シークレット

# 11


「実に、腹立たしいね」

 例によって表情を全く変えないで、余裕たっぷりの表情のままで、彼は言った。

「まさかここまで早いとは。口説く暇もなかったな。私には、結局何も見返りはなかったが、損もしなかったので、まあいいか」

 私と彼の間にあるデスクの上には、私が置いたお金。
 そして灰皿の中には、たった今燃え尽きた、私が書いた借用書。

「しかし、あまりに腹立たしいので、当分君の顔は見たくない。今月一杯までに、今住む部屋から出てゆかないと、家賃を10倍にするぞ」

 こう言い終えるなり、彼は口元を少しだけ吊り上げた。


 さて、あれから一年くらい。久しぶりに、私は彼に会いに行く。
 発表会では何度か会ったし、車を買うとき口聞いてもらったけど、一対一は久しぶりだ。
 私は無意識に、左腕を、腕時計ごと握り締めてた。こうすると気持ちが落ち着く。

「久しぶりだね。また美しくなったようだ」

 こうまではっきりわかる社交辞令は、珍しい。
 なぜなら、彼は私が部屋に入っても、背を向けたまま窓の外を見続けていて、私のほうを見てもいないからだ。

「何を言いに来たかはわかっているよ」

 ここでやっと振り向いた。あいかわらず、余裕たっぷりの顔してる。
 彼は、もう見るからに高そうな椅子に座って、そしてデスクをはさんだ椅子を指し示した。

「じゃあ早速。娘さんの事なんですけど」
「やはりそうか」
「悪気はないにしても、ちょっと他の部員を刺激する発言が多すぎます。またしばらく、謹慎を言い渡しました」
「あまりひどいようなら、本当に除名してもかまわないんだが…。まゆ君にも言っているが、そうなったからと言って、我々の関係は変わらないよ」
「根本的に立場は違うけど気持ちは何となくわかるのが、辛いとこです」

 突然彼は笑い出した。

「しかし本当に、罰が当たったのだろうな。気まぐれで他人の人生をいじってしまったから。同じ名前の自分の娘に、君の怨念でも返ってきたんだろうか」
「私は、自分がしたい事をしただけですよ。恨む理由は全くないです」

 別に怖くないとわかっているのに、どうしても緊張しちゃう相手ってのがいる。
 例えば、今話してる東堂さんだ。後、まゆさんも微妙に怖い。
 どっちも何を考えてるのか、よくわからないからかな。
 まあ東堂さんは、アキラちゃんについての問題では、ただの子供思いのおじさんだ。

「そんな、電話で済む話をするために、わざわざ来たわけでもないだろう? 本題を聞かせてもらおうかな」

 彼は立ち上がって、棚に置いてあったヒュミドールから葉巻を取り出す。
 そしてまた椅子に座って、火をつけ始めた。

「そうそう、新入会員のご報告をば。これからも変わらぬご支援を」

 私が渡したファイルを、彼はやや嬉しそうに見て、閉じた。

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