「分かってるくせに」
「…すぐ行って、大丈夫?」

 僕の用件を察知するなり、電話相手の語り口が変わる。

「すぐ来てほしいな。できるだけ早く」
「うん。待っててね」

 電話相手が到着するまでの間に、僕は準備をしとかないといけない。いつもクラブでやってるみたいに、服を着て、軽く化粧して…。たまに、30分もかからずに来るんだよね。まるで、僕が電話して呼ぶのを前もって知ってたみたいに…。

 1時間たったか、たたないか、くらいかな…部屋に備え付けの電話が鳴った。電話はフロントからで、面会の人が来ました、面会は何時までですよ、っていういたって事務的な内容だった。それを聞いて僕は、鍵を開けて待つ。
 ドアが開くまで、なんだか、すごく長い時間、待たされたような気がした。実際には5分もたってないと思うんだけどね。

「ちゃんと、用意して待ってたんだね」

 ドアを開けて入ってきた電話相手は、僕を見て嬉しそうに言った。

「兄ちゃん、そうしてると、やっぱりけっこう綺麗だよね」

 いつだったっけかな、光にばれちゃったの。両親との仲は高校入ってから最悪だったけど、弟とは、うまくやってるつもりだった。…これで、家族全員、もう駄目になっちゃったかな、って思ったけど、違った。
 いきなり入ってきた光に気付いて、自分が手に持ってる女物の服について、どう言い訳しようか考え始めるなり、光は言った。

「知ってたから、そんなに焦らないでいいのに」

 まだ、「変態!!」とか罵られた方が、ましだったかもしれない。僕にMっ気があることとは、関係なく。そう言われる心の準備してたから、拍子抜けというか…。

「どうしたの? また考え事?」

 光は、ベッドに座ってる僕の横、かなり近すぎる距離に座った。そして周りの様子を見回すと、少し呆れたような顔をする。

「また今日も、やったんだ…?」
「うん」
「……」

 光はしばらく黙り込んだ後、口を開いた。

「エイズ検査とか、受けてる?」
「受けてないよ」

 またお互い黙っちゃったから、今度は僕の方から話した。

「エイズになったら、とりあえず父さん殺して、それから自殺しようかな。それとも、息子の育て方を間違えて、しまいにエイズで死なせた親だって、ずーっと恥かかせるようにしてやろうかな…」
「エイズ、ならないでね」
「…なんで?」
「嫌だから」

 また「なんで?」って同じ事言うのも芸がないな、とか考えてると、光のほうが、同じ事繰り返してきた。

「嫌だから。とにかく嫌だから、ならないでね」
「ならずにすんだら、そりゃそのほうがいいと思うね」

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