題「こころの風邪」
 木枯らしが吹く寒い日の夕方、玄関の呼び鈴が鳴った。
「はーい、どちら様?」
と一護が出るとそこにはロイと、顔色の悪いイールが立っていた。
「イールとロイじゃん!久し振りだな」
「うん、グリムジョー居るかな?」
「あぁ居るぞ、グリー!お客さんだぞー」
と呼ぶと奥から出て来た。
「誰だよ?あ、お前らか。どうしたよ」
「ごめん、急に・・・。イールが限界みたいで・・・」
とロイが言う。
「ああ・・・、取りあえず上がれよ。良いか?お袋」
「良いよ、手洗い、うがいしてキッチンにおいで。風邪でも引いたか?」
「うん・・・そんなもんかな・・・」
と曖昧な笑みを浮かべ二人は洗面所へ消えた。

二人がキッチンへ来るとそこは仄かに甘い柑橘系の香りが漂っていた。
「何の匂い?」
「ホットレモンだよ。外寒かったろ?ミルクココアの方が良かったか?どっちか迷ったんだけど」
「ううん、ありがとう一護」
「・・・すまん」
「どうしたんだよ?いつもと違うぞ、なんかあったのか?」
「いや、気にするな・・・」
ゆっくりとホットレモンを飲むイールの頭を撫でる一護。
「そうは見えねえよ、聞くだけなら出来るからよ。喋ってみ?」
一護の優しい声音に張り詰めていたモノが切れたのか、みるみる涙が盛り上がる。ぽつりぽつり話し始めるイール。

その内容は・・・。
イールには弟が一人居るのだが、両親は出来の良い弟ばかりを可愛がり、自分の事は無関心な事。
そしてその弟も兄であるイールを馬鹿にして扱いがひどい事・・・。
普段は耐えているが一線を越えると鬱一歩手前まで追いつめられると言うのだ。

話を聞いているうちに怒りを露わにする一護。
「イール、ロイ、コンビニ行って下着買って来い」
いきなりそんな事を言う一護に戸惑う二人。
「は?」×2
「今日は泊まっていけ。丁度明日は休みだろ」
「いや、その・・・、良いのか・・・?」
「部屋は客間かグリの部屋だけど、良いよな?」
「それは構わんが・・・、一護?」
「そんなになるまで追いつめられる様な家に無理に帰らなくても良いだろ。泊まってけ。息抜きぐらいしか出来ねえかもしれねえけどさ、な?」
優しく頭を撫でてくれるその手の温かさに甘えた。
温かい手が頬を撫でてくれる度、涙が溢れてくるイール。
一護はロイやグリにキッチンから出る様に指で指示を出した。
そっと出ていく二人。ついでに二人でコンビニに出掛けた。

残されたイールは声を殺しながら泣いていたが、時折嗚咽が漏れていた。
「う、く・・・!うう・・・」
「泣いちまえ、たまには涙線の洗浄もやった方がいいさ・・・」
さらさらと長い髪を撫でてやりながら、一護はイールが泣きやむまで傍に居てやった。

すん、すん、と鼻を鳴らしながら泣き止むと、バツの悪そうな顔をしながら、
「すまん、大の男、が・・・」
「まだ子供だろ?泣けるうちは泣いた方が良いんだよ。恥ずかしい事じゃねえさ」
まだ涙の残る頬を拭ってやり、笑いかける。
「・・・ありがとう」
「うん。夕飯食べれるか?」
「あ、ああ。久し振りに泣いたら腹が減ったな」
と軽口を言えるくらいは回復したようだ。
「そうか、じゃあ今から作るな」
ガタン、と椅子から立ち上がると冷蔵庫から野菜と玉子を取り出して用意しだした。

「今日は手抜きの日っつーか、冷蔵庫の掃除も兼ねてるから御馳走じゃねえけど勘弁な?」
「そんな事!一護の飯は美味い」
「あは、ありがと」
残り物の野菜とハムを刻んでいく。
「う〜〜、玉葱キツ〜」
グズグズと涙をこらえながらみじん切りにしていく。
「お母さん、何か手伝いましょうか?」
とウルが顔を出した。
「おお、皿出してくれ。2枚多めにな」
「はい」
「お袋、なんか・・・、あ!ピーマン入れんのかよ!」
「入れますよ〜。ちゃんと食えよ!」
「う〜・・・」
「お前ホント野菜嫌いだよな〜」
トントントン、とリズミカルに包丁を動かす一護。
ロイがイールにコンビニの袋を差し出した。中には下着とハブラシが入っていた。
「これ、さっき買ってきたよ・・・」
「・・・すまん」
と小さく返した。

「グリ、ケチャップ出して」
「ん」
「さんきゅ」
野菜とハムを炒め、ご飯を入れ、塩コショウ、ケチャップで味付けした。
「美味しそうな匂い〜」
とロイが呟く。
別のフライパンに油を引き、溶き玉子を流し入れ、半熟になった所にケチャップご飯を入れ、形よく巻いていく。
「よっ!ほっ!っと」
トントンとフライパンを動かし、皿に移した。
「よしっ!綺麗に出来た!」
コトッと皿をテーブルに置く。
「わ〜、オムライスなんて久し振り〜!」
「・・・ああ」
剣八とやちるは遅くなるから後で仕上げるとして、ウル、グリ、ロイ、イール、一護の5人分のオムライスを作り、ケチャップで名前を書いていく。
「ふんふ〜ん♪」
自分の名前が書かれていくのを、じっと見つめるイールとロイ。
「ほい、出来たぞっと」
「ありがとう、一護」
「ありがとー」
「はい、ウルとグリ」
「はい」
「んー」
「飲みモンはウーロン茶でいいか?」
と冷たいペットボトルのお茶を出す。
「うん、ありがとう、一護」
「コップ出して、グリ」
「へーい」
グリがコップを出している間に同時進行で作っていた、玉葱ともやしのみそ汁を配っていく。
「はい、いただきます」
「いただきまーす!」×4.

大きな口を開けて食べていく子供達。
「んー!!美味しい!一護、美味しい!」
「美味いな、流石だな・・・」
「さんきゅ、グ〜リ!ピーマンだけ避けるな!」
「苦ぇんだよ・・・」
「一緒に喰えば分かんねえだろ?ほら・・・」
とグリの避けたピーマンをご飯に混ぜ、半熟の玉子と絡めて口に運んでやると漸く食べた。
「う〜・・・ごくん!」
「よく出来ました」
いいこ、いいこ、と頭を撫でてやる。
「子供か、貴様は・・・」
ウルが小さく呟いた。
「うっせえ・・・ちっせぇ頃無理くり食わされて嫌になったんだよ!」
涙目で怒鳴るグリ。
「はいはい、食えるようになったんだから良いだろ?残すなよ〜?」
「わあったよ・・・」
「ウルは好き嫌いねえよな」
「はい」
ズズッと味噌汁を飲みながら一護が言う。
「飯が済んで、腹が落ち着いたら風呂に入れよ。3人で入るも良し、一人で入るも良し」
「分かった」
各々返事をする。

和やかに食事も済み、食器を洗う一護。
洗い終わると、剣八とやちるが帰って来た。
「たっだいまー!お腹減ったよー、いっちー!」
「帰ったぞ、誰か来てんのか?」
「おう、お帰り、お疲れさんだったな。イールとロイが来てるんだ」
「ふうん」
羽織と刀を預かり、部屋に着いていく。

羽織を衣紋掛けに掛け、着替えを手伝う一護。
「ガキの調子悪いのか・・・?」
「分かるか?イールがちょっとな」
「そうか・・・」
濃緑の着流しに着替えると二人でキッチンに戻る。
やちるは既に待っていた。
「いっちー、ごはん!」
「ちょっと待ってくれな、すぐ作るからよ」
と特大のオムライスを作って二人に出した。
「わーい!オムライスだぁ!あたしいっちーのオムライスだ〜いすき!」
キャイキャイとはしゃぐやちる。
「ありがと、ほら」
名前を書いて出す。
「いただきま〜す!」
「どうぞ」
二人ともパクパク食べて行く。
「一護、茶」
「ん」
とコップに注いで行く。
オムライスもみそ汁も残さず食べ終わり、食後の熱いお茶を飲んでいると風呂から上がったイール、ロイ、グリがキッチンに顔を出した。
「お袋、お茶くれ」
「ほいよ」
「サンキュ」
「あ、旦那さん帰ってたんだ。お邪魔してます」
「お邪魔してます」
「おう、顔色ワリィな。風邪か」
「そんなものです」
イールが答える。
「イール、髪がまだ濡れてるぞ」
一護がタオルでわしゃわしゃと拭ってやる。
「う、ぷっ!すまん・・・」
「寒いんだから、ちゃんと乾かさないと風邪ひく」
粗方乾くと手櫛で整えてやる。
「イールの髪もキレイだよなぁ、真っ直ぐでさ、手入れとかしてんのか?」
「い、いや、何も」
「ふうん、良いなぁ、ウルもグリもロイもキレイだよなぁ」
「い、一護だって綺麗な髪じゃないか・・・!」
「そうかぁ、ありがとう」
にっこり笑ってやると頬を染めるイール。
「今風呂誰か入ってるのか?」
「あ〜、ウルキオラじゃね?」
「そっか、剣八、次は入れよ。やちるも一緒に入るか?」
「うん!剣ちゃん一緒に入ろー!」
「おう」
二人の食器を洗う一護。
ウルが風呂から上がり、お茶を飲みに来た。入れ換わりに風呂に行くやちると剣八。
その間、ずっとキッチンから出て行こうとしない子供達。
「なんだよ、折角温もったのに湯冷めしちまうぞ?」
「うー。うん・・・」
何故か一護が動いているのを見つめている。
「ココアでも飲むか?」
「うん・・・」
ホットミルクを作り、ココアを入れてやる。
「ふー、ふー、ん・・・うま・・・」

「出たぞ、一護」
「あ!ココアあたしも飲みたい!」
「すぐ作ってやるよ。寝る前にちゃんと歯磨きしろよ?」
「はあい!」
やちるにもココアを作ってやり、飲み終える頃やっと一護も風呂に入る。

「ふう〜、あったけぇ・・・」
ゆっくり湯船に浸かり、温まってから出る。
歯を磨いて寝室に行くと、剣八が本を読んでいた。
「珍しいな、あんたが寝る前に本読むなんて」
「そうでもねえさ。こら、お前も髪濡れてんぞ」
わしゃわしゃとタオルで髪を拭いてやる。
「わっぷ!さ、さんきゅ!」
「で、何が原因だ?ありゃ」
「まぁ、家族間の問題?俺が出来る事なんか殆んどねえけどよ」
「お前、家族増やすの得意だよなぁ・・・」
「はん?」
「あのガキどもも息子扱いじゃねえか」
「そういや、そうか?でもお前もそうだろ?ノイトラとかさ」
「そんなもんか」
「甘える所がねえなら甘えれば良いんじゃねえの?俺はお前に甘えるし?お前も俺に甘えれば良いよ」
「言ってろ・・・」
どさりと押し倒される一護。
「子供らに聞こえない様にな・・・」
「さぁな・・・お前次第じゃねえのか?」
「いじわる・・・」
「ふん・・・」
言葉とは裏腹に優しく抱いた剣八だった。

翌朝、ウルの機嫌が悪い様だった。
「ウル?どうした」
「いいえ、何も」
「そうか?あ、後で手伝って欲しい事あんだけど・・・」
「俺で良ければ・・・」
「良かった・・・」
お昼ごはんも終わり、キッチンにウルを呼ぶ一護。
「おやつ作るんだけど手伝ってくれ」
「はい、お母さん」
にこり、と笑うウル。
「何を作るのですか?」
「何が良いかな〜?食いたい物あるか?」
「・・・オレンジタルトが・・・」
「あ〜あれ。美味かったか?」
「はい!とても」
「じゃそれにしよう。丁度昨日買ってきたトコだしな」
と二人でオレンジタルトを作っていった。
「これってオレンジ並べる所が面白いよな〜」
「そうですね、今回も綺麗です」
「あんがと、後は冷やしてっと」
「これには紅茶ですか?」
「そうだな、アッサムでいいか?」
「はい」
出来あがる頃にはもうおやつの時間だ。
オレンジのさわやかな香りが漂い、子供達が顔を出す。

「おう、鼻がいいな。おやつ出来た所だ、座れよ」
非番の剣八とやちるも来た。
「ほう!綺麗なタルトだ・・・!」
「おいしそ〜!」
「はい、全員いったな、召し上がれ!」
紅茶と共に供されたタルトを食べ、幸せな溜息を吐く。
「いっち〜!おいしいよ〜!」
剣八は無言である。それでもゆっくり味わって食べているので一護は嬉しい。
「ウルも焼き菓子上手くなってきたよな。タルト生地は俺が作った時より綺麗だもん」
「そんな・・、お母さんの方がお上手です」
朝の不機嫌はどこへやら、分かりにくいが頬が色づいているウル。
「ありがと」
そんな家族に囲まれて幸せだと感じる一護。

ここへ来て正解だったと思ったロイとイールだった。








10/11/15作 151作目です。
ストレスで鬱になるイールと、なんやかんやで支えるロイ。一護に癒された二人でした。
甘える子供達でした。剣八は毎日一護に甘えてると思うんだけど、どうですかね?




文章倉庫へ戻る