Underparts
 #1 Yuuji



「ねえ、もし私が本当の女の子になりたいって言ったら、どうする?」

 いきなり、変な質問する奴だ。
 俺が返事に困っていると、明…今は明美か。明美は勝手に続けた。

「いっそ、取っちゃおうかなって。雅みたく迷ってるとどんどん手遅れになりそう」
「何かあったの?」
「別に。まあ、しいてあげれば、あいつの息子がいつのまにか娘になってたら、
 どれだけショック受けるかなって、ちょっと楽しみではあるかな」
「…やっぱり、それか」
「なんか、もうすぐ死にそうなんだって。だから、死ぬ前にやっちゃわないと。
 できたら、失意のどん底に沈みながら、死んでいってほしい…」

 親父さんの事がどれだけ嫌いか知らないけど、ご苦労なことだ。

「で、裕次さんとしてはどう? 賛成? 反対?」
「もしかして、それだけ聞くために、俺のこと呼び出したのか」
「ほとんどそうかな。で、どう?」
「どっちかというと反対だけど、まあ好きにすればいい。
 だってお前、他人の意見なんて本当は必要にしてないだろ?」

 図星らしく、明美は、いつもみたいに意地悪く笑ってる。

「妙な事言って困らせるのは、通用しそうな相手にやったほうがいいな」
「きついなー、あいかわらず」
「目の前にいる子が、意地悪言われるの好きだって、知ってるから。
 意地悪言われたくなければ、そもそも俺となんて話さないだろ?」

 明美は、テーブルの向かい側から俺のそばに移動してきて、横に腰掛けると、
 すぐ俺に寄りかかってきた。

「…で、もちろん、そんな質問するためだけに呼んだんじゃないんだけど」
「また怒られるよ?」
「いいよ別に」
「俺が怒られるんだ、帰るぞ」

 俺は残念だが、ああ本当に残念なんだが、寄りかかってくる明美を押しのけて、立ち上がった。
 明美は、呆然として俺を見てる。

「え、ほんとに帰るの?」
「ああ。まゆちゃんのお説教は、もう二度と受けたくない」
「クラブ、もう潰れたよ…?」
「クラブが潰れてからなら食っていい、って約束にはなってないはずだし」

 本当にもう勘弁してほしい。何時間も、声を荒げることもせず、
 とつとつと非を指摘し続けるタイプの怒り方するんだ、まゆちゃん。苦手だ。
 じゃあな、と言ってドアを開けようとしたとき、後ろから明美の声がした。

「…据え膳食わぬは何とやらって言葉、知らないの?」
「悪い、毒入りの飯はパス」

 まあ、正直もったいないとは思うけどね。
 でもどんな毒が入ってるか、わかったもんじゃないから。


 飯でも食うかと歩いてたら、携帯が鳴った。あまりいい話じゃないな、これは。
 俺は相手別に着信音変えたりしてないんだが、なぜかわかる。
 …案の定、液晶に出てる文字は、「まゆ」だった。

「もしもし、わかってるかもしれませんが、明美ちゃんの事ですよ」
「ちょっと待った。相談があるって呼ばれたから会っただけで、何もしてない。
 会っていいかは悩んだ。それがいけないなら謝るから」
「それは信じます」

 じゃあ、何だろうな。

「明美ちゃんが、プライドを傷つけられたと落ち込んでいます」
「はあ?」
「何でも好き嫌いなく食べそうな相手にすら、手もつけられず残されたって」
「本人にも言ったが、毒入りとわかってる飯は食わないよ」
「ひどいねー」

 電話の向こうで、まゆちゃんが笑ってるのは容易にわかる。

「あとあれだ。食ってもまゆちゃん怒らなかった?」
「…んー、悩むとこですが、クラブが機能してないから自由恋愛までは禁じられないかな」
「なんだ、もったいないことしたな」
「それで傷心の明美さんから伝言。すぐ謝りに来たらお相手するそうで」
「…ふざけんなと、伝えといてくれ」
「了解ー」

 俺は電話を切って、バッグにしまおうと思ったが、やめた。そのまま、雅に電話をかける。
 …留守番電話になった。考えてみれば、もう夜だし、仕事中か。
 恋人が欲求不満らしいからもっと遊んでやれ、そう吹き込んでやった。

 留守電に嫌味入れただけじゃ、何となく気がすまない。
 直接言ってやるために、店にでも押し掛けてやるかな…。


[NEXT]

[menu]