ある街に、たいそうきれいな少年がおりました。
 日が暮れて辺りが暗くなると、少年は街角に立ちます。
 彼が立つのはいつも、お母さんに置き去りにされた場所でした。

 その夜も少年は同じところに陣取りました。
 白磁の肌をした少年を、何人もの男が見ていきます。
 やがて太った男が足をとめ、笑いかけました。

「坊や。鶏とカブのスープをどうだい?」

 手足の感覚がなくなる寒い夜、この手の言葉がかけられます。
 春は「花をあげる」、夏であれば「アイスクリームを」、秋なら「音楽を聴こう」。
 少年は花をもらい、アイスクリームを味わい、レコードに耳を傾けます。
 それらが終わったあと、細いからだを自由にさせてきたのです。

 少年は大男と手をつなぎ、路地裏へと進みました。




 薪のはぜる音と共にベッドがきしみ、硬貨が投げられました。

「愛想のないガキだな。いいのは見た目だけか」

 少年は硬貨を握りしめ、お礼を言って外に出ました。




 男がくれたお金では、ハム一片になるかどうかです。
 仕方なく、もう一度あの場所に立ちました。
 冬の真夜中です。人通りもまばらになってしまいました。

 お母さんは戻らない。

 初めてからだを引き裂かれた夜、少年は悟りました。
 あんまり痛くて、怖くて、まちがっていて、罰が下ったと思いました。

 靴に雪が落ちます。目がかすんできました。

 がんばろう。がんばって、粉砂糖がかかったパンを買うんだ。
 もう会えないけれど、お母さんの好物だったから。

「坊や。お願い事はありますか?」

 目の前に、先ほどの男よりも大きな影がありました。
 影は大きいだけでなく、立派なひげもたくわえています。
 少年は石畳にひざまずき、ふるえる口をひらきました。

「お母さんがほしい」

 力強くてあたたかいものに包まれました。
 それが大きな人の腕だとわかると、少年の視界は真っ暗になりました。




 朝日が枕を照らし、少年は清潔なベッドで目覚めました。
 子どもたちの声や、走る音が聞こえてきます。
 ちぢこまる少年のもとに、シスターがやってきました。
 脇机にカップが置かれます。

「ここは孤児院です。ゆうべ遅く、あなたは玄関で眠っていました」

 孤児院? ひげの男と過ごしたのではないの?

 シスターが椅子に腰かけます。

「だれにつれられてきたか、覚えていますか?」

 少年は少し迷い、首を横にふりました。
 街で出会った男などと言えば、感化院送りです。
 シスターは微笑み、浅く座りなおしました。

「まずは飲んで。きらいでないといいのだけれど」

 シスターがショコラ・ショー(ホットチョコレート)をすすめます。
 男たちの餌とはちがい、深みのある甘さが心に広がりました。




 翌年の春、少年はすてきな服装で立っていました。
 あの街角ではありません。教会の門前で、迎えを待っているのです。

 少年は学校に通い、フットボールを楽しみ、笑顔を取り戻しました。
 内側から輝く少年を養子にと望む声は、少なくありませんでした。

 車がとまって花びらが舞い、ひとりの女性が降り立ちます。
 スカートをはためかせ、頬を赤く染め、必死に駆けてきます。

 お母さんは戻らない。
 戻らないなら、新しいお母さんを求めればいい。

 夢を捨てなかった少年を、養母が強く抱きしめました。