子守唄



 ぼく、夜がこわいんだよ。
 真っ暗なんだもん。
 こわくて寝つけないこともあるんだ。
 だから聞かせて。子守唄を…。


 …夜中に目がさめた。
 隣の部屋から聞こえる雑音のせいで。
 誰かの声、何かを叩く音、ママの悲鳴。

 僕はすぐに理解した。
 ママは、今日もお仕事をしているんだなって。

 聞きたくないのに、なぜか僕は耳をこらしてしまう。
 ママの悲痛そうな声が聞こえる。
 何もかもを搾り出しているような痛々しい声。
 その声は、しばらく続いていたけど、急に聞こえなくなった。

 僕は寝たふりをした。
 そして、ママが部屋に入ってこないことを祈った。
 たまにママは…僕を「その場」にいさせるんだ。
 僕に見られながらのほうが楽しいっていうお客さんもいるんだって。


「坊や、お前のママはとんでもない気狂いだよ。
 こんな姿を自分の子供に見られても平気なんだからな!!」

 お客さんは、こう言いながら、ママを靴べらでひっぱたくんだ。
 僕は止めることができない。

 前に、お客さんを止めようとしたことがあったけど、
 僕はお客さんに思いきり殴りつけられた。気絶するまで。

 次の日、ママは嬉しそうに僕に言った。

「山ほどふんだくってやれたよ。薬くらいは買ってあげられるわ」


 …今日は、ママは僕の部屋にこなかった。
 また隣の部屋から、ママの声が聞こえる。
 ママの悲鳴が僕の子守唄。
 いつから聞こえていたのかもわからない…。


 翌朝。ママはまだ起きてこない。
 ううん、いつも起きてこない。
 僕は隣の部屋の掃除をする。しないと叩かれるから。

 血がついたシーツ。
 なにか汚いもののこびりついた棒。
 あと、散らばっているいろんなゴミ。

 全部洗ったり、片付けないといけないんだ。

 その日の夜、僕はお母さんに起こされて…寝たふりだったんだけどね。
 隣の部屋へ連れていかれることになった。
 女の子の恰好をさせられて。

「今日の客は、ちょっと変わり者なのよね」


 今日のお客さんは、いつもと違うみたい。
 いつもは、お客さんがママをいじめてるのに、
 今日はママがお客さんをいじめてるのかな。

「連れてきてやったよ。あんたが喜ぶようにね」

 あちこち叩かれて真っ赤になってるお客さんは、僕を見て嬉しそうに笑った。
 ものすごく怖い笑い方だった。

「さあ、好きなようにしていいわよ。そのかわり代金はずんでくれればね」

 ママが恐ろしいことを言った。
 そう思った瞬間、僕はお客さんに押さえつけられていた。

 やだ。いやだ!!
 何するの!?

 暴れたら、お客さんに顔を思いきり殴られた。
 口の中が切れたと思う。血がいっぱい出てる…。
 むせて咳をしたら、いっしょに前歯がとれて、下に落ちた。

 僕の歯が折れたってわかると、お客さんは身を震わせながら、
 悪魔のような笑顔を浮かべて…言った。

「どうせこれから生え変わるんだろ、いっそ全部折ってやってもいいんだよ」

 もう僕は、抵抗しようなんて馬鹿なことを考えるのをやめた。
 お客さんは僕の口元についた血を舐めている。
 気持ち悪い。やだ、気持ち悪いよ…。

「あはははは、あんたってば本当に変態なのね!!
 女相手じゃ舐めても擦っても勃たないくせに、こんなガキに…」

 ママは大笑いしながら、お客さんが僕をいじめるのを見てた。
 心底おかしそうに…。

 その日は、それ以上、なにをされたのかは言いたくない。


 それからもたびたび、僕は売り物になった。
 そのたび、ママは笑っていた。
 僕と、お客さんのことを。

 風邪をひいて熱を出したときも、僕は売り物だった。
 そのときもママは笑っていた。


 …あのとき僕はナイフを手に持ってた。なんで持ってたんだろう。
 ママは寝てた。僕が部屋に入っても気付く様子もない。

「ママ…」

 声をかけても、起きない。

 僕はとくになにも考えず、ナイフでママの喉を切った。
 思いきり力を入れて、強く。

 すごい勢いで血が吹き出した。
 その血と同じスピードくらいでママが起きあがり、何かを叫んだ。

 僕はママから離れた。
 もし近くにいたら、何をされるかわからない。

 ママは僕を見て、何かを言おうとしたけど、ごぼごぼいってるだけで
 何が言いたいのかわからなかった。
 すごく怒ったような顔をしてたから、きっと悪口だろう。

 ママはまだ何か変な音を立てながら暴れてたけど、
 すぐに動かなくなった。


 …血だらけだね。
 ちゃんと掃除しないとだめかな…。
 でも、したいときでいいよね。しないからって叩かれることは
 もうないだろうから。


 また夜がはじまった。

 そういえば、また聞きたかったな。子守唄を。
 いつも聞いていた、あの悲鳴じゃなくて。
 夜が怖いって泣いたとき、僕を抱っこして優しい声で歌ってくれた、
 あの子守唄を…。


<おわり>

もどる