放課後女装クラブ(仮)


      #7  夏休み・1


「今日は、行く?」

 プールサイドで、貴史が話しかけてきた。
 今日は学校のプール開放の日だから、一緒に泳ぎに来てたんだけど。

「いちおう、行こうとは思ってるんだけど…」

 今回が、まゆさんの「カップル誕生〜」メールがきてから、はじめての
 クラブだから…。
 皆に何を言われるかと思うと、行くの恥ずかしいかも。

 でも結局、僕は貴史に引っ張られるように、部室に向かった。


 夏休み中も、普段と同じように、クラブ活動は週に2回。
 違うのは、午前中からでも部室あけてくれること。

 駅に着いたとき、まゆさんに電話して、部室あけてもらった。
 ということは今日は、僕達が部室に最初に入るのかな。
 もう誰かいる中に入っていくよりは、少し気が楽かもしれない…。


 まゆさんが気をきかせてくれたのか、部室はもうエアコン入ってた。

 途中で買ってきたお菓子とジュースをテーブルの上に置いて、
 まだ着替えないで、一休み中。貴史が話しかけてくる。

「暑かったね…」
「うん」
「なんか幹夫、また様子おかしい」
「そんなことないよ。暑いだけ」
「また言ったー。そんなことない、って」

 とりあえず、普段から「みきちゃん」と呼ぶのはやめさせた。

「幹夫はもう、宿題やってる?」
「7月からちゃんとはじめる奴いるのかな」
「僕やってる。早く終わらせて、後はずっと遊ぶんだ」

 普通の話がつづいてる。別に、Hな話をしたいってわけじゃないけど。


 結局、雑談してて30分以上たったかな。
 僕達の次に部室に入ってきたのは、明さんだった。

「あれ、二人とも、着替えてないの?」
「うん」
「汗ひいてから着替えます」
「そっか…じゃあ俺もそうする」

 明さんは、部員では珍しく、自分の事を「俺」って言う。
 「変身」したあとは、ちゃんと「私」になるんだけど。

「さて、化けてくるかな」

 しばらくたったら、そう言って、明さんは更衣室に入っていった。
 そういえば、僕と貴史のことについて、何も言われなかった。

 明美さんの着替えは、いつもけっこう時間かかる。
 だいたい、化粧もして出てくるから。
 発表会とかじゃなく、普段のクラブでまで化粧する人、あまりいないんだけど。

 明さんは、普段はあまり女っぽくない。普通の高校生の男の人って感じ。
 どっちかというと、かっこいい方にはいるかな。
 でも女装して化粧もすると、だいぶイメージ変わる。

 貴史と適当に喋ってると、明美さんが戻ってきた。

「おかえりなさいー」
「なさいー」
「ただいま」

 変身して戻ってくると、雰囲気まで変わる…。
 僕達なんかだと、服装が変わっただけで、中身はあまり変わらないというか、
 すぐ切り替えられるほど、慣れてないんだけど。


「明美さんて、クラブでも化粧してるよね」

 普段のクラブ活動で、必ず化粧までしてる人っていうと、明美さんくらい。
 他の人もすることはあるけど、明美さんと比べると頻度は少ない。

「素材が悪いから、化粧してごまかすしかないもん」
「そんなことないと思うけど」
「ありがと。でもまあ、もっと練習しないとね」


 しばらく、他の子の話とか、8月予定の合宿について話してたけど、
 ふと思い出したみたいに、明美さんが別の話題をふってきた。

「そういえば、二人の関係について、メールきてたけど」

 来たー。
 このままいけば、この話題は出ないかもしれないと思ったのに。

「もう、Hした?」
「……」
「……」
「したね、その様子だと。どこまで? 答えるまで聞くからね」

 僕達は、ぽつりぽつりと、どういう事をしたか話した。

「ああ、そのへんまでなのね」

 明美さんは、少しがっかりした顔になった。
 がっかりされても困る…。

「そこから先に進む予定は?」
「わかんない」
「うん」
「女装どうしでHか…どっちが突っ込むのかな」
「下品ー」
「きゃー」

 みんなでひととおり笑ったあと、明美さんは話しだした。

「私は、Hの相手は、女装よりも男のほうがいいんだけどね」

 僕がクラブに入ったとき、最初に色々教えてくれたのは明美さん。
 貴史のときみたいに、Hなことはしなかったけど。
 自分は、相手は男のほうがいい、っていうのは、そのとき聞いたことがある。

「それも、できるだけ品のない、小汚いおじさんが一番いいかな」
「えー」
「なんでー?」
「もちろん、お金くれるのは最低条件」
「ただではしないの?」
「することもある」

 明美さんはたまに変な事を言う。
 今回もなんか変。

「想像すると興奮しない? 自分がお金で買われて、好きにされること…」
「わかんない」
「明美さん、たぶんレベル高すぎ」

 僕達にはよくわからないけど、明美さんは続ける。

「その場合の相手は、汚かったり醜かったりするほうが気持ちいいの。
 こんな相手に、お金のために、こんな事されなきゃいけない…。
 そう考えるとすごく興奮するんだけど」
「…マゾ?」
「うん、たぶんね」

 明美さんはまだ続ける。

「例えば、年下の男の子二人に、縛りつけでもされて、
 色々Hなイタズラとかされるのも、すごく気持ちいいかもね…」
「え…」
「なんでもない。たとえば、の話だから」

 明美さんは笑った。それでこの話は終わるはずだった。

「幹夫さえよければ、僕もかまわないですよ」

 待て。本気で待て。何を言い出すんだか。
 貴史はにこにこしながら、僕のほうを見ている。

「みきちゃん、困ってるじゃない。いじめちゃだめ」

 明美さんは、苦笑いしながら貴史に言った。
 まだ貴史は何か言いたそうにしてるけど、僕は話題を変えることにした。

「明美さんって、すごく女の人っぽいよね」
「うん」
「…そう思う?」

 明美さんはおかしそうにしながら、続けた。

「だとしたら、私が女装してる動機聞いたら驚くかな」
「…?」
「Hのとき、こっちのほうが気持ちいいから、してるの」
「えー」
「そうなの?」
「本物の女の子になりたいとか、特別思ってるわけじゃないよ。
 うーん…思ってるといったら思ってるのかなあ。
 「女のかっこうなんか」して、Hされる自分が好きだし」
「でも、化粧とかしてるし」
「化粧までして…っていうこと。こういう手間かけて、努力してまで
 女の子に化けて、変態親父に犯されるのが気持ちいいの」
「明美さん…やっぱりマゾ?」
「たぶんね。このへんでやめとく。これ以上言うと貴子ちゃん、怒りだしそうだし」

 今気づいた。なんか貴史、不満そうな顔してる。

「いや、別に、怒んないですけど…」
「でも納得いかなそうだね。たぶんそうでしょ?
 ほとんどの子は、こんな話されたら気分良くないと思う。
 拓美ちゃんなんて、露骨に私の事嫌ってるもんね」

 確かに拓美さんは、明美さんの悪口よく言ってる。
 単に仲が悪いだけだと思ってたけど、こういう理由だったのかって思った。
 拓美さん、女の子に生まれたかったよー、が口癖みたいな人だし。


 明美さんは、「アルバイト」だって言って、帰っていった。
 さっきまで着てた、自前の服持って。

 また、部室の中は、僕と貴史の二人きり。二人とも黙ってテレビ見てた。
 貴史が話しかけてきたのは、明美さんが帰って5分くらいしてから。

「ねえ、幹夫はどう思う…?」
「どうって?」
「明美さんのこと」
「あの人、やっぱりちょっと変わってるな、って思った」

 僕は別に驚かなかった。明美さんは、元々どこか、他の人と違うかんじだったから。
 貴史はやっぱり、なんか不満そうな顔のままだ。

「なんでか知らないけど、バカにされたような気がする…。
 気持ちいいから、だけだったら、わかるのに」
「貴史は、女の子になりたいの?」
「…うん。幹夫は?」
「僕はどっちかというと、女の子の服を着ること自体が好き。
 でも、明美さんとはだいぶ考え方違うと思う…」
「じゃあ、決まりかな」
「?」

 貴史は少し笑って、すぐ続けた。

「僕が、される側だね」
「え…」

 また貴史は、とんでもないこと言い出して…。
 と思ってると、貴史がもう少し距離を縮めてきた。

「男女でするような事は、みきちゃんより、幹夫のほうがいいな…。
 そのへんだけ、明美さんに賛成かも」
「うーん」

 僕はどうなんだろう? 女の子の服着るの好きだし、着るとHな気持ちにもなる。
 でも、貴史が、「私」じゃなくて「僕」を好きだって言ってきたら、
 僕はそれでも女の子のかっこうにこだわるかな…?

「前に、断ったことあったよね。はじめてクラブきた次」
「うん」

 「新人教育」のあと、僕は貴史を家に呼んで、「続き」しようとしたけど、
 女の子のかっこしてないとやだ、って断られた。

「女装してるときじゃないと…って言ったのは、自分のこと言ったんだ。
 別に幹夫はそのまんまでも良かったんだけど」
「……」
「でも、どっちでもいいよ、幹夫でも、みきちゃんでも…」

 僕が困ってると、貴史は心配そうな顔になった。

「そういえば、ごめんね。一人で勝手に話進めちゃってた。
 幹夫はどうなの? もっと進んだこと、してくれる気はあるのかな?
 なくてもいいよ。こないだみたいなのでも、十分嬉しかったもん」
「ないことないけど、でもやっぱり、心配というか、自信ないというか…」
「うん…僕も自信ないし、ちょっと不安あるけど」

 それは本当に、今までしたこともない事だし、どうすればいいかわからない。
 

「心配っていうのは、そういう事までしちゃったら、もう本当に
 戻れなくなっちゃうんじゃないかな…って」
「戻れないって…?」
「僕と幹夫、友達じゃなくなっちゃうかもしれないじゃん。
 したいんだけど…なんだか、そのへんがひっかかる」

 何を言いたいのか、わかるような、わからないような…。
 そのまま二人とも黙っちゃった。

 時間がたつのが、すごく遅く感じる。
 別に何も悪い事してないのに、なんだかここにいづらい感じ。

 まゆさんが、差し入れを持ってきてくれた。
 何時間たったか、と思ったけど、1時間もたってなかった。
 僕達の様子は、まゆさんにも変に思えたみたい。

「二人ともどうしたの? なんかすごく暗いけど」
「ううん、別に…」
「うん」
「どうもしない、ってことない。絶対ない。
 もしかして、もしかすると、早くも破局の危機…!?」
「ちがいますってば」
「なら、いいんだけど。なんかあったら相談してね」

 まゆさんは、むいた夏みかんの乗ったお皿を置いて帰っていった。
 二人でそれを食べながら、おいしいね、うん、から、また話がはじまった。

「いっそ、まゆさんに相談してみようかな」
「うーん…どうだろう?」

 ずっと年上で、経験豊富な人みたいだから、きっと相談に乗ってくれるし、
 的確な意見ももらえるだろうとは思う。
 でも、僕の頭の中では、まゆさんが出すだろうメールの見出しが躍ってた。

「僕と幹夫、たぶん同じ事考えてると思う。
 まゆさんに言ったら、またメールに書かれるんじゃないか、って」
「うん」
「でも、どうだろう? 書かないで、ってちゃんと言えば、
 書かないでくれそうな気もするんだけど…」
「わかんないなあ…」


 結局その日は、「そういう事」をする状態じゃなかった。
 すぐに拓美さんと真琴さんがきて、いつもの雑談大会になったから。
 …もちろん、二人のことについて、さんざん冷やかされた。


 帰り道、僕は言ってやった。

「さんざん冷やかされちゃった。ちゃんと、責任とってね」
「う、うん…」

 なんか久しぶりに、貴史がうろたえてる所を見た気がする。
 このごろ色々押されぎみだから、ちょっと気分いい。

 駅で別れたあとも、僕は、貴史の言ったことが気になってた。
 「戻れなくなっちゃうかも…」って言葉。
 僕は貴史とは、ずっと友達でいたいと思ってるし、
 もしそれが、「恋人」になっちゃっても、いいと思ってるんだけど。

 それとも他にも意味があるのかな。
 だとしても、そのうちわかるよね、きっと。



<つづく>


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