題「子猫とまま」
 「まま!」
と叫ぶと一護は後ろ姿のその人に抱きついた。
「あらあら、今日も元気ですね一護君」
と穏やかに笑うのは四番隊隊長・卯ノ花烈である。
「うん!元気!ままはどこ行くの?お仕事?」
「いいえ、休憩時間なのでお散歩です。一護君良ければうちでお茶でも飲んでいきますか?」
「良いの?うん!行く!」

と言う訳で四番隊の中庭に面した縁側でお茶とお菓子を御馳走になる一護。
「いただきます!」
「はい、どうぞ」
あむ!と口にしたのは豆大福。うにーっと餅が伸びて出来たてである事が伺える。
「美味しいねぇ」
甘過ぎない優しい味の餡子に一護の顔が綻んだ。
「それは良かったこと。最近は何か楽しい事はありましたか?」
「うん!えっとね、剣八が俺の絵を褒めてくれたの!コレ!」
といつも持っている鞄からスケッチブックを取り出し開けて見せる。
そこに描かれているのは、剣八と思しきとげとげの付いた頭の人、ピンクの髪の小さな子、肌色で描かれた丸い顔、顔の半分に飾りの付いた顔。

そしてオレンジ色の頭の子。

皆の顔は一様に笑顔である。
「あのね、これが剣八で、やちるで、一角に弓親で、これが俺!」
「まぁ、お上手ですね、こっちまで楽しくなりますわ」
と言って頭を撫でてやった。
「えへへ!うれしいな!今度はままのお顔も描いてあげるね!」
「まあ!楽しみですこと」
その後は色んな話をして帰って行った一護。卯ノ花隊長の機嫌は良いままだった。

「ただいまー!」
「お帰り一護君。今日は誰と遊んでたの?」
「今日はね、ままとお話したの!楽しかったの!」
「そう、良かったね」
「うん!」
「手洗いとうがいしておいで」
「はあい」
と洗いに行った。
「隊長、なんで一護のヤツ卯ノ花隊長のこと『まま』って呼ぶんすか?」
と一角が剣八に聞いた。
「あん?知らねえのか」
「あ、僕も聞きたいです。何でなんですか?」
二人の部下に聞かれた剣八は短く溜め息を吐くと語りだした。
「あいつがここに来た時に食いもん吐いたりしてただろうが」
「ああ、そういえば・・・」

一護がここに来た当初はまだまだ小さく、固形物では消化出来なく吐いてはぴーぴー泣いていたのだ。
ただでさえ小さい身体がさらに小さくなってしまった。
それでも昼になるとふらり、とどこかへ行ってしまうのだ。剣八が傍に居た弓親に尋ねた。
「おい、一護は?」
「え?居ないんですか?」
「おお、庭にも縁側にも居ねえぞ」
「どこ行ったんでしょうね?お腹ぺこぺこでしょうに・・・」
とそこへ地獄蝶がひらりと舞い込んだ。
「なんだ、こんな時によ」
それは七番隊の狛村隊長からだった。
「なんですか?」
「一護が来てるから引き取りに来いってよ」
「あんなとこまで行ってたんですか!」
と驚く弓親と七番隊に向かった剣八。

「邪魔すんぜ」
「おお更木隊長、お待ちしちょりました」
「おう射場うちの猫が邪魔してんだってな?」
「ええまあ・・・、こちらですわ」
と庭に案内された。
そこには犬小屋があり、傍に狛村が座っていた。
「おい・・・」
「来たか、静かにこちらへ来てくれ」
と言うので行ってみれば、犬の五郎のお腹の所で眠っている一護が居た。
「一護君・・・ここに居たんですか」
と小声で囁いた弓親。
「うむ、最近良く来るようでな。見てもらいたいのはまだあるのだ」
と一護の顔を指差す。
「あん?」
「あ」
良く見ると眠っている一護は五郎のお乳を吸っていたのだ。
「一護君・・・、やっぱりお腹空いてるんですね・・・」
「当たり前だろ」
と言っている二人に狛村が、
「聞くが今の一護にどんな物をやっているのだ?」
「あ、普通の魚とかですけど・・・」
「それはまだ早いぞ。この時期はまだ乳か離乳食が良い」
「そうなんですか、ありがとうございます」
狛村に離乳食の作り方を教わり、一護を連れて帰る。

ネコ用のミルクを買ってきて皿に入れてやるも、顔が汚れるだけで飲めていなかった。
「ぴみゃー・・・」
「どうしましょうか・・・」
「・・・。卯ノ花のトコに連れて行け・・・」
「・・・・え?良い、んでしょうか?」
「良いから行け!」
と怒鳴られれば行くしかないので弓親が連れて行った。

四番隊。
「あのー・・・、すみません。卯ノ花隊長いらっしゃいますか?」
「なんでしょうか?綾瀬川五席」
「あ!あのですね!うちで飼ってる猫なんですけど!ご飯もミルクも食べれなくて、その弱ってきちゃいまして、あの、助けてもらいたいな〜って」
卯ノ花隊長はじっと弓親の顔を見ると、
「・・・診せて下さい」
と手を差し出した。
柔らかい手の平に納まった一護は、頻りに鼻を動かし、ちゅっちゅっとその手に吸い付いた。
「お腹が空いているのですね、少し待って下さいね?」
と診察室に入ると小さい注射器の針を抜き、その先をガーゼで被い丸くなったそこを糸で括った。
「ミルクはお持ちですか?」
と聞くと、
「あ、はい!」
と差し出した。
粉ミルクをお湯で溶かし注射器の中に入れると一護の口に持って行った。
甘いミルクの匂いに一護は勢いよくそれを吸いだした。
ちゅうちゅう、ちゅくちゅく、んくんく、とどんどん無くなっていくミルク。
「ふわぁ、すご・・・」
「はい、次はおしっこしましょうね」
と清潔なガーゼで股間をポンポン撫でると用を足す一護。
「みぃ・・・」
「気持ちよく出ましたね。良い子ですね」
「んみゃあ」
ぽんぽこりんになったお腹でころころと動く一護。
「この子のお名前は?」
「あ、一護です。一護君」
「そうですか、暫くお預かり致しましょうか?せめて離乳食になったらお返しいたします。今のままでは危ないでしょう?」
「あ、一応隊長に訊いてみませんと」
「では私も参りましょう」
と二人で十一番隊まで連れ立った。

「と、そう言う訳なんですけど。どうしましょうか、隊長」
「そっちのが安全なんだな?卯ノ花」
「ええ、お話を聞く限りでは後数日遅れていれば最悪の事が起きたでしょうね・・・」
とその胸に抱いた小さな命に目を落とした。
一護はお腹がいっぱいでご機嫌なのか卯ノ花隊長によじ登ったりして遊んでいる。
「なら、頼む。ワリィな卯ノ花」
と珍しく頼んだ剣八だった。
「分かりました。責任を持って面倒を見させていただきます」
と一護と一緒に帰っていった卯ノ花隊長だった。

まだ子猫だから大丈夫だろうと思っていたが一護は剣八が居ないと分かると鳴きに鳴いた。
「大丈夫ですよ。ちゃんとご飯が食べられるようになったらいつも一緒に居れますからね」
と優しく撫でてやる卯ノ花隊長。
「ぴー・・・ぴー・・・」
鳴き疲れたのか一護はもぞもぞと卯ノ花隊長の編み込んである髪の奥、着物の袷から中に入って出て来なくなった。
卯ノ花隊長も安心するのなら・・・。とそのままにしてやった。
夜もミルクを欲しがって鳴く一護の世話を甲斐甲斐しく焼く卯ノ花隊長。
そんな卯ノ花隊長に懐く一護。一緒に居るのが自然となって来た。時々、髪の間からぴょっこり顔を出す一護が見られた。

懐に一護を入れたままで診察をし、仕事をしていると、
「みい」
とくぐもった声が聞こえ次いで胸元の肌に吸い付かれた。
「きゃ・・・」
少し驚いた。
ちゅ、ちゅ、と吸いつく熱い口と冷たい肉球と細い爪が刺さる感触。急いでミルクを用意すると着物から一護を出しミルクをあげた。
「んくんく、んくんく!んっちゅう!ちゅう、ちゅう」
と毎日たくさんのミルクを飲んで大きくなっていく一護。

そのうち自分で用を足せる様になり、離乳食を食べる事が出来る様になった頃、剣八の元に返されたのだ。
「寂しくなりますわ・・・、また遊びに来てくださいね?」
と語りかけると、
「みゃー!みゃー!」
と小さい前脚を必死に伸ばして縋ろうとする一護。剣八の所に帰れたのは嬉しい。けれど卯ノ花隊長にも居て欲しい・・・!
「今生の別れじゃねえんだ。いつでも遊びに行けるだろうが」
と剣八が自分の懐に納めると、その体温で落ち着いたのか丸くなって眠ってしまった一護。

その時の記憶がちゃんと残っている一護はヒトになってからも卯ノ花隊長に懐き、感謝と愛情を込めてこう呼ぶのだ。

「まま!」







10/08/07作 第146作目です。ORANGE・TAILの番外編です。
剣ちゃん少ねえ〜!卯ノ花さんは第二のお母さんだと良いなと思って書きました。
食い違いがあると思いますが、目を瞑って頂けるとありがたいです(^^ゞ


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