放課後女装クラブ(仮)


       #10(Another) 


 ふーん、としか思わなかった。
 思ったより冗談通じないんだね、あの子…。
 まあこっちも、別に冗談のつもりはなかったんだけどね。
 とりあえず、呼ばれたし、ちょうど暇だから、部室に行く事にした。


 ちょっとした糾弾大会じゃないかな。拓美ちゃん、真琴ちゃん、亜紀ちゃんに、唯ちゃん。
 みんな、拓美ちゃんと仲良しみたい。僕はよってたかって色々言われてる。
 あまり面白い話題じゃないから、考え事しながら聞くのがちょうどいいんじゃないかな。

「聞いてるんですか?」

 うるさい。ちょっと言い返してやろう。

「自分が、聞く価値のある話をしてると思ってるんですか?」


 なんで、これだけで黙るかな…。つまんない。
 そうしてると、まゆさんが助け船を出した。

「で、拓美ちゃんは、結局どうしてほしいのかな。明美ちゃんが謝ればいいの?
 それとも、やめればいいの?」

「謝ってくれれば…」
「やだ」

 拓美ちゃんが言い終わる前に返事してやった。

「俺は何か一つでも、間違った事言ったっけ…?
 例えば俺は、拓美ちゃんを、ブスだっていつも言ってるけど…、
 冷静に客観的に考えて、本当に間違った事言ってる?
 化けたときの俺と比べて、はっきりいって、どっちが綺麗?」

 性格が、とか、どうのこうの、ぶつぶつ言ってる…。
 なんでこう、外見で負けると、すぐ性格持ち出してくるのかなあ。

「いきなり徒党組んで、昼間は寝てる生活してるまゆさん叩き起こして、
 しかも一方的に人を呼びつけさせる奴の性格が、いいって?
 まあ、俺よりは、ましかもしれないけどさ…」

 4人が本気で怒ってつかみかかってきたら、到底かなわないな…。
 何されるんだろう。半殺しにされちゃうかな…?

「何がおかしいんですか!!」

 ついつい、自分のそういう状態を想像して、にやけてたみたい…。
 とりあえず、襲い掛かってくるつもりはないみたい。つまらない。


「…無駄だと思う。仕切りなおしたほうがいいんじゃない?」

 まゆさんが、また助け船を出してくれた。
 でも4人はまだ食い下がりたいみたい。

「明美さんがいくなら、私達、合宿いかないですよ」

 拓美ちゃんが言うと、残り3人もうなずいた。
 なるほど、そういう手でくるわけか。でも通じるかなあ…?

「残念だけど…それはしょうがないね」

 まゆさんは言った。

「合宿中にトラブル起きるよりは、ずっといいし…」

 4人は今度こそ本当に絶句した。
 絶句したまま、帰っていった…。


「明美ちゃん、敵作りすぎー!!」

 4人が帰るなり、まゆさんは言った。

「でも、味方してくれたんですね」
「別に明美ちゃんの味方したわけじゃないよ。こういう事については、
 数で押し通せるって前例、作りたくないだけ」
「なるほど」

 まゆさんは少し考え込むような様子になったあと、続けた。

「明美ちゃんの次は、たぶんみきちゃんと貴子ちゃん追い出すよ、あの子たち」
「あの子を?」
「わかるでしょ、なんとなく」

 わかる。あの二人は、色々な意味で話題の中心だしね。

「拓美ちゃん、ユリちゃんに絡んだらしいよ。みきちゃんと貴子ちゃんばかり
 ひいきするなって…」
「ああそれ、私も聞いた…」

 まゆさんと二人のときは、僕は自分を私と呼ぶ。服装関係なくね。
 まゆさんの一人称が、私だからかな…? 関係あるかはわかんないけど、なんとなく。

「それにしても、困っちゃったなあ…このままだと、参加者3人だよ?」
「え…?」
「部員は、だけどね。あと、私、ユリちゃん、雅ちゃん。全部で6人か…」
「少ないですね…」
「どうもあの子たち、あの4人だけじゃなくって、もっと根回ししてるみたい。
 高1連中も、色々理由はついてるけど、軒並み不参加…」
「ありゃ…」
「公民習いたてで、民主的に多数決したい年頃なのかなー」

 僕はつい吹き出した。まゆさんも、結構言うなあ、って…。
 まゆさんはまだ言い足りないようで、続けた。

「やめるようなら、やめちゃってもしかたないよね…。
 私はみんなに平等に接してたつもりなんだけど、だめだったのかな」
「だめじゃないと思いますよ」
「うーん…」

 まゆさんが、珍しく、悩んでるように見える。
 こうなると僕も、少しは責任を感じないではいられない。

「とりあえず合宿は、断固としてやるからね。ちゃんと二泊三日で」
「用意しときますね」
「人が少なければ少ない分、密度も濃いかもしれないしー」

 しばらく、まゆさんと、合宿の話してた。
 あの4人が戻ってきてまたひと騒動あるかもしれないと思ってたけど、
 戻ってこなかったから、僕は帰ることにした。
 家にじゃなくて、いつものように、仕事のあとそのまま泊まる、ホテルに…。


 ホテルに戻って、シャワー浴びてのんびりしてたら、電話かかってきた。
 残念ながら仕事関係じゃないけど、面白い相手から…。

「もしもし、貴史です…」
「どうしたの?」

 こないだちょっと相談された時以来かな。貴子ちゃんから電話かかってきたの。

「今、ちょっと時間いいですか」
「うん」
「ちょっと、お願いが…」

 貴子ちゃんの話を聞きながら、私はまた吹き出した。
 いつか来る、みきちゃんとのHの日のために、ラブローションが欲しいって…。
 あの子も結構耳年増なのかもしれない。
 僕なんて、一番最初のときは、そのへんにあったオロナインだったんだよ…。

 結局、かわりに買っておいてあげる約束した。
 それで電話を切ろうとしたんだけど…、

「今日、拓美さんたちが、まゆさんに苦情を言いに行ったそうですけど…」

 って来たから、もう少し話すことにした。

「まゆさんにはどうか知らないけど、私は、呼び出されてさんざん言われたよ」
「そうなんですか」
「相手にしなかったけどね。まゆさんも相手にしてなかった」
「あの人たち、僕とみきちゃんの事も、陰で悪く言ってるみたい…」
「二人のことだけじゃなく、誰についても、陰口ばっかり言ってるけどね、あの子」
「やっぱり…」
「拓美ちゃん、あんな強そうな見かけしてるくせに、裏工作好きだから。
 気を抜いてると、追い出されちゃうかもよ?」

 僕が今やってる事も、根回しというか、立派な裏工作かな…。
 そんなこと思いながら、もうしばらく貴子ちゃんと喋ってから、寝た。


 次の日の午前中、拓美ちゃんから電話があった。
 また話があるから出てこい、だってさ。
 どうせ話というより、また糾弾会だろう、って思いながらも、僕は行くことにした。


 まさしく予想的中…。部室に着くなり、着替えもさせてくれず、
 僕への非難がはじまった。でも、糾弾会というほどでもないかもしれない。
 発言の99%までが、拓美ちゃんによるものだったし。

 他の子は、せいぜい相槌入れる程度。やる気なさそう…。
 なんか呆れてるような顔してる子もいるね。どっちに呆れてるのか知らないけど。


「いい加減にしとけよ…」

 僕は、言いたいだけ言わせてから、やっと何か言う気になった。

「あまり言いたくないんだけど、俺、3歳も年下の相手にここまで舐められて、
 ニコニコしてるほど、お人好しじゃないと思うんだ」

 むしろ舐めさせてくれ、とか考えて僕は少し笑っちゃったみたい。
 でも向こうは、僕がそう言って笑ったのに、なにか不吉なものを感じたみたいで、
 明らかに様子が変わった。

「後輩何人かにお小遣いでも配って、俺はこいつらが大嫌いだ、って、
 みんなの学校と名前、吹いて回ってみるかな…」

 とっさに思いついた事を、まるで独り言みたいに言ってみた。
 もちろん、聞こえるようにね。

「なんか、今日はここにいるだけで、すごく気分悪いんだけど。
 もう帰って、気晴らししたいんだけど…だめ?」

 誰も引き止めないから、僕は帰ることにした。


 僕はまたホテルに戻って、帰りに買ったハンバーガーを食べる。
 ハンバーガー屋の制服って、あまり可愛いのないなあ…とか思いながら。
 まあ作業服みたいなものだから、しかたないのかもしれないけどね。

 しばらくしたら、亜紀ちゃんと唯ちゃんが、電話してきた。
 内容は想像した通り、拓美ちゃんに押し切られて断れなかったんだ、って言い訳。
 どうも一緒にいるみたいだから、僕は、二人をちょっと呼び出した。
 警戒してるようだったけど、どうにか言いくるめて…。

 駅前に呼び出して、僕が泊まってるホテルまで連れて行って話をしようとしたんだけど、
 やっぱり怖いみたい。おおかた、誰か他にもいると思ってるんじゃないかな。

「じゃあ、こうしようか。最初はどっちか一人だけ一緒にきて、大丈夫って確認したら、
 外までもう一人を呼びにいく…どう?」


 ずいぶん前、僕がまだ、自分を売るのが少し怖かった頃…。
 雅と二人組で売ったときに、お客さんに言われた事を、今度は僕が言った。

 あのとき、外で待ってた僕を呼びに来た雅は、こう言ったんだったかな。

「思ったんだけど、あれって、今はいなくても、後から人が来る可能性あるよね」

 結局、心配したような事は起こらなかったけどね。
 お客さんは最初の約束どおり、雅と僕がHしてるのを見て、
 それで自分でするので満足してくれたんだけど。


「じゃあ、僕が先についていきます…」

 亜紀ちゃんが声をかけてきて、考え事から引き戻された。
 僕は亜紀ちゃんを連れて、部屋に入った。

「本当に何もないから、好きなだけ確認していいよ」

 僕はクローゼットも、バスルームの扉も全開にして、亜紀ちゃんを促す。
 ひととおり見て、亜紀ちゃんは、唯ちゃんを呼びにいった。


 なかなか戻ってこないから、帰っちゃったかな、と思った頃、二人が入ってきた。

「ね、何もないでしょ?」

 言ってから、しまった、と思った…。かなり女言葉っぽい。
 もちろん二人は知ってるからいいんだけど、ホテルで人と話すときは、
 そういう言葉遣いになる癖がついちゃったのかなあ。

 とりあえず二人を座らせて、お茶出してあげた。
 やっぱり緊張してるみたいだから、安心させようかな。

「言われる前に言っとくけど、あれ、嘘だから。警察に訴えないでね」

 いきなりそれを言われて、二人は拍子抜けしたような顔してる。
 あれを本気にする方も、どうかと思うんだけどね…。

「そういうわけで、また拓美ちゃんとこに戻って、あの話は嘘らしいです、
 また一緒に明美さんを叩きましょう、って言いにいくといいと思う」
「言わないです…」
「じゃあ寝返るってことかな? だとしたら最低だね」

 二人とも何も言わない。言えないのかな。

「調子に乗って、ノリで他人叩いといて、旗色が悪くなってきたら、
 責任を人に押し付けて、謝りゃ済むって思ってるわけだよね、つまり」
「……」
「今度は、俺と一緒に拓美ちゃん叩く? こっちにつくと、そういう事になるよ。
 俺、今後は、あの子が部室帰りに電車にでも飛び込むまで、本気で追い込むし」

 もうしそうなったとき、僕は、少しは責任感じるかなあ…?
 そんな事考えてたら、今までずっと黙ってた唯ちゃんが、ベソかきだした。

「別に、取り巻きにまで何かするつもりないから、安心していいよ。
 …さすがの柔道部主将も、電車にはかなわないだろうね」


「唯のお父さんは、電車自殺したんですよ!!」

 亜紀ちゃんがいきなり大声をあげた。
 僕は少しだけ、言葉に詰まった…と思う。でも、言った。

「ふーん…羨ましいね」
「え…!?」
「うちの親父、まだ元気に生きてる。だから、羨ましいって…」

 最後まで言い終わる前に、僕は、亜紀ちゃんに殴られた。

 椅子から落ちて倒れてた僕は、まだ拳を握ってる亜紀ちゃんと、
 泣きながら亜紀ちゃんを止める唯ちゃんに言った。

「良かったね、周りに流されるだけじゃなくて、進んで俺を嫌う理由できたじゃん。
 次から思う存分、寄ってたかって、俺の悪口でも言えばいい…」

 何も知らないくせに。僕が父親をどれほど嫌いか、知らないくせに。
 わざわざ他人のために、人を殴れるなんて、幸せだね。
 そう考えると、何だかおかしくなってきた。

「帰れよ…早く帰れ!!」

 上半身を起こして二人をにらみつけて、僕は言った。
 でも二人は帰ろうとしないで、またもとの椅子に座った。

「…唯、タオル濡らして持ってきて」

 そういえば、ずいぶん仲いいな…。できてるのかな?
 こういう状態でも、そんな事考える僕は、やっぱりおかしいかな。

「なんで帰らないんだよ。帰れって言ってるだろ…」
「…まだ、話、終わってないから」

 亜紀ちゃんがそう言ってるとき、唯ちゃんは、僕の顔に、濡れタオルを当ててくれてる。

「明さん、殴ってごめんなさい。でも、唯に謝ってください。
 謝ってくれるまで、絶対帰らないですよ」

 唯ちゃんは、「いいですよ…」とか言ってるけど、亜紀ちゃんが引かない。
 しばらく無言が続いたけど、向こうが何か言ってくる様子は全然ない…。

「…ごめんね」

 殴られたからじゃない。早く帰ってもらうためじゃない。
 指図されたからじゃなくて、自分の良心が少しは痛んだから、謝るんだ。
 そう思い込んで、やっと言った。

「明さん、絶対謝らないと思ってた…」

 亜紀ちゃんは、なぜか驚いたような顔してる。

「話の続きですけど、僕達、もう拓美とはつるまないですよ。
 だからって、明さんの味方もしないですけど…」

 唯ちゃんは、僕の頬にタオルを当てたままうなずいてから、やっとまともに喋った。

「まゆさんに言って、間に合うなら、合宿いこうかと思ってます…」

 今度は亜紀ちゃんがうなずいた。
 僕は、「そっか、人増えると楽しいかもね…」とだけ、返事しといた。


 二人が帰っていったあと、僕は、服を着たまま、ベッドに大の字に寝転がった。
 そうして、いろいろ考えた。

 まさか、帰れと言われても食い下がってくるなんてね。
 変な子だなあ…と思った。実は変なのは僕で、向こうが普通なのかもしれないけど。
 あまり貴子ちゃん突付くと、しまいには、みきちゃんにも、ぶたれたりして。

 …殴られたあと、二人がかりで襲われたら、もっと良かったのに。
 そんなこと思いつくって事は、だいぶ回復してきたって事かな。

 殴られた痛みが消えないうちに…自分でしちゃおうかな。
 自分って本当に最低かも、とか思いながら。



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