題「同棲」
 剣八が現世の出張から帰って来てから数日。
漸く剣八も一護も落ち着いて来た。

金木犀の匂いが風に乗って部屋に満ちる季節。
先日の事件を踏まえて剣八は一護を自分の傍に置くことを決意した。
「まずは、卯ノ花か・・・」
自分の腕の中で寝息を立てる一護の髪を梳きながら自身も眠りに落ちた。

翌日、非番の一護は四番隊の自室でおはぎを作っていた。
きな粉と餡子と胡麻のおはぎを作って桶に並べていった。
「足りるかな?」
手桶いっぱいのおはぎに硬く絞った濡れ布巾を被せ、出掛ける用意をしていると遠くの方で聞き慣れた声がした。
部屋から出るとやはりそれは剣八の声だった。
「剣八様!どうかなさったんですか?怪我でもされたんですか?」
「いや、それより卯ノ花は居るか?」
「卯ノ花様ですか?いらっしゃると思いますが・・・」
どうしたのだろうと首を傾げる一護の持つ手桶に気付いた。
「なんだそりゃ?」
「あ、今日のおやつにとおはぎを作ってみました。お口に合うと嬉しいのですが・・・」
「ふうん・・・。ま、その時間にゃ帰るからよ。先に隊舎に行ってろ」
「はい。お茶はこの間新しく買った玄米茶にしますね」
「ああ、それで良い」
「あの、剣八様・・・、少し屈んで下さいますか?」
「あん?なんだ」
言われるまま顔を近付けるとその頬に、ちゅ、と何やら柔らかい物が触れた。一護の顔を見てみるとはにかんで、
「行ってきますのキスです。恋人同士がする物だと本に書いてありました」
少し誇らしげに説明する一護に剣八は、
「お、おお・・・」
と言うしかない。
「他にも行ってらっしゃいのキス、お帰りなさいのキス、おはようのキス、おやすみなさいのキスなどがあるそうです。沢山ですね」
「そうか・・、ほれ、そのままじゃ重いだろうが」
「あ、ではまた後で」
一護はそのまま十一番隊へ向かった。

その後ろ姿を見送り、
「おい、卯ノ花!居るか、話があんだよ」
大声で呼ぶと姿を現した卯ノ花隊長。
「なんでしょう?救護詰所であまり大きい声を出さないでくださいな」
「一護の事で話があんだよ。ちっと良いか」
「一護の事で、ですか?構いませんわ」
と診察室に招き入れる。
「で、お話とは?」
「ああ。こないだの事覚えてんだろ?」
「・・ええ」
「アイツ、俺の傍に置いとこうと思ってよ。お前、親代わりつーか親みたいなもんだろ?先に話通しといた方が良いと思ってよ」
と首の後ろをガシガシ掻きながら言った。
「それは・・・、同棲するという事ですか?」
「ああ、俺の傍に置いときゃぁ馬鹿な考え起こす奴も居ねえだろ」
「そうですわねぇ・・・。非番の度に泊りに行ったり帰って来たりも大変でしょうからねぇ」
お互いの非番の日には剣八の家に泊りに行っている一護。
「うるせえ・・・。別に良いだろ?前にも暮らしてんだからよ」
「そうですが、あの時とは意味合いが違ってきます。お分かりですね?」
「ああ。そのつもりだ」
「なら、私が反対する事ではありません。貴方と一護の問題です。一護が良いと言えばいつでも・・・」
少し寂しそうな笑顔で了承してくれた卯ノ花。
「ありがとよ。話ぁ、そんだけだ、じゃあな」
と四番隊を後にする剣八に声を掛ける。
「ああそれと一つだけ・・・」
「あん?」
「あの子を泣かせたら・・・御覚悟を・・・」
「へっ!分かってんよ」
とそれだけ言うと四番隊を後にした剣八だった。
「本格的な親離れですわね・・・。寂しい事・・・」
ぽつりと呟いた卯ノ花隊長だった。

「帰ったぞ」
己の隊首室に帰ってくると、帰りを待っていたであろう一護とやちるに出迎えられた。
「お帰りなさいませ!剣八様!今すぐお茶の用意をしますね」
「お帰り、剣ちゃん!」
いそいそと給湯室に消える一護。その後を追う剣八。
「おい一護」
「はい?もうすぐお湯が沸きますので・・・」
「帰って来た時はどうすんだった?」
「え?あ・・・。お帰りなさいませ」
少し背伸びをして剣八の頬に口付け、にこりと笑う一護。
「ああ、仕事終わったら話あるからよ。今日もうちに来い」
「? 分かりました」
明日は仕事なのに?と不思議に思いながらも了承する一護。

おやつの時間となり、縁側でおはぎを食べる。
「初めて作ったのですが・・・」
と出されたおはぎは甘すぎず、とても美味しかった。
「いっちー、美味しいよ!」
「本当!一護君は何でも美味く作るねぇ」
「すげえなお前、すぐ嫁になれんじゃねえの」
「・・・・・・」
無言でモクモクと食べ続ける剣八にお茶を渡す一護。
「次はどれになさいますか?」
「あんこと胡麻」
「はい」
と取り分け皿を渡す。
「今日の夕飯は何にしましょうか?」
「旬だし、さんまの塩焼きで良いんじゃねえか」
「では、秋刀魚で、後はお味噌汁と小芋の煮っ転がしでよろしいですか?」
「ああ」
「お芋さんアタシ好きー!」
と喜んでいるやちる。
「家族みたいだね」
と弓親がにっこりと笑って言った。

秋の日はつるべ落としだ。
やちると一緒に買い出しに行き、米を準備しているうちに暗くなってきた。
家中に焚きたてのご飯の匂いと秋刀魚の焼ける良い匂いが漂う頃、剣八が帰って来た。
「帰ったぞ」
「お帰りー!剣ちゃん。いっちーはお魚焼いてるよー」
「みてぇだな」
と台所に行く剣八。

かちゃかちゃ、クツクツ、じゅー、パチ!

と調理されている音の中で一護が秋刀魚の焼け具合を見ていた。
「帰ったぞ、一護」
「あ!お帰りなさいませ。手洗いとうがいですか?」
「まぁな」
と近づいて行く。
「秋刀魚にはカボスでよろしかったですか?」
「ああ、後大根おろしな」
「はい。あの・・・」
後ろから抱きしめられ驚いた一護。
「美味そうだ・・・」
「はい、特に綺麗な秋刀魚を選んできましたから・・・ん・・」
一護の唇に触れるだけのキスをした剣八が耳元で、
「ただいま」
と言った。
「もう!剣八様!」
「怒んなよ。恋人同士はするんだろう?」
「もうすぐ出来あがります!お早く着替えて下さい」
「へいへい」

着替えが終わり、居間に行くと晩酌の用意がされていた。
「おう、用意が良いな」
「はい、良いお酒が手に入ったものですから。どうぞ」
と杯を持った剣八に酌をする。
「ん、美味い。ほれ・・・」
「はい」
いつか現世で買った夫婦(めおと)のぐい飲みで飲み交わす剣八と一護。
「良いなぁ〜。あたしも飲みたい」
「やちる様はまだ駄目です。大人になったら一緒に飲みましょう?」
「え〜?」
「やちる様のぐい飲みを一緒に買いに行きましょうね?」
「うん!約束だよ!」
「はい、指切りしましょう」
一護とやちるの来指が絡まり、
「「指切りげんまん、嘘付いたら針千本、飲〜ます!指切った!」」
「えへへ、楽しみ〜」
「俺も楽しみです」

食事が済み、皆が風呂に入ると剣八が一護を呼んだ。
「剣八様、お話とは何でしょうか?」
「ああ、あのよ。お前ここで暮さねえか?」
「ここで?」
「ああ」
「あの、それは・・・」
「お前も休みの度にあっちの部屋とコッチに行ったり来たりすんの面倒だろ?」
「いいえ?特別な日と言う気がして楽しいですが?」
と返す一護に業を煮やした剣八が、
「そうじゃなくてよぉ・・・。ちっ!遠回しに言っても駄目だな・・・」
「あの・・・?」
不安げに首を傾げて問う一護を抱き寄せると、
「俺がお前と一緒に住みてぇ、そう言ってんだよ。嫌か?」
「あ、そんな!嫌だなんて!でも俺は、あの!えええええ?!」
顔を真っ赤にさせ狼狽える一護。
「でもじゃねえ。はいか、いいえか!どっちだ!」
「は!はい!」
「よし!」
ふんッ!と満足げに鼻を鳴らす剣八。もぞもぞと剣八の胸から出ると蒲団の上で三つ指をつくと、
「ふ、不束者ですがよろしくお願いします」
と頭を下げた。
その頭にポンッ!と手を置くと、
「二回目だな。でもそれは本番に取っとけよ」
「は?えと、それは?」
「ああ、もう良い。コッチに来い」
と一護を組み敷くと甘い声で啼かせた。

翌朝。
「剣八様、一つお願いがあるのですが・・・」
「なんだよ」
「毎日これでは俺の身が持ちません。加減して下さると助かるのですが・・・」
「・・・加減なぁ。今もしてるんだけどよ・・・」
「そんなぁ・・・」
「体力付けて頑張れよ。これからずっとなんだからな」
「はぁい・・・」







11/11/01作 祝!同棲!卯ノ花さんも認めてくれました。お引っ越しは次の日に一角達が手伝ってくれました。
そんなに荷物無いからすぐでした。その日のお昼は一護お手製の引っ越し蕎麦でした。
一角と弓親はちょくちょく飲みに来そうな感じですよね。



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