NOVEL

週末は命懸け -7-

 俺達は服を変えて、『公園』に来ていた。公園とは言うけど、郊外の何も無い、ただだだっ広い芝生と公衆トイレと森が少しあるだけ。
「……ここは昔、俺達がいた『施設』のあった場所なんです」
「…………」
「……たぶん、あの人もここにいると思うんですが」
 服装や髪型を変えてあるとは言え、本当の兄弟だったら、中原の事くらいすぐ見破るんじゃないだろうか? 俺はそう思うけど……それこそが中原の『本意』な気がした。
 広々とした公園を歩いていると、反対側から誰か歩いて来た。中原は笑った。俺はぞっとした。やって来たのは、中原英和。
「……良く来たな?」
 男は笑った。中原も笑う。
「……あなたも、ね」
「……見間違いかと、一瞬思ったよ」
「それでわざわざ確認に来て下さった?」
「……『お荷物』と二人だけで来るなんてイイ性格してるな、龍也」
「兄さん程じゃありませんよ」
 知らない人が見たら、和やかに見えるんだろう。けど、物凄いオーラを感じる。笑ってはいるけど、二人とも本当には笑っていない。
「全面戦争とか言って、兄さんも随分甘いんじゃありません?」
「……やっぱりお前はバカだよ。本当の事なんか何も見えてやしない。本当、昔からそのバカさ加減は変わりゃしない」
「……俺がバカなのは本当の事だとしても、兄さんがそうじゃないなんて、どうやって証明出来ます?」
「……証明して欲しいのか?」
「……一つ、聞きたい事があるんですけど」
「何だ?」
「……広香[ひろか]の事ですけど」
 すると、中原兄はバカにした目つきになった。
「……まだ、こだわってたのか?」
 中原は詰問する。
「……あの時、どうして広香は兄さんの部屋にいたんです? どうしてあの時……」
「……昔からお前、あいつの事ばかり気にしてたな」
「……大事な妹ですから」
「……本当に?」
「……他に何があると言うんです」
「……本当に、あれが妹に見えたか?」
 ムッとしたように、中原は言った。
「広香は大事な妹です。……兄さんには、そうじゃなかったんですか!?」
「……久本の顔くらい、知ってるだろう?」
「当然です」
「……それでどうしてそんな事、言える?」
「広香は母さんから生まれてきた。俺達と同じ母親から……」
「『薄汚い売女』からだろう!?」
「っ!!」
 目に見えて、中原の顔色が変わった。
「……じゃあ、やっぱりっ……!!」
「……本当にお前は、バカだな」
 中原英和は笑った。
「バカだ」
「……広香はまだ九歳だったのに!!」
「……お前は本当に、バカだよ」
 殴りかかろうとした中原に、嘲笑を浴びせて飛びすさる。そして、手に持っていた何かを押した。俺は思わず中原を突き飛ばした。間一髪だった。爆風が辺りを吹き飛ばす。熱風が吹き付ける。局地的な、爆発。髪の焦げる臭いがした。中原が、俺に掛かった火の粉を払う。爆煙の中、逃げる。飛び交う銃声。俺達は木陰に隠れた。
「……どうすんだよ」
 中原は笑った。俺は厭な予感がした。
「ここにいて下さい」
 物凄く厭な予感がした。
「……お前、まさか一人で……」
「……自殺願望なんてありませんよ」
「……あのな、お前……」
 『死ぬ気』無くても『生きる気』無いなら、一緒の事だろーがっ。
「……何か心残りがあれば良いのか?」
「何の話です?」
「……気になる事があれば、お前は生きようという気になるのか?」
「あなたにそんな話されるなんて心外ですね」
 ムッとした。
「……俺が死ぬのなんていつだって良い。けど、お前は死ぬ必要ないだろう?」
「……何言ってるんですか」
 呆れた、という顔された。
「……俺は誰にも必要とされてない人間ですよ?」
「……バカ野郎。それ言ったら、俺も同じだ」
「何言ってるんですか。あなたには……」
「俺が愛していたのは、『母』だけだ。あの人以外の『人間』なんて皆『模造品』だ」
「…………」
「……『彼女』だけが、この世の宝石だった」
「…………」
「……俺は今でもあの面影に、しがみついてるだけだ。この世にもう、存在しないと判っていて」
「…………我儘な人ですね」
「……お前なんかに言われたくない」
「……それで?」
「……あの人を殺したものを『壊す』。それだけが生き甲斐だ。……いつになるかは判らないが」
 俺は一体、何を口走ってるのだろう。こんな男にこんな事言って、一体何になると言うのだろう。
「……それは随分と……」
「……何とでも言え」
「……面白そうですね」
 がくりとした。
「何言ってんの!? お前!!」
「面白そうだと申し上げたんです」
「だから何が……っ!!」
「……ご協力いたしましょうか?」
 耳を疑った。
「……お前……何言ってる!?」
「面白そうだから、ご協力いたします。『夢』は大きいほど良いですよね」
「……中原?」
「……途中で諦めたりしないで下さいね。それだけは約束ですよ」
「……おい?」
 俺はとんでもない奴に、とんでもない事言ったんじゃないだろうか? 急速に不安になる。
「じゃ、また後で」
 生き生きとした顔で、中原は爽やかにそう言った。……何か違うと思うのは、気のせいじゃないだろう。俺は物凄く後悔した。とんでもない厄介事をこの身に引き受けてしまった気がした。
 たぶん、気のせいどころか、事実その通りなのだろうけど。
 中原は駆け出して行く。銃弾がその後を追うけど、気にした風は無い。自殺行為というか何というか。俺はのそのそと音を立てないよう、もう少し安全そうな場所探して、匍匐前進で移動する。取り敢えず、(出来る事なら)安全圏まで逃げ出して、携帯で応援呼ぶのが賢い方法だと思う。幾ら何でも中原一人で、素手は滅茶苦茶無謀と思うから。……今まで、アイツが死んだってどうって事無いとか思ってたけど、今死なれたら目一杯夢見悪い。ってーか、たぶん、俺、同情してる。そんなの俺の主義じゃないんだが。背の低い灌木を隠れ蓑にして森の奥へ侵入して行く。銃弾の音が遠くなって、人気も感じなくなる。鳥の声が聞こえる。俺は周囲を確認してから、灌木から大木の方へ移動し、そこで携帯の電源を入れる。回したのは『親父』の携帯。……こういう時だけ頼るなんて俺も随分性格イイと思うが。
〔……はい〕
「……俺」
〔……郁也!?〕
  驚いた、声。
「今、『八尾やすらぎ公園』とかいう処にいます」
〔……どうしたんだい!?〕
「……早く来て、あのバカ止めて下さい。じゃないと死ぬから」
〔……『あのバカ』って……龍也君?〕
「……他に誰がいます?」
〔判った。龍也君が危ないんだな。それで? お前はどうなんだい?〕
「……俺は平気です。ただ、あのバカ無茶やってるから」
〔判った。すぐ応援を向かわせる〕
「…………」
〔……郁也〕
「はい?」
〔有り難う〕
「……何を」
〔……またね〕
  通話は一方的に切れた。……ま、良いけど。俺は芝生の方へ目を遣る。状況は良く判らないけど、銃の撃ち合いやってるらしいから、中原は相手から銃をかっぱらってそれで応援してるらしい。
「……命知らずな奴」
 取り敢えず俺は、ここでじっとしてた方が良いのか? ……けど、応援来る前に死なれたら困るし……。どきりとした。人の気配。
「……こっちの方か?」
 うわ!! 『敵』かよ!! 冗談だろ!? 慌てて灌木の茂みに隠れる。音を立てないように、枝を折らないように、慎重に中へ侵入して……隠れ切った処へ、『連中』の姿──正確には足──が見えてきた。
「……本当に見たんだろうな?」
「……ちらっとだけだったけど、見た。確かにこっちの方へ……」
「……大事な『獲物』なんだから、逃す訳にいかないんだぞ」
  ……息を殺して、全身緊張して固まってる。
「……姿見てまだそんなに経ってないから、この辺にいる筈だ」
 近くを通り過ぎ、更に森の奥へと向かう。ほっとしかけた、その時。突如鳴り響いた電子音。俺の携帯!! 全身の血がぞわっと引いて、思わず場所柄考えずに立ち上がろうとした瞬間、つい先程まで俺が『親父』に電話していた場所にあった携帯が粉々に砕け散った。俺は硬直した。男の一人が舌打ちした。
「……ま、この辺りにいる事だけは間違いないな」
 ……こいつら。逃げよう、とか思うけど、奴らまだ傍にいるし、この状況でぴくりとでも身動きしたら、絶対携帯の二の舞にされるし……これってもしかしなくても絶体絶命って奴じゃ……うわ、最悪!!
 その時、二発の銃声が聞こえた。声一つ上げず、男二人がどさりと倒れた。
「……大丈夫ですか?」
 何てタイミング良いというか、ご都合主義的というか……。
「……中原……」
 思い切り疲れて、俺は何とか自力で灌木から這い出る。
「……どうしてこんな処にいるんです?」
「……応援頼んだ。『すぐ来る』って。どのくらい『すぐ』か判りゃしないけど」
 何か言いたげに、中原は俺を見た。
「……とにかくあの銃声です。誰か絶対来ますから、移動しましょう」
「……何処へ?」
「……来て下さい」
 腕を引かれる。木陰に隠れるようにしながら、少しずつ移動する。入れ違いに、誰かがやって来る。
「この辺だ!! 捜せ!!」
 ……何なんだよ、ったく。中原に連れられて、森の奥へと来る。森の奥は、切り立った崖がそびえ立っていた。俺は中原を見た。中原は口元だけで笑みを浮かべた。……厭な予感。崖を回り込むと、洞窟があった。
「…………」
 中原はにやりと笑った。俺は中原を無言で見上げた。洞窟からは明かりが漏れていた。中原は俺に自分の持っていた銃を握らせた。
「!?」
 こんな物渡されたって俺、使い方知らないぞ!? 中原は知らん顔で俺にしっかりと銃を握らせ、撃鉄を起こす。俺は真っ白になって、中原を見上げる。中原は胸元から別の銃を取り出す。弾を装填して、撃鉄を起こす。そして構える。そのまま、足音忍ばせて、中へ侵入する。文句言いたいの我慢して、仕方無いから俺も後から付いて行く。原理は判ってる。原理は。モデルガンくらいなら触った事ある。……でも俺は射撃クラブに通った事も、クレー射撃もした事無い初心者だってのに。バカ野郎。絶対的になんか当たりゃしねーぞ。威嚇にもなりゃしないだろう! ……それ以前に、俺、本物の銃なんか握らされて……あああ、普通の生活が遠くなる……。
 明かりが近くなる。身を潜めてそっと窺う。洞窟はそんなに広くない。五・六人てとこか。何やら銃の整備やら雑談したりしてる。待機所といったところか? 中原が俺を見る。……何だよ。俺に何させる気だよ。
『外から来ないか見張ってて下さい』
『……それで良いのか?』
『援軍来たら、何処でも良いから俺に当たらないよう、銃ぶっ放して下さい』
 ……それって。
『最初から撃てるとは思いませんから、当てなくて結構です』
 ……まあ……そうだけど。中原はウィンクした。俺は頷いた。まあ、そうだろう。そうだけど。何だかな。……中原は奥へ近付く。逆に俺は入口へ近付く。入口を監視できる位置について、壁に身体密着させて、息を潜める。奥で銃声が鳴り響いた。俺は入口を監視しながらも、奥にも注意を払った。銃数発の銃声が響いた後、静かになった。外が騒がしくなる。ドキドキしながら銃を胸元に構える。中原が戻ってきて、俺の肩に手を置いた。緊張しきっていた。ガクガク震えそうだった。そんなカッコ悪い真似、したくなくて懸命に堪えてた。……来た!! 両手で構えて、引き金を引く。ドン、という音と共に身体が、反動で後ろへ引きずられそうになる。堪える。一人の肩先を掠めたらしい。銃弾が飛んでくる。慌てて頭下げて避ける。中原が俺を脇へ押しやる。……そうかよ、邪魔かよ。そりゃ、仕方無いけどよ。中原は続けざまに撃つ。一発で仕留めてく。
「!?」
 何発か中原の頬や肩先を掠めていった。血がほとばしり出るけど、そんな事、まるで気にせず。
「……っかはらっ!!」
 薬莢が空になったらしい。銃弾を詰めようとする。俺は手に持ってた銃を投げやる。中原は受け取って、更に来た新手目掛けて撃つ。
 ……やめろよ。心臓に悪いって。俺にどうしろってんだよ? そういう無謀な事すんなよ。俺、確かについこの前まで、お前が俺の為に死んでもそりゃ仕方無い事だって思ってた。それがお前の『仕事』だから。……けど今、少なくとも『今日』は俺、お前に同情してて死なせたくなんて無くて。中原の事なんて嫌いだし、ヤな奴だし、最低最悪だし、本当こんな奴に付き合わされるの冗談じゃないけど、出来れば縁なんて切ってやりたいけど、少なくとも今、死なれるのだけは厭だ。後味悪い。夢見悪い。明日の事なんて知らないけど、とにかく『今日』だけは駄目だ。……だから。
「バッカ野郎!!」
 中原の腕掴んで、目を見開いた中原の身体、引き倒して。盾になる壁際に連れ込んで。
「……何するんですかっ!!」
「バカ野郎!! お前、蜂の巣にされる気か!?」
「あなた、殺されたいんですか!?」
「そりゃ、こっちの台詞だ!! もう少し、防御考えて攻撃しろ!! お前死んだらどのみち俺も死ぬだろうが!!」
 憮然、とした顔で中原は俺を見る。
「……あなたに説教されるなんて俺もお終いですね」
「俺は間違った事、言ってないぞ!!」
 ムッとした顔で、それでもそれ以上言わずに。中原はその場所から撃つ。俺はさっき中原が空にした銃に弾を装填する。オートマティックだから、初心者[おれ]でも出来る。カートリッジ交換するだけだ。中原はさっき渡したのも空にして、俺は渡す。一時、銃声が止んだ。遠くから銃声が聞こえて来る。……応援?
 中原は外へ向かって飛び出してった。ぎょっとする俺を置いてきぼりに。
「中原!! お前!!」
「そこにいて下さい!!」
「お前!! 判ってないだろ!!」
 中原は銃を乱射しながら、入口へと駆け出して行く。聞く耳持たないってか。おい!!
 銃声がどんどん遠ざかってく。見ると、洞窟出口はあらかた掃討されて、動かないか虫の息の連中ばかりになっている。舌打ちして外へ向かう。途中、倒れてる奴の武器、取り上げながら。
 外出ると知った顔がいた。

To be continued...
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