人類と私たち竜獣種との間に起きた、大きな戦争。それが停戦して、数ヶ月が経過しただろうか…最近、我が家はとても賑やかだ。
 軍に入隊してしまい、暫く留守にしていた息子同然の弟子が停戦だからと、なんと恋人と一緒に帰って来たからだ。
 お兄さんが亡くなってから、すっかり塞ぎ込んでいたゴーシュが元気になっていた事以上に驚いた。あの人付き合いの苦手な弟子が、恋をするなんて…成長したものです。
 そんな弟子の恋人のブネが、一月位だろうか?暫く家を空けていた。その間、ゴーシュは心ここにあらずと言わんばかりの状態で、仕方ないので修練を休ませていた。
 

 それがほんの数日前。私が朝起きたら、突然ブネは帰ってきていた。どうやら、出向かった先でトラブルに巻き込まれていたらしい。どこか怪我をしたのか、数日経った今でも部屋で休んでいて、ゴーシュも世話に付きっきりで部屋からあまり出てこない。
 出てくるのは食事を運ぶ時や洗濯をする時くらい。風呂は夜中に二人でこっそり入っているようだけど…初々しいカップルと言うべきでしょうか。少なくともゴーシュにとっては初恋でしょうから。ブネは経験豊富そうですけど。



 ブネが帰ってきた頃から、体調が少しおかしい。熱っぽいというか、なんというか…少し発情期の時の状態に近いかもしれない。
 時期が近いのだろうか?だと、また面倒になりそうだ。
 妻が亡くなってから、私はずっと独り身を通している。そうなると毎回、発情期になる度に性欲処理に困る事になる。
 竜種ほどではないが、獣種も繁殖力が低い。それを補うように雄の獣種の性欲求は極端に強い。発情期という、祖先である動物の習性が少なからず残っている者も多い。
 ただ、個体差で発情期という習性が強い者もいれば弱い者もいる。弱い者は発情期になっても、少し興奮している気がする程度で、あまり日常生活に支障も出ない。
 だが強い者になると、発情期中は性欲求が一時に、竜種すら上回ってしまう。発情期が過ぎるまで身体が激しく疼き続け、性欲の事しか考えられなくなる者までいるほどだ。
 そんな獣種のなかでも私は随分と強い方らしく、発情期にはベッドから起き上がるのも億劫なほどだ。
 それが近いとなると、納期が近い作品は早めに仕上げておかないと…発情時期は毎回同じ頃の筈なのに、今回は少し違う。時折、体調不良や天候でズレるから、困りものだ。
 本格的になる前に…作業室に行こうとすると、玄関の呼び鈴が鳴るのが聞こえた。お客さんだろうか。
 「はいはい、どちらさまですか〜?」
 いつも弟子に無用心だ、と言われているのを思い出したのは、外の確認もせずに扉を開けた後だ。







 玄関の前に立っていたのは、大きなトカゲだった。いや、蜥蜴の獣種が正解か。竜種に酷似してはいるが、蜥蜴種は獣種に分類される。
 しかし、目の前の者はどうなのだろう。特徴は蜥蜴獣種なのだが、身長はゴーシュを超えているし肩幅もあり、竜種ほどの巨体をしている。私もあまり人のことは言えない身体ですが。
 「あ〜、紹介されて来たんだが、店主はいっか?」
 「店主、というか…店じゃなくてただの工房ですが、お店というなら間違っていませんか?」
 「んあ?待て待てココの住所は…合ってるよなぁ」
 彼は住所が書かれているのだろう紙切れを見て、再確認しているようだ。その紙切れを持つ手に、違和感を覚える。上半身を露出した簡素な服装ではやけに目立つ、肩から手までを覆う鎧。一見するとそう見えるが……これは。
 「あ、魔力運動の義腕ですか?」
 それ関連の紹介で来たのなら合っていますよ…と、中に招き入れる。ゴーシュが見ていたら、無用心だと叱られそうだ。
 彼もそう思った様子で少し呆れているが、招かれるままに中に入ってきた。客間の椅子に座らせ、お茶と茶菓子を差し出すと、改めて詳しい話を聞く。
 「ほうほう、あの子からの紹介ですか。懐かしいですねぇ」
 この工房から一人立ちして、義手等を専門に造る義装具師としての道に進んだ弟子からの紹介で、師である私の所に来たのだと聞かされ…何となく嬉しい気持ちになる。例え巣立って行っても、繋がりはそう簡単に消えないのだと。
 もう一度、彼の両腕に視線を向けると、なるほど確かによく見れば義腕だった。ただ、少しぼろぼろなっているような気がする。
 「この腕がすぐ壊れちまうんだよ。で、何度も壊してる内に、職人に泣かれちまってさ」
 ここを紹介されたのだと言うと、茶碗を掴み、持ち上げ…る途中で強く掴みすぎたのか、パキっと割ってしまう。溢れたお茶がテーブルに広がり、端から床に流れ落ちていく。
 「こういう義腕や義手の操作は、魔力制御が肝心だと教わりませんでしたか?」
 零れたお茶を布巾で拭い、割れた茶碗を片付けてから…彼の肩に装着された義腕に触れる。よく壊れる、と言っても流石元愛弟子の作品。作りは繊細かつ力強く、重量限界まで硬質な素材で作り上げているようだ。これで壊れやすいという事は、本人の扱いが下手か荒いかのどちらかだろう。
 「いや、気をつけてるつもりなんだがなぁ…腕が貧弱なんだよ」
 なるほど、とも思うがそれは仕方ない。彼の体格や胸板の厚さから予想するに、力持ちなのだろう。その腕力を義腕で再現しようとするから、耐久度が落ちてしまうのだ。
 許しを貰って、義腕の外装を外して内部構造を見せて貰うと、関節周りを中心に歪んでしまっている。フレームにまで無理な力がかかってしまったようだ。普通、ここまで歪んでは動かせなくなるのだが、そこは弟子の力量と言うべきか。
 ただ、これは修理するより、新しく作った方がよさそうだ。
 「ふむ、これだけのものを壊してしまうとなると…我々の技術で扱える金属では難しいですね…」
 「ああ、それも言われてる。んで、これならイケるんじゃねぇかな〜…ってさ」
 傍らに置いていた大きな袋の事だろうか?中を開けてみると、そこには見慣れぬ金属の残骸が詰まっていた。一般人、が見てもわからないだろうそれは、人間の作った兵器の、ハイブリットの残骸だった。
 「特殊合金ですか…確かに、これなら…」
 今以上に耐久も性能も上げられるだろう。だが、コレは同胞を改造した人類の技術だ。
 「いいのですか?本当にコレで…」
 「構わねぇよ。別に死体ってわけじゃねぇし、それにこいつは俺が差し違えた奴のだからな」
 ま、両腕を失った分の戦利品だとニヤリと笑む。という事は、彼も軍人か。いや、元軍人、か?
 「…分かりました、引き受けましょう。確かにこの合金の加工、この辺りでは私にしか出来ないでしょうから」
 商業都市カショウならば、ここより流通しているでしょうし、技師も多いから、また話は別かもしれないが…金属を手に取り、その質を確かめるように触れる。
 「んじゃ頼むわ。金に関しちゃ、退職金がかなり出たから大丈夫だぞ」
 「えぇ。あぁ、それと合金の加工には普通の金属より少し時間がかかるんですよ。出来上がるまでの微調整もありますし。毎日この工房と寝泊りしている所を行き来するのは大変では?」
 ここは下町でも外れの方で、もし都市の中央辺りに滞在しているなら走ってもかなり時間がかかるだろう。
 「それもそうか…どっか適当な所に住み着くか」
 「それなら、ウチで寝泊りしますか?残念ながら客室なんていうものはありませんが、空き部屋ならまだありますから」
 ああ、でもそれだと布団かベッドが必要ですね。どうにかしないと…それを聞いた彼は、甘える事にしたようだ。宿泊代を払わなくて済むならその方がいいらしい。ただ、さすがに部外者をいきなり泊める気の私に、驚いている。
 「あんた、警戒心ねぇなぁ…強いのか?ガタイもいいし」
 「よく聞かれるんですが、恥ずかしながら体力は皆無でして」
 工具や重い資材を扱っているので腕力だけはありますが、体力となるとあまり…少し照れながらハハ…と、頭を掻く。
 「そうなのか?こんなデカいのに」
 目の前の巨体に比べると身長は劣るが、獣種の平均としては私は長身だろう。なにせまだ若いとはいえ竜種のゴーシュとあまり変わらないのだから。2mは超える筈。
 「ええ、まぁ。ですが何かあっても、ウチには心強い子が二人も居るので」
 今はちょっと無理かもしれないけれど…ともかく、泊まる事が決まると、彼は一旦荷物を纏めにと、工房を後にした。


 戻ってくるまでに寝泊りできる部屋を用意し、掃除して整える。帰ってくる頃には丁度夕食時だろうか?そう思っていつもより多めに食材を用意しておく。
 あ、そういえば名前…聞いてなかったですね。いや、そもそも私も名乗ってない気がする。帰ってきたら名乗ればいいかと、張り切って食事をあれもこれもと作り上げていった。







(現ノ夢本文4〜7頁より。以降は本編にて)