。すっかり汚れているのに。
「きれいだなあ。きれいだなあ」
わらしはしゃがみこみ、ぼくをなでさすります。
青洟のついた甲ではなく、かたいけれど清潔な手のひらで包みます。
「かたちがよくって、縞がはっきりして、重い。こんなイモ、初めて見る」
当たり前の評価も、こう繰り返されては面映ゆいものです。
ぼくがもじもじしていると、わらしは我に返りました。
「このイモは、神さんとこの、御事汁用のじゃあ」
言わないでくれ。
これほど汚くなっては、神社の御事汁にはなれません。
「大変じゃ、大変じゃ」
ぼくはわらしと一緒に、ぐらりとゆれました。
わらしは足が悪いようです。
立ちあがるのも一苦労らしく、大きくびっこを引いて歩き始めました。
「神さんとこに、届けんと」
はあっ、はあっと息がします。
わらしの胸の音も、ゆれも激しくなってきました。
着物の内にいるので見えないけれど、わらしはつらそうです。
「届けんと。神さんとこに、届けんと」
わらしは一度もとまることなく、ぼくを抱いて鳥居をくぐりました。
ぼくは御事汁に使ってもらえました。
汁に入っていたダイコンが、観音さまみたいな笑顔で言います。
「よかったわね」
切り口が堂々としたゴボウも、ゆったりと話しかけてきます。
「おまえほど美しいイモはおらんからな」
小さなアズキたちは「おかえり」の合唱でした。
ニンジンはそっぽを向いています。
御事汁になれてうれしいはずなのに、ぼくの心は晴れません。
(あのわらし、どうしたろう)
そうこうしているうちに、熱がまわりました。
ぼくたちは皆、口をきく元気もなくなりました。
椀につがれた衝撃で、ぼくらは目を覚ましました。
すぐそばにいるニンジンが、がっかりした声で言います。
「ちぇ、罰が当たった」
ぼくとニンジンが入っているのは、質素な椀でした。
神事を彩る祭器とはちがうのです。
ヒトがぼくたちを外に運びます。
賑やかな境内の片隅で、木椀が小さな手に渡りました。
(あのわらしだ!)
足が悪いのに走るように歩き、ぼくを守った。
ぼくを褒め、誠実な手のひらでなでてくれた、あのわらしです。
洟をぬぐって箸と椀を受けるわらしを見て、ニンジンが愚痴をこぼします。
「あんなやつに食われるなんて、いとわしい」
ぼくはニンジンを小突き、胸を張りました。
「カゴから落ちたのがおまえなら、同じことは言えないだろうね」
怪訝な顔をするニンジンを横目に、わらしを仰ぎます。
ごつごつした箸がふれ、ぼくは清い者の口に入ることができました。