放課後女装クラブ(仮)


      #8  夏休み・2


 またクラブの日になったけど、今日は、貴史はお休みだって。
 用があるからいけない、ってメールきてた。

 このごろは、部室にいくときはいつも貴史と一緒だったから、
 一人でいくのは、なんだか寂しい気もした。
 したけど、結局きちゃった。

 また一番乗りみたい。
 今日はまだ午前中だし、そんなに暑くなかったから、
 僕はすぐに服を着替えて、そのへんに転がってる本を読んでた。


 私が着替え終わってから30分もしないうちに、明さんがきた。

「あれ、今日は、貴子ちゃんは?」
「お休みだって」
「そっか」

 今日は、明さんはそのまま更衣室にいった。
 いつもどおり、着替えが長い…。


 着替え終わって、更衣室を出てきた明美さんは、なんだか様子がおかしい。
 何か言いたそうにしてるっていうか…。
 私がそんなこと考えてると、明美さんが口を開いた。

「うーん…やっぱ貴子ちゃん、気にしてるのかな」
「そんなことないと思いますよ」
「こないだの、クラブでの話のことじゃないよ。
 実は、貴子ちゃんから電話かかってきたの。あの次の日」
「え」

 明美さんは、私が驚いてるのを見て、おかしそうにしてる。

「無理だ、って言っといたけどね」
「無理って?」
「あの子、みきちゃんとずっと仲良くしてたいとか、色々言ってた。
 聞いてて恥ずかしくなるような事もね…。だから、無理だろうって」

 私は、明美さんに、ちょっと何か言い返そうと思ったけど、
 明美さんは割り込みを許さないでそのまま続けた。

「ずっと仲良く一緒になんて、できると思う?
 10年後、20年後、30年後…考えてみればわかるんじゃない?
 頭もはげて、加齢臭まみれになりながら、愛し合えるものかな…」
「……」
「できる、って言い切っちゃう人もいるね。
 でも、そういうのに限って、半年続いたのも見た事ないの」

 明美さん、笑ってる。

「…とまあ、こういう事言っといたの」

 私はなんだか腹が立ってきた…。
 この人に相談する貴史も貴史だけど、ひどすぎる。

「みきちゃんは多分、あの子より物分りいいと思ったんだけどな。
 私、そんなに間違ったこと言ってる?」
「あの子、ああ見えて、ちょっとした事ですぐ悩んじゃうんですよ…」
「うん、悩ませるつもりで言ったんだけど」
「え…」

 明美さんは意地悪く笑ってる。私は何も言えなくなった。

「うーん…自分の恋人がいじめられたのに、なんで怒らないの?
 ひさしぶりに、年下に暴力振るわれるかもしれないって、
 ちょっとドキドキしてたのに…」

 ますます何も言えなくなった。この人、いったいなんなんだ…。

「でもあの子、なんで私に相談したんだろう?
 拓美ちゃんとかユリさんとか、もっとまともに相談に乗りそうな人の
 電話番号も知ってるはずなんだけど…」
「…私も、それ思った」
「ひょっとして、自分で思ってるよりも人徳あるのかな、私」

 どうも明美さんは本気で言ってるみたいで、少し照れてるように見える。

 その話はいったん終わって、しばらくテレビとかゲームとか、
 そういう話してたけど、明美さんは、バイトだっていって帰っちゃった。

 まだ2時過ぎくらい。私も今日は帰って、家にいようかな。
 そう思って服を着替えて外に出ようとしたけど、やめた。
 あまりにも暑くて、外に出たくなくなっちゃった。

 あわただしいけど、また「私」に化けて、読書開始。
 みんながいるとなかなか見られない、男の子どうしの、Hなマンガ。
 見てもいいんだろうけど、ちょっと恥ずかしいしね…。

 マンガの中の男の子二人は、はじめてどうしだって言うけど、
 迷いしないし、失敗もしないで、Hできちゃってる…。
 こんなに簡単に入るのかな、とか、ほかにも色々下品なこと考えちゃった。


 4時近くなって、やっと部室に人がきた…
 と思ったら、明美さん、じゃない、明さんだった。

「なんか、早いですね…」
「うん、交渉決裂しちゃった」
「ありゃ」

 明さんはそのまますぐ更衣室に入って、
 やっぱり30分くらいかけて、明美さんになって戻ってきた。

「交渉相手が部室までついてきちゃった。どうしよう?」
「え…?」
「この暑い中、外でずっと待ってるみたいだけど。
 かわいそうだから、呼んできてあげてくれる?」
「でも…」
「いいから呼んできて。いるかどうか見てくるだけでもいいや」

 明美さんの勢いに負けて、私は、部室のドアの隙間から外を見た。
 女の子のかっこしてるから、このまま外は出ないほうがいいし…。

 とは思ったけど、部室の外にいる人を見て、驚いた私は、
 ついドアを全開にしちゃった。

「え…なんで?」
「暑いよー、早く中に入れて」

 ドアの外にいたのは、貴史だった。
 外はまだ暑いし、すごく汗かいてる。とにかく私は貴史を部室に入れた。

「明美さん、どういうこと?」
「ああ、みきちゃんがいいって言うまで部室に入らないでね、って言ったの。
 まさか、本当に外でいい子で待ってたなんてねー」
「暑かったですよー」

 そういうことを聞いてるんじゃなくって…。

「交渉相手が貴史って、いったいどういうこと?」
「どうもこうもないでしょ。その通りの意味だけど」

「明美さん、意地悪しないで」

 貴史が言うと、明美さんは、説明をはじめた。

「ちょっと貴子ちゃんを買おうと思って…。みきちゃんつきで、ね」
「買うって…!?」
「別に私は何もしないで、目の前でHしてくれたらそれでいいんだけど。
 もし必要なら、実技指導してあげてもいいよ」
「……」
「でもさっき言ったとおり、決裂しちゃった。ね、貴子ちゃん?」

「幹夫と相談しないと、って言ったんだ…」
「相談って…」

 明美さんは、私たちを見て、おかしそうにしてたけど、
 いきなり立ち上がって言った。

「で、私、今度こそ本当に用事があるから帰るね。
 ちゃんと相談しておくように」


 明美さんが帰って、部室には、私と貴子の二人きりになった。
 貴子はこないだユリさんに買ってもらった服が気に入ったみたいで、
 このごろいつもそればっかり着てる。

「で、明美さんの話、どうしよう…?」
「どうもこうもないよ。私は絶対やだからね」
「なんで?」
「とにかく、やだ」
「…私と、Hなことするのが?」
「怒るよ?」
「ごめん…」

 なんで貴子は、すぐネガティブなほうにいくんだろう…。
 そんなに自信がないのかな?

「ごめんってば…でも、心配なんだよ」
「いつも何をそんなに心配してるんだろ、って思うよ…」
「みきちゃんに、嫌われないかって」
「……大丈夫だよ」

 私はなんとなく、貴子の頭をなでてみた。
 なんだか同い年なのに、それどころか、厳密には半年以上も年上なのに、
 貴子は私よりもずっと子供みたいな気がする。

「お金なんかもらったら、まるで、お金がかかわらなかったら、
 貴子とHしないみたいに思えちゃう。だから嫌なの」
「うん、私もそう思った」
「そう思ったんなら、なんで沈むようなこと言うかなあ」
「だから、心配だったから」

 でも私、ちょっとだけ、思うところがある。
 ためしに貴子に言ってみよう…。

「でも、いい話かもしれない、って思っちゃった。怒らないでね」
「…?」
「だってやっぱり、どうしたらいいかわからないもん。
 いっそ経験者に教えてもらうのもいいかと、一瞬思っちゃった。一瞬ね」
「うん、それはあるかも…」
「そのへんに転がってる本とか、あまり参考にならなそうだし…」
「お金いらないし、見せないけど、情報だけくれって言ってみる?」
「うーん」


 夕方になったけど、結局その日は、他に誰もこなかった。
 お盆だから、田舎にいってる人とか多いのかな。

 帰るときになっても、貴史はずっと、何か考え込んでるみたいだった。
 聞いてみると、なんでもないよ、と返事はするんだけど…。
 気にはなったけど、あまり遅くなると怒られるから、
 貴史とは長話はしないで、駅で別れた。

 家に帰るといつものメールが届いてて、内容は、合宿の参加の最終確認だった。
 僕は元々、参加する承諾は親にとってある。
 友達どうしで集まって二泊三日のキャンプだって、堂々と。
 貴史はどうするんだろう。次に聞いてみようっと。



<つづく>


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