題「好き」
俺は剣八が『好き』
「十一」と染め抜かれた羽織姿の背中も好き。
裸で抱き合った時の広い背中が好き。
十一本の房に分かれた鈴の付いた髪も好き。
洗った後の下ろされた髪も好き。
大きな手が好き。
細く、長い綺麗な指が好き。
尖った犬歯が好き。
勝ち誇ったかの様な笑顔が好き。
低くて良く響く声が好き。
野生の獣のような眼が好き。
指折り数えていると、口許が弛むくらい『好き』
剣八の全部が『好き』。

もし、『好き』を数式に出来たら、どれだけの数になるだろう?どれだけ多くの『好き』が出来るんだろう?

でも、俺はまだ子供だから、剣八の周りの奴らに『嫉妬』する。
毎日ずっと一緒に居て、ずっと剣八の肩に乗ってるやちるに『嫉妬』する。
毎日ずっと一緒に居る、弓親や一角に『嫉妬』する。周りのすべてに『嫉妬』する。
でも、こんな事言えない。言って嫌われたくない。言ったってどうにもならない。
こんな醜い感情に飲まれてる俺を知られたくなくて、覆い隠して、蓋をする。
俺がここに来れるのは、週末だけだから・・・。嫌な思いはしたくないし、させたくない・・・。
だから、俺は自分を安心させる為にアイツに『好き』と言う。何度も何度も繰り返し言う。これはきっと自分の為・・・。

時々、思い出したかのように、俺を追いかけ回す剣八のあの眼が『好き』
ギラついて、射殺すような鋭いあの眼は、その時だけは俺だけしか見てなくて、恍惚とするほど嬉しい。

剣八とする、やらしい事も『好き』
最近は、あんな事があったから、(「記憶喪失」参照)すごく優しい。
お風呂に入ってると、後から入ってきて俺の身体を洗ってくれる。最後は必ず足の指先を口に含んでくる。
それに感じて、すごく恥ずかしい。「やめろ」と言っても止めてくれない。身体の力が抜けて蒲団に運ばれる。
そこで気を失うまで『愛される』
剣八に教えられた行為。俺は『剣八』しか知らない・・・。でも剣八は違う。そんな過去にも『嫉妬』する。

俺の知らない剣八に『嫉妬』する。
剣八の中の『八千流』に激しく『嫉妬』する。
俺の知らない剣八。知らない『八千流』。見えない相手。もう居ないであろう人・・・。全部が『嫉妬』の的だ。

一週間逢えなくて、いつもならすぐ傍に行けるのに、時々、見えない境界があるかの様に近づけない時がある。
そんな時は、遠くで見ている。楽しそうだな、と思ったら俺の口許も綻んでいるのに、近づけない。

抱かれてる間、俺は密かに優越感に浸る。この時間だけは、剣八は俺だけのモノだという優越感。
剣八のこんな顔も、貫かれる感覚も俺だけのモノだという根拠も何もない優越感・・・。
なんて醜いんだろう・・・?こんな醜悪な俺を知ってもまだ『好き』だと言ってくれる?『愛して』くれる?

お前の周りの奴らを排除して、俺だけの物にしたい・・・。
四肢を切り落として、鎖に繋いで、俺の隣りに縛り付けて、毎朝、毎日、毎晩、『好き』って囁いてあげる。
『愛してる』って囁いて、髪を梳いてあげる。頬を撫でてあげる。
・・・怖いよね・・・。気持ち悪いよね・・・。・・・逃げちゃうよね・・・。そんなのは嫌だから、言わないんだ・・・。
蓋をして、見えないふり。知らないふり。大好きだから、どこにも行かないで・・・。お願い・・・。
お前の重荷になりたくないんだ・・・。ずっと傍に置いてくれる?傍に居たいの・・・。
醜い俺は見ないで・・・。キレイな俺だけを見ててほしいの・・・。そうすれば、ずっと一緒にいられるんだ・・・。
ズット、イッショニ、イラレルンダ・・・。ズット、ソバニ・・・。

「おい、一護何考えてる?」
「別に、何も・・・?」
日毎に強くなる独占欲に自分でも怖くなって、「抱いてくれ」とせがんだ。ひどくしてもいいから、痛くしてもいいからと・・・。
「今日のお前はおかしい」
その言葉にビクッとした。気付かれてる?気付かれたら、いなくなる。剣八が。俺から離れてしまう・・・。イヤダ・・・。
俺は頑なに同じ言葉を繰り返す。
「何も考えてない、おかしくない、いつもと同じだよ」
と・・・。それが剣八のより一層の疑心を駆り立てた。
「嘘付けよ。お前が、ひどくても、痛くてもいいから抱いてくれなんて言うかよ」
「でも、なんでもないから・・・」
「俺の眼を見て言ってみろ・・・」
言える訳が・・・、ない・・・。お前が居なくなったら、俺は狂ってしまう・・・。怖くて怖くて泣いてしまった。
「ちっ、なんで泣くんだよ・・・」
「だって、だ・・って。なんで?なんでお前と俺はこんなに離れてるの?なんで一番最初に出逢えなかったの?!」
―なんで?なんで?なんで!
「八千流より!やちるより!一角より!弓親より!なんで!なんで!なんで!なんでぇ!」
泣き叫びながら、剣八の胸を叩いた。
「なんでえ・・・?一緒にいて、ずっと傍にいて、離れないで、傍に置いて・・・!」
「一護・・・」
「えっ、えっ・・・、見ないで、見ないで、俺は醜い!汚い!こんな醜悪な俺を見ないで!」
「一護!落ち着け!醜くねえ!汚くねえ!醜悪なんかじゃねえ!お前は綺麗だ!」
「ちがう!違う!知らないだけだ!俺は醜い!お前の周りの奴らが邪魔で仕方ない!やちるに!一角に!弓親に!
お前の中の八千流に!『嫉妬』してる!それだけじゃない!お前に抱かれてる時に他の奴らに優越感を感じてる!
今だけは俺だけのモノだって・・・。それに・・・、お前の四肢を切り落として、鎖に繋いで俺の隣りに縛り付けたい!
毎朝、毎日、毎晩、『好き』って言って、髪を梳きながら『愛してる』って囁いて、頬を撫でていたい・・・!
・・・怖いだろ?気持ち悪いだろ?逃げたいだろ?だから、知らない振りしてたんだ・・・、俺は剣八が大好きだから・・・、どこにも行って欲しくなくて・・・。でももう、終わりだね・・・。知られちゃったもん・・・。お前にはキレイな俺だけを見てて欲しかったな」
逃げていいよ・・・。と呟いた。俺は追わない、俺は追えない。
突然、強い力に抱き締められた。
「一護!一護!そんな殺し文句があるか、馬鹿野郎が!お前は俺の清濁合わせて受け入れたんだろうが!違うか!
なら俺も、お前の言う醜い、汚い、醜悪だって部分も愛してやる!」
一護は、目を見開いた。その目には今にも零れそうな涙・・・。
「まだ・・・、『好き』だって言ってくれるの?『愛してる』って言ってくれるの?」
「当たり前だ!嫌だって言ったって逃がさねえ!地獄の果てまで追いかけて捕まえてやる」
「ねえ、剣八・・・、もし俺がお前より先に死んだらさ、この身体喰ってくれる?俺もお前の身体、残さず喰うからさ」
俺の『好き』な獣のように尖った犬歯で肉を切り裂いて、奥歯で骨を噛み砕いて・・・。
何も残さないで、俺も何も残さないから・・・。
「いいぜ・・・、その代わり、髪の毛一本残すなよ?」
「うん、誰にもやらない・・・、俺、お前が居なくなったら狂うかもしれない・・・」
どちらともなく、近付いて口付けを交わす。深く、深く・・・。
ちゅっと音を立てて離れる唇。
「一護、俺にはお前だけだ・・・。特別なのはお前だけだ・・・、やちるとは違うんだよ・・・」
「うん、分かった、ねぇ、愛してるって言って?」
「一護、愛してる」
「俺も、剣八を愛してる」

ああ、俺はこれ以上ないくらい、『しあわせ』な子供だ・・・。





09/01/06作 第51作目です。甘いのを目指したんですが、何故か重くなったような・・・。精進が足りませんね。頑張ります。

すこし加筆修正しました。
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