NOVEL

『好き』の理由

 たぶん、答えは簡単なのに、その『簡単な事』が上手く行かない。

「じゃあな、郁也」
「ああ、またな」
 T字路で別れて右に折れた途端、見覚えのある車が停まっていた。
「……中原……」
 赤い、マークII。中原が持っていたベンツとかポルシェとかを始末した後、手に入れたらしい中古車だ。俺の姿を見ると同時に、降りてくる。
「……何でこんなとこにいるんだよ?」
 言うと、目がきらりと光った。
「……俺の顔を見るのがそんなに厭ですか?」
 厭とかそういうんじゃないけど……。
「……何です? はっきり口で言って下さいよ? その魅力的な愛らしい唇で」
 何でこんな厭味口調で言われなきゃならないんだ?
「お前の言い種、気に触るんだよ」
 中原の目から、表情が消えた。
「……俺に何か文句でもあるんですか?」
「……大アリだよ。あるに決まってんだろ。大体ここは公道だぞ。こんなところでそんな……」
 って言ってんのに!! どうして!! この男はっ……!!
「……っ!!」
 物凄い力で、抱きすくめられて、ブロック塀に押し付けられて、強引に唇割られて舌で、唇で吸い上げられる。殆ど暴力だ。左手が腰に回り、右手が学生服とシャツの間に潜り込もうとする。
「……やっ……めっ……!!」
 やめろよ!! 俺が、厭がるって判ってて、何でこんな!! こんなわざと!!
「やめろよっ!!」
 思い切り、突き飛ばして。
「どうしてっ……どうしてお前、そういう奴なんだよっ!!」
 中原は、顔にかかる髪を掻き上げながら、俺を見る。
「……じゃあ、あなたは?」
 挑戦的な顔で、俺を睨むように、中原が見つめてくる。
「あなたは、一体どうして?」
「ちったあ俺の気持ちにもなれよ!! お前、非常識なんだよ!! いちいち!! お前、俺の都合なんかちっとも考えやしないだろう!!」
「あなたは俺と一緒にいたい、とかそういう事、考えないんですね」
 ふっと、唇だけで笑みを浮かべた。
「……俺の独りよがりって訳だ」
 そう言って、ぞくりとするような凶悪な笑顔を浮かべた。
「……なか……は……ら……?」
 背中にぞくりと寒気が走る。
「……俺は……あなたが俺を好きだと言ってくれたら、それで全てが報われるんだと思ってました」
「……中原」
「あなたの全てが手に入って、俺は最高に幸せな気持ちになれるのだと。報われて満たされて、恍惚として、もう何も考えなくて良いのだと。俺は……」
「中原!!」
「……あなたと『恋人』同士になれたら、それだけで全て上手く行くんじゃないかと思ってましたが……」
「中原!! 聞けよ!!」
「……『間違い』だったみたいですね」
「なっ……!?」
 何を、言ってるんだ!! お前、一体何を……っ!!
「……あなたは何処まで行っても『あなた』のままだ。俺を『好き』だと言っても変わらない。以前と何も変わりはしないんだ。変わったと思ったのは俺の勘違いで……ただの思い込みで……」
「中原!! お前、何が言いたいんだ!!」
「あなた、本当に俺を『好き』だって思ってるんですか?」
 人の目が気になる。……今のところ、視界には見えないけど。
「とにかく、車には乗ってやるから。移動しよう。こんなとこで立ち話もなんだし……」
「……答えて下さい。答えるまで、ここから一歩も動きません」
「好きだよ。好きだから! ……だから車を……!!」
「……適当に言ってるようにしか聞こえませんね。その場凌ぎで」
 ああ!! もう!! こいつは!! どうして!! どうして、こういう奴なんだ!!
「お前、俺に一体何を求めてる?! 俺は……お前の好き勝手に動く『人形』でも『玩具』でもねぇよ!! お前、本当勝手な事ばっか言いやがって!! お前なんかに『好き』とか言われても全然説得力ねぇよ!! お前、自分の気持ちや都合ばっか押し付けて、俺の事本気で真面目に考えた事無いだろ!! そんなんで人の事言われたくねぇよ!! 自己中心的な我儘野郎のくせして俺ばっか責めてんじゃねーよ!! 頭クんだよ!! 良い加減そういうの!!」
「俺だって!!」
 キレたみたいに、突然大声で。物凄い形相で俺の両手首引き掴んで、塀にぐいと押し付ける。
「……くっ……ぅっ……!!」
 苦痛にもがこうとするけど、圧迫されて動けない。ぴったりと身を押し付けられて、苦しくて喘いだ。
「……っ……ぁっ……!!」
 抗議しようにも声が、出ない。
「俺だってちゃんと考えてますよ!! ギリギリまで我慢だってしてる!! でも、あなたって人は俺が限界まで耐えていたって、全然気付こうとしないし、考慮しようともしないでしょう!! だったら俺って一体何ですか!? 俺はあなたにとって、俺という存在は一体何なんですか!? あなたは俺を好きだと言う。あなたは俺を誘って挑発してるとしか思えない言動をする。なのに、俺は……俺はあなたが俺を『愛している』と感じられない。あなたの『愛』を感じる事が、あなたに『愛されている』と思える瞬間が無い!! 口先だけだったら何だって言えるんだ!! 俺だって……嘘くらい平気でつけますよ。どんな嘘だって心痛めずに、どれだけだって平気で言える!! ……あなたは……あなたは、基本的に『酷い』んだ!! そんなのは良く判ってる!!今更誰に言われなくたって、判ってる!! それでも、心が痛むのは止まらなくて!! 俺を『好き』だって言うなら、その『証』を見せて下さい!! 俺にあなたの『気持ち』を感じさせて下さい!! 俺がこういう事言うのは『我儘』ですか!? 俺があなたに愛情求めるのはただの『我儘』なんですか!? だったら俺は一体何ですか!? あなたにとって一体何だって言うんですか!? 俺は一人で振り回されて、引きずり回されて!!」
 不意に、手首を握り締める腕の力が抜けた。すっと身を放して、中原は俺に背中を向けた。俺は大きく息をつきながら、その場に崩れ込んだ。
「……は……ぁ……っ」
 中原は振り向かない。
「……手に入らないなら、『要らない』」
 硬いその声にどきりとした。
「中原!?」
「……焦がれ続けるだけなら、満たされないなら、最初から何も無い方がマシだ」
「中原っ!!」
 慌てて、手を伸ばした。
「『同情』なんか要りませんよ。そんなものだったら……俺は……!!」
 何でっ……何でこいつってこうなんだ!?
「『同情』なんかな訳無いだろっ!! 中原!!」
 バカ。……本気でバカ。すげぇバカで。
「『同情』で身体差し出せる程、俺は人間出来ちゃいねぇんだよ!! 判れよ!! それくらい!! 俺は……俺がお前を、『欲しい』と思うんだ。お前以外……欲しくない……欲しくなんかねぇんだよ!!」
「……郁也……様……っ」
「お前がそんな風にしたんだぞ!? お前がそんな風に俺を変えたんだ!! 俺はもう以前には戻れない!! 戻れやしねぇんだよ!! 俺は……俺はお前がどう思おうと、お前が好きだ。認めたくなんかなかったけど、自覚なんかしたくなかったけど、お前が好きで……なんでよりによってお前なんかって思うけど、お前みたいな厄介な奴、何でよりによってとか思うけど、仕方ねぇだろ!! 厭だって思うけど、お前なんか嫌いになれるもんならなりたいけど、俺のここが、胸が、お前じゃなきゃ厭だって言うんだから!! 『好き』に『理由』とか無いだろ!! 『愛情』が形で判る訳ねぇだろうが!! 俺だってお前の考えてる事なんかさっぱり判らなくて、こんな振り回されて、苛々するんだから!! 自分ばっか被害者の顔すんなよっ!! 大体、はっきり思ってる事ストレートに素直に言えよ!! お前いちいち判りにくいんだよ!! 突然、誰かと思うくらい情けない顔してみせたり、無防備に振る舞ったりするかと思えば、別人みたいに冷たい顔で俺を突き放したり、厭味口調で喧嘩売ったり!! 俺を振り回したくて、混乱させたくてわざとやってるとしか、思えねぇよ!! 俺は、そんな物分かり良くねぇよ!! お前の表情や言動の裏の裏まで読めなんて高等技術、俺に要求してんじゃねぇっ!! 俺は、お前に……お前が……全然判らねぇよ!! 俺を混乱させるな!! だからお前なんか信じられないんだよっ!! 判れよ!! そういう事!!」
 困ったような顔で、中原が振り向いた。……思わず、俺は拍子抜けした。
「…………」
「……んだよ? 言いたい事があんなら言えよっ!!」
「……『ドライブ』がしたかったんですが……」
「ドライブ?」
 ……そう言えばそんなような事言っていたような……。
「……車、エンジン掛けっぱなしで外に出たんですが、何故かロックされてるんですよね……」
「はぁ!?」
 俺は思わず大声上げた。中原は頬を恥ずかしそうに赤らめる。
「……ロックした覚えは無かったんですが……」
「…………」
 ……こいつ…………。
「……バカか?」
 カッと中原は顔を赤らめた。
「だって!! 仕方無いでしょう!? 急いでたんですから!!」
「バカだろ。何でそんな急ぐ必要があんだよ?」
「だって今日は……っ!!」
「……今日は何だよ?」
 すると、途端に、ショックを受けたような顔をした。
「? ……何だよ?」
「……覚えて無いんですね? ……やっぱり……」
「何をだよ?」
「……今日、何日だか知ってますか?」
「何日って……十月二十四日じゃ…………あっ!!」
 思わず自分の口を両手で押さえた。恨めしげな目つきで、中原が俺を見た。
「やっぱり綺麗さっぱり忘れてたんですね? ……事前に確認したりしない俺も『バカ』だと思いますけどね」
 どうして!! こいつはこんなに根に持つ性格なんだ!! そりゃ忘れてた俺も悪いけど!!
「てっきり郁也様が覚えていて早々に帰って来てくれるもんだと思い込んで、確認もしないでレストラン予約するなんて本当、俺も『バカ』で学習能力無いですよね? いやぁそうですね。そう言えばそれもまた仕方ないですよね? 郁也様は学校での生活やご友人とのお付き合いでとっても忙しくてそれどころじゃないですものね。俺の不見識で短慮の結果って奴ですよね。予約はキャンセルする事にしますよ。その方がすっきりしますしね。あなたもこんな俺なんかと行きたくないでしょう? 良いですよ。はっきりそうおっしゃっても。俺は今更傷付いたり文句言ったりしませんから。どうせ何もかも『バカ』な俺のせいですからね」
 嘘をつけよ!! 嘘を!! お前は!! どうして!! そんな厭味ばっかり!! 文句言わないだよ!! 絶対嘘だろ!! 思い切り言ってんじゃねぇか!! 俺が悪いって!! ちったぁ素直に物言えよ!! だからお前可愛げないんだよ!! お前が可愛くても不気味だけど!!
「判った!! 判ったから!! 一緒にレストランでも何処でも行ってやるから!!」
 中原は肩をすくめた。
「……とは言っても、ね。車を動かせないなら予約時間には到底無理ですけどね」
「…………」
 俺は固まった。
「針金とか、持ってます? あれば、開けられるんですが。そうじゃなかったら、石で窓を叩き割って鍵を開けるって手もありますが……ああ、その方がてっとり早いかな」
 い、石で?! 叩き割る、だと!?
「やっ……やめろよ!!そんなのっ!! 警察でも呼ばれたらどうすんだよっ!! 余計面倒になるだろうが!! JAFでも何でも呼べば良いじゃないか!!」
「……そうなると、すぐには来ないから、レストランはキャンセルになりますけどね……」
 中原の声が虚ろに響いた。
「…………」
 ……俺の……せいなのか……なあ?
「いや、もう良いですよ。何かもう虚しいですし。どうだって良いですよ。ええ、全くね。……どうせ俺の誕生日なんて誰も覚えちゃいないし、この年になっておめでとうとか言われても嬉しくも無いですしね」
「……悪かった、中原」
「いや別にどうだって良いですよ、本当。どうだって良い事ですしね! あなたから何か祝って貰えるなんて期待してませんでしたし!!」
「……あの、さ」
「素直にJAFへ電話しますよ。食事はもうどうだって良いですよね? この時間だったらあなたもどうせ済ませてるんだろうし」
 だあっ!! もうっ!! 何でこういちいち!! 厭味ったらしくて、しつこいんだよっ!! この男は!!
「……良い加減しつこいんだよっ!! お前は!!」
 だから、喧嘩になんかなるんじゃねぇか!! したくもねぇのに!!
「俺がしつこい事くらい百も承知でしょうに。何今更言ってるんですか」
「俺が確かに悪かったとは思うけど!! 三十にもなってお前って奴は本当、おとなげないんだよ!! 拗ねても全然可愛くねぇし!! 鬱陶しいし!! お前なんか、図体ばっかデカイだけで、全然ガキじゃねぇか!! 大人の分別も持ち合わせてねぇガキのくせして、威張り腐ってんじゃねぇよ!! 十五・六のガキじゃねぇだろ!! お前は!! 俺の同い年にだって、お前程質の悪いガキいねぇよ!!」
「だからもう良いって言ってるでしょう!! 別にもうどうだって良いって言ってるじゃないですか!! もう気にしないから構いませんよ!!」
「バカ野郎!! ……確かにお前の誕生日忘れたりした俺が悪いけど……だけど、今からだって十分取り返しつくだろう!?」
「……取り返し……?」
「……つまり……」
 かぁっと頬が熱くなる。
「……俺の奢りでどっかお前の好きなとこ、一緒に行ってやっても良い。……その例えば……ホテル……なんかでも……」
「えっ……!?」
 顔が、ひどく熱くなる。中原の目が、きらきらと嬉しそうに輝いたりして。
「『良い』んですか!?」
 物凄く、期待一杯な声で。
「……ってただ、明日も学校あるから……」
「嬉しい!!」
 ぎゅうっと強く、きつく、抱きしめられて。
「なかは……っ!!」
「本当に!? 良いんですか!? 俺と二人きりで!?」
 ……こいつ……。
「別に、ホテル泊まるのなんか、初めてじゃないだろう。ツインで泊まった事何度もあるし、一回ラブホ泊まった事だって……」
「……だって、あの時は何も無かったじゃないですか」
 何も無い、だと!? 何言ってるんだ。そりゃ『夜』は何も無かったけど、お前翌朝女装してる俺押し倒して……。
 中原はにやり、と笑った。
「それって、『何でも』OKなんですか? 俺の要望なら?」
 ぞくりとした。物凄く、厭な予感。
「ってお前……何、企んでる……?」
 背中に冷たい汗。
「いや、楽しくなって来ましたね♪」
 『楽しく』って……お前……。
「おい、中原。俺、明日学校だからあんまり無茶は……」
「一度やってみたい事あったんですよね♪ 邸内じゃちょっとあんまり派手な事出来ないから控えてたんですが……色々と。ああ、アレ、持ってたかな? 前は持ち歩いてたけど……運び出してそれからどうしたっけ? 確か……」
「おい!! 中原!! 聞けよ!! ちゃんと!! 俺、あしたは学校だから、あんまり無茶すると行けなくなる……っ!!」
 唇を、塞がれた。厚めの唇で貪られて。いとも簡単に舌に侵入されて。なぶられて舐られて、恍惚とする。甘く、濃厚な、キス。
「……ぁ……っ」
 中原が、穏やかな瞳で俺を見下ろす。
「今夜は……ずっと離しませんよ」
「……なかは……っ」
「今更厭だって言っても、無駄ですから」
「……中原……っ」
 俺は、自分の学習能力の無さに、本当腹が立ったけど。
「……付き合って貰いますよ? 俺の、『誕生日』なんだから」
 拒めそうに、無かった。……俺、自身も。

「ぅっ……ふっ……!!」
 ウィーン…という駆動音が、響いている。薄暗く落とした照明。その中で四つん這いになって。中原の顔の前で両足大きく開かされて。凄く恥ずかしくて。見られてるって、ただそれだけでも十分恥ずかしいのに。中原はその器具を、ローションで濡らされ、その液体が滴り落ちる俺の『奥』へとぐっと押し入れる。
「……ぁ……っ!!」
「……声、出しても良いんですよ?」
 ぞくり、と背中に響く声。ゆるゆると抜き出され、さらに奥へと沈み込ませる。
「……ぁあっ……!!」
「……綺麗だ……」
  耳元で、囁かれて。
「凄く、綺麗ですよ。郁也様……」
 そう言って、耳たぶをそっと舐め上げられた。
「ぁっ……っ……!!」
 左手で、乳首を弄ばれ、なぶられて。中原は器具をそのまま身体に残して、手を離した。
「……なっ……にを……っ」
 中原は無言で笑った。俺の顎を捕らえて口付ける。ちゅっと濡れた音を立てて、幾度も、幾度も繰り返し。そうしながら、俺の身体を横たえ、仰向けにする。
「……ぁっ……はっ……!!」
 ぞくぞくする。凄く、身体が、びくびくして。……おかしくなりそう。気持ち良い。中原の目が、俺を見てる。……見慣れてる筈のその目が、ひどくぞくぞくして。濡れた瞳で、中原が俺を見ている。中原の舌が、胸の上を這った。
「ぁっ……!!」
 乳首を、舐め上げられて。舌先で舐め転がされて。そうしながら右手が俺の分身に伸ばされた。
「……ぁあっ……!!」
 ヤバイ。……何でこんな……っ!!
 中原の唇が、『俺』を覆った。別に初めてじゃないのに、こんなの慣れきってる筈なのに、ひどく、感じて。それだけで、それだけなのに、達してしまった。くわえられて、まだ愛撫もされてないのに。
 顔がひどく熱くなった。
 中原は俺の放ったものを全て飲み干して、俺の目を見た。
「……中原……っ……」
 恥ずかしくて。……ひどく、恥ずかしくて。
「見るなよ……」
 両手で顔を覆った。
「……どうして?」
 俺の腕を掴み下ろし、不思議そうな顔で。
「……だって……こんなっ……!!」
 こんな事、くらいで。さっさと一人でイッたりとかして。中原なんか全然平気そうな顔してるのに。俺ばっかり。一人で……。
「だって、俺に感じてるんでしょう?」
 嬉しそうに。笑って。
「……なかは……っ」
「もっと、感じて下さい。何度も。……これで終わりなんかじゃ無いですから。もっと、もっと俺に感じて下さい。恥ずかしがる必要なんか無いです。俺にもっと恥ずかしいところ見せて下さい。もっとあなたを見せて。あなたの顔を。感じるあなたの姿を。俺はあなたの姿なら何だって見たいんです。あなたの身体なら隅々まで知りたい。あなたが何をどうしたら、どういう風に感じるのか、全部俺に見せて下さい。それが……俺の、誕生日プレゼントですよ」
「……お前……」
 ……本当、恥ずかしい奴。
 中原は俺に覆い被さってくる。
「……んっ……!!」
 ゆっくりと、口付けて。舌と舌を絡み合わせて。互いの唇を貪り合って、強く吸い上げる。
 どくん、とする。……俺の心臓。
 モーター音がこだまする。きゅうっと絞られて強く、感じる。
「……は……っ……ぁっ……!!」
 苦しいくらいに。求めてる。もう耐えられなくて。
「……れよ……」
 キスの合間に。
「……くれよ……っ」
 全部。……お前の全てを。俺に全部。凄く強く欲しくて。耐えられなくて。我慢なんか出来ない。何故、なんて判らない。後の事なんかどうだって良い。今、この瞬間だけが『真実』で『全て』で。他の何もかもがどうだって良い。
「お前を……っ……全部っ……!!」
 俺にくれよ!!
「郁也様……っ!!」
 今だけで良い。今だけで良いから。壊れても良い。全部ぶっ潰しても良いから。この瞬間は、『未来』なんかどうだって良い。お前だけ傍にいれば。お前がこの手の中にいるなら。しがみついて離さない。今だけの、刹那の一瞬だけで、良いから。
 他の何も要らない。要らないと思える瞬間。その瞬間を、全部お前で俺を満たして。埋め尽くして。他の何も考えさせないで。俺を狂わせて。お前が俺だけを見つめて。お前が俺だけを求めて、俺だけを欲しがって、俺だけを抱きしめるこの瞬間が。
「……郁也様っ……!!」
 器具を引き抜かれ、代わりに中原『自身』に突き抜かれて。悲鳴を上げて仰け反った。激しく、強く、求められて。
「郁也様、郁也様、郁也様……っ!!」
 強く、揺さぶられて。貫かれて。ベッドの軋む音が、天井に跳ね返って、こだまして。
 動物みたいな声が、口からほとばしり出る。
『……欲しい……!!』
 それでも、まだ足りない。
『欲しいんだよ!!』
 全然足りない。足りないんだよ!! 全然!!
「好きだっ……好きだ、好きだ、好きだ、好き……あなたがっ……!!」
 全然足りねぇよ!! もっと俺を欲しがれよ!! もっと俺を求めろよ! !出来んだろ!? やれるんだろう!? 欲しがり方が、求め方が、全然足りないんだよ!! もっと獣みたいに狂ってみろよ!! 人間なんか捨てて、野獣みたいに、ただ俺を食い尽くすみたいに!! 全身で、俺を欲しがってみせろよ!! 足りないんだよ!! 全然!! ……全然足りねぇんだよ!! こんなんじゃ!! もっと……もっと俺を……俺を欲しがって求めろよ!! 気が狂いそうな程に!! 意識なんか、理性なんかぶっ飛ばしちまうくらいに!! 人間なんか忘れるくらいに!!
「……もっとっ……!!」
  求めろよ!! 俺を!! 二人っきりの時くらい!!
「……激しく、強く求めてみろっ……!!」
 壊れそうなくらいに。理性なんか千切れてぶっ飛んでしまうくらいに。
「郁也さ……!!」
「『様』なんか付けてんじゃねぇっ!!」
 強く、内壁を擦り上げられて。深く、貫かれて。
 高く、悲鳴を上げた。……恥ずかしい、なんて思う余裕もなく。切羽詰まって。追い詰められて。ぞくぞくする。気持ち良い。気持ち良すぎて、何だか死にそう。理性なんか吹っ飛んで。
「いっ…くやっ……!!」
 荒い、呼吸がこだまする。汗が噴き出し、滴り落ちて、胸を、腹を伝う。繋がってる部分を、ひどく強く感じる。それしか、その事しか、もう考えられなくなって。
 ……すげぇ、好き。
 ヤバイくらい、好き。止められなくて。止まらなくて。全然止らなくて。正気でなんか、いられない。
 中原が、俺の目を熱く見つめながら、俺を貫く。この瞬間が、たまらなく気持ち良くて。

 俺、いつかこいつ、殺すかも。

 不意に、そう思って。じゃなきゃ、俺がこいつに殺される。……それでも良いと思ってる自分が何だか少しおかしくて。
 本当は、難しい事なんて何も無い。だけど、簡単な事ほど難しくて。たぶん、簡単だからこそ、間違える。
 好きだという、ただ、それだけなのに。

The End.
Web拍手
[RETURN] [UP]