Case of Akemi
「ちょっと心配」
僕は、そう雅に言った。雅は笑いながら僕の頭を撫でて…頭撫でられるのは嫌いだっていつも言ってるのに、全くやめてくれない。
多分わざとやってる。雅は僕の頭を撫でながら、
「大丈夫だよ、今回初めてじゃないし、信用できる相手だし」
って言った。
ホテルの部屋で僕達を待ってたのは、一瞬見ただけだと、女の人に見える…でもよく見ると、男じゃないかな、って思う、そんな感じの人だった。
いままでの「お客さん」とは、比べ物にならないくらい若い。
「その子が明くん?」
「うん」
雅が答えると、その人は、足を組んで座ったまま、僕を上から下まで舐めるように見て、
「見たところ、素質は悪くないかな」
って言った。それこそ品定めされてるみたいで、嬉しくはない。けど、褒められてるのかな。
「中学生?」
「高1ですけど…」
「ふむふむ。女装って興味ある?」
いきなり変な事を聞かれて、驚いた。何て返事すればいいんだろう? 雅に何度か着せられた、それで「お仕事」した事もあるけど、それは僕から望んだわけじゃないし、別に嫌でもなかったけど、嬉しかったわけでもない。
「即座に否定しない程度には、興味あると受け取っていいかな」
「…あると言えば、あるかもです」
「すばらしい」
その人は大袈裟な仕草で、拍手するみたいに手を動かして、雅に言う。
「いよいよ、計画が現実のものとなりそう」
何を言ってるのか、よくわからない。僕は助けを求めるように雅を見ると、それが通じたみたいで、雅は説明してくれた。
どうもこの人は、女装に興味がある子を集めて、サークルみたいなのを作りたいらしい。途方もない話だと思う…。
「というわけで、明くんもオープニングスタッフ決定ね。さてこれから忙しくなる」
「え…」
「雅は、乗り気だけど?」
雅を見てみると、楽しそうにうなずいてる。
「ずるいなあ」
絶対嫌だ、ってわけじゃないから…雅が乗り気なら、従おうかな。
「場所OK、初期投資OK、サポーターもOK。人員もこのくらいで、まずは十分かな…」
この人は、まゆさんと言うらしい。まゆさんは、僕と雅をほったらかして、手を組みながら独り言を言ったり、考え事してるみたい。
僕は少し拍子抜けした。だって、いつもと同じように、「お仕事」だと思ってたから。でも、そういう流れになる様子が全くない。そう思ってたら、いきなり声をかけられた。
「さて、明くん」
「はい?」
「脱いで。全部ね」
あまりにもいきなりだ。雅、笑ってるし。
「早く早く。下着も全部ね。靴下はいいかな。ちょっとフェチ風味で」
…変な人だ。僕はそう思いながら、まゆさんに従った。
別に恥ずかしいとかは思わない。目の前で脱いで見せろとか、目の前で全裸から着替えろとか、そういう指示はよくあったから。
だから僕は、すぐに服を全部脱いだ。言われたとおり一応靴下残して。
「…うーん。ちょっと教育の必要ありかな」
「?」
「体はいいけど、恥じらいが微塵も感じられないのが非常に惜しい。雅と付き合って、スレちゃったのかなあ」
「むしろ逆。まるっきり子供だもん、明は」
ひどい事言うなあ。
「平気で裸で走り回ってる子供と、大して変わらない精神構造してるんだと思う」
「それはそれで、面白いかな」
少しだけ頭にきたけど…僕は雅に口喧嘩で勝ったことが一度もない。このまゆさんは、何となく、もっと手強い気がする。だから黙ってた。
「じゃあ、服着ていいよ」
「…何もしないで、いいんですか?」
つい聞いちゃったら、まゆさんは首を振って、まるで言い聞かせるように言う。
「ああ、私はそういうの、っていうか性的な事全部、自分でするのはあまり好きじゃないから」
そうなんですか、って言おうとしたら、続きがあった。
「見るのと聞くのは、大好きだけどね」
そう言って、本当に嬉しそうに笑ってる。だから雅として見せろ、って言うかと思ったらそうじゃないみたい。
「じゃあ、決まったら連絡するから」
まゆさんはそう言って、テーブルの上に置いてたノートパソコンを立ち上げた。
「変な人だったね」
雅の部屋に戻ってすぐ、僕は言った。雅は苦笑してる。
「確かに、変かもね。でもそこが面白いんだけどさ」
雅はまた僕の頭を撫でた。いつものように、やめてって言ってるのにやめない。
ここで、二人きりでそうするときは、「Hしたい」っていうサインだ。Hといっても、すごく軽いものばかりで、お仕事でするような、入れちゃうような事は…今まで一度しかない。
知り合った頃、僕が全然そういう経験はないって言ったら、「じゃあ頑張って、初めてだけ貰っちゃおうかな」って。なんでそっちが頑張るんだろう、って思った。
雅のは…ものすごく小さい。僕だって大きさに自信があるわけじゃないけど。だから特に辛くもなく、初体験終わり。こんなもんかと思ってて、その後でひどい目にあった。
「ちょっと待って。例の服、出してよ」
「ふーん」
雅は僕を撫でるのをやめて立ち上がると、何となく嬉しそうに、クローゼットに向かった。
「自分から言ったの、初めてじゃない? やっぱり興味あったのかな」
「…少し」
雅は、どうも性転換願望あるらしい。僕には多分ない。だから服を着るだけだけど、その事には、やっぱり興味なくはない。
男の僕が、女物の服を着て、他人にいいように扱われる。ただされるよりも、その方が、ずっと自分が惨めに感じられるから…。
こんな事を口に出したら、怒られちゃうかな?
End
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