放課後女装クラブ(仮)
＃９ 夏休み・３
「だから、無理だって言ってるでしょうに」
「無理じゃないもん！！」
僕と貴史が部室に入ったときに、最初に見たものは、
明美さんと拓美さんの口げんかだった。
今回がはじめてじゃない。たまに、この場面に出会うことがある。
「いらっしゃい。拓美ちゃんの、いつもの寝言を聞かされて大変だったんだよ」
「寝言って…」
だいたい察しはついてたけど、やっぱりその通りだったみたい。
また拓美さん、よりによって明美さんの前で、いつもの口癖を言ったんだね。
「本当の女の子に生まれ変わりたい」って。
「まず自分の顔でも、鏡が割れるほど見てみればいいのに…。
どこにそんな女の子がいるの？ 化粧くらいしようと思わないの？」
「……」
「ただ服だけ着て、努力もせず、本当に女の子に生まれ変われるなら、
性転換手術も整形手術もいらないよ？」
黙りこむ拓美さんに、明美さんは、次から次へと追い討ちをかけてる。
「でも…まじめに考えてるんだったら、方法はないこともないかな」
「…？」
「一度、死んでみたらどう？ 次は女の子に生まれるかもしれないし。
もし男になっちゃっても、容姿端麗な両親の子に生まれれば、次は望みあるかもね」
…はっきり言って、見た目は、拓美さんよりも、明美さんのほうがずっといい。
だからって、ひどい言いようだと思う。
拓美さんが泣き出しても、明美さんは攻撃の手をまったくゆるめなかった。
…結局、拓美さんは帰っちゃった。
「もう、来なくなっちゃったりして」
貴史が言った。別に心配してるようには見えない。「言ってみただけ」って感じ。
いつもなら、少しくらいは、明美さんを責めるような事言うんだけど…。どうしたのかな。
明美さんのほうも、全然悪びれるふうもなく、
「今日は手加減した方だと思うんだけど。いつもはもっと言ってるよ」
って言いながら笑ってるだけだった。
「でも、二人とも、率直なところ、どう思う？」
「…？」
「あの子の、白馬の王子様は見つかると思う？ どうも本気で思ってるみたいだよ、
別に努力しなくても、王子様のほうから、勝手にやってくるって」
僕も貴史も、なんとなく返事しづらくて黙ってたけど、明美さんは続けた。
「自分で探す気になりさえすれば、見つかるだろうとは思うけどね」
「え」
「どこかで募集でもかければ、はいて捨てるほど、王子様候補は来ると思う。
１５だもん、若い子好きな人なら、容姿くらいは目をつぶるんじゃないかな？」
「うーん…」
「本人の要望どおり、女の子と思って抱いてもらえるかは、わかんないけどね。
果たして、あの柔道部主将を相手にそれができる人いるかなあ…」
柔道部主将というのは、明美さんが拓美さんに勝手につけたあだ名。
実際には、拓美さんは美術部らしいんだけどね。
でも確かに、美術部というよりは、柔道部のほうがイメージに合ってると
思っちゃったことはある…。
「確か貴子ちゃんも、女の子になりたい系だっけ？」
「まだ、よくわからないです」
「じゃあ、みきちゃんを抱くのと、自分が抱かれるの、どっちがいい？」
「…後のほう」
「なるほど」
明美さんは、今度は僕に話題を振ってきた。
「みきちゃんは、基本的には男の子だよね。しぐさにしろ、言葉遣いにしろ」
「やっぱり、そういうの、出ちゃうんですか…」
「私もそんなに詳しくないし、実践もしてないけど、何となくわかる。
となると、みきちゃんは責任重大かもね」
「責任？」
「そう。ちゃんと責任持って、貴子ちゃんを女の子としてＨしてあげないとね」
なんで、と反射的に言い返そうとしたけど、やめた。
考えてみると、僕は、そうしてあげたいと思ってるわけだし、
貴子は、僕がどういう返答をするか、すごく興味ありそうに見てるし…。
「でも、どうしたらいいのかな…」
「どうしたらいいんでしょう」
ずっと気になってた事が、話の流れで、自然に出せた。
貴史も僕を追いかけるように、同じ事を言った。
「…なるほど、そこで詰まっちゃってるわけね。初々しくていいかんじ。
どうしたらいいかなんて、そういう時になったらわかると思う。
わからないうちは、無理にそういう事しないでいいんじゃない？」
「うーん…」
「どうせ無理にＨしたって、お互いに良くないかもしれないし。
自然にそういう流れになるまでは、清い関係できるのもいいと思うよ」
「明美さん、頭でも打ったんですか」
「なんか、いい事言ってる気がします…」
なんか、いつもの明美さんと違うかもしれない。
僕が明美さんを少し見直しかけたとき、明美さんは笑いながら言った。
「ううん、作戦変えてみただけ。Ｈしろ、ってうるさく言わないで、
しないでいいんじゃない？ で突き放したほうが、するんじゃないかって…」
「…見直して損した」
「うん」
「すでに、清い関係ではないでしょうに。なめあったんでしょ？
どっちのが大きいのか気になるー」
やっぱり、いつもの明美さんだった。
「気になるけど、私は例によってそろそろ仕事だから…。
だから、追求はまた今度にしようかな」
「いってらっしゃい」
「着替える？」
明美さんが帰ったあと、貴史が言った。
僕はうなずいて、一緒に更衣室へ。
何を着ようかな、って少し迷ったあと、僕は共用品の女子高の制服に決めた。
ほとんど毎日、学校で女子の制服見てるわけだから、
僕にとって「女の子の服」だって一番実感するのは、やっぱり制服かな…。
貴史は迷いもせず、ユリさんに買ってもらった服を着た。気に入ってるみたい。
棚をながめて、たまにはお化粧にでも挑戦してみようかな…と思ってたら、
貴史が後ろから抱き付いてきた。
私は一瞬びっくりしたけど、別に振りほどいたりしないで…するつもりもないけどね。
そのまま、貴史に抱きしめられるままにした。
「やっぱり、みきちゃんとくっついてると、なんだか落ち着く」
「……」
「ずっと、こうしてたいな…」
「うん、私も」
貴史の腕に力が入るのがわかる。私も抱きしめ返したいけど、後ろにいるからできない。
だから私は、貴史の腕を握った。
「女の子」に、ここまで積極的になられるの、嬉しいとは思うんだけど、
少し不満というか、自分が情けないかも、とも思う。
もっと自分も貴子を引っ張ってあげないといけないのかな。
でもそれは、男の子としての、僕の考え方かな？ 私はどうだろう。
私はどっちかというと、服を着ること自体を目当てにして、
女の子のかっこしてるところはある。
でも、女の子になりたいって、全く思ってないわけでもないんだし…。
「更衣室でいちゃつくの禁止ー！！」
いきなり聞こえた声の主は、まゆさんだった。
更衣室のドアがあいたのにも、ぜんぜん気づかなかった…。
貴史もそうだったみたいで、あわてて僕から離れる。
「せっかくスイカを切ってきたのに、なかなか出てこないと思ったら…。
今度からはだめだよー。気をつけてね」
「はーい」
「はい…」
まゆさんは別に怒ってないみたいで、すぐ部室を出ていった。
二人でスイカを食べながら話して、二人とも同じ事を気にしてるってわかった。
「これはやっぱり、書かれるかな…」
「うん、書かれそうな気がする」
ふと、こないだ聞こうと思ってたことを思い出した。
「貴子は、合宿来れるの？」
「うん。「部活の合宿だ」って、本当の事言ったらＯＫ出た」
「なるほど」
たしかに、部活の合宿だ、と言ってもいいのかもしれない。
そんなこと話しながら、二人でしばらく笑ってた。
「それにしても、このごろ、あまり人こないよね」
「うん。３年の人は、塾でも行ってるんじゃないの？」
「そうかなあ…？」
「私とみきちゃん、たぶんまた、同じ事考えてると思う」
「明美さん？」
「ああ、やっぱり…」
貴子は一人でうなずいたあと、続けた。
「みきちゃんは、拓美さんから何か言われた？」
「何かって？」
「あの人、明美さんを、やめさせようとしてるみたい。
みんなでまゆさんに苦情言おう、って、持ちかけられたよ」
「え…」
「返事してないけどね。いきなり電話してきて、それだったんだもん」
「うーん」
いつも会うたびにへこまされてるみたいだから、気持ちはわかるんだけど…。
そういう事してるんだったら、あまり味方する気にならない。
「来なくなった人は、拓美さんに賛同した人、なのかなあ」
「みんながみんな、そうじゃないとは思うけどね…。
ところで、みきちゃんは、それでもめたら、どっちの味方する？」
「たぶん、明美さんの味方しそうな気がする…」
「うん、私もたぶんそうすると思う。合わせてるわけじゃなくて」
ちょっと驚いた。なんとなく、貴子は、拓美さん側につきそうな気がしてたんだけど。
私が不思議に思ってるのを見透かしたみたいに、貴子は続けた。
「私…拓美さんは好きじゃないもん。好きじゃないというか、嫌い」
「そうだったの？」
「うん。あの人、私やみきちゃんの悪口も言ってるみたいだし」
貴子はしばらく黙ったあと、ちょっと恥ずかしそうに、続きを言った。
「私達、恋人どうし…だよね？ そうだよね。それが気に入らないみたい」
「気に入らないって、なんでだろ？」
「知らない。でもとにかく拓美さんは、私達のことを、発情期だとか不純だとか、
裏でめちゃくちゃ言ってるみたい…」
「ところで、そういう話は、誰に聞いたの？」
なんとなく聞いてみた。貴子はクラブのいろんな人に携帯の番号教えてるから、
その誰かだろうとは思うけど、気になったから…。
「ユリさんだよ。前、ユリさんが服を買ってくれたことあったでしょ？
そのことを、拓美さんに文句言われたんだって言ってて、その中で聞いた話」
「なんで文句言わないと、言われないといけないんだろう」
「ユリさん、拓美さんには、何も買ってあげたり、物あげたりしたことないんだって。
それで、なんで自分には何もくれないんだとか、ごねたみたい」
「いったい、なんなのかなあ、あの人…」
「うん、みきちゃんも、そう思うよね？」
なぜか貴子は安心したというか、落ち着いたみたい。
「そういえば、私達が言ってるこれも、もしかしたら、陰口なのかな…」
「そうかもね…」
「やめとこ。でも一応気をつけておこうね。変な根回しされたらやだ」
「うん」
時計を見ると、もう時間的には、夕方くらいになってた。
また二人で更衣室に入って、今度は何もなく、どっちも男の子に戻った。
帰り道では、さっきまでの話とか、その続きとかは全くしなくて、雑談だけだった。
女の子になってる時のほうが、気のせいか、噂話とか好きな気がする。どっちも。
駅前で別れるとき、ちょっとだけ、手を握られた。ほんの一瞬だけどね。
なんだかそれが嬉しくて、気分よく家に帰ったんだけど…。
メールチェックして、その気分は少し沈んだ。
まゆです〜(^^)
さて来週はいよいよ合宿。みんな準備してるかな？
しかし。
あまりの参加者の少なさに、中止はしないけど、
規模縮小は避けられないです。中３ほぼ全滅か…(>_<)
でも受験が大事。しっかり勉強しておきましょう。
参加希望の最終締め切りはあさってです。もっとこーい。
P.S. 誰とは言わないけど、更衣室でＨおよび、予備行為禁止ー(>_<)
やっぱりメールに書かれてるし…。それこそ、「(>_<)」とでもつけたい。
それより、規模縮小というのが気になる。日数減るのかな？
２泊３日だって、もう親に言ってあるんだけど…。
それを問い合わせる返事を書いて、僕は寝ることにした。
明日はプール開放だから、朝、貴史に電話して誘ってみようかな。
＜つづく＞
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