Freak Show


「僕、かなりMなんですよね。それも、すごく特殊だと思う」
半年ほど前知り合ったHは、こう言った。
歳は21、専門学校生だと言う。背は173だそうで、痩せていて、いわゆるギャル男系の風貌。
自分より背が高く、そして体重が三桁あるような、ずっと年上の男性と知り合いたい…と、そういうサイトで募集を出していた。
酔った勢いでメールを出したら返事が来て、何度かやりとりして、一応会ってみようか、という流れに。

こういう会合は、喫茶店などで堂々と話せない内容が多いため、会ったらカラオケボックスへ行くことが多い。
しばらくしてHが発した言葉を聞いて、俺は唖然とした。

「女装して、いじめられたいんですよ」
「結構似合いそうだね」
この時までは、唖然とするどころか、思わぬ幸運を喜んでいた。しかし次の言葉が、俺をパニックに陥れる。
「…いや、僕はしないけど」

こいつは、何を言っているのだ。
ただでさえ、真冬に屋外でざるそば食っても汗だくになる俺だが、Hの言葉を聞くや否や、冷や汗と脂汗が絶賛増量中になった感じがする。

「あなたみたいな人に女装してもらって、それで責められたい」
満面の笑顔を浮かべて、Hはこのような事を言った。

「正気か」
「多分」
「視力は」
「両方1.5。乱視とかないです」
「交通事故などで頭を打った経験や、頭部への打撃が認められた格闘技の経験は」
「ないです」
「地雷や爆弾の爆発に巻き込まれて、頭に金属片がめり込んだなどの経験は」
「あるわけないでしょ」

こいつは本気だ。そう確信した。
「とはいっても、俺が着られるような服、そうそうあるわけないだろ」
…言い終わる前に、しまった、と思った。Hは大きなバッグを持って来ている。
中には何が入っているのか。
嫌な想像をした、そしてその想像は、正しかった。

「これなら、余裕じゃないですか?」
「なぜそんなものが」
「学校、服飾系なんですよね」
Hはバッグの中から、真っ赤な、巨大なドレスを取り出していた。
「安田大サーカスのHIROでも着られます。そういう風に作ったから。あと、もう少し小さいのもあるし」

「タイプだって、言ってくれたよね? 合う服ないだろうとは言ったけど、そんなの嫌だとは、言わなかったよねー?」
Hは嬉しそうに笑っている。

どうする? どうするよ俺!?
あのCMを思い出した。目の前にカードまで見えてきそうだ。
過去に女装した事は数え切れないほどある。だが、その頃とは全く体型も違うし歳も違う。そもそも俺は髭面だし剃る気もないぞ。
「言い訳を考えてる顔してるー」
「……」
「嫌だ、とは言わないんだ。嫌だ、断る、とさえ言えばいいのに」
待て。なぜ俺が言葉責めを受ける。受けている。
Hは、俺がこの話に乗る事をすでに確信しているようだ。

「よし、いいだろう」
なるようになれ。俺は腹をくくった。
Hの挑戦的な口調や態度…恐らく狙ったものだろうが…それに釣られてやろう。そう決めた。

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