空へ…


 昔、人には翼が生えていたんだよ。
 みんな空を自由に飛びまわることができたんだ。

 でも…人はその翼で、空高いところ、神様の住むところまで行こうとした。
 怒った神様は、人から翼を取り上げ、地上に落としてしまったんだよ…。

 地に落とされた人達は、いつまでも、空を見上げながら泣いていたんだって。


 僕の伯父さんは、みんなに変わり者と言われつづけていた。
 「空を飛ぶ」なんていう、あまりに突拍子もない願いをかなえるために、
 いつもいつも作業室にこもって、何かしているんだから。

 でも僕は、そんな伯父さんが好きだ。
 ううん、僕だけじゃない。まわりの子も、みんな、伯父さんのことが好きだ。


 たまに伯父さんは外に出て、何かスケッチブックのようなものを持って、
 空を飛んでいる鳥をじっと見てるときがある。
 そんなとき、僕と友達は、邪魔にならない程度に近づいて待ってる。
 調べ事が終れば、話をしてくれるはずだから。
 なんで空を飛びたいのか、空を飛ぶにはどうすればいいか、
 僕達みたいな子供にとって、わくわくするような話をしてくれるんだ。


「空を飛ぶことだけが目的ってわけじゃないよ…。
 あの星々の向こうに何があるのか、知りたいだけだよ。
 教院で教えてる宇宙の果ての、その向こうに何があるのか?
 そのためには、まずは空を飛べないといけないからね」

 そして伯父さんは、自分の考えた、空を飛ぶための方法を、みんなに熱心に話す。
 みんな、目を輝かせながら話を聞いている。

 そういうのには、すごく興味があるし…。
 なにより、伯父さんが大発明をしたら、ここのみんなは、誰よりも早く、
 空を飛ばせてもらえるかもしれないんだから!


「人が空を飛ぼうなど、神に対する冒涜にすぎない。
 きっと罰が当たるに違いないぞ…」

 神父様は、いつもこういって、伯父さんを非難する。
 でも僕は知ってる。ううん、みんな知ってるんだ。
 神父様は、毎年、教院の先生になる試験に、伯父さんを推薦してること。
 そうすれば研究の費用がいっぱい出るんだって。
 …でも、だめらしい。やっぱり、伯父さんの研究は、認めてもらえないみたい。

 神様の気持ちがどうだとか、王様がどうとかいう研究より、
 伯父さんの研究のほうがずっと面白そうだと思うけど…。
 でもそんなこと言ったら、さすがに怒られちゃうかな。


 伯父さんは、いろいろなものを作っては、失敗していた。
 大きな翼を作ってみたり、ハンドルを回すと翼がはばたくようにしたり…

「全部、エトピリカって名付けてるよ。
 鳥の名前なんだ。深い意味はないんだけどね…」


 「エトピリカ」は、だんだん大きくなっていった。
 人が飛ぶためにはものすごく大きな翼が必要だ、と伯父さんは言っていた。


 ある、風の強い日のこと…。
 伯父さんは風にあおられながら、ずいぶんと大きな翼を持って外に出ていった。
 危ないと思って、僕は伯父さんを止めようと思ったんだけど…。

「この風が必要なんだ…。これだけ強い風が吹いていれば、
 空を飛ぶのに必要な力が得られるかもしれない」

 それだけ言って、伯父さんはエトピリカを背負い、丘の上まで行ってしまう。
 しかたなくついていくと…うん、興味もあったけど…伯父さんが跳ぶのが見えた。

 そのとき僕は、確かに見た。
 強い風に乗って、エトピリカが飛んでいるのを。

 このとき伯父さんは、空を飛んだんだ。
 でも、1分もしないうちに、エトピリカは落っこちた。


「今度こそは大丈夫だよ、もうわかったんだ。
 どこを改良すればいいか、そして、どうなるのか?
 風を待つんじゃない、自分で風を作ればいいんだ…」
「そんなことばっかり考えてないで、怪我を治しなさい!!」

 伯父さんは、看護婦さんにどなられながらも、早く
 エトピリカを作りなおすことばかり考えているみたいだ。


 1ヶ月くらい入院して帰ってくるやいなや、
 伯父さんは新たに崖の上に小屋を作り、そこにこもって出てこなくなった。
 話を聞きに行っても、すぐ追い出されてしまう。

 何日もたって、みんな、楽しみにしていた話が聞けずに
 不満をもらしていたころ、伯父さんが出てきた。


「…今度こそ、本当に飛んでみせるよ」

 そう言って、伯父さんは小屋を取り壊しはじめた。
 小屋が壊れたあとには、翼を大きく広げた鳥のようなものがあった。
 人が一人、中にすっぽり入れるような…。

「崖の下で待っててごらん。油を積んでるから、危ないしね」


 僕たちは、言われた通り、崖の下の草原で待っていた。
 しばらくすると、エトピリカが飛び立つのが見えた。

 崖の上から飛び立ったエトピリカは、すーっと流れるように、まっすぐに
 飛んでいった。鳥が空を滑っていくように…。
 そう思ったとき、エトピリカの後ろのほうで爆発が起きた。

 …? 爆発じゃないのかな…?
 後ろに向かって、火をふいているみたいに見える。
 エトピリカのスピードがどんどん上がっていくのがわかる。
 そして、どんどん高いところへ上がっていくのも…。

 そのまま、エトピリカは、ずっと遠くまで飛んでいった。
 今までみたいに、ただ空を滑るだけじゃなくて…、
 自分の力で? 空を飛んでいた。


 エトピリカが飛んで行くのを見て皆で喜んでいたのも、束の間…。
 どこかへ飛んでいったまま、エトピリカは帰ってこない。


 …何日たっても、伯父さんは、帰ってこなかった。
 エトピリカが見つかったという話もぜんぜん聞かない。
 もしかしたら、行くことができたたのかもしれない。
 ずっと空高く、神様のいるところにまで…。


 僕は、あのあと神父様に聞いたんだ。
 伯父さんは、逮捕されるかもしれなかったんだって。
 あの前に即位した教皇様が、国中の、空を飛ぼうと研究している人を
 異端として捕らえるように命令していたんだって。
 そして、そのことを、騎士が来る前にこっそり伯父さんに教えたんだって。


 僕はおじさんのお墓の前で、空を見上げていた。
 もう3年も帰ってこないからって、死んだことになって建ったお墓。
 ここへ来るたびに、僕は空を見上げる。


 神様に翼を奪われた人々は、空を見上げ、いつまでも泣いていたんだって。
 だから今も、人は空を見るたび、こんな気持ちになるのかな。

 嬉しいような、すがすがしいような…
 でも、どこか寂しい気持ちに。

<おわり>

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