The peaceful town
悠久幻想曲。 それはエンフィールドという、小さな、平和で穏やかな街の日常の物語。 主人公は放浪の旅の途中、食料も資金も尽き、街の入り口近くで倒れた。 それを助けてくれたのは、『何でも屋』ジョートショップの主人をしている未亡人のアリサ・アスティア。 アリサは生まれつき目が不自由なので、テディと言う魔法生物が生活のサポートをしている。 テディは犬のような外見だが、『犬』と言われるとムキになって怒る(笑)。 ジョートショップの経営状態は、それほど余裕のあるものではなかった。 主人公は恩を返そうと、ジョートショップに居候し、働き始める。 それによりジョートショップに活気が出たが、食いぶちが増えてしまったのでそれほど変化は無かったりするのだった…。 そしてある日。 美術館から、いくつもの美術品が盗まれるという事件が起こる。 しかも、その盗まれた美術品が全て主人公の部屋から発見された。 動かぬ証拠を突きつけられ、主人公は無実の罪を着せられ、捕まってしまう。 しかしアリサは、ジョートショップの土地を担保に10万ゴールドという大金を借り、主人公の保釈金を払ってくれた。 借金の返済期限は1年後。 返済できなければジョートショップの土地を失ってしまう。 しかしエンフィールドの住民の大多数の支持を得て、再審議の申請をし、 そこで無実を証明できれば、保釈金が戻ってくる。 主人公はとにかく仕事をし、住民の信頼を得るため、 友人たちにジョートショップを手伝ってくれるよう頼んで回る。 3人の友人を臨時の従業員に、波乱続きの1年間が始まり、そして、無事再審の結果無実が証明された。 その後、主人公はまた旅に出る。 アリサの目が治せるかもしれないという薬を持ってくるためだ。 ―――そして、1年後。 主人公が長い旅から帰ってきた。 しかし、持ってきた薬でもやはり、アリサの目を治すことはできなかった。 また、ジョートショップでの日常が始まる。 - - - - - - - - - - 夢を、見た。 女性が殺される夢だった。 それを呆然と見つめる少年。 『おかあ…さん…』 そこで、夢から覚めた。 何だかとてもリアルな夢で、しばらく俺は布団から体を起こしたままぼーっと一点を見つめていた。 その夢が気になって仕方がなかった。 朝食を食べているとき、アリサさんにどうしたのか聞かれたが、 ただの夢だと思って俺は「何でもない」と笑った。 俺は一ノ瀬 幸樹(いちのせ ゆき)、18歳。 いつものように仕事を終え、ジョートショップへ戻る途中。 「よお、久しぶりだな」 聞き覚えのある声が聞こえ、立ち止まる。 …だがそれは、本来聞こえてはならないはずの声だった。 「…シャドウ…!」 そいつは俺が動揺したのを見ると、ニヤリと笑った。 シャドウ。 拘束衣に、顔を半分隠すほどの不気味な眼帯が印象的な男。 そして、あの時俺に無実の罪を着せた男。 神出鬼没で、俺の行く先々で邪魔をした。 …俺に憎まれるために。 シャドウを倒したとき、その正体を明かされ、俺は呆然とした。 シャドウは俺なのだ。 俺の、意識の奥に抑圧された攻撃性、破壊願望。 それが実体化したモノが、シャドウの正体だった。 シャドウは俺がシャドウを『憎む』ことによって存在していた。 倒したときに、シャドウは俺の中に戻ったはずなのに…。 「今度は何をするつもりだ?何をしてももう俺はお前を憎むわけないのに」 「…別に何もしやしねえよ。お前が何もしなけりゃな」 「……」 どういう意味か聞く前に、シャドウは消えてしまった。 何か、嫌な胸騒ぎがしていた。 - - - - - - - - - - 俺には、10歳以前の記憶が無い。 『ユキ』という名前と年齢はわかったのだが、肉親のことなど、他には全く覚えていなかった。 森の中に倒れていたところを近くの町の公安に保護され、その町の大衆食堂に引き取られ、 今の名前を付けてもらい、そこで5年を過ごした。 その後旅に出て、今に至るというわけだ。 ジョートショップに戻り、夕食を食べる。 その後すぐ自分の部屋へ。 ―――知らない間に、またあいつが俺から抜け出していた… ベッドに仰向けに寝転がる。 しばらくゴロゴロしていたが、シャドウのことばかりが頭の中をぐるぐる廻って、落ち着かない。 散歩に出かけることにした。 ムーンリバーのほとりを、ローズレイクの方へ向かって歩いていく。 ―――どうして俺は『シャドウ』を生み出してしまったんだろう? 俺の中の、負の感情。 ―――俺の中にそんなモノが生まれた理由は、何だ? 月を見上げる。 夜のエンフィールドは驚くほど静かで、たった一人になってしまったような錯覚を覚えた。 「……幸樹?」 不意に声が聞こえて、我に返る。 「あれ、トーヤ。何してんのこんな時間に」 クラウド医院という病院で医師をしているトーヤ・クラウド。 とっさに笑顔を作った。 「それはこっちのセリフだろう。それと名前を呼ぶな。 …俺は往診の帰りだ。お前は何をしてるんだ?」 「何って、散歩。」 さらりと答える。 トーヤがそばに来た。 「…そんな暗い顔をしてか?」 「……」 ドキリとする。 「無理してるんじゃないのか?」 「そんなことないよ。何でもない。もう俺帰るから」 くるっと後ろを向く。 しかしトーヤに手首をつかまれた。 「…お前の『何でもない』は一番信用できん」 ひょい、と簡単に担がれてしまった。 「わぁ!」 そのままクラウド医院の方へ。 「離せよぉ」 足をばたばたさせ、暴れる。 「暴れるな!気絶させられたいのか」 「うー…」 「…お前は何でも1人で背負い込む癖があるからな」 「……」 「たくさん仲間はいるだろうが。もう少し信用してやれ」 「……降ろして」 「ん?」 「自分で歩く」 降ろしてもらった。 「信用してないわけじゃないよ…みんなのこと大好きだし」 「だから心配はかけたくないと言いたいんだろう?」 「…うん」 「それが逆に良くない。かえって心配させる結果になることも少なくはなかっただろう」 「…うん…わかってる、けど」 「わかっていない」 「そうだよね…」 クラウド医院に着いた。 「俺で良ければ相談に乗るぞ。話したくないなら話さなくていいが」 「……」 診察室の長椅子に座る。 俺は目を伏せたまましばらく黙っていたが、ゆっくり口を開く。 シャドウの正体について。 そしてシャドウがまた出てきたことについて。 トーヤは表情を変えず、「そうか」とだけ言った。 「俺の意志じゃなかったとは言え、あの事件は全て俺が引き起こしたんだ」 「……」 「このこと知ってるのは何人かしかいない。話すのが怖くて」 ―――みんなの、自分を見る目が変わるのが怖くて。 突然トーヤが俺を強く抱きしめた。 「…トーヤ…?」 動揺した。 こんなことをされたことは無いし、誰かにしている所も見たことが無いのに。 「誰もお前を責めたりしない。まあ…今すぐみんなに言う必要は無いが、な…」 「…うん」 へへっと笑い、トーヤにしがみつく。 「大丈夫なのか?シャドウがまた何かしてきたりしないのか?」 「…うん…俺が何もしなければ何もしないとだけ言って、消えたから…」 「……」 「そもそも、俺がシャドウを生み出してしまった原因って、何だろうって思って…寝付けなくなっちゃってさ」 「……」 「やっぱり、記憶を失う前のことが原因なのかな…」 ―――あの夢は、もしかして俺の過去? ―――親が殺されるところを見たショックで、記憶を? トーヤの白衣をつかんだ手をぎゅっと握りしめる。 「無理に思い出そうとしない方がいい。記憶を失うほどのストレスなのだからな。 シャドウが出てきているのなら、尚更だ。お前が不安定になったら、 きっともう1人のお前であるシャドウに影響するはずだ」 「…うん」 顔を離し、トーヤを見つめる。 「……」 「どうした」 「なんか、今日のトーヤ優しい。良く喋るし」 「……」 トーヤはただふっと口元を上げただけ。 「そういや俺、ファーストキストーヤなんだよね」 「何の話だ突然」 「ひどいわ、いたいけな16歳の少年の唇を奪っておいてしらを切るなんて」 「……」 考える。 「マリアの作った変な香水の騒動か…」 マリア、とは、ショート財閥社長令嬢のマリア・ショート。 1人っ子で、わがままなお騒がせお嬢様。 魔法がとにかく好きで、俺はしょっちゅう実験台にされていた。 そのマリアが作った香水を、知らずにかけてしまった俺は、 会う人会う人に愛を告白され(笑)逃げ惑うハメに。 本当は、香水をかけた俺が誰かに惚れるように作ったらしいんだが…。 最終的にはトーヤにつかまり、危うく襲われるところだった。 「思い出してみると結構トーヤの暴走ぶり面白かったよ。 あの時は両手足固定されててパニックだったからそれどころじゃなかったけどさ、 『おとなしくしないと手術しちゃうぞ!』とか…普段のトーヤからは想像できない超ハイテンション」 くくく、と思い出し笑いをする。 「…正気じゃない時のキスなどキスには入らん」 「……」 くすっと笑う。 「じゃ、今、してくれる?そしたらほんとのファーストキスになるよ」 「…馬鹿者」 トーヤが俺を抱きしめていた腕を緩めた。 「ちぇー」 ―――まあ、そりゃ…そっか。トーヤがそんなこと。まして男に。するわけないもんな。 トーヤの白衣を握っていた手をそっと離す。 その瞬間。 ぐっと頭を引き寄せられ、唇をふさがれた。 心臓が飛び出しそうになった。 「……」 唇が離れる。 「…油断したときにするのは反則だよ」 「それなら油断しなければいい」 トーヤが少しだけ口元を上げて言った。 「トーヤって案外エロい?」 「さあな」 「襲われないうちに帰ろうかな」 「そうしろ。もう遅い」 「うん」 立ち上がる。 「……」 「どうした?」 「やっぱり帰りたくないな…」 また、トーヤにしがみつく。 「1人になったらまた寝付けなくなりそーで…」 トーヤは俺を優しく抱きしめて、頭を撫でた。 「添い寝してやろうか?」 「うんv」 「……本気か?」 「うん?」 「…まあいいか…」 トーヤの自室へ。 俺はトーヤのベッドに転がり、布団をかぶった。 着替えたりして、隣にトーヤが寝たのを確認すると、俺は安心して目を閉じた。 朝。 目を覚ますとトーヤはもう隣にはいなかった。 診察室の方から、元気な声が聞こえてくる。 ディアーナがもう来ているようだ。 ディアーナ・レイニー。 昔、病気で高熱を出したときに、治療してくれた『命の恩人』トーヤに憧れ、 1年ちょっと前にクラウド医院に押しかけて自主的に手伝いをするようになった少女。 しかし、血を見ると倒れるわ、薬の瓶を落として割るわ、 治療器具の入ったケースをひっくり返すわ、 掃除をすればバケツの水をぶちまけるわ…最近はまあ少なくなってきたのだが、最初はすごかったらしい。 ディアーナが来たことによって治療の効率は下がったが(笑)、病院は明るくなった。 トーヤは腕は確かだけど、無愛想だからなあ。 しばらくベッドでぼーっとして、目をこする。 きゅるる…と、腹が鳴った。 「アリサさんのごはん…」 もそりとベッドから下りる。 ドアを開け、トーヤの部屋を出た。 「ディアーナおはよう…」 「おはようござ…あれ!?幸樹さんいたんですか?」 「うん、お泊まり…」 「具合でも悪くなったんですか…?」 ディアーナが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。 「いや、ちょっと悩み相談室みたいな。もー平気。んじゃトーヤ、俺帰るねー」 「…あぁ。寝ぼけて転ぶなよ」 「ハーイ」 「さようならー…」 パタンとドアを閉めた。 ジョートショップに向かい歩き出す。 「あれぇ、幸樹じゃない。朝っぱらから散歩?」 後ろからパティに声をかけられた。 パティ・ソール。 美味しいと評判の大衆食堂(兼飲み屋兼宿屋)の『さくら亭』の看板娘。 「うんにゃ、朝帰り」 「へぇー、そうなんだー。…って朝帰り!?ハア!?」 「お約束なノリつっこみですねえパティさん」 「アンタそーゆー奴だったんだ…ってことは夜這い…」 「そんなわけないだろ。ちょっとドクターにつかまったんだよ。顔色悪いぞとか言われて」 「…なーんだ。てっきりアレフに影響されたのかと思った」 アレフとは、エンフィールドで一番のナンパ野郎で、俺の親友のアレフ・コールソンのこと。 何人もの女の子とつき合っていて、いつもいつも違う女の子を連れている。 「安心した?」 「バッカじゃないの?」 予想通りの反応が返ってきたので俺はへらっと笑った。 「…あー、じゃあ朝ごはんまだ?ウチで食べてかない?」 「うん…まだだけど財布持ってないからさ。今度な」 「そっか。じゃーね」 「ああ」 ジョートショップに戻る。 「あ!幸樹さん!」 テディが駆け寄ってきた。 「どこ行ってたっスか!つらそうな顔して出てったから心配したっスよ〜!」 「ごめんなテディ。サンキュ。アリサさんも、すみません。心配かけちゃって」 「いいわよ、謝らなくても。幸樹クンが元気ならそれでいいの」 アリサさんはそう言ってにっこりと微笑んでくれた。 - - - - - - - - - - また、同じ夢を見た。 女性が少年をかばって兵士に殺される。 『おかあ…さん…おかあさん!』 目が覚めたとき、俺の頬には涙がつたっていた。 ―――やっぱり、俺の記憶なのか? 記憶が戻り始めていることと、シャドウが出てきたことには何か関係があるのだろうか。 ―――あーもう!わかんねー!! ベッドから下りて、服を着替え、部屋を出る。 朝食を食べている途中、アレフが来た。 「おはよーございます、アリサさん」 「あら、アレフクン。おはよう」 「タダ飯食いに来たっスか!」 「何だよその言い方は!客に向かって!!」 「そういう時だけ客って言うっス!」 「遠慮しなくていいのよ」 アリサさんが2人(…いや、1人と1匹だ)を止めた。 「さすがアリサさん!優しい〜」 アレフがテーブルへ。 「おー幸樹ィ。髪下ろした方がかわいいじゃん」 俺の髪を触ってくる。 「触んなよ」 「そのままの方がかわいいぞー」 「うっとうしいからやだ」 「じゃあ切れよ」 「それもやだ」 「わがままだなぁ」 「何がだよ!?」 「…へたくそな漫才コンビっス」 テディが口をはさんだ。 漫才じゃねーっつーの。 仕事に出かける。 自警団の寮の近くを通ったとき、 ちょうどそこから出てくる見知った2人組+おまけ(笑)に出くわした。 「…あ、幸樹、おはよう。仕事?」 1人は、神城 祐貴(しんじょう ゆうき)。 自警団第3部隊の隊長だ。 ちなみに20歳。 「うん。おはよう」 「こんな奴かまってないで早く行こうぜ」 もう1人の、ムダにでっかくて髪逆立ててるのはアルベルト・コーレイン。 自警団第1部隊に所属している。 コイツは嫌いだ。 「1人で勝手に行けよ。いつもいつも祐貴とくっついてさ、金魚のフンかてめーは」 「あんだとうッ!?」 「オイコラ幸樹!!その言葉は聞き捨てならねーぞ!!」 そうそうもう1人いた。 祐貴の使い魔の、ヘキサ。 体長は30cmくらいで、耳がとがっていて、宙に浮いている。 「あー、ごめんヘキサ。お前のことはそんな風には全然思ってないよ」 「フン、当然だな。オレは祐貴が頼りねーからそばにいてやってんだ!」 …ちょっとひねくれてて素直じゃない奴なんだ(笑)。 「幸樹」 「…え?」 いつの間にか祐貴の顔が目の前にあった。 「なんか、目が充血してるけど。寝不足?」 「ん、そか?寝てないわけじゃないぞ」 サスガに鋭いぞコイツ。 「おい、早くしねーとマジで遅れるぞ祐貴」 アルベルトが心なしか不機嫌そうに言った。 「あ、うん。じゃあまたね幸樹」 「うん」 2人が自警団事務所へ向かい、歩き出した。 「……幸樹?」 「えっ、あっ…ごめん、何?」 仕事が終わった後、俺はトリーシャの買い物に付き合っていた。 トリーシャ・フォスター。 自警団第1部隊隊長のリカルド・フォスターの娘。 流行りモノや噂話が好きで、 トリーシャに知られた噂は3日もたたないうちにエンフィールド中に知れ渡る。 「ねえ、どっちのワンピースが似合うかなあ?」 トリーシャが黄色とピンクのワンピースを俺に見せた。 「んー…黄色。」 「やっぱり?でもたまにはイメチェンしたいなぁー。でもボク、ピンク似合わないよねぇ」 「似合わなくないって。いいんじゃん?ピンク。」 「…なんか、全然説得力無いんだけど。適当に言ってない?」 トリーシャがむっとした表情になる。 「…ごめん」 「どうしたの幸樹?なんかここんとこ元気無いよね」 「ん…ちょっとね」 「ボクで良ければ相談乗るよ。…それとも、ボクには言えないこと?」 「もうちょっと落ち着いたら言うよ」 「……やっぱボクじゃ頼りないか」 「そんなこと言ってないだろ」 『トリーシャに心配かけたくないから』と言いかけて、トーヤの言葉を思い出す。 「…ごめん、俺の言い方が悪かった。心配してくれてありがとなトリーシャ」 「…ううん…」 店のドアが開いた。 「…あれ?幸樹」 祐貴が入ってきた。 隣にはローラ。 ローラ・ニューフィールド。 100年前、不治の病にかかり、魔法によって眠らされ、医療の進歩を待つ事になった。 最初に出会った頃はまだ、ローラは実体が無く、 幽体離脱状態だった。(幽霊だと言われるとかなり怒った・笑) だが俺達がローラの体を見つけ、トーヤが病気を治療した。 ローラの病気は今の医療なら簡単に治せる病気だった。 ローラは子ども扱いされるのが嫌いで、恋愛に興味津々。 ぶっちゃけて言うとつまりはマセガキだな(笑)。 「1日に2回も会うなんて運命的だね幸樹♪」 「幸樹お兄ちゃん、トリーシャちゃんとデート?デート?」 「そーだよー♪」 俺が言うより先にトリーシャが言い、俺の腕に抱きついた。 「あたしもお兄ちゃんとデートなのー♪」 ローラも同じように祐貴の腕を取った。 俺のこともそうだが、ローラは祐貴のことを『お兄ちゃん』と呼んでいる。 「………」 お互い大変だな…と、俺と祐貴は顔を見合わせてため息をついた(笑)。 - - - - - - - - - - 『…う、うわあああぁぁ!!!』 森の中に悲鳴が響き渡る。 『……』 それきり、聞こえてくるのは草木のざわめきと、鳥たちのさえずりだけになった。 ―――ここは… 手に、生温かい感触があるのに気付いた。 視線を下に落としてみる。 ―――! 俺の手は真っ赤な血で染まっていた。 まわりをぐるりと見渡す。 足元には1人、男が倒れている。 地面に広がる赤い液体。 血まみれの槍。甲冑。 『……な…』 『死なないで、ユキ………』 「………お母さん」 目を覚ますと俺の目からはまた、涙がこぼれていた。 ―――俺は、何をした? 母親を殺した兵士は、俺の足元で死んでいた。 ……まさか。 10歳の子供が、まさか。 「もう、止められねえみてぇだな」 突然の声。 「シャドウ…?」 「お前の中の本当の『影』が、外に出たがってる」 「どういう、意味だよ…お前が俺の中の闇の部分じゃなかったのか?」 「『俺』は、『奴』が現れるのを防ぐために…お前が無意識に作り出した存在だ」 「あぁ…?」 頭が混乱しそうになる。 「じゃあなんであの時、嘘ついて俺に憎まれることとか邪魔とかしてきたんだよ?」 「…お前を1人にするためだ。信用を失えば、お前を『かばう』人間はいなくなると思ってな。 …結局思い通りにはいかなかったが」 「シャドウは…知ってるのか?俺が記憶を失った時のこと…」 「………ああ」 シャドウはしばらく考えた後、ポツリとそうつぶやいた。 「…『もう1人の俺が出てくるのを防ぐ』んだったら…出てきたら、お前は…」 「殺す」 「……」 「『奴』が誰かを殺す前に、俺が殺す」 ―――つまり、俺を殺すってことか…。 「そっか。それなら、いいや。誰かが傷付くのは見たくないから」 「……」 シャドウは悔しそうな表情を俺に向けた。 「…自分が何言ってんのかわかってんのかてめぇ…」 「え?」 「そうやって俺に全部押し付ける気かよ」 「…………あ」 俺が誰かを殺す前に、シャドウに殺してもらえれば…俺は誰かが傷付くのを見なくて済む。 だけど、シャドウは。 シャドウは俺を殺したことを一生背負わなきゃならない。 みんなはまたシャドウを憎むかも知れない。 シャドウは俺に縛り付けられているだけなのに。 「『そいつ』に乗っ取られたら、『俺』はどうなるんだ?」 「周りにいる人間を皆殺しにした後に、元のお前に戻るかも知れないが…戻らない可能性も無くはない」 「……」 少し考え込む。 「俺から逃げて…シャドウ」 意を決したように俺はそう言った。 「何言ってるんだ?俺はお前を止めるために…」 「ごめんシャドウ…俺、ずっとシャドウを縛り付けてたんだね」 「……」 「シャドウに殺してもらうなんて出来ない。俺が俺じゃなくなる前に…自分で」 部屋にあったナイフをつかむが、シャドウに腕をつかまれた。 「…馬鹿」 そのまま、シャドウは俺を抱き寄せる。 「お前が死ぬとこなんて見たくねえ」 「…けどっ……じゃないとみんなが…」 「俺はお前を殺したくねえんだよ」 シャドウは俺の手からナイフを取り、床に投げ捨てた。 「殺したくねえ…でも…」 「……シ、シャドウ…痛い」 「知るか…」 シャドウの腕に力がこもる。 「呼ばれるんだ…『俺を殺してくれ』ってな…」 ―――『そいつ』が? ―――本当は、誰も殺したくなんてないのか…? 「シャドウ…」 俺もシャドウを強く抱きしめた。 「幸樹ー、入るぞー」 「!」 突然アレフの声がした。 俺の返事を待たずにドアは開く。 「……シャドウ!?…何やってんだてめぇ!!俺の幸樹に!!!」 アレフが「アレフキーック!!!!」とシャドウに飛び蹴りを食らわせた。 俺とシャドウが離れ、シャドウは舌打ちをする。 「…『俺の』……?」 まあ細かいつっこみはしないでおこう。 「なんでいんのアレフ…?」 「遊びに来た。そしたら幸樹がなかなか下りてこないって言われたから、見に来たんだよ」 「あっそ」 シャドウが応えた。 「…てめぇはなんでここにいるんだよ!幸樹に倒されて戻ったはずだろ!」 「関係ねーだろォ?」 「何だと!?」 アレフがシャドウにつかみかかる。 シャドウはひるんだ様子もなく、されるがまま。 「てめぇみたいな脳天気野郎にはわかんねえよ。幸樹のこと何もわかっちゃいねえくせに」 「……」 「言い過ぎだよ、シャドウ」 「事実だろ」 「…何もわかっちゃいないだと?」 眉をひそめるアレフ。 「幸樹のことなら身長も体重もスリーサイズも足のサイズも指輪の号数も好きな食べ物も嫌いな食べ物も 得意料理も癖も風呂に入ったら最初に洗う場所もぜーんぶ知ってるこのアレフ様に向かって 何言っちゃってるんだよてめえ!」 「……………あ?」 「んなっ……いつの間にスリーサイズやら指のサイズまで知ったんだよ!?」 「風が教えてくれたのさ…」 アレフがさわやかに(そしてバックをキラキラさせながら)言った。 「答えになっとらーん!!」 「ついでに指フェチだ!」 「言わんでいい!!!」 「……そんなバカ相手にするな」 シャドウはあきれている。 「入るぞ、幸樹!」 また、突然の声。 「…え?」 「シャドウ!貴様生きていやがったのか!!」 「!」 アルベルトだ。 勢い良く入ってきたかと思うと、シャドウに向かって槍を振り下ろした。 「シャドウ!!」 一瞬だった。 凍りつく空気。 溢れ出す鮮血。 そこにくず折れたのは、幸樹の身体。 肩から背中にかけて走った傷から流れる血が床を染める。 「……………ゆ…き……」 凍りついたように動けなくなるアルベルト。 「…何やってんだよ!!お前が俺をかばってどうするんだよ!」 シャドウがしゃがみ込み、叫ぶ。 「馬鹿ッ……!」 その姿が薄れ、消えていく。 「…な」 動くことが出来ず立ち尽くしていたアレフがやっとのことで声を出した。 「何してんだアルベルト!早くドクターの所へ!!」 「……あっ…?あ、ああ…」 幸樹を慎重に抱き上げ、部屋を出る。 動揺するアリサをアレフが落ち着かせ、2人はクラウド医院へ走った。 「何があったんだ」 手術が終わり、病院内に落ち着きが戻ると、トーヤが静かに口を開く。 アレフが一部始終を説明した。 「…俺は…仕事の途中でジョートショップに寄ったら、どうも様子がおかしいってことを聞いて… 部屋の前まで行ってシャドウがそこにいることがわかった途端、つい、飛び込んで斬りかかっちまったんだよ…」 アレフの後に、アルベルトがそう付け加えた。 「なんで…コイツシャドウなんかのことかばったんだ?憎んでたハズだろ?」 「シャドウは、幸樹なんだよ」 「…何だって?」 眉間にしわを寄せるアルベルト。 「幸樹の破壊願望や攻撃性が実体化した存在だっていう風に聞いた。 でも、何かほんとは違うみたいに見えた。幸樹は何か重いモン抱えてる気がする」 「……」 「…ああ…それは俺も感じていた」 トーヤが言った。 「もっと俺らを頼ってくれよ…幸樹」 アレフがポツリとつぶやいた。 それきり誰も口を開かなくなった。 どれくらいの時がたったのだろうか。 幸樹がゆっくりと目を開けた。 「幸樹!!」 アレフがそのそばへ駆け寄る。 「……」 ゆっくりと起き上がると、幸樹はアレフを見た。 「おい、まだ寝てろよ。傷深いんだか……幸樹?」 「……」 幸樹の瞳が、血のような緋色をしている。 「幸樹から離れろ!殺されるぞ!!」 シャドウが現れ、叫んだ。 「何言って…」 状況が飲み込めず、戸惑う。 その瞬間、何かもの凄い力で吹き飛ばされた。 幸樹は立ち上がり、シャドウを見据えた。 「何するつもりだ、シャドウ!」 「…殺すんだよ」 そう言うとシャドウは短剣を握りしめる。 「何だと!?」 「ふざけんなよてめぇ!」 「コイツはもう幸樹じゃねえ!!」 幸樹はシャドウに容赦無く攻撃を仕掛けてくる。 幸樹のこぶしがシャドウの腹をえぐった。 「…ぐ…っ」 後ろへふっ飛び、壁に背中を打ちつけるシャドウ。 「……」 幸樹がアレフとアルベルトを見た。 2人は全身がぞわりと総毛立つのを感じた。 感情の無い目。 今までに感じたことの無い恐怖。 「……幸樹。」 突然、トーヤが幸樹を抱きしめた。 「ドクター!?」 「…死にたいのか…!早く、離れろ…」 3人が動揺する。 しかし、幸樹はぴたりと動きを止めた。 「……」 「誰もお前を責めないから…帰って来い」 緋色の瞳から、涙が一筋つたい落ちた。 幸樹がまた気を失う。 トーヤがそれを支え、ベッドへ戻した。 「何てこった…これじゃ俺は馬鹿みたいじゃねえか…」 シャドウがつぶやき、苦笑する。 「状況がさっぱりわからん…」 アルベルトもつぶやいた。 アレフはへなへなとその場に座り込んだ。 - - - - - - - - - - 「……いっ…いってぇぇぇぇぇ!!!」 目を覚ました時、俺は背中の痛みに悲鳴を上げた。 「トーヤぁぁ、痛いよぉ〜…背中がすっげー痛いよぉ」 目に涙をいっぱいためて、わめく。 「やかましい。麻酔が切れたくらいで騒ぐな。だったらシャドウをかばったりしなければ良かったんだ」 「とっさに体が動いて止められなかったもん。シャドウのせいじゃないよ、 あの筋肉バカが人んちで槍なんか振り回すのが悪い!」 「あんだとぉ!?ケンカ売ってんのか!」 アルベルトが立ち上がる。 「幸樹に手ぇ出したら本気でぶん殴るぞアルベルト。仮にもケガしてるんだから」 「……わかってるよ、くそっ」 座る。 「……てゆーかアレフさん…『仮にも』っていう部分が気になったんですけど…仮じゃなくて俺思いっきりケガ人…」 「まぁ細かいことは気にするな。」 「気にするっつーの!…いててて」 痛みに顔をしかめる。 「そういや、シャドウはほんとは何者なんだ?」 アレフが真剣な顔で尋ねてきた。 「…俺の分身だよ」 「そうじゃねえよ。何かあるだろ、もっと複雑なのが」 「んー………説明すんのめんどくさい」 「オイ!!!!」 「いーじゃんもう。その話はもうオシマイ」 「けど……」 「アレフ」 トーヤがアレフの言葉をさえぎった。 「あまり疲れさせるな。…幸樹、その話はお前が話したい時に話せばいい…」 「うん」 トーヤのやさしい顔に、俺は安心して微笑んだ。 「…ちぇー。わかったよ。結局ドクターばっかいいとこ持ってくよなー。んじゃゆっくり寝とけよ、幸樹」 アレフとアルベルトが立ち上がる。 「うん」 アレフが出て行く。 「……」 アルベルトは何か言いたそうに、そのまま立っている。 「アルベルト?」 「……すまん、幸樹……」 「ほえ?」 ぼそっと言い放ち、アルベルトは早足で病院を出て行った。 「何だあいつ?」 「お前にケガさせたことをかなり気にしているようだな」 「…かわいい奴ぅ(笑)」 にやにやする。 トーヤもくすっと笑った。 悠久の時が流れるエンフィールド。 小さな事件はたくさん起こるけれど、そこはとても平和な街。
私の大好きなゲーム、悠久幻想曲の小説です。
オリジナル要素込みでお送りしました。 すごい長くてめちゃくちゃ苦労しましたよ… 読むのも大変でしたよね?お疲れ様でした(笑) 2002.5. |