町外れに、こぢんまりとした教会がありました。
 風変りな教会で、敬虔ではない信者も訪れます。
 きょうもまた、美貌の奇術師が応接室を訪ねました。

「金はある。ここならできると聞いた」

 相応の報酬があれば、かなわぬことはほぼありません。
 代行者による復讐、合法に見せかけての違法行為、あらゆる物の調達。

 最も需要がある依頼は、闇医者による整形手術でした。

 奇術師は神父の前で手袋をとります。
 そこには長くてまっすぐな、十本の指がありました。
 爪の先まで手入れされた、マジックをするには理想的なパーツです。

 良いところは、手指だけはありませんでした。
 奇術師はアポロン像を彷彿とさせる美丈夫なのです。
 情熱的な浮き名が、ここにも流れてきていました。

「ヒトの指は十本。十本でできることは、すべてやっちまったんだよ」

 奇術師は手袋をはめ、続けました。

「観客の度肝を抜くネタには、指が増えないとできないものがある」

「手の整形は困難で危険を伴います」

「だからここに来た。代金に不満でも?」

 神父は説得の理由を失いました。教会の修繕費はいくらあっても困りません。
 また、無理な借金をせずに即金で払う客、いえ、信徒は少ないからです。

「わかりました。神のご加護がありますように」




 手術を経て奇術師は舞台に上がりました。
 カードや炎、鋭利な刃物が華麗に飛び交うショーは大成功です。
 彼の決断を支持するような、割れんばかりの拍手がホールに響きました。




 ところが、どうしたわけでしょう。
 開演するごとに観客の数が減り、陰口まで聞こえます。

「彼のマジックは完璧すぎるよ。スリリングだけど、遊びがない」

「最初は驚いたの。神業だと思ったわ、でも」


「でもあれは、十二本指だからできることでしょう?」




 場末の酒場で希代のマジシャンがつぶれています。
 仕事と容姿のために節制してきた彼が、汚れた丸机に上体をあずけていました。
 術後に作らせた十二本指用の手袋も、ごみだらけの床に落ちています。

「一週間でいい。部屋においてくれないか」

 彼の前には、かつての恋人である女性がいます。
 富豪の夫と死別した女性は、毛皮の襟をいじって言いました。

「わたしはきれいな思い出が好きなの」

「きみが助けてくれれば人間らしくなるよ。風呂に入って、酒を抜いて」

「悪いけれど、お断り」

 女性の言葉に、奇術師はカッとなりました。
 よだれで光る顔をあげ、ショットグラスを壁に投げつけました。

「はっきり言えよ! 気味悪くなったって」

 奇術師は女性に向かって両手を広げました。
 女性は人より多くした指を無感動に見やり、席を立ちました。

「気味悪いものがあるとしたら、あなたの考えね」

 落ちぶれたマジシャンは、だらしなく女性を仰ぎます。

「前人未到の技を披露したくなったのは、本当に観客のためなの?」

 女性の毛皮が闇に消え、奇術師は店から追い出されました。




 数日後。
 礼拝堂の長椅子に、件の奇術師が座っています。
 彼の膝には、包帯が巻かれた両手が痛々しく存在していました。

(再手術の依頼は受けていないはず)

 神父が横に腰をおろしました。

「手をどうかしましたか」

「あの指、切った。せっかく増やしてもらったけどな」

「自分で?」

 奇術師がうなずきます。

「子どものころに見た手品には、驚きと興奮と、笑いがあった」

 奇術師の声はおだやかで、指を切り落とした荒々しさはありませんでした。

「シルクハットから鳩が、ステッキからは造花が。わかっていても、おもしろかった」

「他人のよろこびを愛するのなら、訓練して復帰なさい」

「金がない。使っちまった」

「報酬は現金にかぎっておりません」

 いぶかしむ奇術師に、神父は最上の笑みを見せました。

「私の頬に口づけを。無償でリハビリテーションのプロを紹介しましょう」

 奇術師はとまどいを覚えながら、神に仕える者にキスしました。




 一年を経た冬のある日、手品師は小さな教室にいました。
 小学校のボランティア活動に参加したのです。
 花やクリスマスカードを、おどけた調子で取り出してみせます。

 以前のような技の冴えはありません。堕ちたものだとマスコミに叩かれました。
 それでも行く先々で、彼は歓迎されました。

 奇術師だったアポロンは終生を手品に捧げ、たくさんの人をよろこばせました。