題「母の日」
 夕食の後、台所で洗い物をしている一護にやちるが声を掛けた。
「いっちー」
「はい、なんですか?やちる様」
「あのねー」
「はいはい」
「明日、いっちーや剣ちゃんと一緒にお弁当食べても良いかなぁ?」
と云うやちるの言葉を聞いて食器を洗っていた一護の手が止まった。
「やちる様、今なんと?」
驚いた顔で自分を見返してきた。
「あの、明日はいっちーと剣ちゃんと一緒にお昼が食べたいなって」
ダメ?と不安そうに聞いてくるやちる。次の瞬間一護が、
「本当でございますか?」
と割烹着で両手を拭きながら、やちると目線を合わせるためにしゃがんだ。
「え?」
「本当に明日はご一緒にお昼を食べれるのですね!ああ!嬉しい!いつ振りでしょう!明日は!明日はいつもより腕によりを掛けなくては!」
ウキウキと喜ぶ一護にホッとしたやちる。

 数時間前の副隊長会議で溜め息を吐いたやちる。
「はふぅ〜」
「どうしたのよ、あんたが溜め息なんて珍しいじゃない」
と乱菊。
「ん〜?うん、あのね、明日のね、贈り物がまだ決まらないの」
「明日?ああ・・・、なるほどね。一緒にお昼食べるだけでも喜びそうだけど?あの子」
「そうかな〜?でも邪魔しちゃ・・・」
「ばっかね〜ぇ!新婚だからって気を使うのは分かるけど、あんただって一護が大好きなんでしょ?」
「うん!大好きだよ!」
「一護だってあんたが大好きなのよ?そんなあんたが一緒にお昼に居ないって寂しいって言ってたわよ」
「え?ほ、ほんとに?」
「あの子が嘘言うハズ無いでしょ?折角だし、明日はいっぱい甘えなさいな。ただし!夜は更木隊長に返す事!いい?」
「うん!分かってる!」
いつもピンクの頬は心なしかいつもより赤く染まっていた。

自分の部屋に帰ったやちるは蒲団にダイブしながら、
「えへへ〜、喜んでくれて良かった〜!後は・・・」
ころころと蒲団の上を転がって文机の引き出しから小さながま口財布を取り出した。
「足りるかな?」
と中身を数える。
「早く明日にならないかな〜」
と蒲団に潜り込み、明日に備えて眠った。

 翌朝、一護に起こされると、すぐに起きて自分で蒲団を片付けた。
「まぁ!どうしたのですか?」
と驚く一護。
「なんでも無いよ!早く着替えてご飯ご飯!」
居間に着くと先に居た剣八に、
「おう、今日はやけに早えな」
と言われた。
「そんな事ないよ〜だ!」
そんなやり取りをしながら朝食を済ます。
「いっちー!後片付け手伝う!」
「え?で、ではそちらのお櫃を持って来てくれますか?」
「うん!」
元気よく返事したやちるは空になっているお櫃を持って一護の後ろを着いて行く。
「なんだ?あいつ・・・」
今日に限って、と暦を見ると・・・。
「なるほどな・・・」
くっくっと一人笑う剣八だった。

 その日のやちるは一護の傍から離れなかった。
普段はしない書類仕事も日付順に並べ替えたり、一護が隊士達の怪我の治療で道場に行けば着いて行って手伝いの様な事をした。
「はい、いっちー!包帯だよ!」
「ありがとうございます、やちる様」
治療が終わり執務室に帰ると出来た書類を他の隊へ持って行ってくれ、と頼まれたので書類を受け取ると出掛ける一護。
やはりその後ろを着いて行くやちる。
「どうしたんスか?副隊長」
「まるでひよこみたいだね」
「暦、見ろ」
と剣八に言われ、
「ああ、なるほど」
「可愛いですね〜」
と納得する二人。

 その頃の一護とやちる。
とことこ歩く一護の後ろをちょこちょこ着いて歩くやちる。
時折、後ろを確認する一護と目が合うとにこっと笑い返すやちる。
周りで見ている死神達もほんわか和んでいた。
 最後の書類を配り終え、帰路に着く一護は行きと同じく後ろを歩くやちるが今度は袴の裾を掴んでいるのに気付いた。
「〜〜〜!!やちる様!なんと可愛らしい!」
ぎゅうう〜!と思わず往来で抱きしめてしまった一護。
「!!」
きゅう!とやちるも一護の背中を抱きしめていた。
「いっちー・・・」
そんな二人にお昼を告げる鐘が鳴った。
「お昼ですね!早く帰ってお弁当を食べましょう!」
「うん!」
手を繋いで隊舎に戻ると急いでお弁当を用意した。

 いつものように縁側でお弁当を広げる一護。
「わあ!すっごーい!美味しそう!」
お弁当の中身は、から揚げに海老フライ、ウィンナーに玉子焼き、豚肉に野菜を巻いて焼いた物。切干大根にひじきの煮物。
鮭の照り焼き、きのこの時雨煮などが所狭しと詰められていた。
「いっちーのおにぎりだぁ・・・!」
「お腹いっぱい食べて下さいね!」
「うん!いただきまーす!」
と手を合わせ、食べ始める。
「んー!美味しーい!いっちー美味しいよ!お魚も!玉子焼きも!」
「良かったです!剣八様も」
「ああ」
ここ最近やちるが昼になると居なくなっていたので今日の一護の機嫌は最高潮のようだ。
昼食が済むと弁当を片付け、3人で川の字になり昼寝をした。
少し肌寒かったがやちると剣八の体温が温かくて気持ち良かった。
「ん・・・」
「ん?起きたか」
「あ、剣八様・・・」
何だかいつもと違う様な・・・?
ふわり、と自分の体の上で何かが動いたのに気付いた一護。それは・・・。
「こ、これは剣八様の隊長羽織ではないですか!」
やちると一護に掛けられていたのは白く大きな剣八の隊長羽織だった。
「やちるが起きる。3人で風邪引くよりゃ良いだろうが、気にすんな」
「う〜、でも・・・」
「もっとこっち来い。落ちるぞ」
と一護を抱き寄せる剣八。
「あの、剣八様。午後に少し出掛けて来たいのですが・・・」
「どこ行くんだ?」
一護の髪を撫でながら訊く。
「お花屋さんへ・・・。卯ノ花様に」
「ああ、行って来い」
「ありがとうございます」
心地よいその手にうっとりと目を閉じる一護。

 午後になり、一護が花屋へと出掛けて行くのを見送るやちる。
「?」
「いってらっしゃい!気を付けてね!」
と大きく手を振るやちる。
そんなやちるに、
「なんだ、一緒に行かねえのか?」
と剣八が聞いた。
「うん、あたしも買いに行くからね。それに邪魔しちゃ悪いし」
「ふうん」

 花屋に着いた一護はカーネーションの花を選んでいた。
「どれが良いかな・・・?」
どれをあげるか散々悩んだ一護は真っ赤なカーネーションを選んだ。
「卯ノ花様、喜んで下さるかな」
とカーネーションの花束を持って四番隊へと歩を進める一護。

 四番隊に着いた一護が卯ノ花を呼んだ。
「卯ノ花様。今少しよろしいでしょうか?」
「あら一護、良いですよ。どうしました」
「はい、あのこれをお渡ししたくて」
とカーネーションの花束を差し出した。
「まあ!これを私に!?」
「はい、俺の母は卯ノ花様だと思っておりますので」
「嬉しいこと・・・!早速飾らせて頂くわね」
と花瓶を用意してそこへカーネーションの花を飾った。
「ふふ、とても綺麗なカーネーションだわ。ありがとう一護」
「いいえ!俺の方こそ!卯ノ花様には言い尽くせない御恩が!」
「一護、その恩は貴方が幸せになってくれる事で私に返ってきます。だから、たくさん幸せにおなりなさい」
「卯ノ花様・・・!」
暫くお茶を飲んでから十一番隊へと帰った一護だった。
「ただいま帰りました」
にこにこと上機嫌な一護はその後の仕事も片付けていった。
「やちる様は?」
「さっき買い物に行くって出てったよ」
と弓親。
「そうですか」
と少し寂しく思いながらも仕事に集中した。

 就業時間になるとやちるも戻ってきた。
「あ、やちる様、一緒に夕飯の買い物に行きませんか?」
「行くー!」
一緒に市場に行き、夕飯の買い物をする二人。
「今夜は何が食べたいですか?」
「ん〜、なんだろう?いっちーは?」
「そうですねぇ、先程鶏のもも肉がありましたね。鶏の照り焼きとポテトサラダとお味噌汁ではどうでしょう?」
「美味しそう!それがいい!」

 鶏肉とジャガイモ、玉ねぎ、ワカメを買って帰り、食事の用意をする。
「ねーねー、何か手伝う事あるー?」
「そうですね、大きいお皿を3枚とお椀を出して下さいますか?」
「はーい!」
「やちる様、冷蔵庫からキャベツを出して貰えますか?」
「はい!」
キャベツを千切りにして皿に盛っていく。その横にポテトサラダを置く。
鶏の照り焼きとワカメと玉ねぎの味噌汁が出来あがった。
「いっちーあたしが持ってってあげる!」
「熱くて危険ですから、やちる様はお椀とお茶碗、お箸を持って行ってくれますか?」
「うん!」
「走ってはいけませんよ?」
「は〜い!」
居間に着くと、
「いっちーの!剣ちゃんの!あたしの!」
と茶碗やお椀に箸を並べていくやちる。
「手伝いか?」
「うん!」
「お待たせしました〜」
と一護が入って来た。おかずを卓袱台に並べているといつの間にか剣八がお櫃や味噌汁の入った鍋を持ってきてくれていた。
「ほれ」
「あ、ありがとうございます!」
いつもの様に食事をし、いつものように何も残らなかった。

 食事の後のゆったりとした時間に、部屋から出て行ったやちる。
すぐに戻ってきて障子を開けてくれと声を掛けた。
「まあ!やちる様!」
「えへへ、これね、いっちーにあげる!」
と差し出されたのは色とりどりのカーネーションの花束だった。かすみ草が入って更に華やかだ。
「えと、これは・・・?」
「今日は母の日だから!いっちーはあたしのお母さんでしょ?だからいつもの感謝を込めて!はい!」
バサッ!と一護の手に乗せられた花束はとてもきれいで・・・。
「う・・・、こんな、こんな綺麗な!剣八様、俺、俺!どうしましょう、目の前が滲んで来ました・・・!」
ポロポロと涙を零し、
「う、嬉しいです!やちる様、ありがとうございます!ああ、俺はなんて幸せなのでしょう!」
卓袱台にそっと花束を置くとやちるを抱きしめた一護。
「わ・・・!」
「やちる様、やちる様、どうかずっと俺の家族で、娘でいてくださいませ。ああ、なんて愛おしいのでしょう・・・!」
「いっちー・・・!あたしもずっとずっと一緒に居るよ。剣ちゃんもだよ、3人ずっと一緒だよ」
「はい・・・!」
その後一緒に風呂に入った一護とやちる。

 風呂から上がると自分の部屋へと帰るやちる。
「これからは夫婦の時間だから剣ちゃんに返してあげる!」
と言っていた。
「もう!やちる様ったら!」
「良い心がけじゃねえか」

 蒲団の中で、
「良かったな、一護」
「はい・・・」
剣八に甘える一護がいた。

 翌日も綺麗に花を咲かせるカーネーションが玄関に飾られていた。







12/05/13作 一護の初めての母の日とやちるの初めての母の日でした!




ドール・ハウスへ戻る