冥土喫茶 ぼるしぇびき
「客が、来ねえな――」 あけみは、ぼそっと言った。 「そりゃ来るはずないでしょう。評判悪いし、ろくなもん出さないし」 けいは、嫌味ったらしい口調で返し、そして続ける。 「評判が悪いのは、主にあなたですよ。無愛想で、口が悪い上にそういう口調だし」 「てめえの性格だって、人の事を言えたもんじゃねえぜ」 「僕は少なくとも表面的には、適当に取り繕う事ができますから」 「ところで、りょうさんは、今日は?」 「ああ――」 あけみは溜息をついた。 「多分、またしばらく休みだろうな。昨日、注文を間違えたから」 「え、お客さんも別に気にしてなかったし……」 「本人が気にしてるんだよ。昨日店を閉じた後、大変だったんだぜ?」 「何かあったんですか」 「私は無能だ、無能だ、と言いながら壁を殴り続けてた。頭突きまで始めたとき、オーナーに取り押さえられて何とか落ち着いたけどな」 「本当に馬鹿ですね、あの人は……」 「どっちがだい」 「訂正します。あの人たちは」 けいは鼻で笑った。 「てめえは、本当に嫌なガキだよな――」 「僕は、自分の生まれと能力に対して、期待される人物像を演じているだけですよ」 「おはようございます」 「おや」 「あれ」 「……どうしました?」 りょうが出勤してきた。あけみとけいは、驚いている。 「いや、昨日あんな事があったから、また当分休みかと思ってたんだけどな」 「もう私は、大丈夫なんです……」 りょうは目を輝かせている。 「どんなに辛い事があっても、なんでも話を聞くし、守ってあげるって、オーナーが言ってくれたんです。本当に嬉しかったんですよ。もう私は何も怖くない。今度こそ幸せになれるんですよね? ずーっと辛い事ばっかりだったけど、今度こそ、今度こそは明るい未来が待っているんですよね? だから私はもう大丈夫なんです」 「――その、オーナーだが」 「?」 「今日は休みだぜ。さっきニューハーフヘルスに入るのを見た」 「……」 「りょ、りょうさん、落ち着いてください。深呼吸してください」 けいが慌てて言った。 「……黙れ小僧。ぶち殺すぞ」 「ひい」 りょうの右手が動いたと思った瞬間、けいの目前数ミリの場所に、ナイフの切っ先があった。 「私はいつでも落ち着いてる。動じていたら、こんな芸当はできない」 「は、はい」 りょうの腕時計から、アラーム音がした。 「あ、薬の時間だ」 けいに向けていたナイフを無造作に放り投げると、りょうはポケットから薬を取り出した。 「レキソたんハァハァ……なんちゃって」 誰も笑わなかったというか、笑えなかったが、りょうは別に気にしていないようだ。シートから5錠ほど取り出して、まるでラムネのように一気に噛み砕いている。 「ここは、リスパダールのまちです。まほうのかぎがうっています。あはははははははあははははは」 あけみは吹き出したが、けいは黙っている。りょうは突然、けいの首をつかんだ。 「笑いなさいよ……」 「は、はいぃぃぃ」 「こんな馬鹿な私を思う存分笑えばいいのよ、信じるたびに騙されて、いつもいつもこんな事ばっかりで、でも全然学習しないで毎回騙されてばかり……本当に馬鹿だと思う。でも何がいけないの? 幸せになりたいだけなのに、何がいけないの? なんでこんなに不幸なの? 私が何をしたって言うの? 誰か教えてよ!! もう嫌だ、なんでなの……」 「――そのへんにしといてやれ。落ちてるから」 「あら」 りょうが手を離すと、けいはその場に崩れ落ちた。首を絞められて気を失っているようだ。 「会心の駄洒落のつもりだったのに反応ないから、ついつい」 「初代ドラクエの頃、けいはまだ生まれてねえ気がするんだがな」 「スーファミでリメイクされたし、知ってるんじゃない?」 「……知りません。物心ついた頃には、もうプレイステーションが存在してましたし、初めてやったRPGはFF7だし」 意識を取り戻したけいは、そう言った。言うべきではなかったかもしれない。 「――やっぱりこいつ、殺していいわ」 「言われるまでもなく」 「ひぃ」 りょうがまた懐から刃物を取り出したとき、客が入って来た。 「お、お帰りなさいませ、御主人様ぁ☆」 まるで助けを求めるかのように、媚び媚びの態度で、けいは客のもとへ走った。 |
<続く…?>