題「小さな初恋」十六夜編
 一護が書類を運ぶ仕事を再開すると、必ず子供達は付いてきた。
他所の隊の空気が、自分達の隊と違うのが面白いらしく興味津々な顔で辺りを見ている。
「迷子になるなよ?」
一護がそう言うと、
「はぁい!かか様!」
と元気な返事が返ってきた。

 今日は七番隊への書類を持っていった。一護が少し目を離した隙に子供達の姿が見えなくなった。
「まったく、アイツ等は・・・」
そう呟き辺りを見回しても居ないので先に書類を隊首室へと持っていった。
「失礼します、十一番隊から書類を持ってきました」
「おう、一護か、入ってくれ」
「あれ?鉄さんだけ?狛村さんは?」
「今、散歩に出かけとる、もうすぐ帰るんじゃなかろか」
「ふーん」
そんな話をしていると庭の方から子供の叫び声が聞こえた。
「十六夜!」
一護が飛び出して見た物は、犬の五郎に吠えられて腰を抜かしている十六夜と、妹を背に庇う朔の姿だった。

「いっちゃんを泣かすなぁ!あっち行けぇ!うわぁあん!」
「ひっく、おにいちゃぁん!かか様ぁ!」
そこへ大きな影が現れた。
「何をしておる・・・?」
ひっく、ひっく、と泣きながら二人が見上げると、狛村が立っていた。
「あ、狛むー、ひっく、あ、あのね、この子が急に吠えてきたからびっくりして、えっく、それで、朔兄が助けに来てくれて、それで」
「もう良い、怪我はないか?二人とも」
「うん、ないよ」
「うん・・・」
滅多に外では泣かない十六夜は少し恥ずかしそうだ。
大きな力強い腕に抱きあげられて、少し赤くなっている。同じく抱き上げられている朔は、高い高いとはしゃいでいる。
「十六夜、朔!」
様子を見て居た一護が声を掛けた。
「あ、かか様」
「かか様、朔兄がね庇ってくれたよ」
「見てたから知ってる、朔、妹を庇うのはえらいけど、五郎に怪我はさせてないな?」
「う、うん」
「なら良い、お前たちにも怪我がなくて良かった・・・!」
狛村の腕の中から十六夜が、
「ゴメンね?五郎、狛むー」
と謝った。
「いいや、怪我がなくて何よりだ。十六夜は女の子なのだからな、傷が残ってしまっては困るだろう?」
「なんで?」
「んむ?イヤ、嫁入り前の身体は大事にするものだという事だ」
「ふうん・・・?」
「まだ、この子たちには分かんないですよ」
「そうであろうな」
と優しく二人を下ろしてやった。
「あ、ありがとう、狛むー」
「もっと遊んでほしいなー」
「朔、とと様に遊んでもらえよ」
「はあ〜い!」
「あ、あの、また遊びに来ても良い?」
と十六夜が聞いてきたので、
「ああ、良いよ。非番の日に甘味処にでも連れ行ってやろう」
「うん!約束ね!」
と小さな小指を差し出してきたので狛村は自分の大きな小指を差し出した。それに小さな小指を絡ませ、
「指切りげんまん、嘘付いたら針千本飲〜ます!指切った!」
えへへ、と嬉しそうに笑う十六夜。
「じゃあ、お邪魔しました、狛村さん」
「「またね〜、狛むー!」」
「ああ、気をつけてな」

「嬉しそうだな、十六夜」
「え、そおぉ?」
「うん、さっきからにこにこしてるよ?いっちゃん」
「あのねかか様、あたし狛むーがね、好きなの・・・」
「え、そうなのか」
「へえ、いっちゃん、初恋だぁ、いいなぁ」
「朔兄も好きな人見つけなよ。すごくドキドキするんだからね」
「分かるなー、俺も剣八の時そんな感じだったもん。どきどきして逃げたくなったり、でも傍に居たくてさ」
「そうなの!さっきもね、すごく恥ずかしかったの、泣いちゃったし、抱きあげられて心臓止まるかと思っちゃった」
「なー、分かる分かる」
「朔兄、かか様、とと様に言う?」
手をもじもじとさせながら一護を見上げた。
「ん?嫌なら言わないよ?恥ずかしいんだろ?」
「うん・・・」
「じゃあ、僕も言わないよ」
「ありがと、かか様、朔兄」
とその日の仕事はそれだけだったので、子供達は二人でどこかに遊びに行った。

 数日後、狛村から一護に、
「明日は非番だが、子供らを甘味処へ連れて行っても良いか?」
と聞かれたので、
「あ、お願いできますか?俺はちょっと書類の整理頼まれちゃって」
とお願いした。

「十六夜、朔、居るか?」
隊舎に帰った一護が子供達を呼んだ。
「なーに?かか様」
「何ですか?かか様」
「あのな、明日狛村さんが甘味処に誘ってくれるって!」
「ほんと!かか様」
「うん、さっき言われた」
「やったぁ!」
「おめかししなきゃな」
「うん!」
「僕はどうするの?」
「朔兄も一緒に行こ?一人じゃ緊張しちゃうもの」
「行ってもいいの?」
「お願い・・・」
「じゃあ一緒に行く」
「ありがと!朔兄!大好き!」

 翌日、お昼過ぎ。
「ねぇ、変じゃない?」
初めて着る着物に髪飾り。不安げに聞いてくる十六夜。
「変じゃないよ、可愛いよ。赤いリンゴの髪飾りも良く似合ってるよ」
十六夜は耳の横の髪を少し三つ編みにしてもらい小さなリンゴの飾りがついたゴムで止めていた。
「着物は?」
「似合ってるよ。なぁ、朔」
「うん、可愛い」
薄桃色に花柄の可愛い着物を着た十六夜が漸く笑った。
「良かった・・・」
朔の方は、青に魚の柄の着物を着ていた。
「一護君、狛村隊長が来たよ」
「あ、はーい!さ、待たせないように早く行こ」
「うん」
「はい」
「お待たせしました、じゃあ今日はよろしくお願いします」
「うむ、こちらこそ。ほぉ、今日の十六夜は女の子らしいな」
「あ、ありがと・・・」
「良かったね、いっちゃん」
「う、ん・・」
「さて、どこの甘味処が良いかの?行きたい所はあるか?」
「え〜とね、久里屋がいい!」
「ふむ、ならそこにするかな」
と行き場所を決め、3人で向かった。

「あ、外で食べられるんだ、どうする?狛むー、中で食べる?外で食べる?」
「うん?さてどちらが良いかな、十六夜と朔はどうだ?」
「うーん、ゆっくりするなら中だよね?」
「そうよね、外だと落ち着かないかも」
「では中で良いな」
と中に入り、座敷に通して貰う。
「わあ、いい眺め〜」
「ほんとだー」
「菓子が来たぞ?」
「「は〜い」」
さっき、座敷に通される前に選んだお菓子が並べられていた。
「わ〜、美味しそう!」
「ね!」
「遠慮せずにお食べ」
「は〜い、いただきます!」
「いただきます!」
ぱくぱくとお菓子を食べる二人にお茶を飲むだけの狛村。
「あれ、狛むーはお菓子食べないの?」
「んん?あまり甘いものは食べんな」
「そうなの、ありがと、連れて来てくれて」
「良い、子供が気を使うものではない」
「むぅ、子供・・・」
十六夜は自分の手を見て、あまりの小ささに早く大きくなりたいと思った。
「良く食べ、良く遊んで、ゆっくり大きくなれば良い」
ぽんぽんと頭を撫でられ、少し赤くなった十六夜。
「うん・・・」
(待っててくれるかな?あたしが大きくなるまで・・・)
まだ言わない、もうちょっとおっきくなったら言おう。まだ子供だって言うんなら大人になったら逃がさない。
それまでは、秘密にしておくの。
「ねぇ、狛むー、またお休みの日に遊んでくれる?」
「んむ?儂で良いのか?草鹿や他の女性死神メンバーもおるだろう?」
「・・・、狛むーは?いやなの?」
「いや、そうではないが、楽しい遊びなど儂は知らんのでな」
「良いの、お話するだけで!」
「なら好きな日に来るが良い。昼休みなり時間はある」
「そうする!」
にっこり笑うとお菓子を平らげた。
(いっちゃん、すごーい)
朔は心の中で拍手と共に応援しようと決めた。

その日から、十六夜は、お昼休みの時間になると狛村の所に遊びに行った。
毎日、赤い果物の髪飾りを付けて。







09/05/26作 第76作目です。ちまちま書いてて今日になりました。十六夜の髪飾りは日によって変わります。苺だったりサクランボだったり、精一杯のおしゃれです。狛むーは十六夜の恋心には気付いてません。今の所は・・・。剣八も。
女性陣は流石に気付いて何かと世話を焼いてくれます。


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