NOVEL

堂森食品(株)営業二課 番外編 -神田川俊行の週末-

「神田川、お前今晩暇?」
「ワリっ。今日先約あんだ。またな」
「ちっ。仕方無いな。じゃあな、神田川」
「おう、また来週」
 俺、神田川俊行[かんだがわとしゆき]黒崎真樹[くろさきまさき]の股間を揉み込みながら、そう言った。
「また来週」
 黒崎も俺の股間を軽く揉み込む。
「じゃ!」
 明るく挨拶して黒崎は二課を出て行った。部屋には俺と都倉祐二[とくらゆうじ]だけになった。
「……都倉、飲みに行かねぇ?」
「何ソレ」
 都倉はにやりと笑った。
「今、先約あるってサキちゃん断ったのに?」
「だってあいつ、俺にマジ惚れだもん」
「酷い奴」
 くすくすと都倉は笑った。
「……ヤダって言ったら?」
「一人寂しく飲みに行く」
 くすくすと楽しそうに都倉は笑った。
「判った。付き合ってやるよ。……仕様が無いな、お前。本命いないのか?」
 お前だって言ったらどうする? 都倉。思いながら、都倉の股間に触れ、スラックスの上から撫で回す。都倉は顎を逸らして笑った。軽く身を捩らす。
「……何? 気持ち良い?」
 耳元で囁く。
「ん……良いけど……それ以上、パス」
 言われて、ぱっと手を離す。引き際肝心。嫌われたら元も子もない。
「……んで、都倉。お前まだシノピーが良いワケ?」
「何そのシノピー。聞いたら怒るぜ? あの人生真面目だから」
「いねぇからいんだよ」
 都倉はくすくすと笑った。
「……篠田の相手は砂原ちゃんだしね。俺なんか入る隙間ないっしょ? ま、最初から期待してないし良いけど。俺は篠田、見てるだけで良いし」
 ……やっぱそうか。
「……篠田って付き合ったら付き合ったで、結構面倒臭そうだし」
「そういうコト言うか?」
 俺は眉を顰めた。
「あのストイックそうな顔を欲望で歪めてみたいけど、妄想だけで良いな。それだけでお腹一杯」
「……不健康」
「お前だって」
「俺は自分の欲望に忠実なの」
「ん、まぁ、割とそうだな」
「……何、ソレ。割と?」
「……お前、どっか自分セーブしてるトコあるだろ? 自覚ないか?」
 そこまで分析してるんなら、俺の気持ち気付いてくれたって良いのにな。都倉。
「そうか?」
 俺は笑った。
「そうだよ」
 都倉が言った。
「それで? 何処飲みに行くって?」
「行きつけのバー。キレイどころはいないけど、BGMや雰囲気が好き」
「……ええと『Glasses』だっけ?」
「そう」
 店のマスターがグラス好きで、色々集めてる。バーテンダー一人もいない。カウンターとマスターだけの店。マスターお気に入りの洋楽──主にブラック・ミュージック──マスターがセレクトした酒とつまみとグラスと皿が用意されてる。マスターの趣味は良い。俺は好きだ。会話は殆どしない。彼は俺が行くとにっこり微笑む。俺も笑い返す。それが挨拶代わり。あの店がいつからあるのか、マスターの経歴がどうなのか、そんな物は知らない。必要ない。初めてあの店に行ったのは、二年前で、以来行きつけ。でもあまり知人友人なんかは誘わない。そこは俺の息抜きの場で、ある種逃げ道みたいな場所だから、そう滅多な奴には教えない。特別な奴しか連れて行かない。……きっと都倉は判ってない。
「この前行った時、イタリアで買ったっていうグラス見せて貰った。……本当好きだよな? あのマスター」
「……一人で?」
 俺は聞いた。
「そう。寂しく一人で」
「……俺もだって。大抵」
「……らしいね。言ってた」
「え!?」
 びっくりした。
「だっ……誰が!!」
「……マスター」
 ……そっ……んなっ……!!
「マスター、嬉しそうに言ってた。いつもお前寂しそうだから、お前が俺を連れて一緒に店へ来た時、『ああ、良かった』って思ったんだって」
「……え?」
「その時のお前が楽しそうで、嬉しそうだったからって」
「…………」
「……お前、無理してるだろう?」
 都倉がじっと俺の目を見た。
「……心配してたぞ、マスター。いつもお前、笑っていても何処か暗い顔してるって。俺はそんなお前見た事無いな?」
 都倉に見つめられて、俺は顔を逸らした。
「……知った事かよ」
「……神田川」
 都倉の手が、俺の肩に置かれた。どきり、とした。
「……俺じゃ、力になれないか?」
 耳元で、囁かれて。
「……都倉」
 声が、上擦った。都倉の手が、俺の肩先から首筋へ昇り、頬に触れられた。ぐいと都倉の方を向かせられた。引き寄せられる。
「……都倉?」
 唇が重ねられた。俺は一瞬、頭の中が真っ白になった。都倉が顔を上げる。
「都倉!?」
「……厭だった?」
 笑って訊かれて。
「……って都倉!! お前!! 篠田が好きなんじゃなかったのかよ!!」
 思わず叫んだ。都倉は笑った。爽やかに。
「篠田が好きなのはね、顔。……俺は神田川の事、結構好きなんだけど?」
「……なっ……!!」
 こいつ、誰だ!?
 一瞬思った。くすくすと都倉は笑った。
「俺の片想い?」
 楽しそうに、笑って。
「……き……づいて……」
「気付いてたよ? さっきのはてっきり誘われたんだと思ったけど? 違った?」
「……違わない……けど……都倉……お前性格悪い……?」
「そういう事言う?」
「……お前……もしや今まで俺の反応楽しんでた?」
「いつまで勘違いさせたままにしておこうかな、とは思ったけど。あんまり焦らすのも可哀相かな、と。マスターの話、昨日聞いてからね」
「……お前……っ……最低!!」
「嫌い?」
 耳元で囁かれて。都倉の左腕が背中に周り、右手がスーツとシャツの間に滑り込む。
「……んっ……」
 思わず呻いた。
 机の上に、押し倒される。
「……ちょっ……待てっ……!! 都倉っ!!」
「待たない」
 都倉はそう言って、俺の上にのし掛かり、シャツのボタンを外し、肘で押さえつけるようにしながら舌を胸に這わせた。
「……都っ……倉っ……!!」
 突起を熱く舐られる。スラックスを膝まで下着ごと吊り下ろされる。右手で中央部を掴まれ、扱かれる。
「都倉っ……!!」
 煌々とした蛍光灯の真下で。
「……恥ずかしい?」
 甘く囁く。
「……都倉っ……!!」
 都倉の唇が俺の唇を塞ぐ。右手で扱き上げ、左手で胸の突起をなぶられ、都倉の舌が俺の口腔を蹂躙する。荒い、息遣いが他に人のいない事務所にこだまする。窓の外や扉の向こうがひどく気になる。
「……見られたらっ……どうするんだよっ……!!」
「俺の物だって宣言する」
「都倉っ……お前なぁっ……!!」
 都倉が俺の両足を、膝が胸に付きそうなくらいに折り畳む。
「……とっ……都倉!?」
 ひやり、とした。都倉の舌が、後ろの割れ目にそろりと這う。
「都倉!! バカ!! こんな処でっ……!!」
「じゃあ何処なら良いの?」
「マズイって!! 会社じゃ!!」
「ここまで来たら最後まで行かない? ろくに抵抗一つしない癖に」
 くすくすっと都倉は笑った。
「……お前、猫被ってなかったか?」
「そりゃ猫くらい被るだろう? 好きな人の前では」
「じゃあ今どうして被ってないんだ!!」
「……だって厭がってる素振りで、実は今喜んでるだろう? 神田川」
 絶句した。
「もっと悦ばせてやるよ」
「ちょっと待て!! ここはやめろっ!! 頼むからっ!!」
「そこまで厭がられたら、絶対やりたくなるよね。本気で厭だったら抵抗するだろうし」
「ちょっ……待て!!」
 俺は想わず涙目になった。
 絶対……都倉とだったら俺がリードする側って思ってたのに!!
「したかったらすれば良いんだよ、抵抗」
 そう言って、都倉は舌を差し入れた。熱さが俺の全身を駆け抜け、一瞬痺れる。舌で愛撫され、呻き喘ぎながら俺はぼんやり思った。
 営業二課は曲者揃いだ。

The End.
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