題「贈り物」 | |
11月も中旬を迎え、木枯らしが吹く寒い朝、行き交う人々の息は白い。 「さむ…」 鼻先をマフラーに埋め、呟く一護。 目の前を歩く見覚えのある長身の男子はブレザーのみである。 「はよーっす、先輩」 「おう」 振り向き、真っ白な息を出しながら平然としているのは二つ上の学年の更木先輩だ。 「先輩…、見てるこっちが寒いんですけど…」 「あ?知るか、そんなもん」 「風邪引かないでくださいよ?」 「…ふん」 「んもー…」 そんな話をしながら登校する二人。 12日の土曜日に買い物に出かけた一護。 「寒くねえ」と言い張る先輩に、これは自分では用意しないなと思った一護は自分で用意しようと考えた。 「どんなのが良いかな…?」 ウールタッチの柔らかいのが良いか。色は?あんまり派手なのは嫌がりそうだなぁ。 あ、これなんか落ち着いた感じで良いかも。要らないって言われたら俺が使えばいいし…。 紺色のマフラーを購入した一護。 その帰り道で偶然、先輩とやちるに遭遇した。 「あっ!いっちーだ!」 「あん?」 「あ!先輩!やちるも!」 綺麗な着物に着飾ったやちると私服の先輩。相変わらず薄着だ。 「こんにちわ。七五三っすか?」 「ああ」 「うん!今ね、お参りに行ってきたの!」 「へえ!そうなんだ。おめでとう。着物も良く似合ってるぞ。すごく綺麗だ」 「ありがと!ちとせアメも買ってもらったよ!」 嬉しそうに見せてくれた。 「ふふ!良かったな。あ、写真撮っても良いか?」 「いいよ!」 スマホのカメラをやちるに向ける。 先輩とやちる。俺とやちる。やちるを真ん中に俺と先輩3人での写真を撮った。 「じゃあな、やちる。先輩、また月曜に学校で」 「おう」 「じゃあね!いっちー、また遊びに来てね!」 「またな」 と手を振って別れた。 週明けの冷え込んだ日の放課後。やっぱり薄着の先輩に一護がキレた。 「なんっでこんな寒いのにそんな薄着なんだよ!」 「別に寒くねえからな」 「鼻の頭真っ赤にして説得力ねえよ!あんたがこうってまさか、やちるの防寒着は?」 「俺もあいつも風邪引いたことねぇからな…」 「アホか!この間、見舞いに行ったのは誰でしたっけねぇ!俺です!小さいから気が付いてないだけかも知れねぇだろうが!」 「ずび…」 「ほらぁ」 「ふん…」 「なんか温かい物飲みましょ」 自販機で温かい飲み物を買う二人。 剣八は微糖コーヒー、一護はココアを買った。 「お前よくそんな甘ぇもん飲めるな」 「いいでしょ別に。チョコ好きなんですよ」 「ふ〜ん」 何度か同じやり取りを繰り返す二人が居た。 週末の放課後。 「先輩。部活帰りですか?」 「黒崎か。おう」 「お疲れ様です。先輩に渡したい物があるんですけど…」 一護は用意していた袋を剣八に渡した。 「なんだよ?」 がさがさと中身を取り出した。 「マフラー?」 「はい。結構寒くなってきましたからね。気に入るか分かんないですけど、先輩に合う色探したんですよ?」 紺色のウールタッチの柔らかいマフラーが出てきた。 「…寒くねえっつってんだろ」 「毎朝鼻の頭真っ赤にしてずびずび言わせてるでしょ!風邪引いてからじゃ遅いんですよ?」 眉間に皺を寄せ唸る先輩。 「先輩が熱出したらやちる一人じゃ大変でしょ。卯ノ花先生だって四六時中居る訳じゃないんでしょ?」 「当たり前だ。気持ち悪いこと言うな」 何故か食い気味で即答された。 「お、おう?じゃあ大人しく風邪引かないようにマフラー巻いてくださいよ」 「むうぅ…」 渋る先輩の手からマフラーを取ると広げる一護。 「先輩が倒れたら『腹の底が冷える』思いをやちるがするんですよ?」 と言えば先輩は大人しくマフラーを巻かれた。 先輩の首にふんわりと巻いた一護。 首元にふんわりと巻かれたマフラーを指先で弄る剣八。 (あったけえな) 「あ、良かった。似合ってる…」 「うん?」 そこへ帰り支度を終えた一角と弓親が合流した。 「お待たせしました!隊長!」 「おや、誕生日プレゼントかい?やるねぇ」 「え?」 「え?って何だい?」 「先輩、誕生日だったんですか?」 「明日だけどな」 「え?なに、知らないでやってたの?なんなの?君ら二人」 「いや、見てる方が寒いから…」 「だとよ」 「ああ…そう…」 何故か盛大に呆れられた。解せぬ。 その日の夜、先輩から電話が掛かってきた。 「黒崎、明日暇か?」 「特に予定は無いですけど、どうかしました?」 「こないだお前に会ってやちるがはしゃいでな。明日家に呼べってうるせえんだよ」 「でも明日って先輩の誕生日っすよね?俺が行っても良いんです?」 「あ〜…、ぶっちゃけそれに呼びてえんだろうな、あいつは。…来るか?」 「行きます」 「なんも持って来なくていいぞ。身一つで来いよ」 「え、いや!誕生日なのに!」 「てめえにゃもう貰ってんだろうが」 「あれは!」 「どうせお前以外来ねえんだ。気にすんなよ」 「うう〜…。明日は何時に伺えばいいでしょう?」 「何時でもいい。好きな時間に来いよ」 「え〜、あ、やちるに渡したい物もあるし、久しぶりに遊びたいんで昼過ぎでも良いっすか?」 「ああ、構わねえよ」 「じゃ、13時ごろに伺いますね」 「おう」 19日13時。 五分前に先輩宅のマンションに着いた。手土産にシャンメリーを2本持って行った。 13階建てマンションの11階に先輩は住んでる。1階のインターホンを押せばすぐに応答が来た。 「やっほー!いっちー!すぐ開けるね!」 元気なやちるの声が聞こえてきて思わず頬が緩む。 エレベーターに乗って11階へ。 「いらっしゃい!いっちー!」 「こんにちわ。元気そうだな、やちる」 「元気だよー!入って入って!」 「お邪魔します」 「おう、来たか」 「こんちわ。先輩、誕生日おめでとうございます」 「ああ、あんがとよ。何持ってきたんだ?」 「あ、これ。シャンメリーです。どうぞ」 「いいっつたのによ。あとで飲もうぜ」 受け取ったシャンメリーを冷蔵庫へ入れる剣八。 久しぶりに一護に会ったやちるは嬉しそうに最近あった事を報告している。 「ああ、そうだ。やちるに渡す物があったんだ」 「なあに?」 カバンから封筒を取り出し、やちるに渡す。 「? なんだろー?」 封筒から取り出したのは3枚の写真だった。 「あっ!これ七五三の時の写真だ!」 「あん?」 「剣ちゃん!これ!こないだいっちーが撮ってくれた写真だよ!」 「ああ、あんときのか」 「ありがと!いっちー!」 そんなこんなで楽しい時間はあっという間に過ぎていった。 「もうこんな時間か…」 剣八が時計を見て呟いた。 「え?もう5時過ぎ?」 「メシどうすっかな…」 「あの…今日の夕飯、俺で良ければ作りますよ」 「は…?」 「あ、もう予定とかありました?」 「いや、なんも無えけどよ…」 「何作ります?ちょっとは作れるもの増えたんですよ」 「へえ…。なんか肉料理」 「あ、最近ハンバーグ作りましたよ」 「んじゃそれ」 「ハンバーグ!食べたい!」 「先輩のは大きいのを作りましょう。誕生日だし」 「じゃあ買い出し行くか」 「わーい!」 3人で近くのスーパーへ買い物に行った。 「合い挽きとパン粉とキャベツ…。先輩、卵ありました?」 「ああ」 「じゃあいいか。牛乳と…」 カゴに入れていく。 「いっちーハンバーグ作れるなんてすごいね!」 「ふっふっふー。ちゃんと特訓したんだぞー」 「へえ、期待してんぜ?」 「ぐ、ハードル上げないで!」 レジでお金を払う剣八。 「俺も出します!」 「てめえはメシ作るんだろうが。下がってろ」 「でも今日は先輩の…」 「関係ねえよ。大体ほとんど俺らが食ってんだろうが」 「う〜…」 ぷく!っと膨れる一護の頭をぽんぽん撫で、家路を急ぐ。 買い物を終え、帰宅した一行。 「たっだいまー!」 と元気よく言ったやちるがくるりと振り返り、 「お帰りなさい!剣ちゃん、いっちー!」 と二人を迎えた。 「ただいま、やちる」 「おう」 荷物をキッチンに運ぶとさっそく料理に取り掛かる一護。 「いっちー、見ててもいい?」 「良いけど、玉ねぎ刻んでる時はちょっと離れろよ?目に染みるかもしれないからな」 「わかった!」 料理をしている一護とそれを見ているやちるを残し、出かける剣八。 「あ、剣ちゃん、あれ買いに行ったのかな?」 「どうした?」 「なんでもないよ〜」 数分後に帰宅した剣八。 のっそりとキッチンに入ると冷蔵庫に何かを入れた。 「お帰り、剣ちゃん」 小さく声を掛けるやちる。 「おう」 一護は大量の挽肉を捏ねていて気付いていない。その後ろ姿を見て、ふっと笑うとリビングに戻った剣八。 テレビを見ていると肉の焼ける音と匂いがリビングにまで届いた。 「お…、美味そうな匂いだな」 テーブルの上を片づけ、キッチンに行く。 「おい、なんか手伝うぞ」 「あ!先輩。今日の主役なんだから休んでても」 「暇なんだよ」 「じゃあ、お皿を出してくれますか」 「おう」 食器を用意する剣八。 「またエライ量だな…」 「ふふ、先輩のは大きめにしてますよ」 「そうかよ」 「良いな〜、剣ちゃん」 「今日は先輩の誕生日だからな」 「じゃあ、あたしの時も作ってね!」 「え、良いのか?俺の料理で?」 「いっちーのご飯がいい!」 「お!じゃあ、約束な!誕生日がいつか後で教えてくれ」 「わあい!やったぁ!」 無言でやちるの頭をぽんぽん撫でる剣八。 料理が出来たのでリビングに運んでいく。 「そんな豪華じゃないですけど」 剣八の皿には大きめのハンバーグを2つ。一つには目玉焼きが乗っていた。 やちるのハンバーグにも目玉焼きを乗せていた。 具だくさんの味噌汁と大盛りのご飯。 「あとなんか、野菜のおかずが出来れば良かったんですけど」 出来なかったのでそれぞれのハンバーグの下にはキャベツの千切りが多めに盛られていた。 「これだけあったら良いだろ。早く食うぞ」 「食べた〜い!」 「はいはい。じゃ、いただきます」 「「いただきます!」」 一護がハンバーグを1/3食べていると剣八がおかわりに立った。 「え、はや…」 と呟いているとやちるもおかわりに立った。 「え!」 そんな二人の食べっぷりに嬉しくなる一護。 「やちる、ほっぺに付いてるぞ」 「ん〜?」 口いっぱいご飯をもぐもぐさせているやちるの頬に付いたご飯粒を取って口に運んだ一護。 ごっくんと口の中のものを飲み込んで礼を言った。 「ありがと!いっちー!」 そしておかわりに立つ剣八。 「美味しそうに食べてくれて嬉しいです」 「あ?実際美味いからな」 わぐ!とハンバーグを口に入れ、さらにご飯を食べる剣八。モグモグと咀嚼する姿は豪快だが所作が綺麗だった。 そう言えばやちるも綺麗に食べるなぁと考えているうちに食べ終わった一護。 「ごちそう様でした」 「え、いっちーもう食べ終わったの?お腹いっぱい?」 「ああ、たくさん食べたからな」 食器をキッチンに持っていこうと席を立つ一護。 「あ、先輩にも付いてますよ」 「あ?」 ついっと手を伸ばし、その頬に付いたご飯粒を取った一護。 「ああ、悪いな…、あ?」 指先に付いたご飯粒をそのまま口に入れた一護。 「なんすか?」 「いや…なんでもねぇ」 「?食器、水につけて来ますね」 そう言うとキッチンに消えた。何となく触れられた頬がじんじんしているように感じる剣八がそこを掻いた。 「なんかさ…いっちーって、なんか、おかあさんみたい」 やちるがぽつりと言った。ああ…。と納得した剣八。 二人が食べ終わるのと一護がお茶を持ってきたのは同時だった。 「あ、ちょうど食べ終わったんすね。お茶です」 と渡されるお茶を啜る剣八とやちる。 「また見事に何も残さず食べましたねぇ」 笑いながら食器を片づける一護。 「置いとけ、自分でやる」 「今日は誕生日なんだから良いんです。なっ、やちる?」 「そうだよー!」 自分の食器を一緒に持っていくやちる。 「ったく…!」 なんだか甘やかされているようで落ち着かない剣八。キッチンからは洗い物の音がしている。 「落ち着かねえなぁ…」 今までも誕生日を迎えてきた。そのどれも身内に祝われてきたが何の感慨も沸かなかった。今の変化に戸惑う剣八。 ずず…と茶を啜る。 「なんだかなぁ…」 と呟いているとやちるが、 「剣ちゃん!ケーキ食べよ!」 と言ってきた。 「ああ」 と返せば一護が驚いた顔をしていた。 「なんだ?」 「いや、まだ入るんだと思って…」 「小せえもんだし、いけるだろ」 のそりと立ち上がり、キッチンへ行くと冷蔵庫からケーキを取り出した。 それはコンビニで売っているショートケーキだった。苺のショートケーキとチョコレートケーキの2種類。 「そんなに食わねえから丁度いい量なんだよな」 「ケーキ!ケーキ!」 「あ、手伝います!」 「おお、そこに入ってる皿を3枚くれ」 「これで良いっすか?」 「おう」 出された皿にケーキを乗せていく剣八。 「黒崎、お前チョコ好きだったな」 とチョコケーキを差し出す。 「え、あ、ありがとうございます」 「あたしもいっちーと一緒の食べる!」 「へいへい」 一切れ残ったケーキは明日やちるが食べるだろうと冷蔵庫にしまう。 「あ、なんか飲み物でも」 「そこの棚にインスタントコーヒーが入ってるから頼むわ」 「はい!」 お湯を沸かす一護、カップを出すやちる。 「先輩、ミルクとかは?」 「自分でやるからいい」 「はい。やちるは?」 「寝なくなるから牛乳にしてくれ」 「あ、じゃあホットミルクにするか?やちる」 「うん!」 剣八にブラック、自分にカフェオレ、やちるには甘めのホットミルクを作った一護。 ブラックに少しの砂糖と牛乳を入れる剣八。 3人でリビングに戻り、テーブルに着く。 「じゃあ、改めて。先輩、誕生日おめでとうございます!」 「おめでとー!剣ちゃん!」 「ん。あんがとよ」 3人でケーキを食べる。 剣八のケーキは真っ白な生クリームにツヤツヤした真っ赤な苺が乗ったショートケーキ。 一護とやちるはチョコレートクリームに真っ赤な苺が挑発的に乗ったチョコケーキ。 「おいしいねぇ!」 「うん。美味しいな」 そんな二人を見ながら自分のケーキを食べる剣八。 「美味いな…」 ぽつりと呟くと最後に残った苺を口にした。 ケーキも食べ終わり、時計を見ればもう夜の9時。もうそろそろ帰ると一護が言うと 「え!やだやだやだやだ!もっと居て!お泊りしようよ!」 「え、いや急に言われても」 困惑顔の一護。そこへ剣八が、 「こっから帰るってなるとバス待ってる時間もあるだろ。余計危ねえだろ。泊ってけよ」 「先輩まで…」 「てめえの下着も歯ブラシもあるんだから困んねえだろうがよ」 「持って帰るの忘れてただけですよ!家に連絡入れます」 そう言って家に連絡する一護。親父が出て快諾された。 『いいぞ!そうなると思ってからな!』 「なんで?」 「どうだった?」 「…快諾されました」 「ほおん。じゃ風呂入って来いよ」 「あたしも!あたしも一緒に入る!」 ぴょんぴょん飛び跳ねて強請るやちる。 「いや、先輩が先に入ってくださいよ。毎回俺が先じゃないっすか」 「後の方が落ち着いて入れるからその方が良いんだよ」 と言われ、いつもやちると入ってるんだと気付いた。 「じゃあ、お言葉に甘えます。やちる、行こっか」 「は〜い!あ!そうだ!いっちーのパジャマあるよ!」 「え?なんで?」 「お泊まりしてくれるから!」 「俺の服じゃデケエだろ」 「あざっす」 冬用のふわふわしたグレーのパジャマを持ってきたやちる。 「これ〜!あたしが選んだんだよ!」 手触りでこれはすごく良いやつなのでは?と過ぎったが、 「おら、さっさと入ってこい」 とタオルと下着を渡され、やちると一緒に風呂場へ追い立てられた。 風呂場に入ると以前買ったシャンプーがまだ残ってた。 「なあ、やちる。いつもは何で髪の毛洗ってるんだ?」 「せっけん!」 「シャンプーじゃないんだ?」 「そうだよー。なんで?」 「いや…。明日買いに行こうか?」 「シャンプー?」 「うん」 「行くー!」 はしゃぐやちるの髪を洗ってやる一護。 風呂から上がり、着替えると先輩に訊いてみた。 「先輩。髪は何で洗ってます?」 「あん?石鹸」 「はい!先輩のシャンプーも買いまーす!」 「なんだぁ?」 「明日!二人のシャンプー買いに行きますからね!前から見ないとは思ってましたけど!」 「要らねえよ、そんなもん」 「やちるは!女の子です!」 「わぁった、わぁったよ。明日な」 「約束ですからね!」 ぷんすこ怒りながらやちるの髪を乾かすために戻っていった一護。 「…ふわふわの恰好で怒られても可愛いだけなんだよなぁ…」 と呟きながら風呂へ行った剣八。 髪を洗いながら、 「可愛いってなんだ…!」 先程の自分の呟きに衝撃を受けていた。 剣八が風呂から上がると一護とやちるはソファで絵本を読んでいた。 一護の膝に座ったやちると読み聞かせをする一護。 (親子じゃねえか…) 「あ!剣ちゃんお帰りー」 「先輩、ちゃんと髪の毛乾かしてくださいよ。風邪引きます」 「へいへい」 タオルでガシガシと拭いていると、 「剣ちゃんもいっちーにドライヤーしてもらいなよ!気持ちいいよ!」 「あ?」 「いいっすよ。やります?」 「別にいい…」 「やりましょっか?」 ドライヤーを手にニッコリ笑う一護。 「…ああ」 一護の前に座るとやちるが膝から退いた。 「先輩、いつも自然乾燥でしょう?」 ドライヤーの温風で髪を乾かされていると一護がそんなことを聞く。 「ああ」 「ちゃんと乾かさないと禿げますよ」 「はあ?」 「濡れたままの時間が長いと雑菌が増えて禿げるって聞きましたよ」 「怖いこと言うな」 「じゃ、ちゃんと乾かさないとですねー」 「ぬう…」 わしゃわしゃと撫でながら髪を乾かされていると冷風に切り替わった。 さっさっと手櫛で整えられる。 「はい、おしまいです。先輩は髪短いんだからすぐ済んだでしょ?」 「まあな」 と髪を触りながらキッチンに向かう剣八。 「これまだ飲んでなかったろ」 と冷えたシャンメリーを取り出した。 「そういえば…」 「飲むー!」 「せっかくだからコレで飲むか」 とワイングラスを取り出した先輩。 「ああ、いいですね」 「シャンパングラスは無えからなぁ」 「ワイングラスはあるんすね」 「まあ、身内が来たら使うぐらいだ」 よく冷えたシャンメリーの栓を開ける先輩。 ポンッ!といい音をさせ、開いたシャンメリーをグラスに注いでいく。 金色の液体に細かな気泡がパチパチと弾けている。本物のシャンパンもこんな感じなのかなと見ているとグラスを差し出された。 「ほれ」 「あ、ありがとうございます」 「やちる」 「わあい!ありがとー!剣ちゃん」 「黒崎、乾杯の音頭取れよ」 「いきなりっすね!んんッ!じゃあ、先輩の誕生日を祝して!乾杯!」 「かんぱーい!」 3人で乾杯し、シャンメリーを口にする。 「ん、美味しいっすね。そんな甘すぎるって訳じゃないんだ」 「飲みやすいな」 「おいし〜い!」 3人でソファに座り、飲みながら会話を楽しんでいると、ふわぁあああ…とやちるが大きな欠伸をした。くしくしと顔を擦っている。 「ああ、もうこんな時間だ」 時計を見ると23時を指していた。 「寝るか?」 「うん…みんな一緒に寝よ…」 一護のふわふわなパジャマに抱き着いて離れないやちる。 「どうします?」 「もう離さねえだろ、それ」 という事で3人で寝ることになった。グラスをシンクに片付け、寝室に入る。 「先輩のベッド相変わらずデカいっすね」 やちるを抱っこして部屋に入って来た一護。 「まあな」 「ほら、やちる。ベッドに行くぞ」 「ふにゅぅん…」 一護のパジャマに顔を擦り付けるやちる。 「ほとんど寝てんじゃねえか」 「今日は夜更かしさせちゃいましたかね?」 「ああ…そういやいつもよりは遅いか…」 「じゃ、早く寝ましょっか」 「おう」 慣れた様子でベッドに入る一護。 「明かり消すぞ」 「あ、はい」 部屋の明かりを消して俺もベッドに入る。 いつもより温かいベッドの中、黒崎はやちるの背中を撫でている。 「…慣れてんだな」 「妹が居るんで…、クセになってるんですよ」 「ふうん…」 だからか。頬に付いた飯粒を躊躇なく口に入れたのはと納得しながら目を閉じる。 隣からとん、とん、と規則正しく聞こえる音に眠気を誘われそのまま眠りに落ちた。 「おやすみなさい」 そんな声が聞こえた。 翌朝、起きると黒崎もやちるも先に起きていた。 むくりと起き上がり、頭をガシガシと掻いていつもより寝癖が大人しいなと感じた。 部屋を出るとキッチンでガチャガチャと音が聞こえたので覗きに行った。 じゅわっと音をさせ、黒崎がフライパンで何かを作っていた。 「よっと、ん、だいぶ綺麗に出来たな」 フライパンの中身を皿に移し、それが卵焼きだと分かった。 包丁で切り分け、端っこを食べる黒崎とやちる。 のそりとキッチンに入るとこちらに気付いた二人が同時に、 「おはよう!剣ちゃん!」 「お早うございます、先輩」 と挨拶した。 「おう。何やってんだ?」 「いっちーが朝ごはんに卵焼き作ってくれてる!」 「…フライパンで出来るもんなのか」 「ええまあ、慣れは必要ですけど」 と新しいのを焼いていく。 じゅわっと卵液をフライパンに流し込み、周りを折りたたんで形を整えていく。 それを数回繰り返し、焼きあがった卵焼き。皿に移して切り分け、出た端っこを、 「食べます?」 と訊く黒崎。 「食う」 と頷けば、 「はい、どうぞ」 と菜箸で挟んだそれを差し出して来た。 「お前な…」 「え、あ!すんません!癖で、つい…」 引っ込めようとしたそれを口に入れた。 「あ…!」 「ん、美味いな」 「あ、よ、良かったです」 そんな二人をにこにこと見上げているやちる。 (ふふっ!やっぱりいっちーは剣ちゃんのお嫁さんだ!) 朝食を終え、まったりしているともう昼近くになった。 「先輩、買い物行きますか?シャンプー買わないと」 「あ?あ〜、そうだったな」 重い腰を上げ、出かける用意をして3人で近所のスーパーへ。 「やちる、どんなシャンプーがいい?」 「え〜?よく分かんないからいっちーが選んで?」 「んん?そうだなぁ、先輩も使うとしたらそんなに甘い香りのはなぁ」 「当たり前だ」 「もう…。じゃあ、これは?リンスも一緒になってるから一回で済むし、そんなに甘い香りでもないし…」 と差し出せば、 「それでいい」 とカゴに入れた先輩。 「あっさりと…。昼ご飯は何にします?」 「昼飯…」 少し考えるそぶりを見せた剣八。 「昼飯は外でいいだろ。俺らがいつも行ってる定食屋で食おうぜ」 「行こう!行こう!いっちー行こう!」 「え!ちょ!買い物は?」 「シャンプー買いに来たんだ、それだけでいいだろ」 と会計に進む剣八。 買い物が終わり、剣八たちの行きつけだという定食屋に来た。 「いらっしゃいませ!あらぁ!剣八君にやちるちゃん!いつもの席でいい?」 「ああ。今日は3人な」 「はいはい。注文が決まったら呼んでね」 いつもの席というテーブルに3人で座り、お茶を出して女将さんは奥へと消えた。 「黒崎、なに食う?ここは唐揚げが美味いぞ」 「そうだよ!おっきいんだから!」 「え、じゃあ、唐揚げで…」 「定食でいいか?おい、注文!」 「はいよー!」 注文を取りに来た女将さんに唐揚げ定食を3つくれと言う剣八。 「はいよ。あんたたちはいつもので良いかい?」 「ああ。こいつは普通ので出してくれ」 「はいはい。じゃ出来るまで待っとくれ」 と厨房へ消えた。 「あの、いつものって?」 「ああ。飯の量だよ」 「飯の…」 「来りゃあ分かる」 ずず…とお茶を啜る剣八。 しばらくして注文した定食が運ばれてきた。 「お待ちどうさま!」 「おう、来たか」 「うっわぁ…」 皿に盛られていたのは一個一個が大きな鶏のから揚げがキャベツの千切りの上で小さな山のようになっていた。 それに味噌汁と香の物。そして剣八は大きな丼に大盛りのご飯だった。 やちるは自分と同じ大きさの茶碗に大盛り、一護は普通盛りだった。 「先輩、ご飯の量…」 「あ?家でも同じだろうが。食うぞ」 「いったっだきまーす!」 「あ、いただきます!」 豪快に唐揚げに齧り付き、ご飯を掻っ込む剣八とやちる。 一護も唐揚げを食べる。からりと揚がった外側と内側からは弾力のある肉の歯応えと肉汁が溢れた。 「んっ!あひゅい!」 でも美味い!ご飯を掻っ込み、咀嚼する。ごくりと飲み込むと開口一番、 「美味い!美味しいっすね、先輩!」 といえば、なぜかどや顔で 「だろうが」 と返す剣八とやちる。 健康な高校生男子の食事風景を見守る女将。 「ごちそうさまでした!」 3人とも米粒一つ、キャベツの欠片も残さず平らげた。 「っはー!美味しかったぁ!」 満面の笑みで一護が言う。 「まあ、お前の飯も美味いよな」 「うん!いっちーのご飯すごい美味しいよ!」 「え!あ、ありがとうございます!でも、先輩たちが美味しそうに食べてくれるから俺も作り甲斐があるっていうか…」 照れながらも嬉しそうだ。 先輩がお茶を飲みながら言った。 「シャンメリー、1本残ったな」 「あ、じゃあ、おやつの時でも、クリスマスの時にでも飲んでください」 先輩の隣のやちるがきょとんとしながら爆弾発言をした。 「くりすますってなぁに?」 「え!?」 驚いてやちるの顔を見た。 「去年、一角たちとやったろ」 「おっきいケーキとお菓子食べたやつ?」 「それだ」 「プレゼント交換は!?」 「やってねぇな」 「今年はしましょ!?」 「いっちーも来るー?」 「そうだなぁ…。一緒にクリスマスパーティしよっか?」 「やったぁ!やったね!剣ちゃん!」 「あ?おめえはデカいケーキが嬉しいんだろうが」 「ぶう!ちがうもん!約束ね!いっちー!」 「うん、約束だ」 やちるの小さな小指と自分の小指を絡めて指切りげんまんをした。 3人が店を出て、マンションの前で一護が帰ると言った。 「じゃあ俺は帰りますね。やちる、またな!クリスマスまで風邪ひくなよ?」 「はあい!いっちーもね!」 「ふふ!そうだな。じゃ、先輩、明日学校で…」 「おう、一角と弓親にも声かけとくぜ」 「お願いします。じゃ…」 と手を振りながらバス停へと歩いて行った。 二人が帰宅してやちるが言った。 「ねえ、剣ちゃん」 「あん?」 「いっちー、また持って帰るの忘れちゃってるねぇ」 「あ?ああ…そうだな」 「よかったねぇ」 「? 何がだ?」 「だって、またお泊り出来るでしょ?」 「…ああ、そうだな」 今まで誰も、他人を泊まらせたことなど無かったのに…。 いっちーは特別なんだ、やっぱりいっちーは剣ちゃんのお嫁さんだ! (早く、ずっと一緒に、ずっとおうちに居てくれたらなぁ!) 了 22/12/15作。 本当は11/19に上げたかったんですけど、書きたい部分が増えてしまって…。 剣ちゃんハピバ! |
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