NOVEL

Good Morning

 目覚めたら、息が掛かりそうなくらいすぐ傍に中原がいて、ぎくりとした。……ぐっすりと眠り込んでる。初めて見た。中原の寝顔。安らかな幸せそうな顔。唇が緩んでる。何だか思わず見入ってしまった。つられて俺まで唇緩んでる。……自覚したけど、誰に見られてる訳でも無いから。衝動的に、その頬にキスした。呻き声を上げて、中原が目を開いた。ぱっちりと。俺は思わずどきりとした。中原は真顔で俺を見た。
「……おはようございます」
 ……こいつ。いきなり起きるんだ? ……今までこいつの寝起きなんか見た事無かったから知らなかったけど……。
「……悪い、起こした?」
 俺は表情を誤魔化そうとして、失敗した。中原はにぃっと笑った。
「……いや、こういう目覚めは良いですよ。また、お願いしたいくらいですけど」
「……お前な」
 溜息ついた。……どうしてそう、ふざけた事ばっか言うんだろうな? こいつ。……だから俺が怒るんだろうが。……まあ、今更怒ったりしないけど。
 不意に、腕を掴まれ、引き寄せられた。
「……なっ……?」
 腕の下に組み敷かれて唇塞がれる。……バカ野郎!! もう朝なんだよ!! 一体何考えてんだよ!! ちったぁ考えろよ!! このバカ!!
 慌てて左足で股間辺りに蹴りを入れた。見事ヒットして、中原は飛び上がるように急所押さえてうずくまった。
「……おっ……お前がいけないんだからな!」
「……ひどっ……なんて……事……っ!!」
 涙目で中原は俺を見た。
「うるせぇ、とにかくお前が悪い!」
 悪い、とかやりすぎた、とかいう気持ちはあるけど、俺はとにかくそう主張した。
「……そ……んなっ……ひどっ……!!」
 中原は苦痛に呻きながら、恨めしそうに俺を見た。その顔がまるで駄々をこねる子供みたいで……俺は溜息つきながら、中原の額に唇を落とした。
「……泣くな」
「……泣きませんよ」
 顔をしかめながら、中原は言った。股間は押さえたままだ。
「……泣きませんけど、急所はやめて下さい」
「……悪かったよ」
 俺は溜息をついた。……素直過ぎる中原って、何だか気力抜ける。って言うか、強く出られない。もっと高飛車に強硬に迫られた方が、こっちもやり易い。何だか俺、子供を一方的に虐めてしまったような気になってきた。
「……じゃあ、態度で示して下さい」
 ……態度って。中原の顔をじっと見る。一応真面目な顔なんだけど……こいつ……。
 舌打ちして、唇重ねた。中原の唇の間に舌を滑り込ませて、厚めの唇貪りながら、歯の裏に舌を這わせた。中原の腕が俺の腰に滑り込んでくる。……判ってたけど、今更抗う気にもなれなくて。俺はゆっくりと押し倒される。中原の舌を捕らえて、強く吸い上げた。中原の指が下腹を這う。思わず、眉を寄せた。
「……んっ……」
 唇を離す。中原が俺を見下ろす。
「……もう痛くないのかよ?」
 俺が言うと、くすくす笑いながら答える。
「痛いですよ、まだ。だから、舐めて下さい。そしたら治りますから」
「……嘘だろ」
 きっぱりと言うと、困ったように中原は肩をすくめた。
「そんな事ありませんよ。本当痛くてずきずきするんですよ。熱くて熱を持って腫れてるんです」
「絶対嘘だろ」
「……口の中に入れて確かめて下さい。そしたら判るでしょう?」
 溜息をついた。……こいつ、たぶん何を言っても無駄だな。て言うか、俺がくわえてやった時、俺に夢見てるからやめろとか言った癖に。あれからほんの数日しか経ってないのに、この変貌。……こいつ、随分変わったよな。……俺も、人の事は言えないけど。以前の俺だったら、中原にこんな事言わせて無かったし。それに、実はこういう言われ方すると、弱い。……結局俺が何でも無いなら良かったんだけど……残念ながら、俺はこいつとするセックスが好きだ。と言うより中毒してる。こいつがどうなろうと全然構わない。構わない筈だけど──俺、今『期待』してる。こいつとセックスするようになって、一週間経ってないのに、もう数え切れないくらいこいつとヤって。既に病みつき。救いよう無いくらい。自分にこんな部分があったなんて、俺は今まで唯の一度も思った事無かった。俺はもう、キスもセックスも無しで一日過ごせない。たぶんきっとそう。正気の沙汰じゃない。既に病気。……中原無しで、一人で夜を過ごせない。たぶん中原が俺を求めて来なくなったら、夜眠れなくなるだろう。こんな事は馬鹿げてる。そんな事くらいで変わってしまうなんて。馬鹿馬鹿しいにも程がある。……そう思っていても、今更切り捨てる事は出来ない。俺はもう既に振り切れる限界を超えてしまった。慣れってコワイ。一ヶ月前の俺なら絶対にこんな事態は許さなかった筈だ。男同士のセックスに、中原に舐められたり穴に突っ込まれる事に、全く嫌悪感抱いてない。それどころか、望んでそれをしたいだなんて思うなんて。……俺は狂ってる。俺達の間には愛情も信頼も友情すらも無いのに。『欲望』と『肉体』と『雇用関係』だけでかろうじて繋がってる。
 俺は中原の足の間に顔を埋めた。最初からくわえずに、舌先で根元からてっぺんへと舐め上げる。びくりと、揺れて堅さを増した。ぴちゃぴちゃとわざと音を立てて、上から下へ、丹念に舐めていく。熱くなっていくそれに、手を一切触れず、舌先だけを使って筋を這うように舐め下ろしていく。中原の手が俺の後頭部に伸びた。俺はそれを軽く払いのけて、袋を一つ、舌先で舐め転がしてびちゃびちゃにしてから、ゆっくりと口へ含んだ。
「……ちょっ……郁也っ……様っ!!」
 中原が、動揺した声を上げた。狼狽しきった声。……今更。舌の上で舐め転がし、弄ぶ。不思議にひんやりしていて変な感じだ。いや、ここは熱くなったら困る場所ではあるんだが。口から出した時、中原と目が合った。
「……何処でそんな事覚えて来るんですかっ!!」
 俺は眉を顰めた。
「……お前な」
 呆れた。
「……俺を何だと思ってる?」
「……だって……!!」
 真っ赤な顔で。心底呆れた。
「……俺だって男なんだぞ?」
「だってそんなっ……何でそんな……!!」
「……お前な。俺とどれだけセックスしてる? そんだけやりゃぁ、誰だって経験値上がるだろうが。今更そんな事言うなよ。普段お前が俺に何やってるか考えりゃすぐ判るだろうが」
「だってこの前やった時はっ……!!」
「あの時はまだ全然不慣れだったろうが。それに俺、あんまり……」
「……え?」
「……途中でやめて良いのか?」
「……最後までして下さるんですか?」
「……お前が厭なら良いけど」
「そんな事言ってません。……あ……でも……」
「……何?」
「……顔面かけても、良いですか?」
 がっくりとした。……何、考えてるんだ。お前。思わず脱力して溜息出た。何故にそんな期待に満ちた声で言う?
「……良いけど……嬉しいか? お前」
「えっ!? 良いんですか!? ……本気で!? 後悔しません!?」
「……お前、自分から頼んでおいてそういう事言うか? あ、でも目に入るの厭だから、ちゃんと予告しろよ」
「します、します。絶対します♪」
 ……こいつ絶対人格変わって無いだろうか? こんなんで良いのか? なぁ? ……てーか朝っぱらからテンション高すぎ。嬉々とした顔で。……こいつ何だか吹っ切れ過ぎで、脳神経何本か何かのショックでぶち切れてんじゃないだろうか? ……まあ、元々二重人格的な奴なんだけど。幾らなんでも、酷すぎだぞ。豹変し過ぎ。今朝、頭のネジ緩んでんじゃねぇの? おい。
 多少気が削がれながら、中原のモノを口に含んだ。口の中一杯に満たす熱い肉塊。舌を這わせながら、上下に動かす。口をすぼめて、両手で根元を包み扱き上げながら、上顎に引っ掛かって噎せそうになるギリギリまで呑み込んでは、口から零れる寸前まで昇る。唾液がしたたって、中原の先から零れる液と混じり合って糸を引きながら、伝っていく。円を描くように、徐々に動きを早くしていく。中原の息が荒く、乱れていく。中原の右手が俺の髪に触れ、指に絡め、掴む。左手が耳たぶに触れてそれを弄ぶ。俺は息を乱しながら、中原の感じる部分を舌で責め上げながら、唇と顎を使って扱いていく。
「……ああ……イイ……凄くイイですよ……郁也様……」
 陶然とした声で、中原は言った。甘い、声で。耳元で。身体の奥がずきり、と熱を持った。俺の分身が跳ね上がるのを感じた。カッと耳が熱くなる。
「……凄くイイ……感じますよ……気持ち良くて……気が狂いそうになる……あなたを犯して、突きまくって汗と精液でドロドロにしたい」
 掠れた甘い声で。涙が出そうなくらい、顔が熱くなった。身体の中に中原の感覚を覚えて、ぶるりと震えた。触れられて無いのに、『後ろ』が反応した。
「あなたのアナルに突っ込んで、ぐしゃぐしゃに掻き回したい。俺のペニスで貫いて、感覚が麻痺しそうなくらい何度も犯して、あなたを壊れる寸前まで抱いてセックスしたい……」
 耳を塞ぎたいくらい、熱くなった。耐えきれなくて、速度を速めた。
「あなたの『中』の事を想うと、気が狂いそうですよ。あなたの熱くて狭い、俺をくわえ込んで離そうとしない……」
 ああ!! これ以上まともに聞いてたら、こっちの気がおかしくなる!! 激しく強く扱き上げて。濡れた音がひどく厭らしく室内に響き、こだまする。今更ながらこの状況に羞恥を感じ始めて。中原の指先が、俺の『入り口』に触れた。思わず仰け反る。中原は人差し指の腹で撫で回しながら、中指をゆっくりと挿入してきた。濡れてないそこは、侵入しようとする『異物』を吐き出そうとするけど、中原は頓着しない。着実に指を沈めてくる。俺は呻きながら腰を浮かせて、逃れようとした。だが、もう一方の手で腰を掴んで押し止められる。第二関節までがすっぽりと埋まった。それから徐々に這い出し、爪先まで来ると一気に奥まで貫いた。思わず、口を離して仰け反った。
「ぁあっ……!!」
「あっ……!」
 俺の口から零れ出した中原のナニは俺の唇から顎を滑り落ち、首筋に強く当たった。その瞬間に、白い飛沫が跳ね飛んだ。
「……あ……」
 バツの悪そうな顔で、中原が俺を見た。顎から喉に掛けて、白い精液が滴り落ちた。頬や鼻の頭にまで飛んでいる。
「…………」
「……だから、良いですかって……先に……」
「…………」
 困った顔で俺を見つめる。俺の顔色を窺うように。……その顔が、何だか犬みたいで。
 苦笑した。
「……俺も、イカせてくれ」
「良いんですか?」
 ぱっと表情を輝かせて。
「……て言うか、この状態でやめられた方が、俺は困る」
「判りました」
 にっこりと中原は笑った。爽やかに朗らかに。……結果、俺は物凄く後悔するのだが。

 朝から二時間もヤりやがったバカのせいで、俺は朝食を食べ損ねた。とてもそんな気分じゃなくて、いつまでもベッドから起き上がれなくて。腰が……重い。後ろの『穴』が、擦り切れるように痛くて怠い。……最悪だ。中原。限度を知れ。Hに関してはお前、有言実行絶対するな。
「……大丈夫ですか? 野菜ジュースとスープだけお持ちしたんですが」
「……そう思うなら、態度で示せよ」
 俺は滅茶苦茶恨みがましい声で言った。
「え? 口移しで?」
 思わず手が出た。ぱこんと小気味良い音がして頭に当たった。
「バカ。……加減しろって言ってんだよ。俺は。マジで俺を壊す気か? ヤリ殺したいか?」
「……気分的にはモエますが、現実的にはマズイですね」
「マズイどころの騒ぎじゃないだろう!!」
 思わず怒鳴った。……ああぁ、こいつの頭はボウフラ湧いてるのか!? 実は脳味噌空っぽか!? 向日葵でも咲いてるのか!? こいつはいつからこんなヘラ男になったんだ!! 腑抜けどころの騒ぎじゃないぞ!! ただのバカだ!! 間抜けだボケだ!! 一体これまでのこいつはどうしたって言うんだ!! 脳味噌溶けてわいて、ウジ虫が這いずり回ってるぞ!! 頭痛い。気でも狂ったか本気で!!
「……判った」
 俺はきっぱりと言った。
「え?」
 中原はきょとんとした。
「……俺、当分お前とセックスしない。俺に触るな、近付くな」
「えぇっ!? ……なっ……何でっ……そんな急に!! だって郁也様……!!」
「その煮えてる脳味噌冷えるまでセックス厳禁」
「……そ……んなっ……!!」
 絶望的、という顔をした。……絶望的なのは俺の方だ。このバカ。
「……少し反省してろ。……他でも厳禁。したら絶交。良いな?」
「良い訳無いでしょう!! どうしてそんな!! 急に!! あなただって喜んでたでしょう!?」
 うるさい。
「……少し冷静になって自分を省みろ。反省したら許してやる」
「反省します!! 反省してます!! 二度と、やり過ぎませんから!! 加減します!!」
「駄目」
 きっぱりと俺は言った。
「ゆっくり頭冷やせ。……良いな?」
「そんな……」
 中原が恨めしそうに俺を見たが、俺はそれどこじゃなかった。俺の怒ってる理由ちゃんと判るまで許してやらない。……その間にこいつが我慢できるかどうか難題な気がするけど。……少なくとも、今はとても許してやる気にはなれない。死ぬまで反省してろ、と言いたいところだけど、きっとそれより先に俺の方が保たない。
 頼むからさっさと理解しろよな。
 情けない顔の中原を見ながら、俺はこっそり溜息をついた。

The End.
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