題「愛のお返し
 バレンタインの夜、剣八に言われた言葉。
『一護、ホワイトデーは3倍返しだ。お前でもいいぞ』
良く分からないが、貰った贈り物の3倍の品を返すようだ。
何が良いかこの一ヶ月悩んで仕事も家事も上の空だった。
書類の書き方を間違える。料理では包丁で指を切る。皿を割る。味付けを間違えるのを繰り返し、逆に剣八が何かの病気かと心配した。

やっと贈りたい物が一つ決まった。
「えっと、剣八様とやちる様からは薔薇の花束を頂いたから俺も花を用意したいな」
花束と二人の気持ちを貰った一護。
「どんな花が良いかな」
と一ヶ月掛けて選んでいた。そして一護の琴線に触れる花が漸く見つかった。
「この花が良い。とても素敵・・・」
うっとりとその花を眺め、14日に取りに来るので予約をしておいた。
後はうちに帰ってお菓子を作ろうと決めた。
「どんなお菓子を作ろうか。サン・セバスチャンはもう作ったし・・・」

 一護はバレンタインの次の日、サン・セバスチャンというケーキを作った。
家の台所にはまだ沢山のチョコレートが残っていた。
これをどうしようか、また夜に使われると暫くチョコを食べられそうにないので製菓の本を読みながら何かを作ろうと思った。
「あ、このケーキ、面白い」
早速一護はケーキを作り始めた。
カシャカシャと台所から何かを作っている音がするので剣八が覗きに行った。
「なに作ってんだ?」
「あ、剣八様。やちる様の会議の後のおやつを作っております」
「ふうん、俺には?」
「あ、そうですね。何か作りますので楽しみにしていてください」
「ああ」

プレーンとココアの二種類の生地を焼き、スライスしていく。そしてセルクルで中を3重に切り分けた。
ココアとプレーンの生地を交互に組み合わせ積み重ねて行く。
そして仕上げにチョコレートで作ったコ―ティングをかけ流していく。
「出来た!これで後は切るまで成功したか分かりませんね」
いつものように箱に入れると残った時間で剣八と自分の分を作った。
一回り小さいそれは二人で食べるには丁度良い大きさだった。
それを台所に置いて、先にやちるの方へ行った。
「では行って来ますね、剣八様。後で一緒にケーキを食べましょう」
「おう、気ぃ付けてな」
ちゅ、と行って来ますのキスをして出掛ける一護。

副隊長会議の会議室の扉をノックするとすぐに開けられた。
「いらっしゃーい!一護!昨日はどうだった?」
「はい、とても喜んで下さいました。コレどうぞ」
「あら!またお菓子作ってくれたのね!嬉しいわ!」
「成功していると良いのですが・・・」
「おお!チョコレートケーキじゃねえか!昨日欲しかったぜ」
と何故か落胆する男性陣。
「ばっかねーぇ!一護には更木隊長しか見えてないんだから一護からバレンタインのチョコが貰えるわけ無いでしょ?それとも更木隊長に斬られたい?」
ブンブンブン!と首を横に振る男達。
お茶を用意してくれたネムが切り分けて行く。
「あ!」
「わあ!」
切り分けられたその断面はココアとプレーンの市松模様だった。
「すっげ!」
「きれーい!」
「いっちーすごーい!」
と好評だった。
ひとしきり、眺めた後は口へと消えて行った。
「美味しーい!」
「ホント、あんた凄いわね」
「いいえ、では俺はこれで・・・」
「あら、もう帰っちゃうの?」
「はい、剣八様がお待ちですので」
「あ、じゃお邪魔しちゃだめね。またね、一護!」
「はい、それでは失礼します」

家に帰ると剣八とお茶にした。
クリスマスプレゼントに貰ったカップに紅茶を注ぎ、二人でケーキを食べた。
「へえ、凝った菓子だな。どうなってんだ?」
「こう、色違いの生地を交互に重ねていくとこうなります」
「ふーん」
わぐ!と豪快にケーキを食べる剣八。剣八に合わせて甘さを抑えてみた。
「ん、美味い。ほれ」
とフォークに刺されたケーキを持ってくる。
「あーん」
ケーキに負けないぐらい甘い空気を味わったのだ。
「あれ美味しかったなぁ」
等と思いだしているうちに家に辿りついた。

 そしてホワイトデー当日。
一護は朝食後から台所を占拠してクッキーを焼いていた。色々考えた末、クッキーが無難だと思い至ったのだ。
星型やハート、花、菱形など型抜きで形を作り焼いていった。
甘い香りが家中に漂い始め、やちるなどはソワソワしているが出勤の時間である。
「おい!一護!時間だぞ」
「はい!今すぐ!」
割烹着と姐さん被り姿の一護が台所から出て来た。
「俺はちょっと遅れて行きます。申し訳ありません」
「30分までには出て来いよ」
「はい、では行ってらっしゃいませ」
チュ、とキスをして二人を送り出す。
着替え終わり仕事に向かう。
遅れた事を詫び、黙々と仕事をする一護。

特に何も無く仕事が終わるとすぐに隊舎を後にする一護。目的地は花屋だ。
「すいません、予約していた更木です」
「お待ちしていました。こちらです」
と花束が出される。
「わあ!綺麗にして下さったのですね」
「御注文の花は全て入れました。包装はこれでよろしいですか?」
と大きなリボンを巻かれた花束を受け取り、礼を言って家に帰る一護。
「剣八様もやちる様も喜んで下さると良いなぁ」
と口元が自然と弧を描く。

家に着くと二人はもう帰ってきていた。
「ただいま帰りました」
「おっかえりー!いっちー!」
「おぅ、遅かったな。ん?」
剣八が一護の背に隠された物に気付いた。
「何持ってんだ?」
「あ、はい。バレンタインのお返しにと・・・」
そっと出されたのは、珍しい紫色のカーネーションの花束だった。
濃い紫から淡い紫のカーネーションと赤いカーネーションの他にピンクの薔薇とオレンジの薔薇が入っていた。
「わぁっ!きれーい!」
「ほお・・・」
「すぐ花瓶に入れますね」
やちるが持ちたい!と言うので持ってもらい、二人で洗面所に行った。

「お待たせしました」
と居間に入って来た一護。花の入った花瓶を飾ると、
「まずは夕飯にしましょう」
と二人の好物を所せましと並べていった。
「美味しい美味しい!」
と喜ぶやちる。
「美味い」
と言い、いつもより箸が進んでいる剣八を見て一護の箸も進んでいく。
食事の後に風呂に入ると一護は二人にクッキーを渡した。
「バレンタインのお返し第2弾です」
それは今朝焼いたクッキーだった。星や花、ハートの形の中に菱形のクッキーがあった。それにはココアで模様が描かれていた。
「あー!これ!十一番隊の模様だぁ!」
とやちるが歓声をあげた。
菱形の中に十一と書かれた物、隊花を描かれた物。
「器用だな、お前は」
わしゃわしゃと一護の髪を撫でる剣八。
「あと花束の花言葉なのですけれど・・・」
「ああ」
「この薔薇はやちる様です」
「え!あたし?どんな花言葉なの?いっちー!」
「はい、このオレンジは『無邪気』『愛嬌』、ピンクは『美しい少女』『温かい心』だそうです。やちる様にぴったりでしょう?」
「あたしに・・・」
やちるは小さな手を薔薇に伸ばすとその花びらに触れた。
「こんな綺麗なお花、貰った事ないよ!嬉しい!ありがとういっちー!」
満面の笑顔で振り向き抱きついてくるやちる。
「喜んでもらえて俺も嬉しいです」
良い子良い子とやちるを撫でる一護。
「そしてこの紫色のカーネーションはお二人に・・・」
「剣ちゃんとあたし?」
「はい、この花の花言葉は、『永遠の幸福』」
「えいえんのこうふく・・・」
繰り返すやちる。
「はい。剣八様の羽織の裏地と似ているなと思って見ていたんです。お店の方が親切にも教えてくださって」
と剣八の方を見る。
「剣八様、やちる様、俺は貴方がたが居なければこんなにも幸せになれませんでした。俺の方こそ沢山の幸福を頂いているのです」
「いっちー・・・」
「一護」
「俺は世界で一番幸せです」
「あ、あたしも!あたしもだよ!剣ちゃんといっちーが居なきゃ、居なきゃ!いっちー!いっちー!」
「はい。はい、やちる様」
やちるは一護の膝に顔を埋め、泣いてしまっていた。そんなやちるの背を優しくポンポンと撫でる一護。照れた様に頭を掻く剣八。
次第に泣き疲れて眠ってしまったやちるを寝室へと運ぶ一護と剣八。二人も寝室へと向かう。

「寝ちまったな」
「はい。あの、剣八様」
蒲団の上で仲良く座っている剣八と一護。
「あの花束の中の赤いカーネーションは貴方への気持ちです」
「へえ、なんて言うんだ?」
ちゅ、ちゅ、と首筋に顔を埋め問い掛ける。
「あ、赤いカーネーションの花言葉は・・・」
「ああ」
「熱烈な愛、です・・・」
「熱烈な、愛」
「はい、愛しております、剣八様」
そう言うと一護から剣八に口付けた。
「ん・・・」
すぐに剣八によって翻弄される一護。
「ん、ん、ふぅ」
歯列を割り、口内を存分に味わうと漸く解放した剣八。
「あ、はぁ、はぁ・・・」
「あんまり煽るんじゃねえよ、抑えらんねえじゃねえか」
「ふふ・・・、ホワイトデーは3倍返しなのでしょう?どうぞご存分に俺を食らい尽くして下さいまし・・・」
嫣然と微笑み、剣八の首に両腕を絡ませる一護。
「ハ・・・!覚悟しろよ」
蒲団に一護を押し倒すといつもの3倍一護を啼かせたのだった。


永遠の幸福。
それはここにある。






12/03/14 ホワイトデーの様子でした。やちるは翌日皆に一護に作って貰ったクッキーを自慢してるんでしょうね。
卯ノ花さんに「いっちーに貰ったお花枯れない様にしたい」とか相談してプリザーブドフラワーにして貰うと良いな。
あと絶対次の日休んでるね、一護。



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