題「酔って候」
 毎月恒例の一護の残業。
これは剣八が溜めた書類を一緒に片付けるのだ。終わった後は必ず馴染みの居酒屋で夕食を摂る。
やちるが女性メンバーと食事に行く日を狙っているので一護から文句は出ていない。

 今日この日も剣八と一護は残業を終え、居酒屋へと歩を進めていた。
花見も過ぎ、昼間は暖かくなってきたがやはり夜は冷え込む。
「はあ・・・!やっぱりまだ夜は寒いですね」
隣で一護が白い息を吐きながらそんな事を呟いた。
「そうだな。ま、もう少ししたらぬくくなるだろうさ」
「そうですね」
にっこりと笑い、悴んだ手にはぁーっと息を掛けて温める一護。
やがてなじみの居酒屋に辿りつき、戸を開けるがその夜は生憎と満席だった。

 がやがやと賑わう店内。
戸口に居る剣八と一護に気付いた店主が、申し訳なさそうに眉根を寄せ詫びた。
「申し訳ねぇ、更木の旦那。今夜は生憎と満席で・・・」
「みてぇだな。辛気臭えよりゃ良いじゃねえか。また今度寄らせてもらうぜ」
「へい、お願えしやす」
と店を後にした二人。
「残念でしたねぇ」
「ま、偶には違う店ってのも良いだろうよ」
「はい。俺は剣八様がいらっしゃれば何処でも構いません」
にこ、と笑ってこちらを見上げる一護に剣八は、
(ああもう!なんだってこいつはこんなに可愛いんだ!)
と心の中で悶絶した。
「あ・・・、剣八様、あれは何ですか?」
と一護が指さす方向にあった物、それは屋台だった。
「ああ、屋台だな。前にも見た事あんだろう?」
「そうですか?いつ頃でしょう?」
「お前が女になってた夏の頃、祭り屋台を見ただろうが」
「ああ!それは覚えておりますが、ああいう屋台を見たのは初めてです」
きらきら輝く一護の目を見て、
「行きてえのか?」
と訊いた。
「はい!行ってみたいです!」
「んじゃ今夜はあそこで喰うか」
と屋台の方へと歩を進めた。

「邪魔すんぜ」
「へい、らっしゃい!」
「おでんか。酒はあるか?」
「へいっ!ごぜぇやす!いやぁ、こんなボロい所に護廷の隊長様が来て下さるなんて、夢みてぇでさ」
「は!おべんちゃらは良い。ほれ一護、何食うんだ」
「えっと、俺もお酒を・・・。それとちくわと大根と厚揚げをください」
「へい」
先に出された酒を仲良く杯に注ぎ、飲みながらおでんを食べていく。
「美味しい・・・。とても美味しいです!」
「良かったな」
クピクピといつもより酒も進んでいる一護。酔って火照った頬に夜風が心地いい。

 隣の一護がくてん、と凭れかかって来たので顔を覗きこんだ剣八。
「なんだ?もう酔ったのか?」
「はい、なんだかとても気持ち良いです。あったかくてふわふわして・・・」
「そうか・・・」
「はい・・・」
剣八も酒を飲み、味の染みた大根に辛子を付け、口に運んでいる。
「幸せです、剣八様。俺はとても幸せです・・・」
唐突にそんな事を呟きだした一護。怪訝に思い隣を見るとその顔は涙で濡れていた。
驚いた剣八は飲んでいた酒を吹きだした。
「ブッ!な、何泣いてんだ!」
「え?ああ、本当・・・ふふ、哀しくとも涙は出る、嬉しくとも涙は出ると学習しましたが・・・、幸せでも、涙は出るのですね」
と本当に幸せそうに笑いながら泣いていた。
「一護・・・」
そんな一護を抱き寄せ、流れる涙を唇で吸い取ってやり、ちゅ、ちゅ、と優しく触れるだけの口付けを雨の様に降らせる剣八。
「ん、ん、くすぐったいです・・剣八様・・・」
「なら早く泣きやめよ」
「はい・・・」
まだ睫毛に残る水滴を吸い取ると、
「もう腹いっぱいになったか?」
と聞いて来た。
「え?はい」
と答えた一護を抱きあげると屋台の親爺に代金を払い、家へと急いで帰る剣八だった。
残された親爺が、
「若いってのは良いねぇ・・・」
と感慨深げに呟いたのを二人は知らない。






12/05/09作 超短文ですね。珍しい。
勿論この後剣ちゃんに食われてますよ。人形一護の愛情表現は直球なので剣八も大変ですね。
寝室のシーンを思いついたら加筆するかもです。



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