悪い子・2


 自分を壊したい。ボロボロに壊してやりたい。
 あの人は、滅茶苦茶になった僕の残骸を見て、少しは悲しむかな?
 …もしかしたら、笑われるかもしれないね。

 うん、僕がいくら傷ついても、たとえ壊れても、痛くもかゆくもないはずだ。
 それどころか、きっと、おかしくてたまらないはずだ。
 だから僕と一緒に、貴方も、壊してやる。滅茶苦茶にしてやる。

 「お前みたいな変態なガキの、親の顔が見てみたい」って言葉は、最高に興奮する。
 見てやってほしいな。そして、今僕にしてるように、思い切り馬鹿にしてやってほしい。
 そうしてくれたら、もっといっぱい、大サービスしちゃうから。

「もし、僕の父さん殺してくれたら、僕、一生あなたの奴隷になってもいいよ?」

 お客さんに、幾度となく言った言葉。もちろん、みんな笑い飛ばすだけで、
 実行してくれた人は一人もいない。僕は本気で言ってるのにね。
 親は大事にしろとか、くだらない説教してきた人もたまにいたくらいだ。
 情けない声上げながら、高校生の、しかも女の子のかっこうはしてても、男の口の中に
 臭ーい精液いっぱい出してた人が、一体何を偉そうな事言ってるんだろう。
 大事にしろとは言うけど、子供にそんな事して、その親に、申し訳は立つのかな?


「おじさん、多分、買う相手の選択、間違えたと思いますよ…」

 ついついこんな事を口に出しちゃうくらい、今日の相手は最悪。
 お金出してるのに、一体なにを遠慮してるんだろうって思うくらいに、
 やたら僕に気を使ってるというか…。

「もっと本気でいじめていいのに。殴っても蹴っても、首しめてもいいのに」

 …本当に最悪。運がいいと、ここまで言われて腹でも立てて、やっと本気で
 色々してくれる人もいるのに、よりによって、今日の人は萎縮しちゃったみたい。

 それでも、お金はやっぱり欲しいから、僕は気分を切り替えて、
 「じゃあそういうのじゃなくって、普通のHでいいんですか?」なんて、
 本当はいじめられるのは嫌だったみたいに装う事にした。


 本当に普通だった。この上ないくらい普通。
 …このごろ、本当についてないなあ。

 お仕事が終わって、僕はいつもみたいに、ベッドにあおむけになってた。
 今日はめんどくさいから、脱がされた服も着なおさないで、そのまま。
 お客さんは適当に送り出して、出されたものの始末もしてない。

 そんな姿で、ぼーっと上向いて転がってる僕の姿を、第三者の目で想像してみる。
 まるでレイプでもされて、相手がそのまま逃げて打ち捨てられたみたい。
 もし、そんな僕を見つけても、助け起こしたりしたら怒るからね。
 じゃあどうすればいいか、って質問する人は、やっぱり僕とは相性悪いんじゃないかな。

 僕はしばらく、そのままの状態で考え事してたけど、
 想像の中で4人目が終わった頃、さすがに飽きてきた。


 シャワー浴びて、体を洗い終えて、出会いサイトに書き込み中。
 このあいだ買った、すごく小さいノートパソコン。正式には何て言うんだったかな?
 まあいいや。とりあえずそれ、結構調子いいみたい。

 いつも同じ所に書いてると、前に相性が悪かった人からまたメールがきたり、
 「いつも出してるんだから困ってるんだろう」みたいな、良くわからない誤解をする人が
 いるから、基本的に毎回書き込む所は変えてる。

 それにしてもこのごろ本当に、あまりいい人いないなあ…改めて思った。
 最初からSM系の場所にでも書けばいいのかもしれないけど、
 ああいう場所は、はずれを引いたときのレベルも、想像を絶するものがあるから。


 一応書き込みは済ませて、僕はふと、また考え事をはじめた。
 まだ夕方にもなってないし、夏休みだから、時間の余裕は結構あるよね…。
 …考えた後、僕は携帯の通話ボタンを押して、押しなれた番号を押した。

「もしもしー。今日はどうしたの?」

 番号通知でかけたから、相手は、電話に出るなり、誰だかも確認せずに話をはじめる。

「分かってるくせに」
「…すぐ行って、大丈夫?」

 僕の用件を察知するなり、電話相手の語り口が変わる。

「すぐ来てほしいな。できるだけ早く」
「うん。待っててね」


 電話相手が到着するまでの間に、僕は準備をしとかないといけない。
 いつもクラブでやってるみたいに、服を着て、軽く化粧して…。
 たまに、30分もかからずに来るんだよね。まるで、僕が電話して呼ぶのを
 前もって知ってたみたいに…。


 1時間たったか、たたないか、くらいかな…部屋に備え付けの電話が鳴った。
 電話はフロントからで、面会の人が来ました、面会は何時までですよ、っていう
 いたって事務的な内容だった。それを聞いて僕は、鍵を開けて待つ。

 ドアが開くまで、なんだか、すごく長い時間、待たされたような気がした。
 実際には5分もたってないと思うんだけどね。


「ちゃんと、用意して待ってたんだね」

 ドアを開けて入ってきた電話相手は、僕を見て嬉しそうに言った。

「兄ちゃん、そうしてると、やっぱりけっこう綺麗だよね」


 いつだったっけかな、光にばれちゃったの。
 両親との仲は高校入ってから最悪だったけど、弟とは、うまくやってるつもりだった。
 …これで、家族全員、もう駄目になっちゃったかな、って思ったけど、違った。

 いきなり入ってきた光に気付いて、自分が手に持ってる女物の服について、
 どう言い訳しようか考え始めるなり、光は言った。

「知ってたから、そんなに焦らないでいいのに」

 まだ、「変態!!」とか罵られた方が、ましだったかもしれない。
 僕にMっ気があることとは、関係なく。そう言われる心の準備してたから、
 拍子抜けというか…。


「どうしたの? また考え事?」

 光は、ベッドに座ってる僕の横、かなり近すぎる距離に座った。
 そして周りの様子を見回すと、少し呆れたような顔をする。

「また今日も、やったんだ…?」
「うん」
「……」

 光はしばらく黙り込んだ後、口を開いた。

「エイズ検査とか、受けてる?」
「受けてないよ」

 またお互い黙っちゃったから、今度は僕の方から話した。

「エイズになったら、とりあえず父さん殺して、それから自殺しようかな。
 それとも、息子の育て方を間違えて、しまいにエイズで死なせた親だって、
 ずーっと恥かかせるようにしてやろうかな…」
「エイズ、ならないでね」
「…なんで?」
「嫌だから」

 また「なんで?」って同じ事言うのも芸がないな、とか考えてると、
 光のほうが、同じ事繰り返してきた。

「嫌だから。とにかく嫌だから、ならないでね」
「ならずにすんだら、そりゃそのほうがいいと思うね」

 光はしばらく、心配と呆れたのが混ざったような顔で、黙って僕を見てたけど、
 一度ため息をついてから、今までよりももっと距離を縮めてきた。

「せっかく心配してるのに、本当に可愛くないよね」

 もうほとんど密着状態の光が、僕の耳元でそうささやいたとき、
 僕は、まるで背筋に電気が走ったような感じがした。

「可愛くないから、僕は今日は、このまま帰っちゃおうかな?」
「やだ。帰らないで」
「帰ってほしくなかったら、どうするの?」
「一緒にいて…ください」
「なんで、弟に敬語なんて使うの? 上から言えばいいのに」

 もう僕には、光の言ってる事はあまり聞こえてない。
 今日の相手がつまらなかったからかな、いつもより、ずっと頭が熱くなって…。

「じゃあ、もう少し一緒にいてあげるけど…何もしてあげないからね。
 だって今さっきまで、知らない人の相手してたんだよね。汚いじゃん」

 光は、僕の伸ばした手をどかしながら、意地悪く笑って、もっと続けてくる。

「最低とか汚いとか、言われると嬉しいんだよね? 変なの。
 それだけじゃなくて、弟相手に、Hな事…したいどころか、されたいんだよね。
 最低で、汚くて、大変態だよ」
「変態だもん」
「なんでそんなの、自分が変態だなんて、威張って言えるの…?
 それに、やっぱり、こんな悪口言われて嬉しいんだね」

 言い終わる前に、光は、僕のスカートの中に乱暴に手をつっこんできてた。
 …多分、その中は、光の想像どおりの状態だったと思う。

「あ、また剃ってるんだ」
「うん」
「誰かに剃られたの? それとも、自分で?」
「…自分で」
「最低ー」

 光は笑いながら、スカートの中で大きくなっていたものを、指ではじいた。
 音がするくらい力いっぱい。
 僕は痛みに思わず悲鳴をあげちゃったけど、光は全然気にしてないみたいで、

「なんかついちゃった。どうしようかな」

 って言ってるだけ。

 どうすればいいかなんて、決まってる。
 僕はすぐに光の手に顔を寄せて、「なんかついた」場所を舐めはじめた。

「もういいよ」

 って言われたけど、僕は聞こえないふりをして、光の指を一本一本、丹念に舐めていく。

「もういってば。だって、つい今さっきまで、どっかのオジサンの…なめてたんでしょ?
 そんな汚い舌でなめられても、きれいにならないと思うし」

 光は、僕が舐めていた手を引っ込めて、自分が持ってたハンカチでぬぐう。

「なんで、こんなに言われても、怒んないの? 小学生のころとか、
 僕がなんか言うと、すぐぶったのにね」
「……」
「こんな悪口言われるのが大好きな、変態になっちゃったんだよね?」

 うなずく僕の頭を、光がなでてくれた。
 僕は頭をなでられるのが大嫌いだって、知ってるはずだけど。

「あ、嫌そうな顔してる。嫌ならしないよ、二度と…」
「意地悪…」
「意地悪されるのが大好きなんだから、いいじゃん」

 光は、僕に意地悪を言うのが本当に楽しそうに笑ってたけど、
 壁にかかってる時計に目をやると、急に真顔に戻った。

「で、もう今日は「終了」でいい? 今日は外食だから、そろそろ行かないと」
「えー」
「ほんとにごめんー」
「うん…」

 帰ろうかな、帰らないで、のやりとりで、本当に用があるのか意地悪で言ってるのか、
 判断がつかない事も結構あったから、本当に帰るときは「終了」って言うようにしてる。
 確かこれ決めたのは、光のほうだった。

 終了宣言のあとは、光は、いつも、意地悪なご主人様をやめる。
 そうなるとあとは、まあ普通に兄弟の会話。

「兄ちゃんも呼ぼうよ、って言ったんだけどね…」
「どうせ駄目って言われたろ。もし呼ばれても、行かないし」
「……」
「まあ、呼ぼうって言ってくれたなら、ありがと」


「あ…今日はいらない。ちゃんとしてあげなかったから」

 光は、僕がカバンの中を探りだすと、何をしようとしてるか気づいたらしい。
 毎回呼ぶたびに、いくらかのお小遣いをあげてるんだけど。

「いいから。なんか欲しいゲーム色々出るって言ってたじゃん」
「模試の結果悪かったから、本体しまわれちゃった…」
「ならいっそ、余計にあげるから、本体ごと買っちゃえばいい」
「それを家に持って帰って、部屋に置く、僕の事も考えてよ。
 とにかく今日は、お金くれなくていいからね」

 光は、なぜか、僕からお金を貰うのを嫌がることがある。
 どんな手段で手に入れようと、綺麗だろうと汚れてようと、お金はお金なのにね。
 売春で貰った金では物を売りません、なんて店は聞いたことがない。

 僕は結局、光にむりやり幾らか押し付けて帰らせた。
 いらないとか言いながら、貰えば結局買い物とかして使ってるんだから。


 また僕は、ホテルの部屋で一人ぼっち。でも別に寂しくない。
 ベッドにあおむけに転がって、天井をながめてる。

 このごろいつも、こうやって考え事ばっかりしてる気がする。
 こんな考え事をしなくてもいいくらい、滅茶苦茶な状態になってみたい。
 やっぱり怖いのかな。
 なろうと思えば、すぐになれるはずなのに。


    僕を気持ちよくしてください。滅茶苦茶に気持ちよくしてください。
    いじめてください。踏みにじってください。汚してください。
    あなたが人間である必要はありません。生き物でなくてもいいです。
    言葉さえ通じれば、または僕の心の中が読めれば、なんでもいいです。
    でも心のつながりなんて求めないでください。
    僕はただ、あなたを気持ちよくする道具になりたい。
    あなたも、ただ僕を気持ちよくする道具になってください。


 僕は、出会いサイトに書き込もうと思った文章を、やっぱり消去した。
 いくらなんでも、わがまますぎるかな、って思って。


 そのまま、うとうとしてたら電話が鳴った。雅からだ。
 合宿の準備とか色々するから部室まで来いって。そういえばあさってから合宿だ。

 またシャワー浴びて、普通の男のかっこに着替えて、荷物まとめて。
 合宿中は、荷物は部室で預かってもらおうかな。

 部室につくまで、僕は、さっきの文面をどう改正するか考えてた。
 でも結局、あまりいい案は浮かばなかった…。
 雅にでも相談してみようかな。たぶん笑われるか呆れられるか、だろうけど…。



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