シークレット
#13
次の日。僕は言われた通りに1時間早く、部室駅の駅前広場にいた。
僕が着いたときには、もう、見覚えのある車がとまってた。
僕が窓から中を覗き込むと…あれ、この人、誰?
「正確に1時間前だね。さらに5分前なら、なお理想的なんだけど」
車の運転席に座ってる、スーツを着たお兄さんは、笑いながら言った。
僕は混乱してたけど、今わかった。この笑い顔に見覚えがある。
この人は、カレラさんだ。
「…ああ、これで会うのは、初めてだっけ」
「びっくりしました」
「とりあえず乗って。距離は短いけどね」
「はい」
本当に短かった。車は、みきちゃんや貴子ちゃんと来た、例のホテルの駐車場にすぐ着いた。
「ここなんですか?」
「そう」
カレラさんと僕は一緒に車を降りて、フロントの前まで歩く。
フロントの前に着くなり、カレラさんは言った。
「よろしくー」
そしてそのまま通り過ぎる。部屋のボタン押してないし、一瞬戸惑った。
僕のそんな様子に気付いたのか、エレベーターの前のカレラさんは振り返って笑った。
「大丈夫。おいでおいでー」
…ちょっと気になるけど、カレラさんに従った。
すぐエレベーターが来て、降りたのは6階。ここの最上階かな?
降りると、目の前にひとつだけドアがあった。他には部屋はないみたい。
ずいぶん広い部屋だ。みきちゃんとかと来た部屋の、倍くらいはあるかな。
カレラさんはすぐソファに腰掛けて、僕を隣に呼んだ。
「ここ、オーナーさんとも、受付のおばちゃんとも、ちょっと知り合い」
「…そうなんですか」
「ずいぶん理解があるから、部員が使うのも見逃してくれてる」
「ああ、なるほど」
「納得した?」
僕がうなずくと、カレラさんは、いつもの意地悪な笑いを浮かべた。
「納得するという事は、誰かと来た事があるわけだよね」
「……」
「そして沈黙は肯定、と」
カレラさんはまだ笑ってるけど、何か思い出したように続けてきた。
「ここで、それ突付いていじめるのも楽しそうではあるけど、ちょっと着替えてくるね」
「最初、誰かと思っちゃった。いつも、ああいう恰好だと思ってたし」
僕がなにげなく言ったら、カレラさんは苦笑しながら頭を振った。
「中途半端とはいえ工事までしときながら、フルタイムじゃないんだよね。さすがに、あの姿でできる仕事は限られてるし、あまりやりたくない」
「そうなんですか」
ちょっと意外。勝手なイメージかもしれないけど、「そういう人」って、「そういう仕事」してる事、多い気がしてた。
特にカレラさんは、そういうの好きそうに思ってたんだけどね。
バッグを持ってバスルームに入っていったカレラさんは、20分くらいして戻ってきた。
今まで見慣れてる、あの姿になって、さっきと同じ場所、僕の隣に座った。
「お待たせー」
「ところで、ちょっといいですか」
「何?」
「1時間早く来て、っていう理由、なんだったんですか」
聞いてみた。カレラさんは突然、何かを思い出したような顔をした。
「ああ、そうだ。ちょっと聞きたい事があって」
「なんでしょう」
「ユウちゃんって、タチれる?」
カレラさんは真顔で聞いてくる。
何を言ってるのか、意味はわかったけど。
「経験もないし、難しいかも…」
「うーむ」
しばらく、カレラさんは腕組んで考え込んでた。
「別にいいと言えばいいんだけど、一本くらいは正規の用途に使えるものがないと、寂しい気がしないでもないよね」
その言い回しに、僕はつい吹き出した。
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