ル・ギャルソンヌ



 女の子になりたい。とっても可愛い、女の子に生まれ変わりたい……。
 僕がこんな事を思うようになったのは、いつからだろう?
 そんなに昔のことじゃない。確か、まわりの女の子が、どんどん可愛い恰好をするようになったころ。僕は女の子を見て、羨ましいと思ったんだ。

「僕も、かわいらしい恰好がしたいな」
 そんなことをなにげなく親に言ったら、怒られた。
 なんで、女の子は可愛い恰好をしていいのに、男の子は駄目なんだろう。
 ……不公平だ。そう思うよね?
 でもしかたないから、僕は言う事を聞いて、可愛い恰好は諦めたんだ。
 女の子だけに認められた特権なのかな、そういうのは…なんて考えて。

 でも僕は、高校を出て一人暮らしをはじめてから、「私」になった。
 体は全然変わってない。あまり筋肉をつけないようにとか、そういう努力はしてるんだけども、何より私には、まだ男の子の証拠がある。
 でも私は、もう女の子なんだ。もっとかわいくなりたい。もっと。

 たまに私は、女の子のような恰好をしている自分に興奮しちゃうことがあった。
 ……そんなの、いけない事だと思う。私が女の子の恰好をしてるのは、当然の事なのに。でも「僕」が、それを我慢できなかったんだと思う。
 「私」は必死で抵抗するけど、自分にかなうはずもない。そうだよね。
 鏡の中で必死に抗う自分に対して、僕はすごく興奮するんだ。

 「僕」の感情が通り過ぎたあとに残されるのは、べたついたパンツと、なんとも言いようのない自己嫌悪、虚脱感……。
 こんなことを繰り返すうち、「僕」は、あまり姿を見せなくなっていって、私は、だんだん、「本当の私」になっていった。

 私は男の人に抱かれるけど、別に自分をホモだなんて思ってない。
 だって私は女の子なんだから、男の人に抱かれるのは当然だと思ってる。
 でもみんな、私の男の証拠を触りたがる。そのうえ、私の精液を見たがる。
 私はそれを見られたりするのが、すごく恥ずかしいのに。
 ……私を抱く人は、みんな、私が本当は男だってわかってる人ばかり。
 せめて、「女の子のように扱ってくれる人」がいればいいと思うようにしてる。

 本当に女の子だと思って声をかけてくれる人は、たまにいるけど、でも、そういう人は、みんな逃げちゃうんだ。ぶたれる事すらある。
 私の事をぶったり、さんざんおかま呼ばわりして、帰っちゃう。

 どこまでも本当に女の子になれば、こんなことはなくなるのかな?
 いっそ、私の男の証拠を、手術して取ってしまえば……。
 でもはっきりいって、少し不安。私は一人Hするとき、どうしてもそっちに頼ってしまうから。なくなったら、後ろがもっと気持ち良くなるのかな。
 それとも、新しく開けるところかな。どうなんだろう?
 こんなことばかり、考えてた。ずーっと、飽きもせずに。
 でも今は、ひとつ考えが浮かんで、悩みのほとんどはなくなった。

 私は自分を、3番目の新しい性別だって、勝手に決めたんだ。
 生物学的には男。これはしかたない。実際、私の精子を女性に入れたら子供ができるはずだから。男の人の精子を私に入れても子供はできないだろうし。
 でも私は、女なんだ。可愛い恰好がしたいし、別に意識せず、いたって自然に男性に抱かれたいと思ってるし、できれば、好きな人の子供を産みたいくらい。

 私の性別の呼び名は、考えてない。世間一般では色々な呼び名があると思うけど、自分自信では、どれも気に入らないから、どれとも名乗らない。
 他の人にどう呼ばれようと、私は気にしない事にする。

 でもこれって、現実逃避でしかないのかな?
 完全な女の子になれないから、自分勝手な事を言ってるだけかもしれないけど。

 ここまで考えた時、私は、自分が抱かれている事を思い出した。
 私を女の子として扱ってくれてて、ついでに、とても優しい人だ。
「ねえ、何かあったの? ぼーっとして」
 その人は、私のぺたんこの胸(最近、やっと少し感じるようになった)から顔を離して、心配そうに私の顔を見ながら言った。
「……ううん、ごめんね。なんでもないの」
 女の子の言葉を喋りながら、私は、目の前にある快感に身を任せる事にした。
 この、快感を求める心理には、まだ「僕」が関わってるのが、少し不満だけど。
 私は、この人の子供なら産んでもいいかな、と思う。
 でも、こう思ったのは何人目だか覚えてない。我ながら気が多いこと。

 子供なんかできるはずがないHが終わって、私は、その人に言った。
 私がいままで、誰に何度言ったのかも覚えてない言葉。
「私の事、好き……?」
「大好きだよ。嫌いだったら、こんなことしないよ」
 いくつか考えた予想通りの答が、正しく返ってきた。
 私は、次の言葉、今まで一度も言ったことのない言葉を出してみた。
「私にも、赤ちゃんが産めたらいいのにね」
 その人は、私の頬に手を当てて、複雑な表情になった。
「俺も、産んでほしいよ。でも君は、子供が産めない病気だからね」
「……」
「いつか病気が治ったら、産んでくれればいいよ……名前、決めようか?」
 私は、おかしくなって笑ってしまった。相手もつられて笑った。
 笑ってるうちに、なんだか、悲しくもないのに涙が出てきた。
 なんで私、泣いてるんだろう。ぜんぜん、理由がわからないよ…。

 私は、泣きながらいろんな事を口走ったと思う。女の子になりたかった事、でも私は「僕」から逃げられない事、いろんな事を言ったと思う。
 少しでも自分が女の子だと思えるように男に抱かれてるだけなのか、それとも本当に相手が好きで抱かれてるのか、よくわからないこと……。
 きっと幻滅された。そう思うと今度は本当に悲しくなっちゃった。
 でも相手は、私を強く抱きしめると同時に、信じられない言葉を発した。
「もっと自信持ちなよ。なんであれ、俺は大好きだよ」
 泣いている私を、黙ってずっと抱きしめてくれている人がいる。
 きっと、私の事を大切に思っててくれている。

 これで十分だよね、きっと。

<おわり>

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