ハンマークラヴィア

#1


 もう慣れたはずなのに、裏切られるのって辛いね。
 ああ私は本当に不幸。まさしくこれは、不幸の満漢全席やぁ〜〜!!
 ふふふ。あはははは。

 そう、私は、沈んでなどいない。もう今までの私じゃない。この無限に続く堂々巡りから逃れると決めたのだ。
 決めた。今度こそ決めた。私は女になってやる。この私をずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと……ふう。
 ずっと苦しめてきたこの体と、お別れしてやる。

 もう私の心の中には曇りも雨も雪も砂塵嵐もない。まさしく快晴、地の果てまで照らしつくすお日様のように晴れ渡っている。
 もっと早く、こう決めておけば良かったんだ。でも、止めた人を恨みはしないよ。その人にはその人の考えがあったに違いない。ああ、まるで仏様のような広い心。やはり人は優しさで生きていくべきだったんだ。

 あまり多いとは言えないけど、友達いないことはない。そんなみんなに、決心したぞって報告してみる。反応はさまざま。
「やめといたほうがいいよ」
「がんばってね!」
 大きくこの二つ。前者はノイズとして排除!! 今後会うことも話す事もあるまい。私がより高きへ進むためにはしかたないのです。恨むなとは言わない、言えない。
 病院に行って病気の診断貰えって言う子いたけど、あまり気が進まない。でもなんか変な集まりに誘われた。「なりたい病」の人が集まるんだって。

 行ってみた。思ったほど肩肘張った集まりでもないみたい。具体的に何するところなんだろう、と考えてたら、誘ってきた友達が、誰か連れてきた。
 ……はぁ? 何これ。誰。何者。なんて物。
 醜い。生理的嫌悪感。ブツブツの集合体見たときみたいな気分。背中ぞわぞわする。
 待て私。ここにいるって事は同じ悩みを抱えているんだ。きっと、これから頑張るんだ。そう思うと、ぞわぞわはおさまった。
 ヒゲ残ってるよ。痛いけど抜くといいよ。ちょっとメイク濃いかな。そこはこうしたほうが。 辛いだろうけど、かなりダイエットしないと。私も辛かったんだよー。
 そんな感じで、何をアドバイスしてあげようか、頭の中で考えた。

 考えたのに、なんか、向こうが私にアドバイスしようとしてる。なにそれ。よくわからない横文字だの略称だの並べたり、病院はどこに行ってるのとか聞かれたり。わけわかんない。
 私は助けを求めるように友達の顔を見たら、紹介してくれた。そういえば自分から名乗らなかったよこの人。何様?
 どうも、目の前にいる汚物は、この集まりの偉い人なんだって。何それ。ここの偉さの基準って何? 年齢か?
 少なくとも外見ではないな。こんな妖怪よりよっぽど見目のいい人、ざっと周り見るだけでいっぱいいるというか、むしろこの妖怪は最低レベル。

 こんな妖怪が、どんな有難いお話をしてくれるのかと思えば、パスするためには努力の大切さがどうのこうのと……。
 努力? 何が努力? あんた努力してるの? 家に鏡も体重計もないの?
 だったら一番にすべき努力は、そのへんのもの揃えるだけのお金ためる事だよね。もし鏡や体重計があって、使ったことがあってそんな事言ってるなら、あんた狂ってる。
 あんたがまだしてなくて、簡単で、一番効果のある努力を教えてやろうか。死ぬことだ!

 そう思ったけど、最近広い心を備えた私は口には出さず、はいはいってうなずいてあげた。本当に嫌になるほどよく喋る生き物だ。人間の言葉が喋れるだけの、ただの生き物だ。
 どうでもいいが、いや、よくないんだけど、口くさいよ。ドブの匂いと口臭消しが混ざり合った、本当に気持ち悪いにおいがする。本当に努力してるのこいつ?

 私も10年くらいたったら、こいつみたいになるんだろうか。意地でもなるものか。なりかけただけでも死んでやる。
 だめだ考えるだけで不愉快。その発生源たるこいつは、殺してやりたくなる。
 体調悪いって言って、帰る事にした。もう来るつもりない。

 こんな場所に私を誘った友達にも、なんか悪意でもあるんじゃないかと思えてきた。これは距離置いたほうがいいかな。
 でも、一応病院へ行けというのはきっと悪気なく言ったんだろうし、紹介もしてくれるって言うし、最低限面子潰さないように、一応行ってみるのがいいかな。
 ていうか行きつけのそういう病院、あるんだけど。心のお薬もらいにいくところ。そこじゃだめなのかって聞いたら、だめなんだって。どうも「女の子になりたい病」は専門の場所があるんだとかなんとか。そういうものなのかな。

 約束の時間に行ったのに、30分くらい待たされた。急患でもいたのかなあ、精神科に急患ってあるのかなあ。精神ICUとかあるのかなあ。そんな事考えてたら、やっと呼ばれた。
 ……来ないほうが、ましだったかもしれない。
「病気だと診断してほしかったらしばらく通え」
 こう言うために、30分以上もかけられる才能にむしろ嫉妬する。やっぱ医者は頭の出来が違うのかもね。

 もう確信した。私は病気なんかじゃない。こんなヤブ医者の世話になる必要はない。だって病院って、病人が来たら、すぐにでも治療をはじめるものでしょ? しないじゃん治療。精神科や美容整形には楽して金だけ稼ぎたい奴がウヨウヨいるって聞いたけど、本当にそうなのかもしれない。

 さて現状を分析。変な集まりは不愉快、医者は金の亡者。となると、夢をかなえるための方法は限られる。あんなのには頼らず、きっちりビジネスライクに夢をかなえてくれる人なり組織なりを探して頼ろう。
 幸いにも、すぐ見つかった。やはりあの変な集まりを嫌う人は少なくないみたいで、その線から……。そして思ったより高くない。一ヶ月も待たず、東南アジアに旅行決定。
 あのへんの料理大好きなのよ。辛いの全然大丈夫どころか、むしろどんどん持って来いってかんじで。そういう意味でもすごく楽しみ。体重増えないように気をつけないとね。

 ああ、なんかヤな事思い出した。あの人も辛いの大好きだったなあ。私が泣くたび抱きしめて、お嫁さんにしてくれるって約束してくれた人。
 誕生日に、妙にめかしこんでやってきて、誕生石だよなんて、カーネリアンのオモチャみたいな安っぽい指輪よこしてさ。
 ルビーは無理だったけど受け取ってくれ、なんて言ってさ。貧乏人め。
 それから真っ白い、ちょっと豪華なドレスなんか取り出して見せ付けてきて。ウエディングドレスのつもりだってさ。レンタル。やっぱり貧乏だ。
「神父も来賓も、空き缶くくりつけた車もないけど、いいかな……」なんてかっこつけた事言っちゃってさ。鏡見ろよって感じ。
 でも私、泣き出したよ。嬉しくて嬉しくて、泣いちゃったよ。やっと私は幸せになれるんだ、この人がそばにいてくれたら、私は何にも負けないし何でもできる。そんな事本気で思っちゃった。

 ……まあ、いきなり連絡取れなくなったと思ったら、あの人は結婚して引っ越した、なんて噂聞いたんだけど。
 地の果てまで探して、殺しに行こうと思った。むしろ今でも殺したいし、とりあえず2、3回刺しても罰は当たらないと信じてる。おだやかでないなと自分でも思うけど、きっと私を責めない人もいるよね?

 やめよう。いったん忘れて、頭を切り替えよう。
 前は無理だったけど、今はこれができるようになった。薬変えてもらったのが良かったのかな。
 楽しい事を考えよう……。一ヶ月もしないうちに、自分がどうなるのか、どうなれるのか。怖いといえば怖いけど、楽しみのほうが大きい。



To be continued


[Next]

[menu]