Underparts
#3 Miyabi


「知ってるだろうけど…。僕、童貞なんだ」
「うん」

 明が、部屋に来た。来てくれるとは、信じてた。
 お茶飲んで人心地つくなり、明はいきなりよくわからない話をはじめた…。

「色々、考えたんだ」

 明は私を見ながら、まだ何か考えてる、みたいな顔してる。
 なんとなく、何を考えてるのか想像できるような気がしたけど、わかりたくはない。
 考えるのをやめようとしたとき、明が、いきなり答えを口にした。

「雅…童貞も、貰ってくれない?」

 嫌な予感がしてた。そして、予感はその通りに的中した。
 なんて返事しようか、って少しだけ悩んだ。

「もし嫌だったら、あきらめる」
「…ごめん、考えさせて」

 何とか返事すると、明は、もう明らかに落胆した顔で、うつむいた。

「断ってないじゃん。考えさせて、って言ったんだ。真面目にそういう意味でね。
 心の準備くらい、させてほしい」
「うん」

 別に嫌なわけじゃない。機会がなかったし、誘わなかっただけ。
 明はいつも、自分には男役は絶対無理だ、って言ってたから。

 だから…いいよって返事した。

「で、ひとつ、お願いがあるんだ」
「なに?」
「雅って、僕には、女の子モードを見せてくれたこと、ないよね」
「いつもしてるじゃん」
「オネエモードじゃなくて。客相手にやってたらしい、お嬢様モード」
「……」
「それをしてほしいっていうのが、お願い」

 私は覚悟を決めるつもりで、大きく深呼吸してから、言った。

「いいけど、絶対笑うなよ。笑ったら中止だからね」
「う、うん」


 そのまま、静かな時間が流れた。明はどうすればいいか、わかってないか忘れてる。
 だから、指摘してやらないとかな?

「あなたにも、わかるでしょう? 着替え終わるまで、外に出てなさい」

 やっぱり自分でも、興奮してるのがわかる。
 化ける前に「これ」が出ちゃうなんて、めったにないことだ。

 明が部屋を出ていってから、私は準備をはじめた。
 私は普段、というかクラブがらみでは、女の子というより、ステレオタイプなおかまだ。
 そういうキャラだし、そもそも女の子やるのも久しぶり、服出てこないかも。

 かろうじて見つけられたのが、地味というか何の面白みもない、
 薄桃のツーピースに、ストライプのオーバーニー、飾りっ気のない下着、と。

 お化粧も簡単に。改めて普段は、自分には、ドラッグクイーンもかくや、みたいに
 塗り重ねてしまっていたかがわかる。


 ドアの外に向かって、「いいよ」とだけ言って、私は気持ちを切り替えた。

 ベッドの上に女座りして、じっとドアの方を見てたら、明が入ってきた。


「どうか、この夢を醒ますような事は、慎んでくださいね」

 相手に釘を刺すと同時に自己暗示。わたしは夢の中にいるんだ。
 だからわたしは何にでもなれる。なんでもできる。

「私を笑わないでください。冷たい言葉を口にしないでください。
 どうか、この美しい夢を残酷に打ち砕くことは、しないでください…」

 いま目の前にいるのは、わたしの愛しの君、明様。
 そしてわたしは、明様に想いを寄せ、今やっと結ばれようとする少女。

「本当に、私のような者が最初で最後で…よろしいのでしょうか?」
「いいんだ、ずっと前から、そうしたいと思ってたから」

 わたしは喜びのあまり、つい、うつむいてしまいました。
 明様は微笑むと、わたしを、やさしく、ベッドに押し倒しました。

「脱がせて…くださいますか?」
「必要なぶんはね」

 明様は、わたしの服の胸をはだけました。

 わたしには、実は少しだけ、胸があります。
 他の女性達と比べれば、まるでお話にならない大きさの、胸があります。

 明様は、そんなわたしの胸を、本当にいとしそうに、愛撫してくださいます。

 そして、初めて、明様が、わたしに口付けしてくださいました。
 実は、明様と口付けを交わしたことは、一度もなかったのです。
 明様は、お仕事でお相手をなさる醜悪な相手には、いつもしておられたのに、
 わたしが求めても拒まれ、明様からして下さることも、なかったのです…。

 なぜだかわたしは、涙が止まりません。

「…どうしたの?」
「なんでも、ないです」

 明様が、わたしの流した涙を、舐めてくださいました。

「悲しそうな顔、しないで…僕まで、悲しくなるから」
「はい…」


 明様が、わたしの恥ずかしいところを、舐めてくださっています。
 わたしも、明様の、永遠に失われてしまうかもしれないものを、お返しに…。
 そうしているうちに、明様は体の向きを変え、わたしの耳元に顔を近づけました。

「雅、いいよね」

 わたしは言葉で返事をすることができず、黙って、うなずきました。


 明様はわたしの名を呼びながら、動いています。
 わたしは、やっと結ばれた喜びに、泣き出してしまいそうでしたが、
 泣けば、さきほどのように、明様は悲しまれます。だから、我慢します。

 …この人は、わたしができなかったことを、するんだ。
 明様に愛されている途中、そんな考えが、頭をよぎって、
 少しだけ悔しくなったので、ついお背中に爪を立ててしまいました。

 わたしの中で果てた後も、明様は、わたしを強く抱きしめたままです。
 明様は、小さな声で、わたしを愛している、とおっしゃいました。
 聞こえるかどうかわからないほど小さな声ですが、確かに聞こえたのです。
 わたしも、力いっぱい、明様を抱きしめました。

 とても、とても長い時間、抱き合ったままでいました…。




「まゆさんとは、会って話してといたよ」

 なら、よかった。
 まゆさんに頼まれて、私が明に連絡とったんだし。

「驚いたよ、大声で怒られたんだもん。あの人に」
「やっぱり大反対?」
「いや、電話避けてたことについてだけどね」
「そりゃそうだろ」

「反対だけど、本気なら止めることはできない、って…。
 あと、帰ってきたら、必ず会いに来てね、って言われた」
「うん」
「もちろん、雅にも、会いに来るからね」
「まゆさんの後でいいよ」
「えー」


「最後に聞くけど、本当に、行くの?」
「うん」
「そっか。いってらっしゃい」

 できるだけ明るく送り出そう、それだけ考えてた。
 明は笑って、私を抱きしめて…また、キスしてきた。

「帰ってきたら、雅に、最初に会いに来るからね」
「…ありがと。待ってるよ」


 明を送り出して、ドアを閉めてから、私はその場にへたりこんだ。

 今追いかければ、止められるかもしれない。
 そう考えたけど、できなかった。

  ああ、どうか、明様がご無事でありますように。
  そしてまた、わたしを…愛して、くださいますように…。

 さっきの余韻を引きずりながら、私は、信じてもいない神様に願った。



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