Cufflinks
第一話・焔 第一章・4
高岡と春樹は浴室に近い方の部屋に入った。
部屋の中は灯りがつけられており、春樹は部屋の中央にある柵付きのベッドに下ろされた。
「体の自由を奪う。器具を外して中のものを抜いたりするな。必ず後悔する」
そう言いながら、高岡が体を拘束するための道具を出す。
ウォールナット材のローチェストからは、色々なものが出された。
壁に打ち付けられたフックには鎖や鞭、首輪などがかけられている。
やはりこの狂犬の趣味は、常軌を逸しているのだ。
太腿に大きな枷(かせ)がはめられた。黒くしなやかなレザーの内側にはクッション材が貼られてある。外側の二連になったベルトで締め付けられても、痛みは感じなかった。手首と足首にも似たような手枷、足枷がはめられる。
手首にはめた手枷とベッドの柵とが短い鎖でつながれた。じゃらりという音が恐怖を呼ぶ。
三連の輪に見えるベルトの、真ん中の輪が首からかけられた。首輪ではない。胸の前で輪の下の部分がつながり、普通のベルトのように長さを調節された。左右にあるふたつの輪が解かれる。解いた輪の先端が、金具により太腿の枷とつながる。自然と膝が曲げられるので、下半身をすべて晒すことになった。
最後に足首の足枷とベッドが鎖でつながれる。
高岡が春樹を見下ろした。
「奴隷や愛奴は無条件で視界を奪うが、商品には選ばせている。目隠しをしてほしいか?」
愛奴とは何なのだ。奴隷などという言葉が何の躊躇もなく出てくる男の世界だ。何をされるのかわからない。
目隠しの必要性も、当然のことながらわからない。
怖くないというひと言が欲しいために、春樹は口をひらいた。
「め、目隠しすると、怖くないんですか……?」
「商品にとっては、恐怖感に変化はない」
「…………それならしないでください」
わからないことだらけだが、奪われるものは少しでも少ないほうがいい。
ポンプの金具が外された。空気が送られ、体の中が押し広げられる。
強い圧迫感から逃れようと腰をよじると、鎖が鳴った。
「内臓が押し上げられるか」
「は……い……苦しい、苦しいです」
「激痛がなければ我慢しろ」
我慢するしかないのなら聞くなと思うが、頭の中の悪態はすぐに消える。
今までとは明らかに違う雰囲気にのまれていく。
「しばらくはこのままだ。絶対に抜くな」
高岡が部屋から出る。聞き慣れない金属音がした。
(外から……部屋の外から鍵をかけた……?)
手枷を見る。黒い輪の外にあるベルトは一連で、そんなにきつく締められてはいない。鎖もベッドの柵にあるフックに引っかけているだけだ。腕を上げれば抜くことはできそうだった。手が自由になればポンプの金具を外し、中のものを小さくして取ってしまうこともできる。
『新田をどれくらい愛している?』
上げようとした腕から力が抜けた。
あの金曜日。母の命日で春樹の十六歳の誕生日。あの日から決まっていたのだ。
新田と離れるくらいなら体を売る。
衝撃と迷いはあったが、心の奥底では決めていた。これも仕事なら逃げてはいけない。
もう新田からは逃れられない。
『愛してる』
使ったことのない言葉だった。新田も必死に伝えてきた。
いつか言うことができるだろうか。新田の腕の中で。そして新田から、もう一度言ってもらえるのだろうか。
春樹は天井の灯りを見た。春樹の寝室と同じ、シーリングライトだった。窓にはブラインドが下りていた。壁にかかる猟奇的な道具は、春樹には拷問道具にしか見えない。目隠しを拒んだ春樹は、ふたたび天井に視線を戻す。
体の感覚を散らすため、とりとめのないことを考える。たまに自分をつなぐ鎖が鳴る。この部屋には時計がない。
永遠にこうしていなくてはならないような錯覚が、春樹の心の隙を狙う。
その度に腕を上げて鎖を外そうとするが、やはりその度に新田の笑顔が湧き上がる。
鍵があけられる音がした。高岡は服を着たままだった。
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