シークレット

#19

「いきなりなんだけど、ちょっと出て来れない? 今すぐじゃなくてもいいけど……」
 次の日、つまり日曜日。まだ昼にもならないうちに、幹夫から電話があった。なんとなく予想してたけど。
 特別重要な用事があるわけじゃない。両親は、僕が起きた時には、もう二人でどこかに出かけてた。また競馬かパチンコだろう。
 勝ってくれれば、その時に連絡があって外食なんて事もあるけど、多分時間的には、そういう連絡があるのはまだまだ先。だから僕は出かける事にした。

 意外、と言ったら悪いかもだけど、幹夫に呼ばれたのは、部室最寄りの駅じゃなくて、貴子ちゃんの最寄り駅……のはず。確か前に聞いた事がある。
 駅に着いたら電話して、と言われてたから、幹夫に電話をかけてみた。
 カラオケボックスに二人でいる、駅出ればすぐに看板が見えると思う
 そう言われて、ちょっと周りを見回してみたら、それらしい看板はすぐ見つかった。

 店に着いたとき、幹夫はフロントのところまで、もう迎えに出てくれてた。
 幹夫はフロントの人に、「何号室ですが1人追加」みたいに簡単に言うと、すぐに僕の手を引っ張るような勢いで、一緒にエレベーターに乗った。
「今さらだけど、どうしたの?」
 本当に今さらだけど、幹夫に聞いてみた。何となく分からないでもないし、着いた部屋に誰がいるかも何となく察しはつくんだけど、一応。
「部屋に着いたら話すから」
 幹夫がこう言うのとほぼ同時に、エレベーターは目的の階に着いた。

「いらっしゃい。せっかくの休みにごめんね」
 ……僕が予想していたよりも、部屋にいる人数は一人多かった。貴子ちゃんがいるんだろう、と思ってたけど、それに加えて、カレラさんもいた。
「さて、一応役者は揃ったかな」
 カレラさんはお茶を一口飲んだ後で言ったけど、僕にはまだ、状況はあまりつかめてない。
「とりあえず座って」
 そう促されて、僕はカレラさんの横に座った。向かい合う形で、幹夫は貴子ちゃんの隣に座った。

「もう戻れない手遅れが1人、そうなりたいのが1人、なりたいに転びそうなのが1人、趣味が1人、と」
 カレラさんは、ぼそっとそう言った。どれが誰に該当するのかは、何となくわかる。
「なんか、転ぶって言い方、ちょっと嫌です」
 貴子ちゃんが言うと、カレラさんは笑った。例の笑顔で。
「じゃあ訂正。化ける、流れる、あたりの適当な単語に置き換えて」
 カレラさんはため息をついた。
「休日に他人呼び出して、大意をつかむんじゃなく、言葉尻つかむだけの遊びに付き合わせたいって事でいいのかな。いまだ議論もどきにすらなってない。このままだと、嫌な気分と時間の浪費で終わるだけだと思うんだけど?」
 貴子ちゃんは黙った。
「じゃあ話続けるよ。アキラちゃんは本当に、それなりに納得して、それでやめていったみたい。最大限に悪く解釈しても、ここで得るものはなかった、その程度だと思う」
 僕が来る前から、もう話は始まってたみたい。そりゃそうだろうけど、僕は何とかついていこうと、話を聞いてた。

「本人の願望が消え去ったかどうかは知らない。この病気は一度かかると、そうそう治らないからね。治っても本人がそれ認めない事すらある。本当に厄介だこと」
「だから、病気だとか、治るだとか……」
 貴子ちゃんが何か言いかけたけど、すぐカレラさんが割り込んだ。
「はい。皆まで言わなくていい。当事者が病気だって言ってるのに、それ否定できる根拠は?」
 またカレラさんは、意地悪く笑ってる。
「まずアキラちゃんは、自分が病気だって自覚はある。私にしても、やる事やってから後付けで取ったものではあるけど、『こいつはなりたい病の病人だ、俺が証明する』って書いてある紙、医者から買ってあるよ? 実際にどうかは、私にも分からないけどね」
 わざと、意地悪な言い方してる。それがよくわかる。
「何度言えばわかるんだろ。私がこういう物の言い方をするってのは、知らないわけないよね? それがそんなに気に入らないなら、一体何のために呼びつけたの? 何かを相談する気が本当にあるの?」
 貴子ちゃんは不服そうに、また黙ってしまった。幹夫はと言えば、さっきからずっと、おろおろしてる。学校で見る姿とはまるで違う。
「不満や疑問を持つのは、わからないでもないけどね」
 カレラさんはそう言うと、煙草に火をつけた。
「まず、病気とか病人って言葉について譲るつもりは、まったくないから。と一応前置きしておいて、その病気が発生しやすい土壌作っておいて、いざ病人が出てきたら、必死こいて病気が進行しないよう行動する。矛盾してるよね。やってる私だって、そう思うもの。
 それからカレラさんは僕の方を見て、思い出したように言った。
「そうだ、ユウちゃんは、いまいち話がつかめてないかもね」
「いや、おぼろげには……」
「ならいいんだけど。趣味レベルでとどまってる子の代表として、何か意見があったら突っ込んでね」
 それだけ言うと、カレラさんは続ける。

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