一軒の家が夜のとばりに包まれました。
 真っ暗な居間で、昨日この家に来たツリーを子どもが見上げています。
 子どもは何度かうなずき、まっすぐで姿の良い幹に抱きつきました。
「坊や。内緒話かい」
 やさしく笑った父親が子どもを抱き上げます。
 父親と子どもが二階に戻り、ツリーはほっと息をつきました。

(変な子どもだな)

 ツリーは自分が何者か知っています。
 聖誕祭を彩る、欠くことができない木として大切に育てられてきました。
 だからこそ山を離れる寂しさにも耐えられたのです。

 濃紺の空に雪が舞い、家はふたたび静まりました。




 次の夜も子どもはツリーのもとへ来ました。何かを持っています。

(今日の飾りつけは終わったはずだけれど)

 人間の子どもは自由のかたまりだということも、ツリーは知っています。

(しかたない。好きにさせるか)

 もとよりこの家に買われた身です。ツリーは観念し、子どもを見下ろしました。
 やわやわとした手が絆創膏を幹に貼ります。
 そして前夜と同じように抱きつき、手を振って居間をあとにしました。




 その次の夜も子どもはツリーのそばに来ました。
 重そうに提げてきた救急箱をひらき、絆創膏の束を取り出します。
 数枚の絆創膏が貼られたとき、居間の明かりがつきました。
「坊や。やっぱりここにいたのかい」
 父親が子どもを抱き上げます。
「絆創膏とはクールだね。ジンジャークッキーはないの?」
「あんよ、痛い痛いだから」
「坊やのあんよ?」
 子どもがかぶりを振ります。

「クリスマスツリーさんの」

 ツリーは思い出しました。斧が入ったとき、どれほど痛かったかを。
 気を失いそうになる激痛を、神さまの役に立てるのだからと必死に我慢しました。

 居間に据え付けられてからも、痛みが消えるまでは顔をしかめていたのです。

 山に住む年老いた動物が言っていました。
 人間にも、万物の心を聞く者があると。

 父親は子どもを下ろし、ストーブをつけました。
 子どもが絆創膏貼りに飽きるまで見守ることにしたのでしょう。

────坊や。ぼくのあんよは痛くないよ。

 小さな手がとまります。子どもがツリーを仰ぎました。

────坊やの絆創膏で治ったんだ。ありがとう。

 子どもが幹に口づけます。
 気高い木は、正真正銘この家のクリスマスツリーとなりました。