題「菩提樹」番外編
 京楽が入院して2日目の昼過ぎ。子供達と見舞いに来た白達が帰った後、新人らしい若い隊士が午後の薬を持ってきた。

「京楽隊長、午後のお薬です。」
「ああ、ご苦労様。」
薬を受け取った京楽だが、なかなか薬を飲もうとしない。苦虫を潰したような顔でじっと薬を見ている。
「如何されましたか、京楽隊長?」
「いやね。この薬、めちゃくちゃ苦いんだけど・・・」
「ちゃんと飲んでくださいね。飲まないのであれば・・・捻じ込みますよ?」
「おやおや、随分と乱暴だね?僕に恨みでもあるのかい?」
「い、いいえ!失礼いたしました!」
大きく(かぶり)を振って謝る隊士に、京楽は、
「冗談だよ」
と笑ってみせる。そんな京楽の耳に、
「・・・・白さんの為です・・・」
ぼそりと小さな声が聞こえた。

「京楽隊長、よろしいですか?」
卯ノ花隊長が病室に訪れた。
「夕方には退院できますので、ご準備なさってください。」
「ありがとう、早速準備するよ。」
「では、私は薬局から薬を頂いてまいります」
一礼をして退出する隊士。その姿を追う京楽の目は些か剣呑なものだった。
「彼がどうかなさいましたか?」
「いや、彼が白に気があるんじゃないかなって思ってさ。」
「さあ、それはどうでしょう?気になる様でしたら彼から直接聞きますか?」
「うーん、そうだねぇ・・・」
白に惚れているのではないか、そう思うと内心穏やかではない京楽だった。

暫くして隊士が薬と強壮剤と丸薬を持ってきた。
「お薬、こちらに置いておきます。」
「ありがとう。ところで君、白と何かあったのかい?」
「え?どうしてですか?」
「白の事を随分と気にしているようだからね。」
「あ、はい。白さんには、その・・・幸せでいて欲しくて」
「君が?どうして?」
「話してくれますか?」
「・・・はい。」

「私が初めて白さんを目にしたのは、白さんが意識を失って運ばれた時です。私はその時、病室に機材を運んでいたんです。白さんの事情は少しでしたが耳に入っていまして、痩せ細って衰弱した白さんの寝顔を見て、なんて一途でそして強い人なんだろうって思ったんです」
「(ああ、あの時・・・)」
「退院してから白さんを見かけることがあったんですが、聞こえてくるのは京楽隊長の名前ばかりで・・・白さんは京楽隊長の名前を本当に嬉しそうに幸せそうに呼ぶんです」
そう言った隊士の表情は優しいものだった。
「ああ、この人は本当に京楽隊長を愛しているんだ、このまま幸せでいて欲しいと、そう思いずっと見てきたんです」
「そう・・」
「そんなある日、白さんが四番隊のために怒ってくれたんです」


その日、四番隊詰所の一角で入院中の隊士数名が騒いでいた。そこは討伐などで重軽傷を負った隊士たちが入院している病室が集まっている所だった。
「おい、もっとマシなもんねぇのかよ!こんなもん食えるか!」
「す、すみません。でもこれは皆さん一緒でして・・」
「うるせぇっ!こんなんじゃあ治るもんも治らねぇよ!」
「おい!どこからか旨い飯でも出前でとってこいよ!」
「そう言われましても・・・どうか辛抱してください」
「やかましい!最弱部隊が指図するんじゃねぇっ!」
「そうだ!そう・・・ごふっ!?」
突然、騒ぐ隊士の一人が吹っ飛んだ。そこには怒りを露にした白がいた。
「何だぁ、この女っ!何しやがるっ!」
「何だ、じゃねぇっ!それはこっちの台詞だっ!」
騒ぐ隊士を蹴り上げて、さらに踏みつけ怒鳴る白。
「ここは四番隊詰所だ!怪我や病気を治す所だ!治す気がねぇならさっさと出て行きやがれっ!」
「はっ!最弱部隊が偉そうに!」
白の目がすうっと細められ、纏う空気が冷たくなった。
「・・・ここを最弱部隊と言ったか?」
「それがどうした!?」
怒鳴る隊士の胸倉を掴み上げ、睨む白。
「その最弱部隊の世話になっているのは、何処のどいつだ?え?」
「何だと・・っ!」
「ここを最弱部隊と言うからにはてめぇは強いんだろ?だったら弱ぇヤツに頼らないでてめぇで何とかしやたらどうだ?」
さらに隊士を締め上げる。
「ここがそんなに嫌ならさっさと出て行け。怪我を治す気が無いなら」
締め上げた隊士の、治療が終わって巻かれた腹部の包帯の上に手を置き冷ややかに笑って言った。
「俺がその傷開いて腑引きずり出してやろうか?それとも自分から出て行くか?そして何処へなりでも行って野垂れ死ね」
「ひ、いぃ・・っ!」
白が締め上げていた手を離すと、隊士は腰が抜けたようにその場にへたり込んでしまった。そして他の病室から顔を出して騒ぎを見ていた入院中の他の隊士たちを、射殺すように睨み言い放った。
「てめぇ等も治療が嫌ならこんな所に居ないで、てめぇで怪我治してさっさと出て行きやがれ!さもなくば大人しく治療を受けやがれっ!」
白の剣幕に怯えた隊士たちはそそくさと病室に戻っていった。
「あ、ありがとうございます」
「たいした事じゃねぇ。俺もここで命を助けてもらったんだ。俺がここに居るのも、愛する男の傍に居られるのも、全部ここの・・・四番隊のおかげなんだ。」
「そうなんですか。」
「だから、なんかあったら今度は俺が何とかする。何かあったら俺に言え」
「ありがとうございます」
四番隊隊士に話しかける白の表情は先程とは違い穏やかなものだった。

「そんな事があったんだねぇ・・・」
白が四番隊のためにそこまで怒ったことがあったとは知らなかったと感心する京楽。
「京楽隊長が意識不明の重態で運ばれた時、泣き叫ぶ白さんに反応して京楽隊長は意識を取り戻されました。その時思ったんです。このお二人は離してはいけない、京楽隊長を死なせてはいけない。四番隊をあれほど大切にしてくださった白さんを悲しませるわけにはいかないって・・・」
「それであの時、私に頭を下げたんですね?」
「え?何のこと?」
「白さんたちが退室した後、彼が『京楽隊長を助けてください、お願いします!』と私に頭を下げたんですよ」
「あっ、あの時は無我夢中でっ!申し訳ありませんでした!」
「いいのですよ、貴方の熱意が治療にも生かされたのです。謝ることはありませんよ。」
「そうだよ。君のような隊士のおかげで僕は助かったんだから。」
「あ、いえ・・・そんな!あ、あの、私は、ほ、他の仕事が・・ありますので!」
照れた隊士はあたふたと病室を出て行った。
「彼には感謝しないといけませんよ、京楽隊長」
「そうだねぇ」
「貴方の薬も、1日でも早く退院出来るようにと彼が薬局に掛け合って調合してもらった物なんですよ」
「そうだったの。それは感謝しないとね。ところであの薬、もう無いよね・・・?」
「そうですね、予後のためにもう1日分出しましょうか」
「ええ〜〜!?あれ、苦いんだよ?」
「白ちゃんのためですよ?」
「うーん、仕方ないなぁ。鼻でも抓んで飲みますか」

夕方、夕月を抱き白を伴って詰所を出ると、離れた所に深々と頭を下げた隊士の姿が目に入った。
『退院おめでとうございます。どうかこれからもお幸せに』
そんな声が聞こえた気がした。京楽は軽く会釈を返した。
「春水?」
「さ。白、帰ろう」
「ん」
二人で家路を急いだ。







11/08/17アップ。
10/10/31に妖様より頂いた素敵文章です。四番隊の為に怒る白ちゃんカッコいいですね!
一護と同じく白ちゃんの中では第二のかか様の位置に居る卯ノ花さん。卯ノ花さんも二人が大事です。きっと最強。






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