冥土喫茶ぼるしぇびき
「それにしても本当に客が来ねえな――」 「そうですね」 あけみはいつものように煙草をふかし、ビールを勝手に飲んでいた。 けいはDSで遊んでいる。いつものことだ。 「そういえば、りょうさんは?」 「風邪だってよ。電話の声だけでもかなり辛そうだったな」 「最近、流行ってますね」 そうやってだらけていると、ドアが開いた。けいが駆け寄って挨拶をしようとしたら、ドアを開けて入ってきたのは、オーナーだ。 「困った……」 開口一番、オーナーは言った。明らかに焦っている。 「いったいどうしたんだい」 オーナーは携帯電話を取り出し、あけみに見せた。 Subject:お元気ですか? こんばんは。私はちょっと気分が沈みぎみですけど、けっこう元気です。オーナーはどうでしょうか?元気だといいな。もしそうだと、私もとっても嬉しいです。最近寒いですから、風邪とかひかないように、気をつけてくださいね。私もこないだ風邪をひいてしまって、とっても辛かったんです。かなり悪質な風邪みたいですから、とにかく気をつけてください。温かいものを食べるとか。そういえば最近、またお料理の勉強をしています。温かいものを作ってあげたいので、私のお部屋に来てくれたら嬉しいな……もし時間が取れたらでいいですから、来てくれたらすごく嬉しいです。来れなくても、メールとか電話とかでお話できたら、それでもいいかな。ご連絡、待ってますね。 (1時間後) Subject:お元気ですか?(再) もしかしたら、何かがあってメールが着いていないのかもと思って、もう一回送りますね。こんばんは。私はちょっと気分が沈みぎみですけど、けっこう元気です。オーナーはどうでしょうか?元気だといいな。もしそうだと、私もとっても嬉しいです。最近寒いですから、風邪とかひかないように、気をつけてくださいね。私もこないだ風邪をひいてしまって、とっても辛かったんです。かなり悪質な風邪みたいですから、とにかく気をつけてください。温かいものを食べるとか。そういえば最近、またお料理の勉強をしています。温かいものを作ってあげたいので、私のお部屋に来てくれたら嬉しいな……もし時間が取れたらでいいですから、来てくれたらすごく嬉しいです。来れなくても、メールとか電話とかでお話できたら、それでもいいかな。ご連絡、待ってますね。 (1時間後) Subject:大丈夫ですか? お返事も、電話もないので、心配しています。何かあったんじゃないかな、風邪をひいたり、もしかしたら事故にでもあってしまっていないかとか……。もしそんな事があったら、私は一体どうしたらいいんでしょう。本当に、心配で心配でしかたありません。どうかこれを見たら、一言でもいいからお返事をください。お願いします。何かあったんじゃないかって、本当に怖いんです……。 (1時間後) Subject:やっぱり心配です。 やっぱり風邪をひいているんでしょうか。大急ぎで、おかゆとかたまご酒を作りました。これから持って行きますね。寒いからいっぱい着込まないと。着太りして、マスクもしていくから、知らない人だと思ってドアをあけないとか、しないでくださいね?なんちゃって。そんな事をするわけないって信じていますから。風邪薬も買って行きます。でも万が一、事件や事故に巻き込まれていたらどうしよう……本当に気になってしまっています。これから出発します。どうか無事でありますように。もし何かあったらどうしよう!すごく心配なんです。 (1時間後) Subject:待ってます オーナーのお部屋の前にいます。何度か呼び鈴を鳴らしたんですけど、反応がないですね……いないんでしょうか?それとも、中で動けないほどの状態になっているんでしょうか。すごく気になります。外で事故や事件にあっていないかとか、そういう事もいろいろ考えちゃうんです。本当に心配です……。でもここで、ずっと待ってますね。ここにいれば会えるはずですから。電子レンジは持ってますか?おかゆとかたまご酒、冷たくなっちゃってるけど温めれば大丈夫です。もしなくても、お鍋でやるから大丈夫です。早く一緒に食べたいです。 (30分後) Subject:早く会いたい…… ずっと、待ってますからね。なんだか指もかじかんでしまって、うまくメールも打てなくなってきました。雪が降ってきました。とても寒いです。温めてほしいです、心も体も……。ずーっとここで待ってます。どうか、連絡だけでもください。 「このメールが来はじめたのは昨日の夜だが、気付いたのは、今さっきだ」 「ありゃ」 あけみまで、明らかに焦っている。 「……もしかして、昨日は、お二人で?」 オーナーもあけみも、深刻な表情のまま、何も言わない。 「かなりやべえな、これは」 「うむ」 「何か適当な理由をでっちあげて……」 突然、店の電話が鳴った。 「はい、メイド喫茶ぼるしぇびきです――」 「そういう事だったんですね?」 「え……」 「今からお店に行きます。とっても大事なお話です。けいさんは帰っていいですけど、オーナーとあけみさんは、絶対にいてくださいね。もしいなくても、必ず探し出しますからね」 「さ、さよならー、お大事に」 けいは、そそくさと着替えをすませて、帰ってしまった。 「……盗聴器か?」 「たぶんな」 下手な事を口に出せないまま、長い間、沈黙が流れていった。 「ありゃ、休みか……」 翌日、店の前に来た客は、「しばらく臨時休業」の張り紙を見て帰って行った。 実のところ、店内にはオーナーとメイド二人がいるのだが、とても営業できる状態ではない。 「朝まで飲んでいただけというのは、裏も取れたし信じます。オーナーがあけみさんを慰労する意味で飲みに誘ったのも百歩譲ってよしとしましょう。私はお薬の関係でお酒を控えないといけないから、誘われなかったのも千歩譲ってよしとします。でもやっぱり、携帯のチェックすらしてくれないというのは本当に傷つきました。私は一体何なのでしょう。あれじゃただの馬鹿みたいじゃないですか! ずーっと待ってたんですよ、寒いのに、早く会って、一緒におかゆを食べて、温まりたかったのに……」 オーナーとあけみは、包丁を握りしめているりょうの説教を一晩中受けていた。 「でも少しだけ安心はしたんです。お二人が不適切な関係で、そういう事をしてなくて……もしそうだったら多分私は自制心を全て捨ててしまったと思います。本当によかった」 りょうの説教は、さらに半日続いた……。 |
<続く…?>