冥土喫茶ぼるしぇびき



「ほ、本当なら、あなたみたいな平民に、僕の恥ずかしい姿なんか見せないんですからね!」
 そう言いながら、けいは客の前で、自分のものを手でしごいている。
「あぁ、見られてる……僕がこんな恥ずかしい事をしてるのを見られてる……らめぇぇぇぇぇぇぇ!!」
 こうして、ちんぽみるく完成。

「お疲れ様」
「……誰か、僕以外にも、ちんぽみるく要員を雇って下さい」
 けいは半ベソ状態だ。無理もない。若いとはいえ、今日だけで4回目なのだから。
「一応求人はかけているんだが、誰も来ねえんだよ」
「こんな忙しい時に限って、りょうさんも来ないし、オーナーもいないし」
「ああ」
 あけみは売り物のビールを勝手に飲みながら、続けた。
「りょうは、オーナーをデートに連れて行ったぜ」
 そのとき電話が鳴った。

「はい、女装メイド喫茶ぼるしぇびきです……はい、募集しています。ええぜひ来て下さい、今日すぐにでも面接したいです。ぜひ。ええ。はいお待ちしています」
「問い合わせでもあったか」
「ええ、1時間くらいで来るそうです。」

「女の子になりたい願望はあるんですが、まだ、ホルも手術もしてないです……だから、募集要項にあった、あの……その……ちんぽみるくが出せる方って言うのは、今は満たしています」
 面接に来た応募者は、うつむいて赤くなりながら、そう言った。
「なるほど」
「もしも将来、思い切った事をしちゃったら、出なくなっちゃうと思うんですけど……今は大丈夫です。一度、こういうお仕事をしてみたいなって思ってたんです。よろしくお願いします!」
「……採用でしたら、ご連絡します。ありがとうございました」

「毒島熊之助さん、47歳、妻子ありだが別居中、身長178センチ体重90キロ、前職は中堅企業の社史編纂室、希望退職に応募し現在無職……」
 履歴書を見ていたけいは、明らかに引きつった表情を浮かべている。
「そして脂ぎったバーコード頭に、仁丹と煙草の混ざった体臭を放つナイスミドル。やる気はすごくありそうでしたが、少しでも、採用されると思って来たのでしょうか」
「いや、おれなら雇うぜ」
「なぜに」
「おいしいじゃねえかよ、あれが女装メイドやるなんてよ――」
「とにかく却下。僕の、主にちんぽみるくによる忙しさと疲労が軽減されるとは思えません」
「――まだまだおめえは、世の中の深さを知らねえな。ああいうのも需要があるもんだぜ」
「知りたくもありませんね」
「連絡先よこせ。なりたい系なのが減点だが、タイプど真ん中だから個人的に誘ってみる」
「趣味悪い……」
「ほっとけ」

 一方、ここは駅ビルの屋上。りょうは柵のそばで眼下の光景を見下ろしながら言った。
「とっても楽しいですよね、いい風景です。普段気付かないけど、こんな素敵な場所があったなんて……。こういう場所に一緒に来れる関係にはいつもいつも憧れているんです。おしゃれな場所じゃなくていいんです。ただ、大好きな人と一緒にいられたら。きっとみんなそうですよね? 私はそうです。オーナーもそうだったらいいな。でも押し付けるわけじゃなくて、いいなって思っただけですけどね。でも、どう思います?」
「……まあね」
「そうなんですか。すごく嬉しいです! ああ、本当に嬉しい……わかってくれない人も多いんですから。どんなにすごい場所でも、高いご飯を食べさせてくれても、愛してくれていなかったら、私は全然嬉しくないのに。逆に、たとえ牛丼屋でも……いやお肉あまり好きじゃないから、安いファミレスでも、こういう場所でも、好きな人と一緒にいられるのは、本当に嬉しいです」
「そう言ってくれると、俺も嬉しいよ」
「私もです。ところでこの間、Hなお店に行ったそうですね……なんでですか? 私だとだめなんですか? いえ別に怒ってないんです。でももし私に何か不満があるんだったら、絶対に言って下さいね。直せるところは直しますし、もし直せなくても、努力します。ああ、でもやっぱり、そういうお店に行かれてしまうのは、すごく傷つきます。ひどいです……ううん、でもそれで別れたいとかそういうのじゃなくって」
「ちょっと、いいかな」
「はい?」
「俺は今から、もしかすると君を傷つけるかもしれない事を言う。でもそれは、二人の間柄を、もっと深く、何でも分かり合えるようになりたいから、その経過として言う事で、悪意はないんだ。それをまず前置きしておくよ」
「何でしょう……」
「俺は男だ。君も元々、そうだった。それは動かぬ事実だし、君も過去の事として、それはわかっていると信じてる」
「……」
「どうしょうもない事に、ただの性欲というものがあるよね。愛なんかない、まるで排泄みたいな欲求だよ。君にそれをぶつけてしまうのは、どうかと思った。だから、そういう所へ行ってしまったんだ。それで傷つけてしまったなら、心から詫びる」
「そ、そんな、傷ついたなんて。でもなんだか、そう言ってくれるのって、考えてくれるのって、すごく嬉しいです!! そんなに私の事を大事に思ってくれているんですね? 本当に嬉しい……」


「さっきまで忙しかったのに、今度は全然客が来ねえな。今日は閉じるか」
「そうですね」
 売り物のビールをまた飲んでいるあけみと、DSを取り出してゲームをしているけい。
 明らかにだらけている。
「僕用のエビオスも生牡蠣も、切れていますよ。買っておきますね」
「なんだかんだで、努力家だよなお前」
「ノーブレス・オブリージュです。率先して努力をし、模範となるべき義務を生まれながらに負っているのです」
「――嫌な奴なのは確かだが、努力はいい事だ」
 けいは、メイド服のまま買出しに行った。よくある事だ。
 あけみはドアの外に「Closed」の札を出し、悪気はないのだが、つい無意識にドアの鍵を中から閉めて、奥で仮眠を取った。これも、よくある事だった。


<続く…?>